2004/12/19

『眺めたり触ったり』の続き


 青山南も何回か繰り返しているように、本の内容より、それを読んでいたときの状況の方をよくおぼえていることは誰にでもあるだろう。

 たとえば自分の場合だと、何年か前の夏、渋谷のユーロスペースへ映画を見に行ったら、上映開始まで時間があったので、近くのルノアールで本を読んでいたことが妙にしっかりと記憶に定着している。
 そのとき見た映画がなんだったかは憶えていないのに、ampmの上階にあるルノアールの窓際の席で読んでいたのが堀江敏幸の『回送電車』だったのは間違いない。暑い日の夕方だった。
 こんなことを書いたのは、先月ユーロスペースに行ったときもまた同じルノアールで時間を潰したからで(どうしても定時より早く着いてしまう)、コーヒーをすすりながら「ああ、まだ『回送電車2』を買っていないなあ」と思ったら、われながらどうかというくらいにしみじみしてきたからである。
 その日に見たのは「アトミック・カフェ」で、しみじみするにはほど遠く、これに字幕をつけたのが青山南だったのは、ほんとにいま書いていて気がついた。

 不思議なのは、読んでいたときのことをよくおぼえている本には共通点があるわけではなく、内容が面白ければ必ず周囲の情景を憶えているわけでもないし、その逆でもないことだ。
 金井美恵子の『恋愛太平記』は、正月に実家のこたつで寝ながら読んだ。外は晴れていて風の強い日だった(もっとも、たいていの正月は晴れていて風が強いんだけど)。
 筒井康隆の『パプリカ』は、他人の夢のなかに入り込む「夢探偵」の話だが、勉強机に向かって読んでいる最中に、ちょうど真ん中あたりで眠りに落ちてしまい、すると自分の夢に小説の登場人物が現われて、目が覚めてからストーリーがごちゃごちゃになったため、最初から読み直さないといけなかった。
 さらにずっとさかのぼると、幼稚園の先生が毎日少しずつ『エルマーとりゅう』シリーズを読み聞かせてくれた「おゆうぎしつ」(お遊戯室)の、木でできた床の匂いを、集中すれば今でも思い出すことができる。

 こういう記憶はぜったい誰にでもあると思うが、いま、この歳でこんなに過去のことばかり考えているのは自分だけである気がしてきたのでもうやめる。最近とみにひどくなった。
 中学のとき、サントリーかどこかのウイスキーのCMに「○○友の会」というのがあって(○○に商品名が入る)、それがなぜかクラスで流行り、その会則は「昔はよかったなあ、とか言わない」だったのをおぼえている/思い出した。
…続き

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