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2004/09/27

ガルシア=マルケス『エレンディラ』

鼓直・木村榮一訳、ちくま文庫(1988)

 短篇集。率直に言って、めちゃめちゃ面白い。
「現実と幻想的な出来事が平気で並置される」とか「並置もなにも、両者に区別がない」とかいった聞き伝えのイメージから想像される通りのラテンアメリカ小説で、ただのミーハーである自分にはいわゆる〈マジック・リアリズム〉のなんたるかもよくわかっていないが、収められている7つの短篇のどれをとっても、ひどく奔放なはずの世界にすらすら入っていける驚きの読みやすさだから、長篇『百年の孤独』に尻込みしている人でもこれなら大丈夫だと思う。

 最初に入っている「大きな翼のある、ひどく年取った男」が特に気に入った。ある日突然、平凡な家の中庭で背中から翼が生えた老人が発見される(そこまでで冒頭の9行しか使っていない)。惨めたらしく翼も汚い、言葉も通じないこの男はどうも天使であるらしく、村の神父を困惑させたり病人を治癒したりしながら鶏小屋で暮らして、数年後に再び空へ飛び立つ。こんな話が、終始〈たしかに珍しいけど、まあ、起こりうること〉として描かれているのに痺れた。

「失われた時の海」では、なぜかバラの香りを運んでくる海に潜ってみると海底には沈んだ村があって無数の死者が静かに浮かんでいるし(《女は目を開け、横たわったような姿で漂っていたが、そのあとには帯状につながった花が続いていた》)、首を落とした海亀の心臓だけが跳ねて逃げる。

「愛の彼方の変わることなき死」に出てくる上院議員の部屋では、紙幣もごみ屑もふわふわ宙を舞っている。

 いたいけな少女が娼婦にされたうえで次々とひどい目にあわされ続ける「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」を読んでいる途中で自分はうたた寝してしまい、ほんの数秒の間に話の続きを支離滅裂な夢に見たが、目を覚まして読み直した実物の方がよっぽど常軌を踏み外していて夢みたいだった。

 現実と幻想が地続きであるところにリアルの基準が置かれているこういう小説を読んでいると、そのうち、とりたてて派手でもない部分にまで妙な凄みが行き渡っているように感じられ、そこまでいってこそ、ひとつのリアリズムを獲得していることになるのかもしれない。たとえばこんな会話。
《「どうして分かったんです?」とトビーアスはがっかりしたように言った。
「この年になると、ゆっくりものを考える時間があるので、人の考えくらいは見抜けるようになるんですよ」彼女は答えた。》P28

 古本で100円だった本にこれほど楽しませてもらえて満足です。

エレンディラ エレンディラ
G. ガルシア・マルケス、ガブリエル ガルシア・マルケス 他 (1988/12)
筑摩書房

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