2004/06/28

ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』(1962)

富士川義之訳、「筑摩世界文学大系81」所収(筑摩書房、1984)

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前書き
青白い炎――四篇の詩章
註釈
索引

 アメリカの詩人ジョン・シェイドは、999行の長詩「青白い炎」草稿を完成させた直後に殺された。自称友人の学者チャールズ・キンボートがこの詩を編集し、後ろに大量の註釈をつけて出版したのがこの書物である――小説『青白い炎』はこのようなスタイルをとる。体裁は詩の註釈本だが、内部に渦巻く妄念の密度はちょっと比類がない。

《一行-四行 わたしは……殺された連雀の影だった、など

 これらの冒頭の詩行のイメージは明らかに、完全な飛翔の最中に、窓ガラスの外側の表面にからだごとぶつけた小鳥に触れているが、その窓ガラスには、本物よりもかすかに暗い色合いとかすかに遅い雲の流れる空が映っていて、そのため連続した空間のような錯覚を与えたのだ。》p241

 註釈者キンボートは狂人である。この男は自分が北方のゼンブラなる国の王であり、革命ののち監禁されていたのを逃げ出して今に至る、という妄想に取り憑かれている。彼は生前のシェイドに度々ゼンブラのことを語っており、その打明け話が「青白い炎」の材料になったと信じている。実際の詩はシェイドの自殺した娘が中心で、ゼンブラのゼの字も出てこないのだが、キンボートはそこから勝手に「祖国」への言及を読み取って、狂った記憶を数々の註釈に注ぎ込む(シェイドの妻はキンボートを嫌い原稿を取り戻そうとしているため、註釈作業は山中の隠れ家で行われている)。
 ゼンブラの風土や言葉など細部は常軌を逸し、キンボートの脱出行までが克明に描写されるうえ、彼の考えでは、シェイドを殺した犯人は革命政府の刺客であり、本当は元王の自分を殺すはずだったことになる。この暗殺者が彼を追ってアメリカまで徐々に近づいてくる不気味な様子さえも、詩から読み取られる。さらには、最終目的として、キンボートは失われたゼンブラの宝が詩に埋め込まれていると信じ、それを読み解こうとする――

 これらがみんな、詩行に即した註釈として語られるという事実を前にしては、テクストの過剰解釈行為をまるごと作品化した、とまとめたところで何の意味もない。狂気の産物を装って編まれたこの大作は、長い絶版状態を経て、ちくま文庫に入った。あまりの偏執さに、安心して笑える。深夜、ひとり読み耽るのにうってつけだと思う。

青白い炎

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