趣味は引用
トーマス・マン『魔の山』(1924)
魔の山〈上〉
関泰祐・望月市恵訳、岩波文庫(上下巻、1988)

《食卓には、マーマレードと蜂蜜の壺、ミルクいりの米飯とオートミールの鉢、いりたまごと冷肉の皿が出ていた。バターはゆたかに出されていたし、鐘形のガラスのふたを取って、しっとりしたスイス産のチーズを切りとっている人もあった。そのほかに、新鮮な果物とほした果物をもった皿が、食卓の中央に置かれていた。》上P78

 時に1907年の夏、学校の卒業を間近に控え、就職も内定した青年ハンス・カストルプは、療養中の従兄を見舞うべく標高1600メートルの山上にあるサナトリアムを訪れるのだった。
 有名なあらすじでは、3週間の滞在予定だったハンス君も結核を発症して患者に仲間入りしてしまい、結局7年の長きにわたって山に足留めをくらう、とまとめられている。実際読んでみると、結核になるまでが長い。なんとなればこの小説は、山上に集う裕福な患者たちが営む、「下の世界」とは別物の生活を丹念に描き、そこから現れる意識と時間の関係を扱うからである。
 1日5回の立派な食事や横臥療法(毛布をかぶり昼寝)といったスケジュールを追っていると、時間の感覚がゆるゆるほどけていく。3週間が7年といったらざっと120倍だが、なんだかそれも納得できそうな気持になってくる。最後、ハンス君が第一次大戦に従軍するため山を降りるのには不思議な感慨を覚えた。
 三人称ふうの叙述に割り込む一人称複数の語り手「私たち」の存在も気になったが、何より印象に残るのは、たっぷりした食物の描写と、女性への視線に時おりたいへんな冴えが感じられることだった。極めつけのシーンが後半にある。ハンス君の思慕する女子は、近づきになった直後サナトリアムを去る。残されたのは一枚の写真のみ。療養所だけあって、その写真は胸郭のレントゲンである。

《それは二重封筒に入れて紙入れにしまわれていたが、地面と平行に持って見ただけでは、黒くぴかぴか光るだけで、不透明なガラス板であった。しかし、光線にかざすと明るくなり、人体らしい像があらわれ、人体の透明度、助骨の構成、心臓の形、横隔膜の弓形、肺臓の鞴(ふいご)、鎖骨と上膊骨が見え、それがどれも青白いもうろうとした物質、ハンス・カストルプがカーニヴァルの晩に理性にそむいて味わった肉につつまれていた。》下P83

 自分は、友達の持つ山上の別荘にお邪魔してわざわざこの小説を読んだ。あの夏から1年、憶えているのはここだけだが、ここさえあればいいと思う。
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