趣味は引用
その54 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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So began, for Oedipa, the languid, sinister blooming of The Tristero. Or rather, her attendance at some unique performance, prolonged as if it were the last of the night, something a little extra for whoever'd stayed this late. As if the breakaway gowns, net bras, jeweled garters and G-strings of historical figuration that would fall away were layered dense as Oedipa's own street clothes in that game with Metzger in front of the Baby Igor movie; as if a plunge toward dawn indefinite black hours long would indeed be necessary before The Tristero could be revealed in its terrible nakedness. Would its smile, then, be coy, and would it flirt away harmlessly backstage, say good night with a Bourbon Street bow and leave her in peace? Or would it instead, the dance ended, come back down the runway, its luminous stare locked to Oedipa's, smile gone malign and pitiless; bend to her alone among the desolate rows of seats and begin to speak words she never wanted to hear? (p39-40)

《このようにして、エディパにとって、〈ザ・トライステロ〉はゆっくりと不吉に花ひらきはじめた。いや、むしろ、エディパがどこかのユニークな演芸を見に行って、それがその夜の最終公演かと思われるほどに長引き、そんな遅い時間まで残っている客のために、ちょっとばかり特別サービスをしてくれたようなものだと言おう。まるで紐を一つ引っぱれば分解して落ちるガウン、網目のブラジャー、宝石をちりばめたガーター、バタフライなど、人間の形をした「歴史」が身につけた、たちまち落ちるような品々は厚く層をなしていて、あの、ベイビー・イゴール映画の前でメツガーとやったゲームの、エディパが着ていた数々の衣裳のようなのだ。まるで暁をめがけて飛びこむようなもの、〈ザ・トライステロ〉がその凄まじい裸身となって正体を示すまでには、いつ明けるとも知れぬ暗闇の時間が必要だというふうである。正体をあらわしたとき、害をなすことなく、たわむれながら舞台裏へ引っこんで行き、ニュー・オーリンズのフレンチ・クォーター、バーボン通りふうのお辞儀をして「おやすみなさい」と、エディパをそっと、そのままにして消えるだろうか? それとも、そうならないで、踊りが終わると、花道を戻ってきて、ぎらぎらした目をエディパに据え、微笑は悪意に満ちた、非情なものとなり、人のいなくなった席の列に一人座っている彼女に向かって、およそ聞きたいと思わないような言葉を発しはじめるのだろうか?》pp64-5/pp71-2

 この文章は何を書いているのだろうか?

〈トライステロ〉という言葉は、以前、「その41」から「その43」までで見た、第3章の冒頭に初登場していた。上記の引用部分が本書2回めの登場である。1回めもいきなりだったが、今度もいきなりだ。
 ここまで何の説明もなかったにもかかわらず、
《このようにして、エディパにとって、〈ザ・トライステロ〉はゆっくりと不吉に花ひらきはじめた。》

ということは、第3章の冒頭からここまでのあいだに〈トライステロ〉について何らかの情報が出ていたことになる。こう書かれてあったら、そう受け取るしかない。
 そしてここまでに出てきた何らかの組織についての情報は、

・〈ピーター・ピングイッド協会〉
・落書きで示される「WASTE

 このふたつしかない。
 では、上に長々と引用した文章は、このどちらかが、あるいは両方が、このあと出てくるのだろう〈トライステロ〉につながるという、いわば予告の文章なのだろうか。
 しかし3章冒頭と同様、ここでも、この文章じたいがゴテゴテと凝った書き方になっており、この凝り方によって、さらに多くのことをこちらに伝えてくるように見えるのである。

…続き
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