2004/04/05

その50 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 そもそもファローピアンは、合衆国における私設郵便の歴史を調べているアマチュア学者なのだった。それについての本まで執筆中だという彼は、エディパとメツガーに簡単なレクチャーをしてくれる。
 まずはこうだ――南北戦争と郵便制度の改革には、つながりがある。

 政府は19世紀の中頃から法律の制定を繰り返し、それまで独自に展開していた多くの私設郵便、つまり民間の郵便組織を破綻に追い込んだ。
「政府」とは、もちろんその後の南北戦争における北部連邦政府で、1861年に南部との戦いが始まると、私設郵便に対する抑圧はいっそう激しさを増したという。
 これはただの偶然ではない、とファローピアンは言う。合衆国を再編する流れのなか、郵便を独占事業にしようともくろんだ政府が、「改革」の名のもとで私設郵便を潰しにかかったのだ。
He saw it all as a parable of power, its feeding, growth and systematic abuse[…] (p39)

《それはすべて権力の譬えばなしなのだ、権力が授乳期、成長期を経て組織的濫用にいたるという譬えばなしだと。》p63/p71

 あるとき突然「違法」とされた私設郵便を、権力から一方的な抑圧を受ける側の典型としてとらえる。虐げられる彼らの歴史は、裏返せば、虐げる権力の歴史である。だからこそ、いま〈協会〉の行っている「合衆国郵便を使わない手紙のやり取り」が、政府への対抗活動になるのだ。

 とはいえ、ピーター・ピングイッドにまつわる史実についても微妙に間違っていた→その46ように、注釈書によれば、この「抑圧の歴史」も大づかみすぎて正確ではないということになる。
 しかしながら、政府による改革が必然的に私設組織の抑圧を伴ったという基本図式に間違いがない以上、〈協会〉のやっていることは(実効性はともかく)意義があるように見えなくもない。

 そう考えてみると、いまさっき行ってみた合衆国郵便のサイトにある、「郵便の歴史」――当然、抑圧についてはひと言もなしに改革を語る、政府の側から見た歴史――が、うしろで暴虐をふるいながらおもて向きはもっともらしい顔をしている「権力」に見えてくるのだから、なんというか、自分はあまりにも人の影響を受けやすいと思った。こういう人間がいちばん危ない。何の話だ。

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