2009/08/29

パソコンが壊れた

前回

 どうやっても起動しないのだった。
 この数日のあいだ、じたばたしてみたものの、リカバリも無理な様子。
(今日は携帯から更新している)

 読中日記にはまだアップしてないぶんがあったんだが、もう一度書き直すことを考えると早くもぐったりしてくる。
 しかし、いまのこの暗い気持と、携帯のキーをプチプチ打つ行為のギャップがまぬけな感じで救われる思いだ。

 8月28日現在、『ヴァインランド』はまだ読み終えていません。

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2009/08/19

読中日記 (3)


■ 8月15日(土)

・晴れた。
・ピンチョン『ヴァインランド』で描かれる1984年アメリカの構成材料には、「日本ネタ」も欠かせない。当然ながら、その日本はかなり変なニッポンである。登場する日本人の名前が文茂田武(フミモタ・タケシ)、という時点ですでに不吉な予感がたちこめるが、ピンチョンのネーミングは「国籍問わず、みんな変」らしいのでそれだけではたいして珍しくない。

・ダリル・ルイーズ・チェイスティンという女性が出てくる。略称はDL。この人の来歴をかいつまむとこんな感じ。
 子供のころから柔道・柔術に秀でていたDLは、基地につとめる父の仕事の関係で来日、いろいろあったすえに武道の達人・猪四郎師に弟子入りする。
《[…]DLは、丁重に願い出た。「どうぞあたしをこの屋敷に置いてやっておくんなせえ」。師匠は、「ほう」と面白がったようすを見せて、「今ここにおいでになったのが誰か、知っておるのか」とたずねる。
「ヤクザの親分、でしょ」
「金髪娘よ、おまえにまだその筋のことは早すぎる」
「ソノ名ヲ聞ケバ、ナク子モダマル、ヤマグチグミ」彼女は正確な日本語で引用した。
 優しさと嘲りとを同時にこめて、師匠はDLの肩に手を伸ばした。いけません、センセイ、と、たちまち弟子は隠遁の構えをとった。気合いも全身に満ちて、蹴りを入れるか肘鉄をかますか、相手の出方をうかがっている。「ムキにならんでよい、ほんの小手しらべじゃ」
「教えてください、ヤクザの世界と通じた師匠の下に弟子入りしたからには、あたしもこれから……」
「戦前からの義理があってな。ま、そこいらのことはあんまりいろいろ絡んでおるし、戦争も重く影を落としておる。話し出したら出てくる人名の説明だけで日が暮れるわ。だがな、おまえとワシとのあいだには、師弟以上の関係はない。そんなものは切ろうと思えばいつでも切れる。親の家から出てきたおまえだ、ワシのもとを去ることなどわけなかろう」
 エッ? ウソォ! あたしのことを罪に感じてるとか? 「去れとおっしゃりますか……?」
 師匠はカン高い笑い声をたててから、謎めいた予言をした。「おまえは去るだろう。だが、その日までは、ここにおるのじゃ!」
 こうしてDLのフルタイムの忍術修行が始まった。》pp189-90

 始まったんだからしかたない。猪四郎師は猛スピードで彼女に忍術を、しかも正統な忍術から外れた「下劣な術」の数々を伝授する。なかでも最凶の術が、こっそり秘孔に触れてからきっかり1年後に相手を殺す、《忍法一年殺し[ニンジャ・デス・タッチ]またの名を、震える掌》だった。

 そのごアメリカに戻ったDLは、殺人の依頼を避けて地味に生活していたころに《ピザハットの駐車場で誘拐されて、白人奴隷として日本に連れていかれ》、オークションにかけられたあげく《悪名高き「春のデパート」》で働くことになり、ほんとはもっと入り組んだ事情があってそれは省略するけど、ともかく、仇敵である男に術をかけるはずがまちがって別人に一年殺しを決めてしまい、つぐないのため他人のカルマの矯正を業務とするオフィスで働くんだけどそろそろ要約するのが嫌になってきた。

・タランティーノの映画「キル・ビル」(2003)を見て最初に思ったのは「これって『ヴァインランド』みたいだ!」ということで、いま「キル・ビル ヴァインランド」でググってみたら同じような感想を抱いたかたがたがやはりいた。

・「キル・ビル」-『ヴァインランド』の関係は、町田康『パンク侍、斬られて候』しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』の関係に近い。
 説明にならない説明だが、ずっとだれかに言いたかったことなのでここに書いてみた。
・もう寝る。


■ 8月16日(日)

・晴れた。
・めったに行かない表参道まで行ったのは、小さいギャラリーで開催中の展示を見るためだったが、サイトにあった地図がひさかたぶりに「かっこいいせいで本当に役に立たない地図」で、えんえん迷っているうちにむしろ楽しくなってくる。惜しむらくは、ようやくさがしあてたギャラリーが小さすぎて、何か感想をもてるほど絵が置いてなかったこと。
・めずらしい場所を歩きまわったせいで疲労困憊。部屋に帰っても読書はあまり進まない。

・『ヴァインランド』の文章は、やたらとごちゃごちゃしている。コース料理を大皿一枚に載せて出されるような、しかもそんな大皿がつぎつぎ運ばれてくるような印象をもつのは、一文・一段落のなかに複数のエピソードが圧縮してあるという書きぶりのせいだが、たんに「一段落中にも出来事がたくさん詰め込んである」というの多さだけではなく、それらてんこ盛りの出来事のあいだでぽんぽん時間が移動するために、ごちゃごちゃ感はさらに増す。

・はぐれ忍者のDLは、かつてフレネシの仲間であり、いまフレネシを追いかけている娘のプレーリィとたまたま出遭う。
 現在(1984年)のプレーリィとDLが、フレネシの情報をさがすシーンがある。そこをきっかけに小説は、DLとフレネシが行動をともにしていた過去(たぶん1970年前後)に巻き戻され、さらにDLの生まれ(終戦直後)にさかのぼる。それからDLの成長過程が語られるが、ただでさえ波瀾万丈な話は、しかも順番通りには進まず、その合間に、大人になってからの彼女が母親(ノリーン)といっしょに往時を回想する姿(たぶん1980年前後)がはさまれたりもする、といった具合。
《ノリーンは唇を噛んで、睫毛の下から「どうして父さんを刺激するの。餌食になるのはあたしなのに」という意味の悲しげな視線を送る。「あたしもけっこうサディストだったね」。何年もの後、DLはあのころのことを振り返ってそう認め、訪ねていった母の前で告白した。「母さんがあんまり耐えてばっかいるんが気に入らなくて、それで父さんを焚きつけたのよ。どこまでいったら母さんも言い返すかって、そんなことを思ってた」
 ノリーンは肩をそびやかした。セントラル・システムのエアコンが暗い緩慢な脈を刻み、フリーウェイを走る車の呼吸が聞こえる。戸外の木々は亜熱帯の湿気のなかで重苦しそうにざわめいた。「あたしがあのころレーニエ大尉と会ってたことは、もちろんおまえも気づいてたろ?」
 「え? 父さんの上司の?」知らなかった。はじめて聞いた。そんなこと、あたしが感づくわけないじゃない。》p187

「サディスト」云々のセリフと、それに続く一文でもって、強引に時間が移っている。
 なぜこんな書きかたになるのか。過去から一歩ずつ現在へ、というお行儀のよい順番は、書いてるピンチョンには退屈すぎるのかもしれない。理由はわからないが、こういう書きかたから、ピンチョンの、というより『ヴァインランド』の、時間のとらえかたがうかがえる。

・現在は過去からつながっている。だから、現在の出来事が語られる際にも、必ず、それにからみあった過去の出来事までがごちゃごちゃひっぱり出されてくる。
 また、過去の出来事には、もっと古い過去の出来事とのつながりがある(過去から、さらに過去への方向)。それに、過去の出来事には、そこから現在までのあいだに何か発展があったりもする(過去から現在への方向)。

・そんなわけで、作中にひとつの出来事が持ち込まれると、連鎖して、つながりのある出来事が時間軸上のあちこちに発生する。でも、小説は単線的にしか進められないので(出来事は1個ずつしか語れないので)、「時間の移動」は、「脇道にそれる」かたちでなされる。
 あんまりひんぱんに脇道にそれるため、しかも、さまざまな脇道にそれる(=さまざまな時間に移動する)ため、読んでいると、しだいに「脇道」と「本筋」の区別がつかなくなってくる。
 いや、でも、1984年の話が現在で、だからそこが「本筋」だ、と考え直すことはできる。しかし、過去を現在から切り離せないなら、脇道だって本筋から切り離せないはずで、だからすべて本筋ということもできる。

・『ヴァインランド』の、変幻自在に時間移動しながら進む文章は、読んでいるとかなりうねうねしていて独特に感じるが、それによってこちらに伝えられる時間のありようは、意外なくらい自然であるようにも思える。たしかに、現在の自分のなかに、過去はこんなふうにごちゃごちゃ折りたたまれている。
 現在が過去とつながっているのは当たりまえだ。自分が属しているのは現在だから、過去は「ふりかえられる」ものになる。ふりかえられた過去は、時間軸上の前後につながりをもっている。これも当たりまえ。

・「どこまでを現在として、どこからを過去とするか」は視野の問題で、ずっと退いたところから時間軸をながめれば、現在の幅はかなり広がりをもつ(「最近は…」と言ってここ10年くらいの話をする人はよくいる)。
 そしてこの話は、「どこまでを本筋として、どこからを脇道とするか」という話とも並行すると思う。

・自在な時間移動という書かれかたから逆算される『ヴァインランド』の時間のとらえかたは、かなり自然といえるはずのものだ。なのに、できあがって目のまえにある小説は、なんだか変なものになっている。
 過去とつながっている現在という、時間の当たりまえのありかたを小説で表現しようとすると、『ヴァインランド』のように読みやすくはない文章が必要になるのかもしれない。
 ここから、小説という容れものはえらく不完全で不自然なんだ、とつなげるのはさすがに短絡的かと思ったが、でもそれもまた、当たりまえのことである気もする。

・もちろん、「ある過去の出来事のせいで、いまこの現在になっている」という因果関係は自明のものではなくて、「ある現在の出来事に、ある過去の出来事を結びつけるとそれが原因だったことになる」、というふうに、つながりはあとから作られるものでもある。
「現在と過去のつながりを作る」とは、「現在を作る」の言い換えだと思う。現在にどんな過去をつなげるかは、そのまま、現在をどんなものとしてとらえているか、になる。
 だから、現在のことを語りながら過去にさかのぼり、また別の時間をぐねぐね引きよせる『ヴァインランド』の文章は、ふつうに解きほぐせば中篇1本ぶんくらいになりそうな量のエピソードを数ページのなかで絡めあわせて、あたらしい現在を織りなそうとしているのだと思われる。

・もっとも、『ヴァインランド』の「ごちゃごちゃ」、「読みやすくなさ」は、時間の扱いかたがどうこうという以前に、詰め込まれる材料の無茶苦茶さ、雑多すぎるディテール、ジャンクなものへの過剰な思い入れに原因がある、と言ったほうが早いし正解である気もする。修業時代のDLに、猪四郎師がかけたお言葉を引用。
《「それだ、それじゃよ」説法が始まる。「まっとうな戦士になれず、下界に虫けらと暮らす我ら、十分の二秒という瞬時の判断をしくじり、その苦渋とともに一生暮らす、我ら臆病者、酒に溺れたウジ虫たち。そんなクズの我らには、いまおまえの見せたそのクズの輝きが必要なのじゃ。これぞ我らの闘い方じゃ。正統流から打ち捨てられた、暗黒の技の切れ味を漏らすことなく身につけるのじゃ。我らには我らの先祖があり、子孫がある。打ち捨てられた忍者の伝統を守っていくのじゃ」》p190




ヴァインランドヴァインランド
(1998/12)
トマス ピンチョン

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2009/08/15

読中日記 (2)


■ 8月11日(火)の続き

・帰省する電車のなかで、ピンチョンの『ヴァインランド』(1990)を読みはじめる。Inherent Vice の予習のつもりだが、3時間たって実家に着いてもろくに進んでいない。なにより、重い

・『ヴァインランド』の舞台は1984年のアメリカ西海岸。もとフラワーチャイルド、そのまま年を重ねた中年ヒッピーダメ男のゾイド・ホィーラとその娘のプレーリィが、別れた妻にして母である女性をいまさらながら追いかけることになる話――だったはずだが、さまざまな種類の変人たちが入れ替わり立ち替わり登場するたびに、話はゾイド父娘に関係あったりなかったりするエピソードに律儀に付き合って脱線していくから小説はどんどんふくれあがる。この書きぶりは病気のようにも見える。

・よく食べよく眠る。


■ 8月12日(水)

・実家に帰るたびに小学1年から高3まで使っていた学習机の抽斗をぜんぶ開けてみるのはもうやめたほうがいい、だってそこにあたらしいものはない、と思ってはいるのだが。

・ためしに『ヴァインランド』から一節を引用してみる。ゾイドの元妻、プレーリィの母であるフレネシの話をしているうちにその母(プレーリィの祖母)の話になり、さらにその父(プレーリィの曾祖父)の話にさかのぼるところ。
《[…]父ジェス・トラヴェラーズはヴァインランド、ハンボルト、デル・ノーテ三郡にまたがる組合を組織している最中、雇用者協会のまわし者、クロッカー・“バッド”・スキャントリングの仕組んだ事故に遭い、不自由な体にされていた。「見せしめ」は、地元の野球大会の最中、多くの木こりたちの目前で起こった。中堅手のジェスのところに、フェンスのすぐ外に立っていたレッドウッドの老木が突然倒れてきたのである。スタンドにいた観衆でノコギリの音を聞いた者はいなかったし、くさび止めが外されるのを聞いたという者もいなかった。ギギギというスローな音が観衆の可聴域に達し、豊穣な茂みの中から抜け出るように一本の巨木が倒れ始めたときも、誰からも声ひとつ出なかった。アーッ! という叫び声がジェスに届いたその瞬間、彼は反射的にダイブして一命は取り留めたものの、歩行能力はついに戻ってこなかった。大木の幹は彼の両の足を潰し、半身を土の中に埋め込んだのである。その日、おそらくは協会の罪の意識のゆえだろう、車の中にマーケットの紙袋で包んだ現金が置かれているのが見つかった。それから先はわずかな年金と、保険会社からきた何枚かの小切手が収入のすべて。子供三人を養っていける額では到底なかった。ジェスは訴訟を起こしたが、そんな「悲運」の弁護を任される者に、ジョージ・ヴァンデヴィアのような働きが期待できようはずもない。スキャントリングの罪は追求できぬまま、事件は早々の決着を見た。》pp114-5

 長い引用だけど、詰め込まれている内容からすれば、これくらいの分量ではむしろ短いと思う。短いというか、すごい早口
 短篇1本になりそうな材料を「あらすじ」程度に圧縮し、なぜそこまで、という猛スピードで駆け抜ける。《半身を土の中に埋め込んだのである》なんてところは、ワイリー・コヨーテの類のアニメへの連想を利用してスピードを上げている。

・そんなピンチョンの、おそらくは相当にしっちゃかめっちゃかな文章を日本語に移し換えようと奮闘したうえに、60ページ・300項目の巻末ノートを付けてしまった訳者・佐藤良明の営為は何と評せばいいのだろう。変幻自在? 博覧強記? 私は「変態的」というのがいちばん合ってると思う。


■ 8月13日(木)

・朝、5時半に起こされて墓参り。なぜこんなに早いのかと思うが、舗装もされてない山道を登った先、イメージとしては朝靄がけぶりさえする杉林の真ん中にある墓地に着くと、すでに何組もの先客が墓参り中。この人たちみんな、なぜこんなに早いのか。(答え:農家だから)

・夜、『ヴァインランド』を読む。
 たとえばこういう部分がある。このあたりの主語はラルフ・ウェイヴォーンという地元の実力者(イタリア系のマフィア的存在)で、今日は娘の結婚式、というところだが、話は列席する長男のラルフ・ジュニアのことに流れていく。
《「一つ大事なことを教えておこう」自分の名をゆずった息子の十八歳の誕生日に、三年早く成人のパーティーを催したのは、当時、あらゆる問題を引き起こす才能が息子の中で開花しつつあったのを思えば適策であったといえる。「我がファミリーはな、全額の出資を受けた子会社でしかないのだよ」と、ラルフはその日告白した。「何に手を出すにせよ、そのことだけは忘れちゃいかん」
「なあに、その全額ナントカっていうの」ジュニア君にはチンプンカンプンの話である。以前のウェイヴォーン氏であったら、ここで肩をすぼめて、そのまま黙って歩き去り、ひとり絶望の味を噛みしめたことだろう。この日二人がいたのは地下のワイン置場であって、ボトルの間に息子を一人置き去りにしてもよかったのだが、このときのラルフは懇切丁寧に、ウェイヴォーン一族には厳密に言って自前の財産など何一つないのだと説明してあげた。わが家はとある企業[コーポレーション]に買い取られていて、その会社から年間の活動費を得ているだけなのだと。
「英国の王室みたいなものだってこと?」
「長男よ」ラルフはグルリ目玉を回して、「妙なたとえはせんでくれ」
「で、ぼくはチャールズ皇太子」
「テスタ・プンティータ。お願いだ。」》p140

 最初の一文がえらく強引に圧縮されており、そのような無茶な駆け足で、話がいきなり過去に飛んでいることにも注目である。
「そんなのふつうじゃないか」と思われるかもしれないが、そしてたしかにそれはそうだが、こういう圧縮による時間ジャンプのめまぐるしい繰り返しが、ときおり発生する、ふつうを越えるジャンプの下地を作っているのもまたたしかなんである。


■ 8月14日(金)

・朝から、めずらしく頭痛に悩まされる。後頭部の下のほう、首があたまにつながるあたりがズキズキ痛い。場所からして痛といっていいのか微妙。
・「延髄切り」というネーミングは真におそろしいなと思いながら夕方に帰京。
・『ヴァインランド』は読んでいない。



ヴァインランドヴァインランド
(1998/12)
トマス ピンチョン

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2009/08/11

読中日記 2009夏(1)


■ 8月6日(木)

・夜、部屋に帰ってくると郵便受けに佐川急便の不在連絡票が入っている。届け主はamazon。何を注文していたのか真剣に忘れていたのでアカウントサービスで確認する。


■ 8月7日(金)

・今日も受け取れない。


■ 8月8日(土)

・昼過ぎ、ようやく佐川急便のお兄さんに再配達してもらった包みから出てきたのは、トマス・ピンチョンの新作、Inherent Vice

Inherent ViceInherent Vice
(2009/08/04)
Thomas Pynchon

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・実物はカバーがてかてかしているせいで画像よりダサくみえるんだけど、それはよくあること(裏カバーはもっとダサい)。
 ぱらぱらめくってみて気がついた。文字の印刷された紙の束を、外側の固い表紙にのり付けするかたちで本はできているが、私のところに届いたこの1冊は、のり付けの際にズレができていて、本の中身がカバーから微妙に傾いている。本を上から見ると、ノドは表紙にぴったりくっついているが、下側では、ノドと表紙のあいだに1センチも隙間ができている。むしろ感心した。

・カバー折り返しの紹介を見てみる。
 今回の主人公はスポーテロとかいう男(Doc Sportello)らしい。別れてしばらくたつ元カノが、とつぜん彼のまえにあらわれて、いま付きあっている大富豪の誘拐計画をもちこむ。感傷もおぼえつつ、錯綜するさまざまな思惑のなかに巻き込まれていくスポーテロ。登場するのはサーファーにハスラーにヤク中にロッカー、鉤十字のタトゥーをした前科もの、などなど。60年代西海岸!という話なのかと思われる。

・阿佐谷の七夕祭に行った。人混みのなかをのろのろ進むので、前を歩く女の子のバッグについていたピンクのバッジが目に入る。
「夢があればドリームはかなう」と書いてあった。難解。


■ 8月9日(日)

・思い立って、きのうの「夢があればドリームはかなう」をググり、ここでその正体を知る。ほんとにわかるとは期待せずに調べていたのでおどろいたが、依然として難解なのは変わりない。

・夜、地震のあとでピンチョンをめくってみると、エピグラフとして引用されていたのは「舗石の下には砂浜がある!」という、68年パリ5月革命の際の有名な落書きだった。
・それから落書き画像をググるなどして→これとか)、眠くなってから磯崎憲一郎『終の住処』(新潮社)を読む。これもいいけど、「肝心の子供」みたいなものもまた読みたい。しかも長いの。
・そのまま寝た。舗石の下には砂浜がある。夢があればドリームはかなう。


■ 8月10日(月)

・台風はまだ来ない。夕飯のあと、ここまでの日記を書くと寝る時間になった。


■ 8月11日(火)

・早朝に目が覚めて、時計を見たら5時。ふとんに入ったままでいると地震が来た。が、これはおそらく順序が逆で、地震で目覚めてから私のあたまが前後数秒の記憶を捏造したのだと思われる。だって、そんな時間に起きられるはずがない。
・7時まえに部屋を出、昼過ぎに帰る。
・荷物をまとめたのでこれから週末まで帰省する。
 すこし考えて、Inherent Vice は置いていくことにした。


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