2006/09/25

日記

 ものすごく混んでいる、というので夏のあいだ敬遠していた「時をかける少女」が、近所の映画館でもはじまったので見に行った。それなりに混んでいた。

 ネット上での評判があんまりいいのでどんなものかと思っていたが、実際見てみたら、ほんとにいいので驚いた。エンドロールを最後まで見て場内が明るくなり、ロビーに出ると、次の回を待つ行列のなかに高校生男子の2人組とか3人組とかがいるので「きみらアニメ見てる場合か」と言いたくなった。錯覚である。錯覚といえばこの映画、時間が小刻みに戻るので、そのせいなのか何なのか、見てるあいだ「いま、はじまってから何分くらい経ってるのか」の見当がつかなかった。終わってから時計を見て、100分足らずなのにまた驚いた。われながら手玉に取られすぎ。
 主人公が何度も何度も気持よく走ってくれる(そして転がる)映画で、なのに後半のいちばん重要な、それゆえいちばん長く走るシーンだけ、胸から上しか描いていないのは惜しいと思った。何か意図があったんだろうけど、素直な私はあそここそ全身で走ってほしかった。意外で興味深かったのは、舞台になる町について、私のなかの地図欲があんまり反応しなかった点。これじゃ意味不明か。しかし「おれと町と地図」については長くなるのでまたにする。アニメのことはよく知らないんだけど、ここまで目を省略しちゃってもよくなったんだ、というのも新鮮だった。
 (1)まだ見てなくて(2)近くでやってるならぜひ見るべきだ、といまさらいいたいが、朝晩がこんなに涼しくなってからスクリーンのなかの盛夏を見たら切なさ倍増かもしれない。それはそれでいい気もする。そろそろ「ゲド戦記」も見てくるか。終わらない夏。そういう話ではない。
2006/09/20

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その45


[前回…]

 ソクーロフの「太陽」を見てきた。この映画のあとではだれだって、ハーシーのチョコレートが食べたくなってしまうだろう。客席、ほんとにご老人が多いので複雑だったけれども。見どころは町山智浩が最初のレビューで紹介しつくしているが、笑えるシーンの実際のおかしさはどうにも伝達しがたい。軽い気持でイッセー尾形は神、とか言ったら、映画の内容ぶち壊しではある。

 ラブレーの続き。莫大な費用をかけて建設された「テレームの僧院」は、地下1階・地上5階の6層構造、外観は6角形をなし、角ごとに太い丸塔がそびえ立つ。この建物を描写するラブレーの筆致は、まるで設計図をすみからすみまで文字で書きつくそうとするかのように詳細きわまりない。
《[…]各々の塔の間、母屋の中央に、一つずつ、棟のなかに作られた踊場づきの螺旋階段が設けてあり、その階段は、或いは斑紋岩、或いはヌミディヤの紅大理石、或いは緑地に紅白の縞目の出た蛇紋石で作られ、幅は二十二尺、厚みは三指寸、それが各々の踊場の間に十二段ずつならんでいた。踊場毎に古代風の見事な対の飾拱門が取りつけてあり、そこから外光が射しこむようになっていたが、この拱門を潜ると、螺旋階段と同じくらいの幅の格子窓つきの小房へ出た。更に階段は屋根の上までのぼってゆき、最後は、物見楼なっていた。この階段から左右の広間へもはいって行けるのであり、この広間は、各々の部屋へ通じていた。
 「朔北」塔から「冷水」塔にかけて、ギリシア、ラテン、ヘブライ、フランス、イタリヤ、イスパニヤ語の書籍を蔵めた壮麗な大図書館が設けられ、各国語別に各階へ分けられていた。[…]》第53章 p235

《どの広間も居間も小部屋も、季節の移り変りに従って、様々な毛氈で敷きつめられていた。通路という通路は皆、緑色の羅紗で蔽われていた。寝台は、縫箔で飾られていた。どの控え部屋にも、純金の框[わく]に嵌めこまれた水晶の鏡があり、その鏡の周囲には真珠玉が鏤められ、全身を隈なく映し出せるほどの大きさだった。婦人寮舎の広間の出口には、香料係や結髪係が控えて居り、男子が婦人を訪ねる場合には、これらの人々の手を通ずる仕組みになっていた。[…]》第55章 p244

 なんでそこまで、と言いたくなる書きっぷりである。描写は時間を止めるから、こういった記述が続く限りは物語は進まない。しかし、進まなくてもよいのである。というか、ラブレーには物語を進めるつもりがない。もう『ガルガンチュワ物語』に出来事は起こらない。ガルガンチュワと院長であるジャンさえも、最終章のラストにいちど顔を見せるだけ。あとはひたすら、テレームの僧院と、そこに住む修道士(テレミート)の姿が描写されてゆく。
 とりわけ、修道士男女の服装の記述は膨大である。季節によって変わる髪の結い方から肌着に長裳に胴当てに靴、それらの色から材質、ちょっとした着こなしの工夫までがえんえん述べられて、訳者も註を乱れうち、テレームの僧院がいかにすばらしい空間であるかがおなかいっぱい力説される。
 修道士たちのために衣装係や各種の職人まで揃えられていて、僧院はさながら完全に自足した別世界。ここがいかに快適な場所であるかの説明が続く。というかラブレーは、この僧院を最高に快適な場所として造形しようと一生懸命なのである。描写は過剰だが静的で、ガルガンチュワ子供時代の遊びの列挙なんかとは根本的にちがう。いつになく真面目なラブレー。
 ここのところの事情を、訳者渡辺一夫は「作者ラブレーは、グラングゥジエやガルガンチュワが巨人であることをも、また自らの想像した物語の筋すらをも忘れ果てて、ただ明け初める時代に懸けた希望と理想と憧憬との夢――ルネサンスの夢――に耽っているようにも思われる」と書いている(「解説」より)。
 で、これまでのしっちゃかめっちゃかな大騒ぎ的物語と、この僧院パートとの齟齬がもっともよく現れている(とされてきた)部分を訳出するにあたって大いにふり回される渡辺一夫のエピソードがちょっと面白いので次回に続く。

2006/09/18

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その44


[前回…]

 ジャン修道士。フルネームはジャン・デ・ザントーム。第27章での初登場から戦争の終わりまで、獅子奮迅というか鬼神のような戦いっぷりで敵兵を山ほど虐殺してきた男。この功労者にガルガンチュワは、最大級の褒美で報いようとする。まず、彼のいる修道院の院長にしてあげようとするが、ジャンはこれを拒絶する。ほかの有名な修道院の院長職も固辞。
《 ――なぜかと申しますに、(と彼は言った、)己が身のことすら取り締まれませぬ拙者に、どうして他人様を取り締まれましょうかい? もし、今までの拙者めの勤めぶりが殿の御意に適ったといたし、また将来も、その見込みがあると思召されるならば、拙者の考案通りの修道院を一つ、建立いたすことを御聴許下さりませ。》第52章 pp230-1

 この申し出をガルガンチュワは気に入って、テレーム国という領土のすべてを提供する。そこでジャン修道士は自分のプランを開陳するのだが、基本コンセプトは「他の一切の僧院とは裏腹な修道院」だった。具体的にはこんなもの。

 ・塀で囲まない
 ・時計をいっさい備え付けない(「この世で何が一番阿呆だと申して、良識や悟性の言いつけに従わずに鐘の音をたよりに、我が身を取り締まることくらい阿呆なことはない」)
 ・従来の修道院に入れられたのは心身になんらかの欠陥のある男女なので、この修道院に入れるのは「眉目形も優れ、姿も美しく、心様も秀でた女性、及び眉目は秀麗、体軀も整い、気立ての良い男性」に限定する

 このように難解なルールも定められた。
《今までの尼僧院へは、男子は人目を盗んでこっそりとはいるより外に仕方がなかったのであるから、本修道院では、男がいない場合には断じて女もいてはならず、女がいない場合には断じて男もいてはならない》p232

 まだある。

 ・この修道院に入った者は、いつでも好きなときに出ていってよい
 ・修道院内での婚姻、蓄財は自由
 ・適格年齢は女が10-15歳、男が12-18歳

 いま『ガルガンチュワ物語』は第52章まできたが、このテレームの僧院についての叙述はラストの58章まで続き、それでこの巻は完結するのだから、相当重要な部分であるらしい。パラパラめくってみると、まず次の第53章では修道院の設計が詳細に記され、54章ではその正門にかけられた銘文、55章ではひき続き院内の設備の様子…… といった具合。訳註でもこんな紹介がされている。
《[…]この「テレームの僧院」の数章に亙る記述は、本書の巻末を飾るものであり、そこには、ラブレーのユートピヤとでも呼んでもよいものが現れている。ややくだくだしい感を与える数章もあるし、中世文学の或る種類の作品のもじりになっている点もあるが、全体として、独立した「作品」となって居り、これまでの「物語」とは調子も異なっている。》p368

 訳者自身が「ややくだくだしい感を与える」と書くのだから、実際には「たいへんくだくだしい感を与える」のじゃないかと予想されるが、くだくだしいのは嫌いじゃないのでもう数日読んでみる。

2006/09/16

「群像」2006年10月号


「群像」の10月号は“創刊六十周年記念号”でやたらと厚かった。特集で短篇が46作も載っているので買ってみた。

 もともと好きな作家のものからはじめて、興味はあるのに未読だった人、名前も知らなかった人まで取り混ぜてぜんぶ読んでみようと思いつつ、まだ半分以上残っている。川上弘美や堀江敏幸は安定してるなあとか、古井由吉はすげえやとか、リービ英雄はあんまりリービ英雄すぎて読みにくいとか、これが絲山秋子の意地の悪さか、とか、いろんな感想が浮かんでは消える。
 とびとびに読んでるが、掲載は作者名の50音順なので、青山真治(1964年生れ)の次に阿川弘之(1920年生れ)が来たりする。笙野頼子と瀬戸内寂聴が並んでいたり、意外とアナーキーだ、50音順って。
 はじめて読んだ吉村萬壱の「イナセ一戸建て」は、作家志望の青年が、近くに引っ越してきた憧れの小説家相手に妄想をふくらませる馬鹿話。青年と中年と老人が謎の三角関係に。何箇所か声を出して笑う。
 あと読んだなかでは、町田康「ホワイトハッピー・ご覧のスポン」が楽しい。私はこの人の短篇集は読んでいないのでよくわかんないんだが、主人公兼語り手はいつもの生真面目なダメ野郎、なのにポジティブ、という設定はほかにもあるんだろうか?
《すべてとすべてとすべてに感謝。自分のすごさを常に忘れないこと。そして感謝すること。喜びの針の穴にチューニングをあわせろ。袷の季節。泡おどり。
 みんなで、ラララ、居酒屋に、ラララ、転がっていくんだ、ラララ。糞のように、風のように、アララララ。つくだに。
 居酒屋へ向かう途中そんな言葉が頭に浮かんだのでメモをした。
 メモをしていたため少し遅れていくともうみんな、半個室のような板敷きに座っていて跪く店員に料理や酒を注文していた。》

 「メモをしていたため少し遅れていくと」て。

 それから妙におかしかったのが、松浦寿輝の「地下」。
 無期懲役の判決を受けて刑務所に入っていた男が27年経って仮出獄、その後の静かな生活が描かれる。収監前は名士で充分な稼ぎがあったらしいこの男は、暮らしには困らない。ひとりでひっそりと日々をすごすうち、地下室の改造を思いつく。ホテルのバーのようなカウンターをしつらえ、骨董家具屋から英国製のテーブルと椅子を買ってきて並べる。美大の学生に依頼して作ってもらった人間の彫像を配置し、録音してきた街のざわめきをスピーカーから流し満足。そのうち外国の喧騒を流すのも「悪くあるまい」と考える。
 このような過程がただ淡々と綴られてオチもない、地味で変な話だが、ところどころで太宰治に複雑な感情を抱いたり、苦い気持で武士道のことを考えたり、首のうしろの傷跡をなでさすったりするこの男の名前は、短篇の書き出しにはっきり「平岡」と記されていて、その後も「平岡」「平岡」と連発される。これはあきらかに“徹頭徹尾、真面目くさった顔で冗談をいう”芸だろう。一発ネタである。市ヶ谷の方向に合掌。

 で、結局、気になる作家のものしか読んでいないのだった。



群像 2006年 10月号 [雑誌]群像 2006年 10月号 [雑誌]
(2006/09/07)
不明

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2006/09/11

ABC

 青山ブックセンターからイベント情報メール。これはちょっと行きたい。
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『小説の誕生』、『その街の今は』(ともに新潮社)刊行記念
保坂和志×柴崎友香トークショー&サイン会
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■2006年9月30日(土)18:00~20:00(開場17:30)
■会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山
■定員:120名様
■入場料:500円(税込)電話予約の上、当日ご清算
■電話予約&お問い合わせ電話: 青山ブックセンター本店・03-5485-5511
■受付時間: 10:00~22:00
(※受付時間は、お問い合わせ店舗の営業時間内となります。御注意下さい。)
■受付開始日:2006年9月12日(火)10:00~

『小説の自由』(新潮社)刊行時のトークショーも好評だった保坂和志さんと、初めてのトークショーという柴崎友香さん。
兼ねてから親交の深いお二人が、新潮社より同じ日に書籍を刊行するのを記念して、ABCでの対談が実現。

 それで青山ブックセンターのサイトをのぞいてみると、今年やったイベントのリポートが置いてあった。

 リチャード・パワーズ来日記念トーク(2006/3/23)
 「世界を抱きしめる眼差し」の文学

 松浦寿輝×川上弘美トークショー(2006/5/14)
 「夜の公園で散歩のあいまにこんなことを考えていた」

 ずいぶん前からアップされていたようで、なんだ、こんないいものがあったのか。
2006/09/09

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その43


[前回…]

 ピンチョンの新作についてWeb上で飛び交う推測や議論を追いかけるのはもうとっくにあきらめているが、さっき思い立って調べに行くと、amazon本店でカバーを見ることができるようになっていた(クリックで拡大)。ああ、早く訳されないかな。

 ガルガンチュワの戦争には万全のアフターケアがついてくる。第50章。打ち破ったレルネの敗残兵を前にして、ガルガンチュワは語り出す。
《惟[おも]うに連綿たる当家歴代の祖先父祖たちは、数々の合戦を終えた後に、その武勲と勝利とを永遠に記し止めるために、政略した国々に堂碑を建立いたすことよりも、洽[あまね]く寛仁を施すことによって、敗れた人々の胸のうちに戦捷標・記念碑を打ち建てるを本旨念願とし給うた。なぜかと申すに、凱旋門、記念柱、金字塔などに刻まれ、風雨に冒されやすく、また世人の羨望を唆るような物言わぬ記銘文よりも、仁慈の徳によって心服せしめた人々の生々とした記憶のほうを、はるかに尊しとされたからだ。》p223

 さすが巨人国の王子、格調高い。一人称を「余」にして話す彼の姿を見たら、幼いときに世話をしたあの侍女たちも鼻が高いだろう。
《余としても、祖先伝来の寛仁の徳に些かも悖るまいと念願するから、今、諸君の過誤を赦免し諸君を解放して、元通りの束縛なき自由の身に返すことにする。更に、諸君が城門を出るに際して、各自に三カ月分の手当てを支給いたすが、これは、故里家庭へ落ちつくための費用に当てられたい。また、我が楯持士[たてもち]アレクサンドルの引率する六百名の武士及び八千の歩卒をして諸君を安全に護送せしめるが、これは、農民たちから危害を蒙らないようにするためである。神の御加護のあらむことを祈る!》p226

 農民テラコワス。神の御加護まで要るのかと。それからガルガンチュワは、戦争の原因を作った数人にだけ労役を課すと、あとは戦死者を葬って、負傷者を病院に送り、町の損害を償ってから、諸国連合軍を解散する。いちいち行き届いている。これなら開戦前になんとかできたんじゃないかと思う。
 ガルガンチュワは、とくべつ活躍した何人かの武将を連れて自国に凱旋した。宴会ののち、彼らには大金を配るだけでなく、ひとりひとりに領地を与えた。このごほうびにあずかれるのは、ポノクラートやジムナスト、ユーデモンといった、これまでにも活躍していた人物であり、かと思えば、ここではじめて名前を書かれ登場する人間も何名かいる。こういういい加減さを私は支持したい。
 さてしかし、まだ名前の出てこない功労者がいた。ジャン修道士である。

2006/09/07

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その42


[前回…]

 あれは3日前だったか4日前だったか、真夜中に駅を出て家まで帰る途中、シャッターの降りた商店街の通りがいつもより明るくなっていた。ふつうの街灯のほかに、あちこちの電柱にセットされた提灯の列が夜道を照らしている。ひとつひとつの提灯には、私には読めない旧字で「とてもめでたい」みたいな漢字が書かれてあり、数秒のあいだ何事かと考えて出た答えが「すわ、男児出産か」。信じて疑わなかった。地元の神社のお祭り期間なんだそうです。だから今日も明るかった。男児出産は次の日だった。

 ガルガンチュワ軍に敗れ、逃げ出したピクロコル王の末路は悲惨だった。逃げてる最中に馬がつまづく→癇癪を起こして馬を殺害→水車の驢馬を盗もうとして粉挽きたちに叩きのめされ半死半生→「着物も剥ぎ取られ、これでも着ろと一枚の襤褸外套を与えられた。」
《こうして哀れな癇癪持ちの落人は逃れて行った。そして、ポール・ユオーの村で、河を渡る時、己が不運を物語ったところが、年とった魔法遣いの女から、彼の王国は、飛びきたらざる鶴鶏が飛びきたる時節に、彼の手に戻るだろうと告げられた。それ以来、彼の消息はとんと判らない。》第49章 p222

 いちどは全ヨーロッパを手中に収めようとした野心家の最後である。しかし私が気になったのは、ここで何気なく書かれている、「[…]己が不運を物語ったところが、年とった魔法遣いの女から、[…]と告げられた」という箇所だった。何の断り書きもなく「魔法遣い」が登場。

 そりゃたしかにこの本は、主人公からして巨人だし、母親の耳から生れてくるし、無茶苦茶なエピソードがてんこもりの話ではある。しかし、それらの無茶苦茶が乗っけられている土台の部分(=作者が無茶苦茶を排して作ったはずの部分)までもが、いまの私たちからするとあちこちほころびているんじゃないかと思わずにはいられない。もっとも、当時の世間の常識からいって、「魔法遣い」の出てくる話がリアリズムの範疇にあったのか、当時としてもいかにもお話らしいお話の部類だったのか、それを判断する術が私にはない。後者ならちゃっちゃと読み飛ばせばよかった。ラブレーも罪な人だ。

 とりあえず「現代」といっていい時代を舞台にした作品を受け取るにあたっては、登場する「サラリーマン」や「主婦」を思い描くのに、私たちはほとんど想像力を使う必要がない。さらに、たとえばシェイクスピアを読むときも、あたまのなかで時代を過去へずらしていけば、「王」とか「羊飼い」といった登場人物をみちびき出すのはむずかしくない。今はいないにしても、昔はいたんだろうな、みたいな感じで、そういった人物を自然に受け取っている。しかし、「王」や「羊飼い」と同じレベルに「魔女」の存在を据えて読むには、時代をずらすだけでなく、ほんとは別のチューニングも変える必要があるはずだ。その調整を私たちは無意識に行なっていることにして、結果、「王」「羊飼い」と地続きに「魔女」を受け入れたつもりでいるように思う。しかし、そのチューニングはそんなに簡単に変えられるものではないのじゃないか、という気もたまにするのである。
 時代が変われば常識も変わるから、昔の本を読むときは片手に昔のものさしを持っておくのが大事だ、というのはあたり前の話だが、当時の人にとって「魔女」は架空の存在だったのか。魔女狩りがあったわけだし、「魔女」は本当にいる、ということになっていたのなら、上の引用箇所の受け取りかたは、私と当時の人ではぜんぜん違うものだろう。昔のものさしを持って読む、なんてことは、不可能な理想に思えてくる。実際、無理なんだろう。

 いやいや、途中から逆になってきた。ここで私が言いたかったのは、私には「魔女」は架空のものとしてしかとらえられず、それに比べれば「王」や「羊飼い」は実在のものとしてすんなり受け取っているが、じつはその「王」「羊飼い」も、ほんとは「魔女」と同じくらい遠いところにいるのではないか、ということだった。
 であれば、「王」「羊飼い」に対しても、あたまのなかに「魔女が実在のものであった世界」を作るのと同じくらいの想像力でもって、向き合うべきではないのか。そして、「サラリーマン」や「主婦」に対してさえも。

 さっぱり要領をえないが、書いているうちに最初の自分の考えを見失うのはよくあることだった。ガルガンチュワは味方の兵に褒賞を与え、それから敵軍の敗残兵を集めて「訓話」を行なう。

2006/09/03

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その41


[前回…]

 第48章。章題は「ガルガンチュワがラ・ローシュ・クレルモー城中にピクロコルを襲い、右ピクロコルの軍勢を壊滅させたこと」。父王グラングゥジエから指揮権を譲られたガルガンチュワが、いよいよ全軍を率いて城攻めに向かう。
《ガルガンチュワ軍は、窪地に身を引いて砲兵隊に思う存分に活動させた。城を衛る敵兵たちは死力を尽して防戦に努めたが、射かける矢は寄手の軍勢の頭を越えて飛び去ってしまい、誰をも傷つけなかった。砲火から逃れ出た敵部隊の数人の者は、敢然として我が陣へ討ち入ってきたが、その甲斐はなかったと申すのは、一人残らず我が戦列に迎えられて、そのまま地上に倒されたからである。》p219

 約3ページで城が落ちる。今回も、(1)ジャン修道士と、(2)ガルガンチュワを含むその他、といった構成で、どう考えてもこの修道士は巨人ガルガンチュワを食ってしまっている。活躍しすぎ。
《敵の防衛軍は、四ほう八ぽうから、ガルガンチュワ軍が城内へ侵入してきたのを見て、修道士に降服して和を乞うた。修道士は、打物刄物銃槍の類を棄てさせ、敵兵を悉く礼拝堂内に追いこんで閉じこめてしまい、十字架附きの棍棒などは一切没収して、脱走せぬようにと見張りの兵を戸口に立たせた。それから、この東の門を開いて討って出て、ガルガンチュワの救援に赴いたのである。》p221

 城は落ちるべくして落ちた。「全軍を原野に展開させ」だの「輩下の武士数隊を率いて突撃」だの「左手の丘陵を占領」だの「砲兵隊の攻撃を開始」だのといったみじかい記述に刺激されるだけ刺激されたのに、あんまりあっさり終わって拍子抜けだから、おさまらないこの気持は宮崎駿の『風の谷のナウシカ』漫画版で勝手に補完しておくことにする。ラブレーは次回へ続く。


風の谷のナウシカ 3 (3) 単行本の7冊を通し全篇が戦争状態という物語下にあって、『ナウシカ』第3巻後半の戦闘シーンは出色の出来だと思う。土鬼の城を占領していたトルメキアの辺境部隊が、いまや装備を整えた敵大軍にとり囲まれて全滅も時間の問題、援軍も来ない、というところにクシャナが帰還する。
 ここからはじまるトルメキア第三軍の突撃作戦を描いた数十ページには、何度読んでも舌を巻く。兵力で圧倒的に劣るため、奇襲で一発逆転を狙うしかない状況を生むにいたった軍内部の確執を書き込む前準備もさることながら、そこには何よりも、敵の大人数を少人数で引っかきまわす小気味よさがあふれている。

 クシャナを先頭にした精鋭部隊が味方の撃つ大砲の煙に隠れて突撃、敵の攻城砲を破壊してまわるという無茶な戦略(クロトワの意見は「兵学校の答案なら零点」)に説得力を与えて描き切った宮崎駿の絵の力は、やはりちょっとどうかしていると思う。
 基本は騎兵戦なので、みんな騎乗して走る。このひとに描かせると、何十人かの人数からなる部隊が、たしかにそれだけの数を伴って走っているように見える。異様にスピード感のある小部隊の動き、心ならずも参加したナウシカの独走を追ってコマを眺めていると、こちらにも地形の起伏まで伝わってくる気がした。ひとつひとつは止め絵だというのに、思い出そうとすると、駿の絵は動いている。
 手塚治虫の『新宝島』が出た当時の子供みたいな感想を書いたが、このシーンに駿が相当力を入れていたのは事実のようで、漫画の連載完結後に行なわれたインタビューのなか、駿はここをみずから絶賛していた。前後もいろいろ感慨深いので引用してみる。11年前の話である。
《――庵野君がクシャナを主人公で一本つくりたいと前からラブコールを送っています。結構面白いのが出来るような気がしますが。

宮崎 駄目ですね。つまらないものが出来る。
 彼は、戦争ごっこをやりたいだけなんだもの。戦争ごっこは僕は嫌いじゃないけど。僕が三巻目に描いた戦闘場面なんていうのは、非常にうまく出来ていると思うんですよ。ざまー見ろというくらいうまく出来ているという、まあ愚かな自慢です。戦争を描くならこのくらいのことを描けと、そういう見栄も僕にはありますから。
 でも「ナウシカ」は、戦争を描くまんがではないから。

――でも、(執拗に喰いさがる)その優秀な前線指揮官としてのクシャナの一時間半の活劇というのはなぜ駄目なんですか?

宮崎 くだらないですね。最低です。最低になるのに決まっているじゃないですか? そんな企画しか思いつかなかったら、映画をつくることを辞めた方が良いですよ(笑い)。優秀な前線指揮官の映画なんか、アメリカの先達がいくらでも作っているじゃないですか。「コンバット」とか。

――それはそれで。

宮崎 映画にできる内容なら自分でやります。》
「COMIC BOX」(1995年1月/vol.98)p21

 では「ハウル」の戦争はあれでよかったのかと思わなくもないが、かえすがえすも11年前の話である。
 戦闘シーンにわくわくする気持は私ひとり十二分に補完されたので、『ガルガンチュワ』に戻る。今日書いてることはいつにもましてぐだぐだだが、壊滅したレルネの軍もぐだぐだだった。
《ピクロコルもその輩下の兵たちも、万事休すと知ったので、四ほう八ぽうへと潰走してしまった。ガルガンチュワは、敵兵どもを打ち殺し薙ぎ倒しながら、ヴォゴドリー付近まで追撃して行ったが、ほどなく停戦の合図を打ち鳴らしたのである。》p221

 土鬼でもトルメキアでも妃殿下でも少年兵でも戦争は相手を「打ち殺し薙ぎ倒」すことだというのが『ナウシカ』に書いてあることだった。
 ここからあとは戦後処理になると思われる。

2006/09/01

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その40


[前回…]

 部屋の外から虫の声がする。実家から梨が送られてきた。ラブレーはまだ第1巻。
 ガルガンチュワ+ジャン修道士+その他 vs レルネの大軍、という戦いの緒戦だった。ジャン修道士は例の通りだし、ガルガンチュワも大木を振り回す。
《敵兵はその数も非常に減ってしまい、あたかも眼前に死神がそっくりそのまま姿を現したとでもいうように、恐怖狼狽してなすところを知らず、取るものも取り敢えず退却を開始した。》第44章 p204

 ガルガンチュワも城に帰る。少し遅れて戻ったジャン修道士は、敵の隊長を捕まえてきた。名前は「臆病山法螺之守[トウクデイヨーン]」。しかしガルガンチュワの父であるグラングゥジエは、この男を捕虜にするどころか、みずからこんこんと理を説き聞かせる。そればかりか、金銀財宝様々な「引出物」を与えてピクロコルのところへ帰らせた。

 徳に篤いグラングゥジエのところには、30を越える近隣の村々から援助の申し出が押し寄せる。その内容がいつものように列挙される。いわく「金員は、黄金で一億三千四百万と二両半」、「軍勢は、一万五千の武士、三万二千の軽騎兵、八万九千の火縄銃手、十四万の志願武士、一万一千二百門の加農砲、大加農砲、大口径砲、小型細身砲、四万七千の砲手」。しかもグラングゥジエは、これらを受け取りも拒みもしない。
《深く謝辞を述べて、今度の戦は、十分に奇略を用いて処理し、善良なる方々を煩わす必要のないようにするつもりだと言った。》第47章 p215

 一方そのころレルネでは、城に戻った「臆病山法螺之守」がピクロコル王に向かって「グラングゥジエは立派な人物なので戦争はやめましょう」と進言。いきり立った他の将が罵詈雑言を返すので、「臆病山法螺之守」は勢いでこれを斬ってしまう。今度はピクロコル王が激怒する。まわりの兵に「臆病山法螺之守」をずたずたに斬るように命令、「部屋一帯が血糊の海と化した」。
《――糞喰え! へなちょこめ!(とピクロコルは言った。)貴様らは、ムランの鰻のような奴じゃ。皮をひん剥かれる前に、きいきい叫び居るわい。敵軍がくるならこさせて置くだけじゃ。》p218

 ラブレー、まとめに入っていると思われる。ここにきてようやく戦も終りが見えてきたようだが、この読書日記の終りはまだ見えない。見える気配さえない。