2006/05/30

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その17


[前回…]

 前回から1週間ぶりになってしまった。「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみるこの日記、だんだんペースが落ちている。「その1」から1ヶ月がすぎたのに、進捗具合はまだ最初の1冊『ガルガンチュワ物語』の1/3程度、90ページを越えたあたりでしかない。
 始めるにあたって、私は「5冊あわせて1ヶ月以内に読み終える」くらいのつもりでいたし、いまでもその気持に嘘はないのだが、こんな調子だと終わるのはいつになることだろう。読み方・書き方を変えないといけない気がずっとしているものの、「変えなくちゃ」→「よしこうしよう!」みたいな機転と要領のよさがあれば、私だっていまの私ではないのである。威張ることではないと思う。
 この本を読むのに、私はもう栞も使っていない。読んでいるところでページが開いたままになるよう、洗濯バサミで留めている。1週間、同じところで留めっぱなしだったせいで、本の形が微妙に崩れてきたように見えるがきっと気のせいだ。挫折するまでは続けてみよう。だらだらといく。

「乾喉国」という架空の国から、現実にもあるパリの地まで見聞を広めるためにやってきた巨人ガルガンチュワが、ノートルダム大聖堂の塔のてっぺんで「金色の雨」を降らせると、「二十六万四百十八人」(女子供のぞく)が溺れ死ぬ。そのあとの話。
 ガルガンチュワは、塔のなかにあった大釣鐘を自分の馬の首につける鈴にしようと思いつき、重さ12500キロと7500キロの鐘ふたつを宿に持ち帰る。ここで語り手はだんだん興奮してきたようで、よくわからないことを口走る。
《パリ全市は、動揺して騒乱状態になったが、諸君も御承知の通り、パリ市民は、とかくこうしたことになりやすく、諸外国の人々は、フランス歴代の諸王の堪忍強さ[或いは(もっとはっきり申せば)間抜け加減]に驚いているほどであるが、王様方は、弾圧を下すと今日も明日も思わしからぬ事態が発生するというので、これを寛恕されて別に市民たちを抑圧されないからである。願わくば、こういう謀叛や陰謀の画策場所を探り当てて、私の教区信徒団の人々にはっきり教えてやりたいものである! [そこへうんこまみれの素敵な檄文でも貼りつけてやれないものかしらん!]》第17章 pp95-6

 落ち着けよと私は言いたい。過去に何かあったんだろう、この語り手は。
 困ったパリ市民は議論を尽くし、釣鐘を返すよう説得するため、神学だか詭弁学だかの老博士をガルガンチュワのところに向かわせる。ジャノトゥス・ド・ブラグマルドという仰々しい名前のこの博士は、宿に着くなり勧められるままがぶがぶ酒を飲み、その状態でガルガンチュワ一同の前に立ち演説を行う。
《おお殿よ、我ガ君ヨ、我ラニ鐘ヲ返シ給エヤ! 正に、ソハ当市ノ財宝ナリですわい。万人があの釣鐘を用いまするのじゃ。》

《ガンガラガント鳴ル鐘ハ皆、ガンガラガンノ鐘撞キ堂ニテ、ガンガラガント鳴ルベキモノナリ。華ノ都ノパリニハ鐘ノ音コソ響クナレ。シカリ而シテ、結論ハ必滅会者定離色即是空寂滅為楽!》

《ああ、我ガ君ヨ、お願いでござる。父ト子ト精霊ノ御名ニヨリテ、アーメン! 何とぞ、我らが釣鐘をお返し下さりませ。さすれば、神はもとより、世ヲ次々ニアラユルモノヲ統ベ給イ生キ給ウ健康の聖母[ノートルダム・ド・サンテ]も、殿を災厄より守り給うでござりましょう。こん、こん、げぶ、げぶ、ごほん、げぶげぶ!》第20章

 酔っ払ったままで4ページ続く懸命な熱弁に、ガルガンチュワたちは笑い転げる。なにしろたちの悪いことには、この老博士が演説を始める前、酒を飲まされているあいだに、ガルガンチュワはちゃっかり釣鐘を返却してきたのだった。博士が「自分の演説で鐘が返った」と思って調子に乗らないよう練られた策だと説明されているけれども、ここの笑いはなんだか陰湿である。
 それからしばらく、学者たちのお粗末なやりとりや低俗な罵り合いが続くので、この語り手にはよほどソルボンヌ大学神学部への敵意があるらしいとうかがえるのだが、それも今に始まったことではないのだった。

2006/05/29

赤レンガ倉庫への道はどちらか?

 5月27日(土)の夕方、「モーターサイクル・ドン・キホーテ」を見に横浜まで行ってきた。宮沢章夫の主催する、遊園地再生事業団の公演。出演者は6人。

 なにより天気が悪かった。JR桜木町駅を出てから会場の赤レンガ倉庫までは歩いて15分、ただでさえけっこうな距離だというのに、私は近道のつもりでかえって遠回りをしていたらしく、余計に放浪して余分な不安を募らせる始末。雨は強くはないもののずっと風が吹いていて、脚ばかりかおなかまでぐっしょり濡れた。スニーカーのなかは水たまり状態、ちゃぷちゃぷ音がする。みなとみらいって言うんでしょうか、あの一帯の広さを、私はなめていた。天気がよければさぞかし気持のいいであろう敷地を歩きながら、赤レンガ倉庫が彼方に姿を現わすまで、もう帰りたいとくじけそうだった。遠くに巨大な観覧車が見えていた。

 演劇は不思議だった。【1】劇の成り立ちの複雑さと、【2】演じられ方の複雑さがあって、どちらも絡みあっている。
20060527【1】基本的には、バイク屋の店主を主人公に、年の離れた妻(再婚)、先妻とのあいだにできた娘、バイク屋で働いている青年、その客、といった日常っぽい枠がある。しかしその土台にはシェイクスピアの作とされる戯曲があるそうで、さらに、その戯曲自体が『ドン・キホーテ』の一挿話に基づいているらしい。会場でもらったパンフレットによれば、そこで扱われるのはふたつの三角関係だという。一方は、幼馴染である恋人との仲を主君に引き裂かれた騎士の話。もうひとつは、自分の妻の貞節を試すため友人に妻を誘惑させた男の話(*)。これらの話の構造が変形されてバイク屋の日常にかぶせられているのか、ふつうの家庭劇のように見える場面に突如、シェイクスピア劇のような男が乱入してきたりする。バイク屋店主の妻は元・役者であり、娘はこれから演劇をやろうとしている。

【2】そんなわけで、ここでいっぱつ安易な言い方をすれば、この劇は台本の段階でメタの上にもメタであるはずだ。だからこそ不思議で奇妙に感じたのは、それだけ位相のズレた世界を演じる俳優たちが、みんな等しく目の前の舞台に立っていることだった。ドン・キホーテ的にちょっと頭がまいっているバイク屋店主は、日常とそうでない場面のどちらも行き来するが、そんな設定がなくたって、どの登場人物も、たしかにそこにいるという点では同じである。見ている私としては、ふたつの場面を区別することはできない(だから、ほんとは「ふたつの場面」という書き方もできない)。「いま出てきた変な奴は主人公の妄想でした」というやり方もありだとは思うが、この劇はそうしていない。どの役だって生身の人間であるという素朴さをひっくり返して、すごく変な状態を作りだしているような。いや、それって演劇なら普通なのか。私はまた安易な言い方をしたのか(**)

 よくわからなくなってきたが、バイク屋がメインなだけに、舞台の上をバイクで走るシーンが何回かあった。俳優がエンジンを吹かすと、しばらくしてから客席にも排気ガスのにおいがかすかに漂う。どう説明すればいいのかいよいよ混乱してきた――私と同じ人間が6人だけ、舞台の上では(舞台の上だというだけで)フィクションを演じていることになっているのである。そっちの世界の排気ガスを、私が嗅いでいる。これはかなりおかしな状況なんじゃないのか。……もう素直に書こう。演劇ってどうやって見ればいいんだ。
《[…]小さな劇場のなかには、たった五十人しか客席がないところもあります。すると舞台はすぐ近くですし、劇場全体が小さな部屋のように閉じられています。そんな場所で、俳優と呼ばれる人が、舞台の上で、大きな声を上げたり、ばたんと床に倒れたりする。こんな怖い世界があるでしょうか。》宮沢章夫『演劇は道具だ』(P5)

 ちょうど私の席のうしろあたりにカメラが入っていて、そのうちテレビで放送されるらしい。ぜひとももう一度見てみたい。終演後も雨はやんでおらず、再びぐしょぐしょに濡れて帰った。

 ○ ○ ○

(*)家に帰ってから調べてみると、これらの話は『ドン・キホーテ』前篇の第24章あたりから始まって、第36章くらいまでえんえん尾を引いていた。ぜんぜん憶えていないんだからいやになってしまう。ついでに書けば、妻の貞節を疑って苦悩する男、といったら前回ちょっと触れた『行人』ともつながりかねない。これもまた偶然なんでしょうか。

(**)そして、宮沢章夫がこの演劇の台本を書けずに苦しむ様子や、稽古の日々を、私は「富士日記2」でこの1ヶ月以上毎日読んでいた。ますますおかしな状況だと思う。
2006/05/27

漱石とその周辺

《「兄さん、ほかの事とは違ってこれは倫理上の大問題ですよ……」「当り前さ」》

 明らかに誇大な題でこんにちは。

 文章の涼しい感じが好きで読んでいる「東京猫の散歩と昼寝」の5/23分で、夏目漱石の『行人』に触れられているのを見て「しまった」と思った。というのは、今年の正月に私もはじめて『行人』を読み、えらく面白いのでそのうち引用しようと思いつつ机の横に積んだままにしていたからだが、しかし、引用したくて鉛筆で印をつけていた箇所はきっちりアップされているんでまあいいか、という気持でもいる。中途半端でゴー。
 「東京猫の散歩と昼寝」2006-05-23
 http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20060523

 あらすじはリンク先で確認していただきたいが(『坊っちゃん』や『こころ』みたいに、あらすじ知ってるのが常識ってことはないと思いたい)、この小説に登場する「嫂[あによめ]の直」はほとんど暴力的な存在感をもっているように私には見えた。そう見たのが私だけではないことがネットのおかげで確認できたところで、ああ、やっぱり引用したくなってきた。「東京猫」で引かれている部分のちょっとだけ前を私は書き写しておこう。語り手の二郎が、なんやかんやの事情で直と旅館の一部屋に取り残された場面である。
《下女が心得て立って行ったかと思うと、宅中の電灯がぱたりと消えた。黒い柱と煤けた天井でただでさえ陰気な部屋が、今度は真暗になった。自分は鼻の先に坐っている嫂を嗅げば嗅がれるような気がした。
「姉さん怖かありませんか」
「怖いわ」という声が想像した通りの見当で聞こえた。けれどもその声のうちには怖らしい何物をも含んでいなかった。またわざと怖がってみせる若々しい蓮葉の態度もなかった。》

 嗅がないでください。このあとに、向こうで引用されている会話が続く。ここらへんを読んだ私は、自分に兄がいないこと、だから一生「嫂」とは無縁であることを思って安心したのだった。大正元年(1912)にこんなキャラを登場させて、漱石はいったいなんのつもりだ。早すぎた近代人・漱石。そんな話ではない。
 そういえば「東京猫」には大江健三郎の感想もアップされたが、どういうわけか、いま私も大江を読んでいるところなのだった。どういうわけも何もないか。

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 さて、そして、今週月曜から始まった宮藤官九郎脚本の昼ドラマはちゃんと録画して見ている。TBS、月-金で13:00-13:30。
 「吾輩は主婦である」(公式)
 http://www.tbs.co.jp/ainogekijyo/syufudearu/

 みどり(斉藤由貴)&たかし(及川光博)夫婦はふたりの子供と幸せに暮らしていたが、たかしが“ミュージカルを作る”という夢を追って会社を辞めてから生活は一変。マンション売ってたかしの実家に身を寄せることになったみどりがお金のやりくりに頭を悩ませていると、旧千円札の夏目漱石が乗り移って大騒動を起こす話、らしい。
「らしい」というのは、漱石が憑依したのは第1週最終日・金曜の放送分だったので今後どう転がっていくかわからないからだが、そこに至るまではちゃんと面白かった。ホームドラマを見たことないからコードも何も知らない人間(私)が好き勝手に想像するところのホームドラマ、しかも昼枠、という幻想をさら形骸化させて小ネタで充填した感じ。主人公夫婦行きつけの喫茶店のマスターを川平慈英が演じていて何の違和感もない、そんな世界。韓流スターはペ・ヤングン、そんな世界。第3話で、みどりの子供である小学生男子に祖母がなぜかエロ本を見せていて、みどりが突っ込みを入れる直前の祖母の台詞はひとこと、「たわわだよね~」だった。
 これが昼日中からテレビで、と、夜な夜な脳内でひねりを加えながらその日のビデオを見ている私は、かなり人のよい視聴者ではあるまいか。40話あるらしいから、当分、晩ごはんのお供には困らない。
 しかし最も凶悪なのは、オープニングの歌だった。斉藤由貴と及川光博が、役柄のままこんな歌詞をデュエットする。
もしも みどりが 風邪を引いたら
た・か・し・は み・ど・り・の お粥になりたい

 オープニングだから、当然毎日放送される。すでに脳が溶けそうである。あと35話。
2006/05/24

気がつくと

 池上本門寺でシティボーイズのライブを見てからもう1ヶ月が過ぎていた。長かったような短かったような1ヶ月だった。ゴールデンウィークとかあったなあ。んで、今週の金曜には早くもWOWOWで録画放送がある。

シティボーイズ「マンドラゴラの降る沼」  5月26日(金)午後10:00
 http://www.wowow.co.jp/stage/cityboys/

 誰か。誰かこれをビデオにとってくれないか。幕が開いた瞬間の第一声(いとうせいこう)をもういちど聞きたい。
  空き瓶に手紙を入れて海に放り投げたところで、本日は以上です。
2006/05/23

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その16


[前回…]

 ガルガンチュワの英才教育は失敗に終わる。
 詭弁哲学の大学者を家庭教師につけて、ラテン語で書かれた古典を次から次へと読まされたのだが、結局のところ何も得るところはなく、《更に悪いことには、頭が変になり、薄のろになり、すっかりぼんやりして、ぼけてしまった》(第15章 p87)
 役に立たない勉強に明け暮れた年月は、「5年3ヶ月」+「13年6ヶ月と2週間」+「18年11ヶ月以上」+「16年2ヶ月」と書いてあるから合わせて54年近く、と計算されるのだが、これも例によって“大げさな列挙”の類かもしれない。これだけ詰め込み教育をさせられたガルガンチュワよりも、近所の小姓であるユーデモンという少年の方がよほど賢かったのである。

 これはまずいと考えた父王グラングゥジエは――そりゃまずいだろう――当世のフランスの若者たちの勉強ぶりを見聞するために、ガルガンチュワをパリへやることにする。
 前述のユーデモン、ユーデモンの師匠ポノクラート、さらにたくさんお供の者がついて、ガルガンチュワは、アフリカ産の巨大な牝馬に乗っていくことになった。この馬、大きさは象6頭分もあるというから驚きで、その姿がくだくだしく描写されるのだが、そのくせ出発してから約1ページで一行はパリに着く。あいだに挟まれるエピソードは、件の牝馬が途中の森で蜂の大群に襲われ、尻尾を振り回したら森全体がなぎ倒されて田畑になってしまった、というひとつだけである。
 もっとないのか、こう、珍道中めいた話が、と拍子抜けしながら読み進めてみるに、どうやらラブレーは、早く次の場面を書きたかったのではないかと思われる。
《一同が数日の間休養してから、ガルガンチュワは市内を見物したが、誰も彼もが、その姿を見て、すっかり感歎してしまった。何しろ、パリの市民たちは、実に阿呆で、野次馬気質があり、生れつきのらくらしている連中だから、そのお蔭で、大道曲芸人や、聖人の遺物を担いで贖宥符を売る連中や、首に鈴をつけた騾馬や、四辻のまんなかにつっ立った琵琶法師などの方が、歴とした福音伝道師よりも、人を沢山に集められることになるしだいだ。》

 パリの阿呆たちにうるさくつきまとわれたガルガンチュワは、牝馬が蜂を追い払ったように、しかしそれとはまたちがったやり方で、群集を追い払う。たぶんこれは名場面である。
《彼はノートルダム大聖堂の塔の上へ腰をおろして一息つかねばならなくなった。そこへ落ちつくと、そのまわりを大勢の人が囲んでしまったので、彼は音吐朗々と、こう言った。
 ――この野郎どもは、ここで披露目の挨拶なり歓迎の礼返しなりをしろというのだな。なるほど、もっともだ。酒でも振舞ってつかわすとするか。だが、こいつは、ただ冗談事[par rys パリだけということにしよう。
 そこでにこにこしながら、見事なその股袋[ブラゲット]をはずして、その一物を宙に抜き出し、人々めがけて勢い劇しく金色の雨を降らしたので、そのために溺れ死んだ者の数は、女や子供を除いて二十六万四百十八人であった。》第17章 pp93-4

 それまで「リュセース」と呼ばれていたこの町の名前が「パリ」に変えられたのは、この出来事のためである――、とラブレーは断言する。

2006/05/21

ユニクロと岩波書店

ユニクロで、荒木飛呂彦Tシャツ販売 「@JOJO」より
 http://atmarkjojo.org/archives/2006/2006-04-18-001150.html

 こんな企画をいま知った。とうに完売。1ヶ月も遅かった。
 再びそんな出遅れのないようにしたいのがこれ↓である。

岩波文庫2006年7月の復刊
 http://www.iwanami.co.jp/shinkan/repub/2006/07.html

 ラインナップに『未成年』がある。ドストエフスキーの長篇で、なぜか唯一新潮文庫に入っていないやつ。しばらく前に古本屋で、紐で括られた「上下巻」セットを見つけたものの買い逃し、悔しがっていた。危ないところだった。
◆『未成年 全三冊 上』 ドストエーフスキイ/米川 正夫 訳
〔予定定価 840円(本体 800円 + 税5%)〕 2006年7月7日 重版再開(1940年7月26日発行)
◆『未成年 全三冊 中』 ドストエーフスキイ/米川 正夫 訳
〔予定定価 735円(本体 700円 + 税5%)〕 2006年7月7日 重版再開(1941年12月14日発行)
◆『未成年 全三冊 下』 ドストエーフスキイ/米川 正夫 訳
〔予定定価 903円(本体 860円 + 税5%)〕 2006年7月7日 重版再開(1941年5月3日発行)

 絶版と復刊を繰り返す岩波文庫。『ディドロ ダランベール編 百科全書―序論および代表項目―』というのもなんかすごいが、なにより、「ガルガンチュワとパンタグリュエル」の復刊はないのか。
2006/05/20

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その15


[前回…]

《しかし結論といたしましては、産毛のもやもやした鵞鳥の子にまさる尻拭きはないと判断し且つ主張する者であります。もっとも、その首を股倉に挟んでやるのが肝腎です。これは、僕の名誉にかけてお信じくださりませ。と申すのも、鵞鳥の雛の産毛の柔らかさと言い、そのほどよい加減の暖かさと言い、お尻の穴に、得も言われぬ心地良さをお感じになりましょうし、鳥の体の温かさが、忽ち直腸[くそぶくろ]やその他の臓腑にも伝わり、遂には心臓や脳味噌のあるところにまで達するからでございます。》(太字は引用者)

《得も言われぬ心地良さ》 ガチョウ。鶏や兎や鳩まで試したガルガンチュワが、満を持して発表したベストチョイスがこれだった。この書かれぐあいから肌ざわりを想像すると、正直、なんだかむずむずしてくるのを禁じえない。
 それにしても気になる。ここで指定されているポーズ、これはまるっきり“おまる”じゃないだろうか。おまるといえばアヒルだが、アヒルもガチョウも似たようなものだ。飛べない鳥をつかまえて排便だの尻を拭くだの、人間とはなんて勝手な生き物なのか、と、心にもないことを書いたのは、おまる=アヒルが日本独自の定式なのか、16世紀フランスからひろく共有されてきたものなのか、調べたくてもどう調べればいいのかわからないのが悔しかったからで、なにしろ2006年の今日では、単純に“おまる”の一語で検索した場合、トップ近くに発見されるのはこんなものなのである。 →こんなもの

 リンク先の彼に代わってひとこと言いたい。食べ物だ。
 変なカバに「おなかが空いた」と泣かれれば、すすんで自分の一部を分け与える姿が、彼の彼たる最も典型的なあり方だったのに、この使われ方は真逆である。インプットからアウトプットまで他人の生理現象の面倒を見させられるとは、ここまで酷使され虐げられたヒーローがかつていただろうか。上記画像に写る彼の笑顔が、私には、生みの親である工場主へ向けられた呪詛の表情に見えてならない。なにがきみのしあわせ。
(そういえば、尻を拭くのに使われた鵞鳥もまた、おそらくは肝臓までフォアグラとして食われるのだろう)

 ここで衷心からひとつ忠告をしておくと、“おまる”でGoogleのイメージ検索をすると地獄を見る。なんとなれば、その結果画面には、全国の悪意なきママたちが自分のブログにアップした、わが子のおまる使用写真が山ほど並ぶことになるからだ。まさか本番を撮影したのではないだろうと思いたいが、しかし、そのおまるがまったくの未使用品ということもないはずだ。私が子供で、親にそんな姿をアップされたと知ったら家出する。意地でも家出する。いっそおまるに乗って家出する。
 しかし一方では、こうも思った。

 どんなブログも、多かれ少なかれ、おまるなのだ。

 いやちがった。そうじゃない。そんなことは思っていない。私があらためて痛感し、忘れないようにしようと考えたのは、このブログも、どんなブログもウェブ日記も、書いている当人以外からすれば、おまる写真と大差なく見えているにちがいないということだった。だから私は、わが子とはいえ、他人におまるを使わせて写真を撮るような真似だけはしたくない。おまるには自分で乗る。『ガルガンチュワ』は自分で読んで、自分の感想を書いていく。ところで、鵞鳥の話だった。
《従って、天の楽園に居られる英雄たちや半ば神様になった方々の福楽は、この近所界隈の婆様方の言われるように、天国に生えるしゃぐま百合や神膏や神酒やらのお蔭だとは思召されぬようにお願いいたします。この福楽は、(僕の説によりますと、)これらのお方々が、鵞鳥の子で尻を拭かれることに由来いたしますし[…]》第13章 pp83-4

 ガルガンチュワ、このとき5歳。末おそろしい子供である。父王グラングゥジエはわが子を神童とでも思ったか、立派な教育を与えようと思いつく。神童かどうか以前に巨人なんだからほかに考えようがありそうな気もするが、そこのところのいじましい親心は巨人も人間も変わらないのだった。かくしてガルガンチュワの英才教育が始まる。

2006/05/18

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その14


[前回…]

 「ガルガンチュワとパンタグリュエル」は、全部で5巻ある。
 第1巻『ガルガンチュワ物語』の邦訳がはじめて出版されたのは昭和16年。第2巻、第3巻までは戦前に訳稿が作られた(出版は戦後)。
 そういういきさつがわかるのは、岩波文庫版には、文庫化に際しての訳者あとがきだけでなく、初版・改訂版に付いていた古いあとがきも順番に収められているからで、たとえば、「一九四三年[昭和十八年]六月十四日」の日付がある第2巻の「第一後記」には、このようなくだりがある。
《[…]息詰まるような決戦体制下の銃後にあって、未だにかくのごとき仕事に携わって居られる私は、諸師友の温情のありがたさに平伏すばかりの感動を覚えるのであり、それだけに、学究生活が国家の命によって許容されなくなる時がくるまでは、できる限りのことはせねばならぬと固く心に誓う者である。》p398

「できる限りのことはせねばならぬと固く心に誓う」と渡辺一夫は書いた。それは具体的にどのような仕事だったのか。
 きのうの続きで、父親にほめられたガルガンチュワは、得意になって自作の歌を披露する。
《いくらでも、うんとこさと歌は作りますけれども、歌をうたってうたたねのうだつのあがらぬ風邪歌ばかり。まあ、うんこをする人たちに、雪隠[せっちん]が何と申して居るかをお聴きくだされい。

  雲谷斎よ、
  びり之助よ、
  ぶう兵衛よ、
  糞まみ郎よ、
  そなたのうんこが
  ぼたぼたと
  わしらの上に
  まかれるわい。
  臭太郎よ、
  糞次郎よ、
  たれ三郎よ、
  聖アントワヌ熱で焼かれてしまえ!
   もし仮に
   みんなの穴が
   閉まっていれば、
  尻は拭かずに退却じゃて!

もっとやりましょうか?
――そうだ、やれ、(とグラングゥジエは答えた。)
――それでは、(とガルガンチュワは言った。)

   短詩[ロンドー]

  先日脱糞痛感
  未払臀部借財
  同香而非同香
  濛気芬々充満
  何人許諾欣然
  希携行我佳人
   善哉善哉
  欣然塞小用孔
  野人常不習礼
  佳人敢弄繊指
  得探我峡間穴
   善哉善哉

でもほんとうに、僕には何のことやら判りません! これは、糞真面目な話、僕が作ったのではないのです。でも、あすこの小母さまが吟じていらっしゃるのを聞いたものですから、頭の記憶袋へしまって置いたのです。》第13章 pp80-2

 註によれば、「短詩」の部分は「全くの戯訳」とのこと。さきほどの「第一後書」が思い出される。

 《息詰まるような決戦体制下の銃後にあって》
 《できる限りのことはせねばならぬと固く心に誓う》

 しばらく考えたものの、どんなコメントをつけたものかいつも以上にわからないので、リンクをひとつ貼り付けて今日は終わりにしたい。上の歌を2度3度と読み返してからクリックしてみると、軽いめまいを覚えるのだった。

 → http://www.imperialhotel.co.jp/j/tokyo/hotelshop/


2006/05/17

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その13


[前回…]

 ガルガンチュワが、排便後の尻を拭くのにまず持ってきたのは「天鵞絨[びろうど]の小頭布」。感想は、《なかなかようございましたよ。何しろ、絹の柔らかさで、出口のところが、とてもとてもよい気持でした。》
 それから帽子、襟巻、繻子の頭巾耳当と使っていって、ついていた金モールでお尻をすっかりひんむかれたりもする。いろんな服飾品(しかも他人の)を試してみてから、今度は方針を転換し、猫で拭いてみる。さらには、さまざまな草や葉っぱといった、植物の使用感を調べるのだった。
《お蔭様で、ロンバルディア血便症に罹ってしまいましたが、股袋[ブラゲット]で拭いたら、この熱病もなおりました。》第13章 p79

「ロンバルディア血便症」。こんなに迫力のある血便があるだろうか。「エボラ出血熱」みたいである。しかもなぜだか、股袋で治るらしい。
 あくなき探求心に駆られたガルガンチュワは、それからも敷布、クッション、ナプキン、浴衣などの布類を試していったというから創意工夫の人である。幼児とはいえ巨人の子、「猫より布が先だろう」と思う私は小人なのか。

 さて、ここで紹介される彼のひと言(三十一文字)は、私が実物の「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を手にする前から噂に聞いて知っていた、唯一のフレーズである。カミュの『異邦人』なら「きょう、ママンが死んだ」、漱石『三四郎』なら「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」に匹敵する、有名なセリフといってよいだろう。うっすら汚れた文庫本のページをめくってきて、このやりとりが無造作にぼろんと出てきたときには軽い感動があった。謹んで引用したい。
《僕は、秣[まぐさ]や麦藁や麻屑や獣の抜け毛やら羊毛やら紙などでも、お尻を拭いてみました。しかしながら、

  かみなどできたなきしりをふくやつは
       いつもふぐりにかすのこすなり。》

 次回の引用は、いつにもまして長くなる予感。

2006/05/16

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その12


[前回…]

 玩具の馬が気に入ったガルガンチュワは、20頭を越える木馬を自分の部屋に並べて一緒に寝ていた。あるとき、お供の者を引き連れ大挙してやってきた隣国の城主は、厩が手狭になってしまったので、空いている厩がほかにないかとガルガンチュワに尋ねてみた。もちろんガルガンチュワは、本物の厩ではなく、自分の部屋に彼らを案内する。
《――ここが御用の厩だよ。こいつが、僕の西班牙馬、あいつが去勢馬、ラヴダン馬、不整速足馬。[…]
 ――おじさん方に、このフリスランドの馬をあげよう。(と彼は言った。)フランクフルトから取り寄せたんだけれども、おじさん方のものにするよ。可愛い子馬で、とても力があるよ。こいつに乗って、蒼鷹の雄を一羽と、エパニョール種の犬を六頭と兎狩犬を二匹も連れていけば、おじさん方は、この冬はずっと、鷓鴣[しゃこ]狩りや野兎狩りの王様になれるよ。》第12章 p74

 何の気なしにこの部分に付いている註を読んで、私は笑ってしまった。
《僅か二、三歳のガルガンチュワの言葉としては、甚だ異常であるが、巨人の巨人たる所以であろうか?》p295

 赤ん坊が母親の左耳から生まれたり、母乳がわりに葡萄酒をぐびぐび飲んだりするような物語のなかで、ここだけが「甚だ異常」ということもないだろう。年齢と話しぶりのズレなんて、なにほどのものでもないじゃないかと私は思う。
 しかし、これだけ生真面目な訳者が地道に丁寧に日本語にしているという前提を噛みしめたうえで続きを読んでいくと、いっそう不思議な感慨がこみあげてくるのも事実である。というのも、やがて5歳になったガルガンチュワは、父王が戦を終えて久しぶりに帰ってきたときに、「国中探ねてみても、自分くらい清潔な男の子はいない」と胸を張り――
《――どうしてだね、それは?(とグラングィジエは言った。)
――長い間の熱心な実験の結果、(とガルガンチュワは答えた、)僕は、今までなかったような、最も殿様らしい、最も素敵な、最も工合のよい、お尻の拭き方を発明しましたよ。》p77

 この第13章が、名高い“ガルガンチュワが尻を拭く話”である。

2006/05/14

「はつきりしない人ね茄子投げるわよ」

 青山ブックセンターのイベント、「松浦寿輝×川上弘美トークショー」に行ってきた。
 渋谷の駅から歩いていくと、青山円形劇場の手前にある施設で「国民的美少女コンテスト」第二次審査が行われていた模様。まあそれはいい。ABCの会場に入って空席を探し、荷物を下ろしたところで携帯にメールが届く。
カワカミヒロミのトークショーの会場に若い女性と老年にさしかかった男性(しかし結構エネルギッシュな感じ)のカップルがいるのを見て、何だかそくそくとした感情に襲われています。

 え?っとまわりを見渡したら、メールの送信主が3メートル後方にいる。向こうもすぐにこちらに気付いて目が合った。
 「あ」
 「あ」

 やがて開演。悪いことはできない。

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2006/05/11

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その11


[前回…]

 この読書日記(なのか?)も今日で11回目。いちおう、10回ごとくらいに繰り返し書いておいた方がいいのかも、と思うのは、私の読んでいる『ガルガンチュワ』は岩波文庫渡辺一夫訳だということ。ちくま文庫版を見た人から「引用部分、ページも何もちがうじゃないか」と怒られたりしたらおそろしい、って、それはどんな杞憂だ。空が落ちてきたらどうしよう。

 ええと、べつに私は『ガルガンチュワ』のいちいちをメモしていくつもりはなかったはずなのだが、きのうの続き、「第一一章 ガルガンチュワの幼年時代」の後半は、やはり引用しておかないとまずい気がする。幼児ガルガンチュワは、ほかに何をしたか。
《このちびっこの悪戯者は、侍女たちの体を、上下、前後と、絶えずいじくりまわし、――はいしい、どうどう!――もう股袋[ブラゲット]を動かし始めていたのである。侍女たちは、毎日毎日、この股袋を見事な花束や見事な紐飾りや見事な花飾り見事な総[ふさ]飾りで装い、そして、煉膏薬棒[マンダクレオン]でもいじくりまわすように、暇にまかせて交る交る両手で握りしめたが、こうした悪戯がお気に召したとでもいうように、お耳をおったてることがあると、皆は、げらげら笑い出すのであった。》p71

 ガルガンチュワばかりか、彼に仕える侍女たちにも問題があったというわけで、またも列挙・羅列が続く。
《或る侍女は、「妾[わたし]の可愛い捩子[ねじ]」と呼び、他の者は「妾の棍棒」と、また他の者は「妾の珊瑚枝」と、また別の者たちは「妾の栓」「妾の塞子[つめもの]」「妾の転把錐[くりこ]」「妾の圧しこみ棒」「妾の錐」「妾の瓔珞[ようらく]」「妾のぎったんばったんのおもちゃ」「妾の推しあげ道具」「妾の可愛い紅腸詰」「妾の可愛いお休み似指[ちんちん]」などと呼んだのである。》

 ここで「妾のぎったんばったんのおもちゃ」と言ってしまった侍女には厳しく注意しておきたい。お前だけ、フライングだ。「妾の可愛いお休み似指」は、飛び出したつもりでかえって最後尾になった印象。
《――これは、わたしのものよ、と一人が言うと、
 ――いいえ、わたくしのものでござります、ともう一人が言う。
 ――わたしには、(と別な者が言った、)何にもござりませぬの? あれまあ、それならば、いっそのこと切ってしまいまする。
 ――あれさ、切るなどと!(と別な者が言った、)おいたがらせ申しまするぞ。子供衆のものなどお切りになって御覧うじろ、それこそ、おしっぽのないお殿様ができあがりますわいな。》

「いっそのこと切ってしま」う、と暴言を吐いた侍女は、私見では、さっきフライングしたのと同一人物である。ガルガンチュワも危ないところであった。カード2枚、この女は退場である。

2006/05/10

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる その10


[前回…]

『ガルガンチュワ』に戻ってみると、ついに装身具の詳細は終り、ガルガンチュワ3歳から5歳の話になっていた(「第一一章 ガルガンチュワの幼年時代」)。
 この2年のあいだ、ガルガンチュワは日々どんなことをして暮らしていたかが華々しく並べられるここの部分、ちょっとすばらしいので全文引用したいくらいだが、そうするとまる2ページぶん近くになってしまうため、「もったいないもったいない」と思いつつ、抜粋してみる。
《ガルガンチュワは、自分の靴におしっこをひっかけたり、肌着のなかへうんこをしたり、袖で鼻をかんだり、肉汁[スープ]のなかへ洟を垂らしたり、ところかまわずに泥んこになって転げまわったり、上靴で酒を飲んでみたり、いつも籠の胴腹へ体をこすりつけたりしていた。木靴で歯を磨いたり、羹[あつもの]で手を洗ってみたり、盃で頭髪を梳[くしけず]ってみたり、二つの腰掛の間の地面へ尻餅をついたり、匿[かく]れるつもりでびしょぬれの袋を被ったり、肉汁を飲みながら酒を飲んだり、麵麭[パン]がないとて麵麭菓子を食べたり、げたげた笑いながらむしゃむしゃ食べたり、むしゃむしゃ食べながらげたげた笑ったり、何度も皿のなかへ唾を吐いたり、脂肉をぶるんぶるん言わせたり、お天道様めがけておしっこをしたり、雨を避けに水へ潜ったり、冷たい鉄を鍛えてみたり、よしなしごとを夢見たり、良い子ちゃんぶってみたり、げろを吐いたり、お猿の読経とばかりにむにゃむにゃ言ったり、しかけた羊の話に戻ってみたり、獅子王の前で鬱さ晴らしに犬を殴ったり、[…]骨折り損のくたびれ儲けをしたり、あとは野となれ山となれと白麵麭[パン]を食べたり、蝉に蹄鉄を打ってみたり、自分で擽[くすぐ]って笑ってみたり、台所へ勇気凛々突撃したり、[…]得意になって白い牛乳のなかの黒い蝿を見わけたり、ぼやんと蠅の足をむしったり、紙をがりがり引っ掻いたり、羊皮紙を墨だらけにしたり、ぽこたんぽこたんと逃げ出したり、仔山羊の革袋からぐびぐび飲んだり、[…]無理を道理にしてみたり、もらった麵麭[パン]で麵麭切れを作ったり、ざんぎり頭でもつるつる坊主でもごっちゃにしたり、毎朝毎朝げろを吐いたりしていたのである。》pp69-71

 読みながら、こういう“ばかな列挙”が自分はほんとうに好きだと再確認した次第。列挙や羅列というものは、ありそうな物事からありえない物事へと一方的にエスカレートしていくよりも、両者を適当にミックスして進めていく方が面白い、とよくわかる。加えて、「良い子ちゃんぶってみたり」の唐突さはなんだ。上の引用は抜粋なのに、繰り返しギャグまで散見されるのだからほれぼれした。
 それにしても、要所要所のあまりに意味不明なフレーズはなんだろう。私はかつて、「雨を避けに水へ潜ったり、冷たい鉄を鍛えてみたり」する人を見たことがない。ましてや、「獅子王の前で鬱さ晴らしに犬を殴」るとは、いったい何の真似だ。註を見てみると、ここの列挙でラブレーは、慣用句や格言をずらずら並べる遊びをしている由。紋切型は、あえて字義通りに使われると激しくナンセンスに映るわけである。なるほど。しかし、「あとは野となれ山となれと白麵麭[パン]を食べ」るのが紋切型なのかどうかは不明である。どう食べるんだ、それは。黒パンじゃいけなかったのか。「あとは野となれ山となれと、甘納豆を食べる」ならけっこう感じが出ているように思う。ああ、きりがない。

「ネーデルランドの諺」 ところで、こういったしっちゃかめっちゃかな記述からブリューゲルの絵を連想した安易な私だが、じっさい、その関係を扱った研究書もちゃんとあるんだそうである(註より)。良くも悪くも元気いっぱいの群集を描いたブリューゲル、とりわけ、右に貼った「ネーデルランドの諺」(1559)では、“諺のベタ使用”をテーマににぎやかな人びとを描いている。拡大してみるとなんとなくわかるが、この絵のあちこちで起きている取っ組み合いや大騒ぎのひとつひとつは、やっぱり諺や故事成語の類なのだそうだ。私はこの絵が好きで、ときどき、PCの壁紙をこれにして眺めている。元ネタをひとつも知らないから、かえって飽きない。
「ああそうですか」って話になってきたところで、本日は「ぽこたんぽこたんと逃げ出」すことにする。

2006/05/08

「文藝 特集:高橋源一郎」を発見する

内田 高橋さんって村上春樹の話をするといつも話題を変えたがるから、あまり好きじゃないのかと思ってた(笑)。そうか、そういう背景があったのか。》

 ひさしぶりに本屋に行ったら、「文藝 2006年夏季号 特集:高橋源一郎」(河出書房新社)を見つけた。買って帰ってきてから、発売は1ヶ月も前だったことを知って驚く。じゃあもう、みんな読んでるんじゃないかと不安を覚えつつ、でも、メモはする。

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2006/05/07

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その9


[前回…]

 おとといの夜だったか、『ガルガンチュワ』はおいといてメルヴィル『白鯨』をめくっているところに友達Bから電話(Skype)があって、結局5時間喋っていた。終わって3分後には寝ていた。
 ふだんの私は、飲み会でもなんでも、人との会話の8割は他人の噂話に費している気がするが、このブログで何度か書いたことのある友達Bとは高校2年のときからの付き合いながら、いまや共通の知人はひとりもいないので噂話の題材もなく、無内容にもほどがあるその場の思いつきを互いにだらだら話しているうちにそれだけの時間がすぎた。おそるべきはSkype。まあ、他人の噂話だって、話している最中は自分たちが大事なことを喋っていると錯覚(まちがいなく錯覚)することもあるにせよ、内容があるんだかどうだかわからないという点では、ただの思いつきにひけをとらない。
 ここで内容/無内容という言い方をするならば、『白鯨』の語り口にはほとんど内容しかない――と、強引に入ってみた。ぜんぶで135章あるうちの42章めが「白い鯨の白さについて」になる。
《白鯨に関して特におれが戦慄を覚えるのは、その鯨が白いということ。》

 語り手であるイシュメールという男は、こう言って「白」について語り出す。その態度は『ガルガンチュワ』の語り手よりもうちょっと真面目で、目的があるようにも見えるのだが、古今のさまざまな資料をひっくり返して例を集めてくるやり方は同じである。
《白色が高貴さの観念と結びつくらしいということは人類そのものにも応用され、白人は、肌いろ浅黒い他人種すべての上に立つ理想的な支配権を付与され、加うるに、白色は歓びを表す色とされた。例えば、古代ローマでは、白い石が祝日を表した。また、この白色は、人間の共感に訴える象徴としても崇高なる感動のしるしとして用いられ、花嫁の純潔や、老齢の優しさは白で表される。》

「そこから来ましたか」という感じだが、すごいと思うのは、この語り手、白という色には何かこちらを戦慄させるものがある、という思いつきから発想しながら、それをたとえば、「白というのは、あるべき色がない状態なのでこちらの不安をあおる」のような安易な抽象論にはとびつかず、まず、あくまで白いものの具体例を列挙して、その個々に対し自分が覚える感想をぐりぐり検証していく作業から、“白の本質”をえぐりだそうとするところだ。
「正義」とか「崇高さ」の象徴として使われてきた白色は、こちらに「意味不明の恐怖」を圧しつけてくる色でもある。北極の白熊、熱帯の白鮫がどこか不気味なのはなぜなのか。もちろん、誰もが納得できる正解としての“本質”なるものは出てこない。人間の白子を見たときに起こる反発は奇形を見た場合のより大きいとか、死者が与えるインパクトでいちばん大きいのは顔色の白さであるとか、あれも白い、これも白い、と続けていったあとで語り手の着地する見解は、意外と普通である。
《白とは、つまるところ色の一つではなく、色の欠如が目に見えているありようではないのか。と同時にあらゆる色があつまり凝結したありようではないのか。だから、白一色の大雪原は意味に溢れ、しかし同時に、ものいわぬ一枚のただの空白なのである。そこには色がないのにあらゆる色がある。これは一個の無神論、我々が身を退くところのものである。》

 けれども、読むべきは、ここに至るまでの具体例の列挙と、いちいちの偏執さかげんのすごみであるだろう。白という一色に「崇高」と「不気味」の両極を見てとって、束ねることなくその両方を追い続ける、そんな語りのたくましさが『白鯨』の肝だ。ひとつの解答をはなから相手にせず、ごちゃごちゃのなかで思索を進める、というところに、語り手の(そして作者の)あたまの強靭さがある。それを健全さとまでは言いきれないにしても。なにしろそれは、どう見ても“ちょっとどうかしている”のだから。
 で、そういった思考法それじたいさえも、じつは作中で述べられている。
《鯨の目の配されようといえば、何立方フィートにも達する巨大な頭によって、いわば見事に分断されており、目と目の間に大きな山岳が聳えているようなもの、目は山岳に隔てられた二つの湖なのである。その結果、当然のこととして、個々の独立した器官が生み出す映像は完璧にかけ離れたものとならざるをえなくなる。[…]かれの目は二つながら個々に同時に機能している。これは間違いのないところだ。となると、かれの脳は人間のそれよりも何層倍か解析力にすぐれ、総合力にすぐれ、微妙に反応するということだろうか。その結果、かれは片側に見る光景と、その反対側に見る光景と、これら明確に二つのものである光景を同時に混乱なく見つめることが出来るということなのだろうか。》74章

 自己言及というやり方にありがちな、線の細い秀才タイプの印象はここにはない。それはやはり、鯨というどこまでも具体的な事物になぞらえて話が進められているからで、こうやって鯨のことを語り続けているうちに、『白鯨』は鯨に似てくる。これはたいへんなことだと思う。

 いま『白鯨』を読むとしたら、たぶん本屋には4、5種類の翻訳が置いてあるはずだが、個人的には講談社文芸文庫版(千石英世訳)が好きなのでおすすめしたい。上の引用はみんなそこから引いた。文芸文庫は値段が高いけど、これよりもあとに出た岩波文庫版(八木敏雄訳)なんかと読み比べると、こちらは明らかに訳文が過剰になっていて、そのぶん楽しさ倍増である。私が言っても信用がないだろうから、権威の意見を貼ってみる。

 「『白鯨』新訳がすごい!」
 http://www.bk1.jp/review/0000013403

 この書評、ずいぶん前に読んだので、いまあらためてbk1へ探しにいったら、ついでにいろいろ見つかった(→柴田元幸書評一覧)。柴田元幸が岸本佐知子『気になる部分』の評を書いていたのを私ははじめて知った(→その1→その2)。
《この人は、もっとも変であるときにもっとも明晰なのだ》

 なんて的確なんだろう。『気になる部分』は、今月、白水uブックスに入るから、みんな読めばいい。あの本を必要としている人はきっと少なくない。

 今日の分は、友達Bに始まって、岸本佐知子に終わった。『ガルガンチュワ』が出てこなかった。こんなことでいいのかと思わなくもないものの、こんなことしか書けないんだから仕方がない気もする。ラブレーとメルヴィル(なかんずく『白鯨』)は、“百科全書派”として括られることもあるみたいだが、そんな、ジャンルとしての「小説」も成立していなかったころの古典と19世紀アメリカ小説を並べて同時に見ていくのは私には無理だ。私は鯨じゃない。





白鯨―モービィ・ディック〈上〉 (講談社文芸文庫)白鯨―モービィ・ディック〈上〉 (講談社文芸文庫)
(2000/05)
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気になる部分 (白水uブックス)気になる部分 (白水uブックス)
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2006/05/04

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その8


[前回…]
《[…]一つ諸君にお知らせ申して置くことは、ガルガンチュワの股袋[ブラゲット]は、長さも実に長く、太さも実に太いが、また、実にたっぷりと中身が詰められ、実に豊かなものが納められていたから、山といる有象無象の色男どもの見かけ倒しの股袋などとは、全く類を同じゅうするものではないということだが、こいつらのは、御婦人方にはまことにお気の毒ながら、なかは、がばがばなだけである。》p56

 「がばがば」ときたか。いや、股袋のことはもういいのだった。私としては、さっさと物語の進展を追いたいのだけれども、語り手はガルガンチュワの衣装から装身具まで、大胆かつ細々と説明を続け、コメントをつけていく。あまつさえ、突然読者に向かって熱弁をふるいだす。テーマは当色について。物語はしばらく進みそうにない。
 「当色(とうじき)とは「位階に相当する服色」とのことだが、貴族たちは、それぞれ好きな色を選んで自分の「当色」としたらしい(註より)。父親がガルガンチュワのために選んだ当色はだった。
《彼の考えでは、白い色は、歓喜、快楽、福楽、享楽を意味し、青い色は、高貴至上なるものを表していたからである。》第9章 p59

 ところが、当時、色の解釈で優勢なのは「白=真心、青=剛毅」。その典拠は『色彩之賦』[ブラゾン・デ・クウルール]なる書物だったらしく、語り手は、この本を徹底的に罵倒する。
(その罵倒のなかで、「糞ひる奴の尻はいつも糞で一杯」という格言が引かれるのだが、正直、何が言いたいのかいまひとつわからない)

 罵倒の勢いのまま、第一〇章は「白い色と青い色とは何を意味するか」と題されて、語り手の主張が長々と述べられる。そこには、聖書やら古代の歴史やらからの引用がずらずらと並び、話は確信犯的に脱線していく。
《もし諸君が、何故に自然は、我々をして白い色を歓喜愉悦と解さしめるのであるかと訊ねられるならば、類似性と相似性との故に、しかく相成ると御返答申上げよう。相似類似する理由はというに、――『疑義集』[プロプレーマ]におけるアリストテレスの意見ならびに光学理論諸家[ペルペクチフ]の説によると、白い色は、明らかに視力を分解して、視覚を外界へ分離分散せしめるのと同じく、(そして、このことは、諸君が雪に蔽われた山を越される時に経験されるはずであり、諸君は目がよく見えなくなったと訴えられるのもその結果であるが、クセノポンも、こうした現象が部下の者の身の上に起ったと記しているし、ガレノスも、その『人体各部性能論』[デ・ウズ・パルテイウム・コルポリス・フマ]第十巻で詳細にこれを論じている通りである。)――これと同じく、我々の心も、この世のものとも思われぬ歓喜を感ずる場合には、内部に分散を生じ、生命力の明らかな分解を蒙るにいたるからであるが、この分解がいよいよ激化すれば、心は自らを支えるものを喪失するにいたるのであり、従って、度を越えた歓喜のために生命が消滅せしめられることもあるわけだが[…]》pp67-8

 章題が「白い色と青い色とは何を意味するか」であるくせに、全体を通して青い色には触れない、といった小技も利いているが、ここでどうしたって連想されるのは、ラブレーから300年あとのアメリカ人作家、メルヴィル『白鯨』(1851)である。

『白鯨』は「ガルガンチュワとパンタグリュエル」よりさらに有名だから、“モービー・ディック”なる白い鯨に片足を喰われた“エイハブ船長”が復讐のため捕鯨船を駆って追跡する、みたいなあらすじはよく知られていると思う。けれども実物の印象はだいぶ変わっていて、語り手はエイハブの捕鯨船に雇われた一船員であり、この男が、鯨のこと、捕鯨のこと、この世界のことを、ひたすら語りまくる。雑学と世界観と思想が虚実織り交ぜあふれかえり、上のあらすじは、そういったあれやこれやを乗っけて走らせるためのレールに過ぎなかったことがおのずとわかる。手法としての脱線。あんなに面白い小説もなかなかない。で、そんな『白鯨』の真ん中あたりに「白い鯨の白さについて」という章があって、そこではやはり、「白」という色について猛烈なお喋りが展開されるのだった。日付が変わりそうなのでまた明日。

2006/05/03

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その7


[前回…]

 幼児ガルガンチュワは、酒壺や酒徳利が叩かれて鳴る音を聞くだけでうっとりとし、《まるで天国の福楽を味わっているような様子になった》というが、「第八章 ガルガンチュワに、いかなる衣装を着せたか」に入ると、その章題どおり、父親が彼にどんな服を作らせたかが、馬鹿馬鹿しいディテールに立ち入って説明される。なにしろ巨人である。
《肌着のためには、シャテルロー布が五百丈[オーヌ]も裁たれ、そのうちの二百丈[オーヌ]は四角形の腋当て[グウセ]に作られたが、これは腋の下へ当てられた。》p54

 あたり前じゃないか、「腋当て」なんだから。いや、そんなことを言ってはいけない。註によれば、1丈(オーヌ)は約1.18メートルに相当するそうで、このような描写に私たちは、“途方もないスケールと、細かい数字”という組合せギャグの古典っぷりを感じていればいいのだろう。
《胴着[ブウルボワン]を作るためには、白襦子が八百十三丈[オーヌ]も裁たれ、腰のかがり紐[エギュイエット]のためには、一千五百九匹半の犬の革が用いられた。》

《洋袴[ショース]のためには、白いエスタメ羅紗が一千一百五と三分の一丈[オーヌ]も裁たれた。》

 しかし私たちが注目しなければならないのは、「肌着」よりも「胴着」よりも「洋袴」よりも、この部分ではないか。
《股袋[ブラゲット]のためには、前と同じ布を十六と四分の一丈[オーヌ]も切られた。そして、その形は飛迫控のようであり、見る目も派手やかに、二個の美しい黄金の輪で釣られており、この輪は七宝飾りを施した黄金の懸金で止められていたが、その懸金の一つ一つには、蜜柑ほどの大きさの大きな碧玉が一つずつ嵌めこまれていた。[…]碧玉には、自然より与えられたかのものを蹶起[けっき]させ、精気溌剌たらしめる力が具わっているからである。この股袋[ブラゲット]の隆起程度は、一杖[カンヌ]もあり、洋袴と同じく飾り穴が割られ、前と同じく青いダマス絹が膨れ出ていた。》

 「股袋(ブラゲット)」とは何なのか。まあ、何なのかはだいたい想像できるとして、当時の服にはなにゆえそんなものがついていたのか。註を見てみよう。
《股袋=braguette. 未だボタンのない時代、男子服の股間に設けられ、紐や鉤金で上へ結ばれていた。「股袋を開く」とは、「帯を解く」「ズボンを脱ぐ」などに近い意味になる。》p271

《Braguetteは、中世から十五・六世紀にかけて、男子の服装の一部をなし、股間に設けられ、洋袴の上部に紐、鉤金などによって結びつけられていた。勿論用途は明らかであるが、当時の伊達者は、このなかに財布や手帛やまた果実なども入れて、「男性美」を誇示したと。》p282

 そうですか。《また果実なども入れて、「男性美」を誇示した》。当時の伊達者もずいぶん工夫をしたものである。そのねらいが私には伝わってこないことなど些細な問題に過ぎない。ただし、ひとつだけはっきりさせておこう。
 その果実は食べたくない。
 なんだか私は、『こち亀』に出てきた“海パン刑事”を思い出した。海パンから取り出したバナナを食べる、男前のキャラだったが詳細は省く。
 話を股袋に戻せば、いまや神の装置として君臨するGoogleに「股袋」と入れて検索してみると、1560000件ヒットした。ちょっと読む気はしないが、要は、男性用ズボンを縫い合わせていくときに、ちょうど前の部分が開くので(ボタンがないから)、その隙間を隠すための袋として作られたようである。“Braguette”または“Codpiece”。以下に引用したサイトでは、「股袋師」について書かれていた。
《[…]股袋には鍵やハンカチなどの小物のほか、リンゴやミカンなどの果物まで入れられていたという。食事中に、果物を股袋から取り出して人に勧めても、無作法とはみなされなかった。》


 《無作法とはみなされなかった》のは大事なところである。たしかに海パン刑事も紳士だった。そしてやっぱり果物なのか。

《また果実なども入れて、「男性美」を誇示した》 さて、人には往々にして魔が差す瞬間が訪れる。数分前の私がそうで、ついうっかり、“Braguette”でGoogleのイメージ検索をしてしまった。やはり詳細は省いて、いちばん明瞭だった画像を貼っておく(クリックすると元サイトの記事に飛びます。服飾史を扱った立派なサイトの模様)。
 なんだか疲れてきたので今日はこれまで。イメージ検索はおすすめしません。


2006/05/02

「ガルガンチュワとパンタグリュエル」を読んでみる  その6


[前回…]

《子供は、生れるやいなや、世間なみの赤ん坊のように「おぎゃー、おぎゃー」とは泣かずに、大音声を張りあげて「のみたーい! のみたーい! のみたーい!」と叫び出し、あらゆる人々に一杯飲めと言わんばかりであったから、ビュースやヴィヴァレー地方全土一帯からも、この声は聞き取れたほどだった。》第6章 p50

 こんな内容を語りつつ、さすがに語り手も不安になったのか、こちらの顔色をうかがうような様子で弁解を続けている。
《諸君はきっと、このような奇怪な生れ方をほんとうにはなさるまいと思う。よしお信じ下さらなくとも、私は気にかけはいたさぬが、性[さがら]善き人、分別ある人ならば、他人の言ったことや書物で読んだことは、常にこれを信用するのが当たり前である。[(…)諸君はどうしてこれがお信じにならないのか? なぜかと申すに、(と諸君は仰っしゃるだろう、)確証がないから、と。敢て申上げるが、確証がないからこそ、諸君は完全にお信じにならねばならぬのだ。(…)]》

《蓋し、申上げて置くが、神には不可能ということが全くない以上、もし神がそうとお望みになりさえすれば、今後御婦人方は、このように耳から子供を生むことにもなろうというものだ。》

 弁解なのに、途中からえらそうだった。この語り手が誰なのかはいまのところわかっていない。
 生れると同時に「のみたーい!」と繰り返したこの赤ん坊の声を聞いて、父親グラングゥジェは「お前の喉はでっかいわい!」(Que grantd tu as!)と言う。ほかに言うことがあるだろうという気もするが、ここから、ガルガンチュワ(Gargantua)という名前が付けられた。両親は、嬰児をあやすためにまず「ぐびりぐびり葡萄酒を飲ませ」、それから「善いキリスト信者の習慣通りに」洗礼を受けさせる。もう何がなにやら。

 ところで、“葡萄酒”という言葉になにかしらの感興を覚える人もいるのではないだろうか。かくいう私がそうで、子供の頃、本のなかの登場人物が“葡萄酒”を飲んだりした日には、その甘いような酸っぱいような味を想像して夢見心地になった(登場人物たちも、きまって“葡萄酒”はごくごくと大量に飲み干すのだった、これが)。私はそれをすっかり架空の飲み物、本のなかにだけ出てくるお酒だと思い込み、うらやましい気持で手近にあったファンタグレープなんかを飲んでいた。関係ないがグレープで思い出した。アイスのパナップといえば断然グレープ味である。最近のパナップが「進化」と称してソースを変えているのは憂慮すべき退廃ではあるまいか。早晩たしかめてみなくてはならないだろう。ほんとに関係がなかった。

 ともあれ、いまや私も大人である。“葡萄酒”が「ワイン」であって、自分にはちっともおいしく飲めないものであることもさんざん思い知った。なんか苦くて喉を通らない。頭が痛くなる。とてもごくごくとは飲めない。
(その点、“ショウガ焼きクッキー”はえらかった。“葡萄酒”と同じく本の世界に属するものとばかり思っていた食物でありながら、現実の「ジンジャーブレッド」は私の期待を裏切らなかったのである)
 けれども、そのような悲しい別れを経てもなお、“葡萄酒”はあくまで“葡萄酒”として、私の記憶のなかにある。思うに、それは「ワイン」とは別の飲み物なのだ。“葡萄酒”は、1本が何千円・何万円とかいった値段とか、ソムリエの変な身振りと変な髪型とか、あるいはぐっと下がって高田馬場の飲み屋で悪酔い、とかとは関係のない世界で、陽気に飲み干されるものである。その明るい世界を「空想のヨーロッパ」といっても大きく外れてはいないんじゃないだろうか。私はこの『ガルガンチュワ』を、“葡萄酒の出てくるお話”である点を忘れずに読んでいきたいと思う。

 1年と10ヵ月後。「一万七千九百十三頭」の牝牛から乳を飲んで育ったガルガンチュワは、牛車に乗せられて外へ引き出されるようになった。
《その姿は見るだに楽しげだった。何しろ、この子供は、可愛い顔をしていて、頤[あご]が十八重ほどにもなっているほどむくむくしていたからだし、また泣き喚くことは極めて稀だったからだ。しかし、絶えずうんこを垂れてはいた。》第7章 p53

 「しかし」て。さようなら、私の“葡萄酒”の世界。

2006/05/01

本日の引用

「TV Bros.」の表紙をめくったところに連載されている、松尾スズキのコラム「お婆ちゃん!それ、偶然だろうけどリーゼントになってるよ!!」より。(「4/29-5/12」号)
《[…]かっこいいものほど、その裏に恥ずかしさの可能性を無限に秘めているのではなかろうか。
 ピザのことをピッツァと呼んでしまう恥ずかしさ、というものがある。
 矢沢永吉が言うんならいい。
「俺、ガーリック・ピッツァとシーフード・ピッツァ、ハーフ・アンド・ハーフで」
 なんだかわからんが、許せる。
 が、やはり我ら庶民はピザでいいじゃないかと、自らを戒めるべきだ。ピザをピッツァと言うのなら、ゴザをゴッヅァと言うべきだろう。もちろん矢沢永吉ならすでに言っているはずだ。
「息子の運動会だからゴッヅァ2枚買って来て。これもんで」
 なにが「これもんで」なのかわからないが、ありだと思う。
「パスタ」も実は、私にとって人前で口にするにはいささかハードルが高い言葉だ。パスタと言うたび、心の中の悪魔が「スパゲティ、あるいはスパゲッティでいいじゃないか」と囁く。しつこいが、もちろん場末のドライブインですら、矢沢さんが「スパゲッティ」なんて注文してはいけない。
「ナポリタンのパスタ。ドリンクはコークで」
 コークですよ。メニュー表に筆ペンで「コーラー」って書いてあっても、矢沢さんにはコークって発語してほしいのですよ。[…]》