趣味は引用
04/11/30

 何年かぶりに「本の雑誌」を買った。12月号(イカ飯筋トレ号)は発売日から20日遅れだ。
 ウェブページで、特集「絵本大好き!」に「仕掛け絵本のできるまで」が載っているらしいことを知って買いに走ったのだが、その記事が予想と違っていたのは別にいいとして、歌人の穂村弘が連載しているコラムを読んだら複雑な気持になった。全体の1/3にあたる量を引用する。
《このコラムの締切が近づいてきて、何を書こうかと考えるとき、必ず同じ光景があたまに浮かぶ。電車のなかで本を読む女性の口元に微笑が浮かんでいる、というイメージだ。
 みたこともない微笑。あんな微笑を浮かべさせるあの本はなんだろう。うつくしい装幀。みえそうでみえない書名。翻訳ものかどうかだけでも知りたいのにわからない。あのひとはどこで降りるんだろう。あのひとの降りる駅で僕も降りたい。そこには、夢のような世界が広がっているんだ……。
 この話は連載の初回に書いてしまったので、もう書くわけにはいかないのだが、自分が本について考えるとき、一度はここを通過しないと考えが先に進まないようなのだ。
 これがユングの云う「原型」というものだろうか、と思う。人種や民族を超えて刷り込まれた深い深い夢のパターン。》

「ここまでに何回、ツッコミを入れられますか」という問いには、「2回」から「17回」まで様々な回答があるだろう。
 いずれにせよ自分は、「たいがいにしろよ」という呆れと共に、この人の書いたものを読んでいてこれまでも何度となく覚えることになった「たいがいにしないといけないな」という感慨をあらためて自分の身に引き受けざるをえず、そのため生温かくも複雑な気持なのだった。
04/11/19

 以下は、さまざまな場所でさまざまな人々から何度も何度も「姿勢が悪い」と注意され、自分でも慢性的な肩こり・腰痛を感じていた人間が、それでも何の処置もせず、改善する気も起こさず、1日数時間ずつPCに向かったり、うつむいて本を読んだり、座椅子にすわったまま眠ったり、こたつで朝まで寝ていたり、その夢の中で栗ごはんをお代わりしたりしていたせいでどれほどひどい目にあったかというお話である。
 ただの体験談だから有益な情報などあるはずもないが、カウンタが4000を越えているのに気がついたので(すごいことだ)その記念なのだといま決めた。記念なら栗ごはんの方がいい。

 ■ 1日目(金曜日):

 (前回の続き)

 「あ?」
 上を向こうとしても下を向こうとしても右肩に激痛が走る。左右どちらも横をむけない。右腕は持ちあげることもできない。少しでも姿勢を変えようとすると、首に錐を刺したような痛みが響く。「まず落ち着こう。そして状況をとらえようじゃないか」とお茶を飲もうとしても、湯飲みの置いてある目の前のデスクに手が伸ばせないのだった。
 頭の上に水の入ったコップを載せたような格好で、変な息遣いをしながらそろそろと部屋の中を移動する。もともと肩こりはひどかったし、そのせいなのか、2年前にもいちど激しく寝違えて苦しんだことがあった。あのときも右肩で、治るまで3日かかった。
 こんどのもあれ並みだろうか、と暗い気持でなんとかふとんを敷いたものの、コップ人間が横になるのは困難を極めた。
 ふとんに座るところまではいける。それから上半身を横にしようと傾けて頭が動くと、その瞬間、首・右肩に激痛が走るので、腰を下ろした状態のまま動けない。
 できる限り左手で頭を支えつつ(その時点で相当痛い)、腰から上だけのダイブ。悲鳴。いったん横にした頭はもう動かせないから、ずれている枕の位置を変えることもできない。痛める前にパジャマになってはいたが、電気は消せない(ヒモに手を伸ばせない)し、掛けぶとんも掛けられない(足元に手を伸ばせない)。
 そのままじっとして、痛みはまったく引く気配もないことを認め、朝の7時頃に気を失うようにして眠った。

 数時間後、やはり痛みのせいで目を覚ました。体はガチガチ。限られた視界の中に時計がないので何時だったかはわからない。時間をおけばましになるかも、という淡い期待があったが、姿勢を変えられなかったせいか、寝る前より痛くなっている気がする。どちらにしろ起き上がれないのだから同じことである。

 頭の重みが枕に沈んでいるのがわかる。胸から下が動かせるのもわかる。その間にある首は、痛むだけで力を入れることができない。
 仰向けの状態から上体を起こす場合に力が入るのは腹筋だと思っていたが、頭を支える首にも相当な負担がかかっているのだなあとつくづく感じ入った次第。感じ入ったところでどうなるものでもない。
 寝るのも大変だが起きるのはもっと大変だ、首が動かせないのなら全身が動かないのも一緒である、と知る。知ったところでどうなるものでもない。いまの事態は2年前の比どころではない、とようやく認識する。

 このまま起き上がれなかったらどうなるんだろうと真剣に考えた。
 寝違える人なんて、毎朝毎朝世の中にいくらでもいるし、痛みがひどくて通院している人も珍しくないだろう。いま自分を襲っている痛みが特別なものだとは思えない。これくらい、みんな我慢しているのかもしれない。大騒ぎするのは恥ずかしいのかもしれない。
 しかし、枕の上で横をむくこともできないこの現実は、他人の忍耐がどうあれいかんともしがたい。自分の痛みが向かうのは自分に対してだけで、当の自分にはそれが我慢できない。手元に携帯はある(寝るときそれだけはつかんでおいた)。
 ……救急車を呼んでもいいのか? 言ってみれば「ものすごく寝違えた」のと同じ症状なのに呼ぶのか? 起き上がれないのは本当なんだからいいんじゃないのか? でもサイレンはどうよ? 首でサイレンはどうよ? 呼ぶときに頼めば消してくれるのか? オプションか?
 だがそんな葛藤は、仮に救急車が来てくれたとしても、ふとんを出てドアまでは自力で行かねばならず、そんな芸当ができるなら救急車は必要ないのだという事実の前に打ち砕かれるのだった。
(ところで、これを書いているいま現在の自分は、寝違えた場合でも救急車は「呼んでいい」と思っているが、間違っているだろうか?)

 少しずつ頭の向きを変えて、ふとんの横にある時計を確認できたときには針は11時半を指していた。さらに微妙に微妙に体を動かして左側を下にし、左手を後頭部に添えて首に力を入れずに頭を持ち上げながらゆっくりと、慎重に、でも結局は勢いで、小さな叫び声を洩らしながらついにふとんから上体を起こせたときには12時を回っていた。
 起き上がりに成功したとき、「二度と横になるものか」と思った。痛みに呼吸を乱しながらそう思った。

 腰痛と肩こりはもはや常態となっていたので、これまで一度も医者にかかったことがなかった。しかしさすがに今回は病院に行かねばなるまい。ではどこに行けばいいのか。扱っているのはきっと整形外科なのだろうが、そもそも、うちの近所で整形外科をもつ病院がどこにあるのか自分は知らない。医者はどこだ。
 それなら整骨院や接骨院の類はどうかと考えて思い出したのは、半年ほど前、部屋から駅へ行く道の中間あたりにオープンした整骨院だった。新築でこぎれいな外観。広い自動ドア。明るい照明。開院祝いで並べられた花輪を背に、看護婦がホウキとチリトリで入口前の道路を掃除していたのが記憶にある。ひとまずそこを目あてにすることにした。看護婦が問題なのではない。

 ちなみに2年前に激しく寝違えた日は、痛みにうめいているとドアホンが鳴り、今も使っているデスクトップのPC一式が配達されてきたのだった。重いダンボールを部屋に運び入れながら、Dellと佐川急便の迅速な連係プレーを恨んだ。
 これに限らず、そういった間の悪さがいつでもついて回るのがこの自分というものなのだとあきらめるよう心掛けているので、今回も何か起きたとしても、「なんて運が悪いんだ」と悲観的になったり、世界のすべてを呪ったりするのはよそうと誓ってパジャマから着替える。その最中に何度も「ヒ」とか「ハ」とか半角文字で悲鳴が洩れ出た。

 午後の1時前に部屋を出て、例によってコップを頭に載せたような格好でよちよち歩く。
 整骨院に直行したいのはやまやまだが、保険がきくのかよくわからないし、それでなくても財布の中が頼りないので、まずは郵便局まで行ってお金をおろさなければならない。目あての整骨院と郵便局は道筋が違うが仕方がない。そして体感だと普段の倍近い時間をかけてたどり着いた郵便局では、「ATMが故障中」とのことで客が行列をなしている。「なんて運が悪いんだ」と悲観的になった。背中・肩・首・胸のすべてに何本もヒビが入ったような苦しみを覚えながら窓口の順番を待ち、お金を出してもらう手続きをする。

 まだ自由に動く左手を右肩に載せて首を支えるようにしたら、容易にはそこから離せなくなった。そんな状態で自分を励まし励まし、角を曲がってゆるい坂をのぼるとようやく向こうに整骨院の威容が見えた。時に1時半。これがすごろくなら、一の目しかないサイコロで遊んでいるかのようなペースですこしずつ近づき、ついにゴール。看板を確認する。
 診療時間 午前 10:00~12:30
        午後  3:30~ 7:00

 世界のすべては呪われればいいと思った。

 仕方なく2時間近くを喫茶店で潰す……わけにもいかないから(不可能)、何の心当たりもないまま、ほかのところを探すことにする。
 頭が首の上にあるだけで、首は痛む。硬直した背中。いまこの街を歩きまわっている人の中で、自分ほど悲惨な状況にある者はいないだろうと(子供の「自分だけ捨子」妄想みたいに)悲劇的かつエゴセントリックな気分に浸りながらとりあえず駅前まで出てみれば、最近できた「メロンパン専門店」などというコジャレの極みみたいな店のカウンターにナース服のままの看護婦が4、5名並んで順番を待ちさんざめいているのが目に入り、その全員がさっきの整骨院の人間に見えて恨めしいことこのうえない。昼休みか。ちょっと遅めの昼休みなのか。焼き上がりまであと数分らしいのでいっそ並んでやろうかと思ったが、右手があがらないとレジで困りそうだからやめておく。看護婦が問題なのではない。

 魚心あれば水心、といったらたぶん誤用だろうが、うろうろ歩くことほんの数分にして、焼肉屋やラーメン屋の立ち並ぶ一角に接骨院の看板を見つけた。
 そこはスナックやバーの入った小さな雑居ビルの2階に1室だけを間借りして営業しているらしく、さっきの整骨院の立派さとは比べるべくもないが、今の自分に必要なのは昼休憩を3時間もとるような立派さではない。保険が使えるのを確認してエレベーターであがり、必死の思いでドアを開ける。
 受付で事情を説明すると、「うん、じゃあまず靴を脱いでね」と言われた。カーペット敷きでスリッパなのだが、下が向けない自分はそんなことにも気付かないのだった。奥の方からこちらに向けて声が聞こえる。「おお、ロボットみたいだよ」。
 そしてなんとかベッドに這い上がった自分の首と背中に触れて、治療士の先生は「うわあ」と驚くのだった。こんなにも他人を圧倒した経験は、これまでの人生で絶えてなかった。

 際限なく長く書けそうなので治療の詳細は省く。
「整体」といってまず思い浮かべる、“患者の首を抱えてぶん回し、「コキッ」と鳴らす”技は本当にあるんだとはじめて知った。「ほら、やらないと帰れないから。力抜いて」とのことで、シャンパンを抜くのにも似た小気味いい音が自分の首から発されるのはおそろしかった。そしてシャンパンは抜いたことがない。

 初日は「痛みを取る」ところまではとてもたどりつかず、「痛みを取る治療のための姿勢をとれるよう体を開く」のでおしまいであった。治療士もこちらもへとへとになった。たしかに保険はきいたがそれでもけっこうな料金がかかってしまい、『トランス=アトランティック』はまた遠のいた。

 肩と首にべたべたテーピングを施されて接骨院を出た。
 これからどうなるのか、どうしていまこんなことになっているのか、茫然とスーパーで食料を買い、なんとなく古本屋に入る。目線より下の棚は見えないが、別役実の戯曲集『天才バカボンのパパなのだ』(三一書房)を見つけ、700円で買った。薬局にも寄り肩を冷やす用の大型アイスノンを購入(1000円)、よちよちと帰宅する。

 部屋についた途端、どうやってこれまで外出できたのかわからないほどの痛みにあらためてうめき、別の気がかりが浮かんでまたうめく。というのは、翌土曜日に大事な用事が入っていたのだった。
 行きたくないのではなく行けないのだ、と自分に言い聞かせてキャンセルすることに決める。とはいえ自分で決めただけではキャンセルにならないので、先方に事情を説明し、許しを請わなくてはならない。相手は50代の男性2名。連絡をとろうにも自宅の電話番号も知らないので、それを調べるためにあちこち電話をかけたり携帯メールを送ったりしはじめたのが3時半。いくつかの同情といくつかの嫌味を浴び、合間にパラパラと『天才バカボンのパパなのだ』をめくって眺めるが、こんな状況の人間に不条理劇を楽しむ余裕があるはずもない。
《    バカボン、傘をゆっくりたたむ。
 巡査 お前、何で傘をたたむんだ……?
 バカボン え……?
 署長 (巡査に)何だい……?
 巡査 いえ、こいつ、傘をたたんだんですよ。
 署長 いいじゃないか。
 巡査 ええ、いいんですけどね、ただ、何故たたむのかなって思ったもんですから……。
 ママ どうかしたんですか……。
 署長 いや、何でもないんです。今、この子が傘をたたんだものですからね……。
 ママ まあ、バカボン、何故そんなことするの?》

 むしろ次第に腹が立ってきたのは、バカボンにとっても自分にとっても不幸だった。
 なんとか連絡を取り終えたのが夜の9時半。眉根に皺を寄せたまま謝り通しで、どっと疲れる。年長者二人の片方はあきれ、もう片方は笑っていた。正確には酔っ払っていた。これで怒鳴られでもしたらどうなっていただろうと考えると何もかも嫌になり(ネガティブシンキングの実例)、首をかばいながらそろそろとふとんに入る。また電気を消し忘れ、再度起きるのは無理なのでそのまま眠った。短いんだか長いんだかわからない1日であった。

 ■ 2日目(土曜日):

 9時頃に目を覚ます。横をむこうとすると激痛が走るのは変わらないが、それでも初日とは違ってわずか15分ほどの苦闘でふとんから出ることに成功した。鏡を見ると、目はにごり髪は寝癖、こけた頬に無精ヒゲが伸びて“とことん嫌になりました”という表情をしている。たしかにとことん嫌になりました。
 変な声を出しながらシャワーで頭を洗い、再び接骨院へ行って治療を受けると、「きのう何かストレスがあったでしょう? きみはプレッシャーに弱いでしょう? 体表面でまるわかりですよ」と続けざまに詰問された。

 で、ここまで書いてきて気がついたが、2日目になるとそんなに書くことはない。治療後、片手で食べられそうなものを買おうと入ったスーパーでは、早くもマライア・キャリーのクリスマスソングが流れていた。高校のとき部活の友達がCDプレーヤーを持ち込みえんえんかけていたせいで、あれを聞くと自分は自動的に冬の放課後の美術室を思い出すことになっているのだが、これはひとまず肩とも首とも関係がない。

 日付によれば前回の分の更新をしたのはこの日の夜だったはず。よくPCに向かえたものである。無理してでも日常を回復したかったのかもしれないが、無理は無理。

 ■ 3日目(日曜日):

 ほぼ前日と同じ。
 朝起きて、ゆっくりシャワーを浴び、ゆっくり食べものを口に運び、ゆっくり歯磨きをして、昼ごろ接骨院。右手を頭の上まであげられるようになったのに感激した。
 治療のあいだは体のさまざまな場所をぐいぐい押され、言われるままに向きを変え、おかしな姿勢であちこちの骨を鳴らされる。骨盤さえ鳴った。そういうことをされるたびに、段階を踏んで痛みは小さくなっていく。
 たとえば、左をむこうとしても痛みがひどくてちょっとしか頭を動かせない。その状態で背中のある一点を押されると、動かせる範囲は相当広がる。
「面白いでしょう」と言われながらつくづく思ったのは“人体の神秘”などではさらさらなく、まったく逆に、“人間の体はなんて単純にできているんだろう”ということだった。このような感慨を抱くのはほかにはおなかを下した時だが、こちらは詳述する必要を感じない。詳述しちゃいけない気がする。

 それ以外にできることもないので、部屋にいるあいだは肩を冷やしつつ、だらだらと本を読んでいた。下を向かなくていいように目の高さまで本をあげて読むのはけっこうしんどい。座椅子にすわって頭を壁に持たせかけ、首がこわばらないようときどき動かす。この3日間で読み終えたのは次の3冊。

 ダン・シモンズ『夜更けのエントロピー』
 ジェラルド・カーシュ『壜の中の手記』
 スタニスワフ・レム『虚数』

 どれもこれも、ひどく今さらな感じである。シモンズのは表題作がいちばん気に入った。ぜんぜん評判と違うので驚いたのが『虚数』。これらの感想はできればそのうち書きたい。書けないかもしれない。

 ○ ○ ○

 翌月曜の朝に目を覚ましてみると、まだ各所に痛みはあるものの、体は通常と同じように動かせるようになっているのがわかった。ふとんからさっと起き上がれるだけで世界を祝福できる。銀の燭台を盗んだ男も許すことができる。晴れた日に永遠が見える
 これを書いている今日は初日から1週間がたった金曜日で、やはり接骨院に寄ってから帰ってきた。首・肩はほぼ完治したが、腰も問題なので今後も週に1回のペースで通うつもりでいる。
 上にも書いた通り、なにぶん狭い接骨院であるため、順番を待っていると老若男女の悲鳴が聞こえてくるのもかえっておつなものである。苦しみの肉声とはいえ、歯医者で鳴り響く機械音に比べれば、どこか陽気に聞こえるのだった。
 歯医者といえば、ここまで回復すると1回分の治療費は歯医者の半分くらいに落ち着いた。はじめて病院に行ったからといって他人にまで強要するつもりはないが、肩や腰に不安を感じている人はちょっと検討してみてもいいのではないでしょうかと、おせっかいにも思った。ただ、治療後は血行がよくなるのかなんなのか、無性に眠たくなるのが困りものである。

 以上、ぐだぐだのままアップ。勢いだけで書き飛ばすには長すぎた。再発するのがおそろしいのでもう徹夜はできそうにない。ああ疲れた。肩がこった。
04/11/13

 前回の分を書いてアップしたのがたしか金曜の午前5時頃だったと思うのだが、あのくらいの分量を書くのにさえここを見ておられるみなさまが想像されるより3倍は時間がかかってしまう自分は「ああ疲れた肩がこった、なんだろうこの右肩の重さは」と思いながら目薬をさそうと顔を上にあげ、容器を持った右手をかざした。その瞬間に首と右肩が逝った。

 この続きはまた今度。
 人間の頭部は本当に重いのだという事実を噛みしめつつうめき声を洩らす週末である。あしたも整体だ。
04/11/08
 最後に明日、君が聞いてくるであろう、特撮疑問を大予言的に先に回答しておこう。

Q:ウルトラセブンの12話が欠番になっているのが気になって夜も眠れません。助けてください!!

A:第12話に出てくるのは、被爆宇宙人スペル星人だ。
放射能に汚染され、血が腐ってしまった(だって、そう言ってるんだもん)この宇宙人は、地球人の血液を奪うため、次々と人々をさらっていくのだ。まあ、なぜ欠番になったのか・・・。それは私にもわかりませんなあ。きっと、地球を裏で支配しているスペル星人の仕業なのかもしれません。

 他人を差別するやつは最低だね!!
 そんじゃ!!

 こういうメールを送りつけてくることもあった高校以来の友達Aがしばらく前に結婚していたという知らせを、やはり高校からの付き合いである友達Bに教えてもらった。
 当人と結婚相手の写真付きメールをもらった友達Bは、当然こっちにも同じものが届いていると思っていたらしいのだが、そう、自分には連絡がなかった。
 友達Aとは高校時代の数百時間を薄暗く寒い部室で無駄話に費やしたものの、卒業後は徐々に疎遠となり、最後に会ったのはたしか5年前。電話の向こうの友達Bもまだ茫然としていた。

「ということは、あいつには奥さんがいるんだよ」
「衝撃」

 嫉妬でもなければ羨望でもない。祝福ではさらにない。お互い、これが何に対しての鬱なのかわからないまま、ただ落ち込む。

「地方だ田舎だっつっても、あいつ公務員なんだよね」
「安定?」
「堅実?」
「マイホーム!マイホーム!」
「それはやめて」
「はい」
「いま電話かけると奥さんが一緒にいるんだな」
「電話できないね。いつまでもできないね。おれにはメールもこなかったしね」
「この結婚はあいつのすべての趣味と引き替えということなんだろう?」
「そこで奥さんを選んだんだから、自分の過去はおれたちに委ねたと考えていいわけだ」
「もう作っちゃおうぜ過去を。『最近は人前でウンコしないの?』とか」
「おれらがなに言っても、奥さん、笑って聞いてたりしてな」
「……」
「……」
「『デビルマン』は観に行かなきゃいかんのか、なんておれらが言ってるあいだにやつは入籍」
「おれには連絡もなく」
「『デビルマン』行く?」
「終わりました」