2004/10/30

ジュンク堂新宿店開店記念イベント

 オープンしたばかりのジュンク堂新宿店に行ってみた。三越の7、8階。

 池袋店であれば10階にまたがるジャンルをここではふたつのフロアに押し込めてあるので、えらく本が探しにくい。新刊書はどこですか。エレベーターを出たすぐのところに東洋文庫があるのも謎。しかし、ふらふらとさまよって考えなしに立ち止まり、横を見るとラテンアメリカ文学棚だったのには何者かの大いなる意志を感じた。大きいのかそれ。
 地下3階の隅でオープン記念のトークショーがあったので聴きに行く。

 まず3:30から、大森望・豊崎由美による「文学賞メッタ斬り、今年の話題作総まくり」

豊崎「じゃあ今日は〈紀伊国屋メッタ斬り〉ということで」
大森「出版社をメッタ斬る人はたまにいますが、書店を斬る人はなかなかいませんね」
豊崎「いったい私にはどんなメリットがあるんでしょうか」
 
[最近の変化]
頓珍漢な選評で有名だった何人かの選考委員が「候補作を読んで」発言するようになった事例がいくつか報告されており、仮に、もしかして、それが『メッタ斬り!』の効果だとしたら、自分たちはみすみす飯のタネを減らしてしまったことになる。由々しき変化だが、これはまさしく観察者が観察対象に影響を及ぼしてしまう不確定性原理であろう。仕方ない。

 以下略。


 そのあと6:00から、斎藤美奈子「FCって何だ?」講演。
 以下はほとんど、演題を見て「FCって何ですか?」と言っていた友達への私信。

 斎藤氏が近刊の『物は言いよう』(平凡社)で提唱を始めた「フェミコード」なる概念の略称が「FC」
 性や性差について、新聞雑誌テレビ実生活で遭遇する、「差別やセクハラと言えるほどはっきりしているわけではないがどこかおかしい言動」を広く取り上げるために考案された一種の指標で、「それってFC的にどーよ」を定形として使われる。
 たとえばプロ野球選手と女子アナの婚約会見の最中に、ごく自然な流れで「もう手料理はふるまわれましたか?」なんて質問が出たときすかさず「どーよ」と言ってみるとあら便利。
 
「つまりイエローカードみたいなものですよね、って言うと結局フットボールなんですけど」

 書店の5階や6階の隅に追いやられているフェミニズム関係の書籍を読むことで求めるものを得られたかもしれない人たち(多くは女性なんだろうな、やっぱり)が、実際には1階で平積みになっている負け犬とかオニババとかいう本にしか行きつけない現状を憂い、その橋渡しをするために「どーよ」な実例を集めた「FCの練習帳」として構想されたのが『物は言いよう』。
 だからFCは基本的には突っ込み用のツールだが、むしろ自分でそういう言動をしないために、社会的なエチケットの自己確認のために、自分突っ込みとしても活用していただきたい物差しなのだそうだ。
「FCにひっかかるようなことは言わない・しない」のはあくまでエチケットであるから、別に本音までは問わない(←ポイント)。実用書としてビジネス棚に置いてもらおうと、オビから目次から工夫を凝らしているそうである。そういえば会場の半分は男性だった。


物は言いよう
物は言いよう
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斎藤 美奈子
平凡社 (2004/11/10)
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2004/10/20

04/10/20

ずいぶん前から

  (( ;゚Д゚)))

↑この顔文字をいちど使ってみたかったのだけれども、無粋な自分はこれまで顔文字一般をちっとも使用したことがないため、どのような感情の表出としてならこの顔を使っても場違いにならないのかいまいち自信が持てず、そもそもこの顔をもってするリアクションに値するような物事とはいったいどれほどのものかと考えはじめると、もうまったくずるずるとタイミングを計りかね機会を逃し続けてしまうのだった。

さて、SFでもミステリでもいっさいジャンルを問わずに作品そのものより面白いんじゃないかというような読みを展開し、主に英語圏の小説、とりわけナボコフ作品の読解と翻訳における第一人者であって、チェスと詰将棋の問題作成でも著名な京大文学部の某教授(特に名は秘す)の掲示板を見ていると、ご本人がこのようなレスをつけていた。
> はい、あの晩はやはり3時までカラオケでした。そのとき
> 某女性棋士に撮られた写真がブログに暴露されています。
> どうもわたしが「セーラームーン伝説」を歌うと、信じられない、
> 意外だ、と思う人が多いようで。この顔がいけないのでしょうか。






(((( ;゚Д゚))))))
2004/10/18

04/10/18

《次の言葉を待ってくまを見上げるが、もじもじして黙っている。ほんとうに大きなくまである。その大きなくまが、喉の奥で「ウルル」というような音を立てながら恥ずかしそうにしている。言葉を操る時には人間と同じ発声法なのであるが、こうして言葉にならない声を出すときや笑うときは、やはりくま本来の発声なのである。
「抱擁を交わしていただけますか」
 くまは言った。
「親しい人と別れるときの故郷の習慣なのです。もしお嫌ならもちろんいいのですが」
 わたしは承知した。》川上弘美「神様」

 まえに読んだことのある川上弘美と穂村弘の対談では、「神様」のラストをめぐる両者のやりとりがたいそう面白かった。
 どちらにも納得できて、すると同じことを言っているのか、いややっぱり違うのか、といろいろ考えさせられる。それくらいじゃないと作者に喋らせる甲斐がない。ここで引用した部分の続きになる。
穂村 でも、少なくとも読者は『神様』での「くま」との抱擁の中に、ある種の完全性を見ていると思うよ。
川上 だけど、わたしが書くのはいつも一瞬のことだよ。
穂村 だから、われわれの現実も含めて一瞬のことではあるんだけど、現実ではそのあとで携帯やメールの履歴を見てショックを受けるということがありうる。フィクションにおいては、なにしろ相手は「くま」だから、ある種の永遠性とともに、その瞬間が引き延ばされる感じがするのね。センセイにしても、死んでしまうことで、その瞬間が永遠に定着するというところに感情移入があると思うんだけど。
川上 そうなのか。それはまだわたしの書き方が下手だということなんじゃないかな。「くま」がなにを考えているのかわからない怖い奴だということをけっこう書いたつもりだったんだけど。だからこそ、もしかして「くま」は人間を食べようとしているのかもしれないということを脇に置いて、抱擁した一瞬がすばらしいわけで、それは携帯にどんな履歴が残っていようと、一瞬愛し合えればいいよねというのと一緒。》

 いまさらながら書き写していて恥ずかしくなるのだった。

 川上弘美の〈理想主義との縁の切りっぷり〉がかっこいいこの対談のタイトルは、「恋人に期待なんてしない」という(「ユリイカ」2003年9月増刊号)
2004/10/17

04/10/17

 徹夜して明け方になったあたりでなぜか新聞が読みたくなり、コンビニで朝日新聞を買ってくると日曜日だから読書欄があって岸本佐知子が「冬ソナ」本に邪悪な書評をつけているのを発見したがそれは本題ではなく、同じページの「自作再訪」なるコーナーで川上弘美がデビュー作「神様」のことを書いていたのだった。

 1993~94年にパソコン通信上で行われた「パスカル短篇文学新人賞」でもって選考委員を瞠目させたこの短篇について、「川上弘美はこれを3時間で書いたらしいよ」「いや2時間なんだって」と伝説みたいな噂がまことしやかに語られていたのだが、今回、このエッセイで本人は書いている。
一時間ほどで書きあげた。
 あはは。いずれ伝説である。
《夕方になる前、ちょうど午後四時ごろだったような気がする。買物から帰って、冷蔵庫に牛乳や野菜や肉をしまい、洗濯物をとりこみ、さてあと少ししたら夕方の砂場遊びに子供たちを連れて行かなきゃな、と思っていた。
 そうしたら、急にやってきたのだ。書かなきゃ。という感じが。
 あわてて古いノートをひっぱり出した。(…)最初の方のページをあせってめくり、まだ何も書いていないところを出す。鉛筆を固く握り、少しだけ考える。
 「くまにさそわれて散歩に出る」という一行を、書きつける。
 あ、できた、と思った。
 (…)砂場に行くことも忘れ、昔の理科のノートに、先の丸くなった鉛筆でどんどん書いていった。まだたたんでいない洗濯ものが散らばった横、リビングのじゅうたんの上に正座した膝にノートを置いて、書いた。子供二人が、かーさんかーさんと言いながら背中にのぼってきたりおなかの方に入ってきたりするので、少しずつ移動しながら、それでも書いた。
 一時間ほどで書きあげた。そろそろ夕焼けが始まっていて、さっき静かにさせるために子供たちに与えたポン菓子(つぶつぶが細かいのでなかなか食べ終わらなくて、時間がかせげる)が床に何粒かこぼれていて、頭に血がのぼっているので少しふらふらしていて、ものすごくへんな気持ちだった。
 じっと窓の外を見ると、夕焼けはどんどん濃くなっていった。赤と、どす黒いのが混じったような色で、ちっともきれいじゃなかった。(…)》

「神様」はいまでは短篇集『神様』に入っており、選考会の様子は『パスカルへの道』で読める。どちらも中公文庫。


神様
神様
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川上 弘美
中央公論新社 (2001/10)
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パスカルへの道
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中央公論社 (1994/10)
2004/10/15

04/10/15


 その文章を読んだときの自分は中学生だったのか高校生だったのか、とにかく新聞の文化欄に載っていたのだから実家にいた時分なのはたしかで、肩書きが「作家」あるいは「小説家」だった書き手の名前は当時の私に思いあたるものではなくすぐに忘れてしまったし、記事を切り取っておく程度の知恵も回らなかったのに、それでも書かれていた内容はずっと記憶に残っていて、「あれを書いたのは誰だったのだろう」という疑問と一緒にときどき思い出していた。おぼえている限りでは、それはだいたいこんなものだった。

 ・小説で、風景描写が人物の内面を表現するとされているのはおかしい
 ・そんな前提を私は知らなかったし、これからもするつもりはない
 ・登場人物なんかの心理と関係なく空は晴れたり曇ったりしているはずだ

 私はこれを「なんてまっとうな考え方だろう」と思い、だから記憶に残ったのだが、なにしろその頃はいま以上にものを知らなかったから、小説には風景描写と人物の内面を関係づける約束事があるということをそもそも知らなかった可能性が高い。知らない世界で行われている何らかのふるまいを「奇習でしょう」という判断とセットで紹介されれば「たしかに奇習だなあ」と受け取ってしまうのは自然なことかもしれない。
 しかしそんな刷り込みの部分を差し引いたとしても、その後いくらか小説を読むようになるにつれ、上の意見はいよいよまっとうなものに思えてきたのだった。

 風景描写を内面の象徴とする前提や、それに類するさまざまな約束事があるとして、そしてそういった慣習に従い多くの小説が書かれてきたとして、べつにそれらを「よくない」と言うつもりはないし、言ったところで意味はない。現にそのような小説がいわゆる普通の小説として書かれ読まれているのだろうし、そのなかには面白いものもあればあまり面白くないものもあるだろう。
 ただし、運良く面白いものに当たって楽しく読む場合でも、そこにある前提と慣習は「前提」でしかなく「慣習」にすぎないこと、約束事は「絶対に守らなくてはならない原理」ではないことを一応わかっていた方が、わからないでいるよりはいいのではないか。何事も、「いまそうなっているにしても、実はそうでなくてもいいんだ」とわかるとしあわせな気持になる。
(とか言いながら、まるで読書量の足りない自分は「一般的な小説」なるものをどういうものかも曖昧なままに仮定しており、その上で前提とか慣習とか言っているのだからひどく傲慢である)

 傲慢だと自覚しながらもそんなことに思いをめぐらして前提だとか慣習だとかを無責任に考えていられるのは、私が自分では小説を書かないし書く気もないからで、「一般的な小説」の依拠する約束事は慣習でしかないと見えていながら「そういうのとはちがう小説」を実際に書こうとする人を私は尊敬する。そんな作家は、どんな小説だって「一般的な小説」からまったく無縁なところにあるはずがない以上、それら前提なり慣習なりのどれをどこまで利用してどれは使わないで書くか、替わりにどんな約束事を導入するかで苦心惨憺するのだろう。
 あの新聞コラムに戻れば、実作者(「作家」あるいは「小説家」)でありながら「世の小説の大勢を占めるその前提に、おれは従わないよ」とはっきり述べていたあの書き手は度胸があると思ったし、むしろそうでなくては「ちがう小説」なんて書けないのかもしれず、なおさら「あれは誰だったのか」と気になるのが何年か続いた。

 新聞は実家でとっていたものだから読売新聞の朝刊で、図書館でおおよその当該期間の文化欄を端から探していけば見つけられるとわかってはいたものの、そのうちやろうと思うだけでいつまでたっても手をつけなかった理由は二つある。
 ひとつめはもちろん「面倒だから」だが、もうひとつは、当の記事を読んで以来の数年間にちまちま読んできた本や、本についての本、本について見聞きした評判などに触れるうちに「あの作家」が誰だったのかだんだん見当がついてきて、やがてきっとあの人だろうと確信するまでになり、「あれは誰だったのか」という疑問じたいがいつのまにか気化して無くなってしまったからだった。
 なんだか盛り上がりに欠ける話だが、小説ではない現実には劇的な解決は滅多に訪れない(←小説の場合だって劇的な解決があるのは一種の約束事だろう、と言ってみたかったのでいまこういうことを書いた)。にもかかわらず、「あれを書いたにちがいない」と思われる人の本になかなか手を出さなかったのは、性格の問題としかいいようがない。

 それが先日、芳林堂高田馬場店で当の作家の文庫本が目に留まり、いや、それだって別にはじめてではなく今まで何度も見ていたし、だいたい私はその本がハードカバーで出たときに「買おう」と手に取って、でも値段が少し高くて棚に戻したことまでおぼえているのだが、なんにしろ今回ようやっと、それをレジに持って行った。それから電車に乗って、書店のカバーがかかったままのその文庫本をめくり始めてまもなく、私は新聞で読んだあの文章に再会することになる。
「この本のなかにあるだろう」と予想していたし、事実あっけなく見つかったとはいえ、ああそうだ、これだったなあという感慨はあった。
《[…]僕は最近になるまで、小説の中で描かれている風景の描写が、通常、登場人物の心の状態と対応してその説明となっていたり、そういうことを婉曲に匂わせる働きを持っていたりする、というじつにあたり前の小説上の暗黙の了解も知らなかった。
 だからたとえば僕は、沈んで憂鬱な気分の主人公が「わたしは暗鬱な気分を拭き払うように夜の闇に向かって一度深く息を吐いた」などと語っているのを読むと、「何をバカなことを」と思うことになっていた(今でもそうだが)。「わたしの暗鬱な気分」と「夜の暗闇」は本来関係がない。「わたし」が憂鬱であろうがはしゃいでいようが夜は暗いものなのだ。夜が暗いということは、「わたし」のまわりに街灯がないか、煌々と光る満月が出ていないか、空に厚く雲がかかっているかのどれかで、空に雲がかかっていなければ、「わたし」の気分がどんなに憂鬱でも空には星が出ていて、自分の憂鬱にナルシスティックに浸っている「わたし」が知ろうとしない別の場所では、星座表を片手に、それを見るための懐中電灯をもう一方の手に持って星座を探している人だっている。
 僕はいままで小説の中で猫を繰り返し書き、ほかにも犬もクジャクも書いてきた。そのたびに一部の人たちから「猫が何を意味しているかわからない」という意味のことを言われたが(そしてこれからも言われ続けれるのだろうが)、僕は猫を書いて何か他のことを意味したいわけではない。ぼくが猫を書くとき、僕はただたんに猫を書きたい。猫に託して自分の心の状態を遠回しに読者に知らせたいとは思っていない。[…]》

「前提」という語はなかったが、記憶にあったよりもきっぱりした物言いなのだった。小説にも文章にも前提があるように、ものの受け取り方・感じ方にだって型はあるのだから、「風景描写―心理」の前提を否定するこの文章が、とりわけ「星座表」「懐中電灯」(あるいは「猫」)というあたりで何かこちらの感じやすい型に訴えかけるよう工夫されているのはおかしくない。
 ところでこの引用は『アウトブリード』(河出文庫)という本の18‐19ページからで、最初に新聞で読んでから約10年のあいだに「誰なんだろう」から「きっとそうだ」に変わりつつ私の記憶に場を占めていた作家、「あの書き手」は、保坂和志だった。

 その保坂和志が今年になってから文芸誌「新潮」で、それこそ「小説をめぐって」というタイトルのもとに連載を続けていると知ったのはついさっきのことである。「新潮」は図書館で何度か見ていたはずなのに、ぜんぜん気付かないでいた。
 公式サイトで途中までアップされている(!)のを見れば、第五回まででも相当な分量になっており、今はちょっと全部を読んでいる時間がないのでちらちら眺めただけだが、その「相当な分量」を使ってたっぷり他人の文章を引用し、小説の意識されにくい約束事を扱っているようだからどきどきする。

 保坂和志じしんの小説は、「何も起こらない」というおそらくはネガティブな意味合いの言い方を決まり文句のように使って紹介されることがおおいけれども、実際に読んでみると、ものすごくたくさんの事件がめまぐるしく発生し続けている。デビュー作の『プレーンソング』からすでに「いま自分が読んでいるこれは何なんだ」みたいな興奮があるし、続篇『草の上の朝食』も、気分よくのんびりした雰囲気がとことん頑固に書かれていてまったく退屈する隙がない。
 実はまだこの2作しか読んでいない私が、保坂和志みずから「最高傑作」と公言する『カンバセイション・ピース』を読むのはいつになることか。何年も先かもしれないし、来週あたり読んでいそうな気もする。


アウトブリード (河出文庫―文芸COLLECTION)アウトブリード (河出文庫―文芸COLLECTION)
(2003/04)
保坂 和志

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