趣味は引用
その124 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

How wonderful they might be to share. For fifteen minutes more she tried; repeating, if you are there, whatever you are, show yourself to me, I need you, show yourself. But nothing happened. (p86)

《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。さらに十五分間エディパはやってみた。繰り返し、繰り返し、あなたがそこにいるんなら、あなたがだれにせよ、私に姿を見せて、あなたが必要なのよ。姿を見せて、と。しかし何も起こらなかった。》p132/p149

 トライステロに関係のありそうな謎を追いかけて、という理由は当然あるものの、エディパがネファスティスの住居を訪ねたのには、自分にも幻覚(=別の現実)を分け与えてほしいという気持もあっただろう。
 このふたつの動機は別々のふたつなのか――とまで書いたら先走りすぎだが、ネファスティスの登場よりずっと前、小説の始まり近くにも、大きな幻覚を与えてくれそうな人間はいた。

その4」「その5」で精神科医ヒレリアスがほのめかす薬物への誘いに対し、本当に拒絶するならエディパは関係を断ってしまえばよかった。幻覚をはっきり拒みながら、それができないでいるのは、やはり、自分ひとりのサイズを越えた幻覚へのあこがれがあったからではなかったか。
 その前、夫のムーチョは、彼じしんが幻覚の中でおおっぴらに格闘中であるために、エディパのほうは醒めていなければならなかった→その3。そんな彼との関係を含めた生活の全体が彼女の中に、いまの現実への不満、この現実ではない別のどこかへ移る願望を生んでいた。
 では、さらにさかのぼったとき、ピアス・インヴェラリティは彼女にとってどのような存在だったのかを思わずにはいられない。不在のピアスの存在感がいまのエディパを、ひいては小説を動かしているのだから。

 まともな男はいないのか、と近くを見ると、メツガーは現実的な弁護士で、何にせよ怪しい信仰もなさそうだし、エディパののめり込みにブレーキをかけてくれてもいる→その81。ただしたいへんに軽薄そうな彼が、ピアスの遺言の共同執行人という立場を越えて(そして一時的な浮気相手という関係も越えて)これからも彼女を支えてくれるかはまったく確かではない。

『急使の悲劇』の演出家、ドリブレットは醒めていた。彼は、目の前の現実を幻想で覆い尽くして別の現実を作ろうなどとは考えていない。そうではなくて、自分の頭の中にある現実を、外部に投射しようとしていただけだ→その85
 だが、「そうではなくて」「だけ」と書いたものの、そこまで行くと「醒めている」の意味までズレてくる。自分の現実をおもてに出すのが第一義で、それを他人に共有させようとは考えていなかった、いわば節度あるドリブレットが、ひどく孤独を感じさせる描かれ方をされていた→その87のも忘れがたい。まともな男は、いないのか。

 ネファスティスのアパートの〈ネファスティス・マシン〉の前に戻ると、どうしても悪魔と交信できないエディパは泣き出さんばかりになって発明家を呼ぶ。私は "the sensitive" じゃないんだわ、と。
 ここまでの反応のぜんたいが「感じやすい人」「思いの強すぎる人」であるエディパに対し、ネファスティスの返答は「性交をしよう」だった。
 悲鳴を上げてエディパは部屋を逃げ出し、ネファスティスと、〈マックスウェルの悪魔〉と、〈ネファスティス・マシン〉をめぐる話は終わりになる。これまでの苦労は何だったのか。

 エントロピーについての知識を持たないエディパは、知識を持ったネファスティスの前で圧倒的に劣勢だった。これもまた、第2章の終わりのほうで、映画の筋を知らないエディパが、知っている(その映画に出演していた)メツガーと賭けをして、いいようにあしらわれてしまった構図→その36と同じである。
「知らない」エディパは、「知っている」何者かをおそれながら、しかし、誘蛾灯に惹かれるようにそちらへ向かわずにはいられなかった。
 それでわかったのは、いまのところ、まともな男はいそうにないということだけである。

…続き



*なお、2010年11月の「よくわからないけどおどろいた」ニュースは、中央大学+東京大学で“情報をエネルギーへ変換することに成功”というものだった。
[…] これまで理論上の存在であった「マックスウェルの悪魔」を、世界で初めて実験により実現しました。これにより、観察から得た「情報」を用いて「エネルギー」を取り出すこと、すなわち「情報をエネルギーへ変換できること」を実証しました。

 こんなことが中央大学の「新着ニュース」に書かれていたが、もうリンクが切れている。別のニュースサイトをあらためて探すとこんな話のようだった。
 ほかにここなど眺めてみても、即座に「永久機関が」という話ではないけれども、解説書が出たら読んでみたい。ピンチョンはこのニュースを知っているだろうか。知っているだろうな。
その123 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 ・真の霊能者(the sensitive)とは、人間の幻覚を共有できる者のこと
 ・幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら

 本当に感度が強ければ、共感能力が高ければ、他人がその中にすっぽり包まれてしまっている幻覚に、同じように包まれることができる。独りではなく、2人以上で内側に入り込んでいっしょに外を見られるようになれば、幻覚はもはや幻覚ではない現実となるだろう。そして、それはすばらしいことである。
 動かないピストンに押し出され噴出した、エディパの心理はこのようなものだ。何よりここでは「そのすばらしいことが、できない私」という否定的な感情の側から、幻覚の共有がいっそう強く願われている。欲しいのは、手に入らないからなのだ。

 いっぽうで、これまでエディパの感度強化(sensitized)は、あらゆる些細な兆候から意味を見出す傾向として発現していた。いや、あらゆる些細な事物を、裏に意味を隠した兆候としてとらえることじたいが感度強化なのだった→その93
 このことは、たびたび思い込みに衝き動かされる彼女のふるまいを地の文が高見から読者に伝えるだけでなく、ほかならぬエディパ当人にも、なかば自覚されていた。

〈ネファスティス・マシン〉の原理を、発明者ネファスティスじしんはもちろん完全に信じ切っている。このエディパという女にも自分の発見した真理を教えてあげようというつもりで話しているはずで、ウソを吹き込んでやろうという意味での「騙すつもり」は彼にはない。ただ、実際には動かないマシンを「素質があれば動かせる」と信じさせ、テストを受けさせた点において、ネファスティスの行動はエディパを結果的に「罠にかける」ことになった。
 それではエディパのほうでは、見事にネファスティスの「罠にはまった」のかといえば、彼女は罠にはまりたかったのだ。怪しげなシャツを着た怪しげな男が怪しげな機械を通して差し出してくる怪しげな罠にはまりたいのに、完全にははまりきれない、しかも、そんな自分の姿が嫌でも自覚されてしまう。
 幻覚を完全には信じ切れないし、かといってそこから自由にもなれない。その宙吊り状態であがいているのもわかっている。パラノイアになりきれない疑似パラノイアの、疑似パラノイアなりの悩みが彼女を締めつける。それで思わずにはいられない――《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。》

 だれかと幻覚が共有できたら。だれかと幻覚の中に立てこもることができたら。それが、自分を閉じ込める自我の塔からの脱出口になるかもしれない。幻覚の中で自分から解放される、というアクロバット。
 それは本当に解放になるのか、と考えるより前に、「私には、このネファスティスの提供する幻覚は共有できなかった」とエディパは思い知ったのだった。

…続き
その122 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


〈マックスウェルの悪魔〉の基本モデルとは異なって、〈ネファスティス・マシン〉の場合、悪魔は情報を得ることを(分子を「見る」ことを)自分でせずに済んでいた。「見る」のは "the sensitive" に任せて、悪魔は分子を分類するだけである。結果、彼の体内でエントロピーは増加しない。だから、マシン全体としてエントロピーは大きくならず、無限にエネルギーを生み出すことが可能になる。
 悪魔の代わりにエントロピーの増加を引き受けるのはマシンの外にいる "the sensitive"のほうで、その存在があってはじめてマシンの内部は万事滞りなく、永久に運動を続けられるかのようにふるまうことができる。
〈ネファスティス・マシン〉は、エントロピーを外部に排出する=特定の "the sensitive" に押しつけることで、はじめて成り立つシステムなのである。

 この構図から連想されることはいろいろあるが――じつにいろいろあるが――ともあれ、いまのエディパには当然、ここまではわかっていない。
 話が理解できないのなら、エントロピーは熱力学の世界と情報理論の世界を結びつける一種の隠喩と解してくれてもよい、と説くネファスティスに、「その隠喩のせいで〈悪魔〉が存在するように見えているだけなのじゃないか」と返すが、ネファスティスは少しも動じない。
 Nefastis smiled; impenetrable, calm, a believer. "He existed for Clerk Maxwell long before the days of the metaphor."
But had Clerk Maxwell been such a fanatic about his Demon's reality? She looked at the picture on the outside of the box. (p85)

《ネファスティスは微笑した。不可解で、平静で、信じるものの顔だ。「〈悪魔〉は隠喩が騒がれているきょうこのごろよりずっとまえ、クラーク・マックスウェルには存在したんだよ」
 だけどクラーク・マックスウェルって、この〈悪魔〉の実在をそんなに狂信していたのかしら? エディパは箱の外側に貼ってある写真を見た。》pp130-1/pp147-8

 写真をじっと見る。そして、マシンから出ている2本のシリンダーのどちらかに精神を集中する。ネファスティスによる説明はそれだけで、彼はエディパを残してテレビアニメを見に行ってしまう。
 本物の "the sensitive" なら、悪魔との通路が開けてメッセージが届くはずだと言われたエディパは生真面目に写真を見つめ、呼びかけさえする。
 Are you there, little fellow, Oedipa asked the Demon, or is Nefastis putting me on. Unless a piston moved, she'd never know. (pp85-6)

《そこにいるの、おちびさん、とエディパは〈悪魔〉に向かって問いかけた――それともネファスティスが私をかついでいるのかしら。ピストンが動かないかぎり、ほんとうのところはわからない。》p131/p148

“ネファスティスが私をかついでいるのかもしれない”とは疑っても、マシンの原理をわかっていないエディパには、“その原理は実現可能なのか”という根本的な問いは生まれていないように見える。
 しかし、これで充分だろう。《ピストンが動かないかぎり、ほんとうのところはわからない。》というおどろくような決めつけからしても、彼女が自覚なく“その原理は確かなもので、ネファスティスは自分をかついでいない”という信頼の圏内にあるのはまちがいない。
 それは信頼というより期待なのだろう。エディパは自分が "the sensitive" でありますようにと願いながら、マックスウェルの写真に向き合っている。一瞬、かすかに見えたようなピストンの動きは目の痙攣で、ほかに何の兆候もないことに急な怒りをおぼえる姿からもそのことは明らかだ。
Did the true sensitive see more? In her colon now she was afraid, growing more so, that nothing would happen. Why worry, she worried; Nefastis is a nut, forget it, a sincere nut. The true sensitive is the one that can share in the man's hallucinations, that's all.

《真の霊能者にはそれ以上のものが見えるのか? 腹の底に不安が生まれ、大きくなって行く――何も起こらないのではないか。気にすることはない、と、彼女は気にする。ネファスティスなんて気違い、もういい、正真正銘の気違い。真の霊能者っていうのは人間の幻覚を共有できる者のこと、それだけの話。》p132/p149

*太字は引用者。くどいようだが、「霊能者」= the sensitive(感度の強い人、高感度人間) である

 そして、こう続くのだ。
 How wonderful they might be to share.

 《幻覚を共有できたら何てすばらしいことかしら。》


…続き
その121 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

As the Demon sat and sorted his molescules into hot and cold, the system was said to lose entropy. But somehow the loss was offset by the information the Demon gained about what molescules were where.
 "Communication is the key," cried Nefastis. "The Demon passes his date on to the sensitive, and the sensitive must reply in kind. There are untold billions of molescules in that box. The Demon collects date on each and every one. At some deep psychic level he must get through. The sensitive must receive that staggering set of energies, and feed back something like the same quantity of information. To keep it all cycling. On the secular level all we can see is one piston, hopefully moving. One little movement, against all that massive complex of information, destroyed over and over with each power stroke."
 "Help," said Oedipa, "you're not reaching me." (pp84-5)

《〈悪魔〉が坐っていて、分子を熱いのと冷たいのに選り分けると、その系はエントロピーが低くなると言われる。しかし、なぜか、低くなった分は、どの分子がどこにいるかについて悪魔が得た情報によって相殺される。
「コミュニケーションが鍵になるんだよ」とネファスティスは叫んだ。「悪魔が自分のデータを霊能者に伝える、すると霊能者も同種のもので応じなければならない。その箱には何十億という分子が入っている。〈悪魔〉はその分子の一つ一つぜんぶについてデータを収集する。深い霊的な次元のようなところで〈悪魔〉は通達しなければならないんだ。霊能者はこの膨大な諸エネルギーの集合を受け取って、それとほぼ同量の情報をフィードバックしてやらなければならない。すべてを循環させるためにね。俗な次元で見えるものと言えばピストン一つだけさ、それが動いてくれればいいわけだ。その巨大な情報の複合体に対して、ちょっとした動きが一つ、ピストンが一回動くごとに、その複合体が次から次へと崩されて行くのさ」
「お手あげよ」とエディパ――「意味が私にとどかないわ」》pp129-30/pp146-7

 これが〈ネファスティス・マシン〉の原理だが、ひどくミスリーディングである。まず、
《〈悪魔〉が坐っていて、分子を熱いのと冷たいのに選り分けると、その系はエントロピーが低くなると言われる。しかし、なぜか、低くなった分は、どの分子がどこにいるかについて悪魔が得た情報によって相殺される。》

 この部分は〈ネファスティス・マシン〉ではなく、「どうしてマックスウェルの悪魔を用いても永久機関が不可能なのか」という、前回書いた一般的な理由の説明になっている。分類という、分子の情報を得て箱の中のエントロピーを減らそうとする行為が、悪魔の中にかえってより大きなエントロピーを溜め込むことになり、全体として見ると、「やはりエントロピーは増えてしまう」という話だ。
 それがこんなに舌足らずな書き方になっているのは、小説が、エディパがネファスティスからおぼろげに聞き取った内容を、ほとんどそのまま地の文に流し込んでこの場はこと足れりとしているからだろう。読んでいるこちらがヒヤヒヤする。
 では〈ネファスティス・マシン〉では、この悪魔内部のエントロピー増加をどうやってクリアするか。そこで
《「コミュニケーションが鍵になるんだよ」とネファスティスは叫んだ。》

 ここからが〈ネファスティス・マシン〉の原理である。
 鍵になる「コミュニケーション」とは、マシンの中の悪魔と、マシンの外にいる強い感度を持った人間、すなわち "the sensitive"(志村訳では「霊能者」)との間で行われるコミュニケーションのことなのだ―― と言ってからはっきり書いておくのは、以下の内容が、木原善彦『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』(2001)の、Lot 49 を扱った第三章でなされている解説の引き写しだということである。先ほどまとめて小説から引用した部分のうち、必要な箇所を再掲する(太字は引用者)
"The Demon passes his date on to the sensitive, and the sensitive must reply in kind. There are untold billions of molescules in that box. The Demon collects date on each and every one. At some deep psychic level he must get through. The sensitive must receive that staggering set of energies, and feed back something like the same quantity of information. To keep it all cycling. On the secular level all we can see is one piston, hopefully moving. One little movement, against all that massive complex of information, destroyed over and over with each power stroke."

《「悪魔が自分のデータを霊能者に伝える、すると霊能者も同種のもので応じなければならない。その箱には何十億という分子が入っている。〈悪魔〉はその分子の一つ一つぜんぶについてデータを収集する。深い霊的な次元のようなところで〈悪魔〉は通達しなければならないんだ。霊能者はこの膨大な諸エネルギーの集合を受け取って、それとほぼ同量の情報をフィードバックしてやらなければならない。すべてを循環させるためにね。俗な次元で見えるものと言えばピストン一つだけさ、それが動いてくれればいいわけだ。その巨大な情報の複合体に対して、ちょっとした動きが一つ、ピストンが一回動くごとに、その複合体が次から次へと崩されて行くのさ」》

 分子を「見る」=情報を得る行為は、それをおこなう者の内部にエントロピーを生んでしまう。ここで、引用文中で「データ」と「情報」が区別されているのが重大なポイントである。
 悪魔は、箱の中を飛び交う分子について、自分では「見る」ことをしない。ただデータを外の "the sensitive"(木原氏の訳では「高感度人間」)に送るだけである。データから分子の状態を「見る」、つまり情報を得るのは悪魔ではなく "the sensitive" の役目である。言い換えれば、悪魔は "the sensitive" がマシン内をのぞき込む、窓としてしか働かない。
 そして "the sensitive" は情報を悪魔に送り返す。
[…] デモンは、受け取った情報をもとに、分子を選り分け、マシン内のエントロピー(利用不可能な無秩序なエネルギー)を減らし、同時に自由エネルギー(利用可能な秩序あるエネルギー)を得て、これでピストンを動かす。
 こうしてみると、熱力学の第二法則、「エントロピー増大の法則」が破られているわけではないことが明らかになる。マシン内で減少するエントロピーと同等のエントロピーが、外部にいる高感度人間の体内に生まれているである。マシンは、いわばエントロピーポンプとして作用し、内部のエントロピーを外部に排出することによって、見かけ上、永久運動をするように見えるのだ。》木原 p49(太字は引用者)

 このようなことを木原氏は、“小説をきちんとに読めば、こういうことになっています”というような堅実な書き方で述べているけれども、そしてそれは確かにその通りなのだろうけれども、もしこの明快な解説がなかったら、独力ではぜったいに〈ネファスティス・マシン〉の工夫とメカニズムはわからなかった。
注釈書のP106~108あたりにある解説は、悪魔が "the sensitive" を通じてエントロピーを外に捨てるからくりについてはほぼ同じまとめになっているが、そのあと「情報」の取り扱いになると混乱を来たしてしまっていると思う。それはこちらの理解が追いつかないということかもしれないのだが)

 しかし、わかってしまえばこの仕組みはLot 49 の縮図のようなものなのである――と、これも木原氏の書いていることだった。

…続き



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その120 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


〈ネファスティス・マシン〉は、理論上の存在である〈マックスウェルの悪魔〉を実際に組み込んだ装置だということになっているが、それはそもそもどんなものだったのか。
 前々回で書いたように、あるひとつの系の中で「温度差がある」状態は「温度差がない」状態(熱平衡)へ向かっていく。温度差があればエネルギーが取り出せるが、徐々にそれはできなくなっていく。これが熱力学の分野でエントロピーが増えるということだった。
 だが、ここでひとつの思考実験として、「温度差がない」状態から「温度差がある」状態に逆転させることができたとしたら、と考案されたのが〈マックスウェルの悪魔〉だった。その働きは「その91」と「その92」に書いたけど、ここでもう一度まとめておく。

 ふつうの空気で満たされた箱をふたつに区切り、極小のドアを作ってそこに悪魔(知的生命体)がいるとする。悪魔は、動きの速い分子を右の部屋に、遅い分子を左の部屋へと選り分けていく。分けるだけではエネルギーが消費されないのに、この作業を続けていくうちに箱の中には温度差ができていくから、その差を用いてたとえばピストンを動かすことが可能になり、外から力を加えなくても永久に上下動を続けさせることができる。これって、熱力学の法則を守りながらそれを破ってしまう、永久機関の完成じゃないだろうか、というのがマックスウェルの提起したパラドックスだった。
 ここでは、動きの激しい分子とそうでない分子が入り混じっているはじめの状態(エントロピーが高い)から、両者がきれいに区別された状態(エントロピーの低い)へと、箱の中の状態が変化している。悪魔は、分類を行うことで熱力学的エントロピーを減らす働きをしたのだった。分類がエントロピーを減らす

 この変化は、情報の面から見ても面白い。最初、分子が乱雑に入り混じった状態では、ある分子ひとつが、箱の中で右側にあるか左側にあるかは知りようがなかった。ごちゃごちゃに混ざっているのだから、どっちに「ある」のか確かな情報はない。
 それから始まる悪魔の分類作業は、速い分子は右、遅い分子は左、というふうに分子の位置をひとつずつ確定していく作業、つまり分子の動きと位置の情報を得る作業でもあった。次第に、位置を知りたい分子が「動きが速いのなら右側にあるよ」「遅いのなら左側にあるよ」と、確かさをもって答えられるようになっていくだろう。分子の位置について不確かだった状態(エントロピーが高い)が、より不確かさの減った状態(エントロピーが低い)に変化していく。
 乱雑な状態から整理された状態へ、分類が進むほど、情報が増える。それは、情報が増えるほど分類が進む、ということでもある。情報を得る作業がエントロピーを減らすのだ。
 いま太字にした部分と、上で太字にした部分を見比べれば、なんだか同じようなことを言っているではないか。

 それはともかく、この仮想上の悪魔を実装したのが〈ネファスティス・マシン〉だったが、大事なのは、
(1)そんな悪魔がいたとしても上に書いたシステムは実現せず、
(2)だからネファスティスはある工夫を加えて〈ネファスティス・マシン〉を作り上げた、ということだ。

 まず(1)、どうして永久機関が実現しないのか。「そんな悪魔はいないから」ではなくて、そんな悪魔がいたとしても実現しない。
 スタンレー・コーテックスがエディパにマシンの原理を説明してくれたとき→その92、彼女は素朴にこう訊いた。
《「選り分けるのは仕事じゃないの?」とエディパは言った。「そんなことを郵便局で言ってごらんなさい。郵便袋に詰めこまれてアラスカのフェアバンク行きよ、〈こわれもの注意〉の貼り紙もつけてはくれないわ」
「それは頭脳労働だけど」とコーテックス――「熱力学的な意味での仕事じゃないんだ」 》p106/p119

 じつはここではコーテックスは半可通にすぎず、まったくの無知であるエディパのほうが正しいらしいことが、前回も参照した入門書に書いてある。

 悪魔が分子を選り分けるためには、少なくとも彼に分子が見えなくてはならない。「見る」ために必要なのは光である。分類じたいは「熱力学的な意味での仕事じゃない」のかもしれないが、「見る=情報を得る」ことはそうはいかない。
《まずガスも魔物も包み込んだ閉じた系を考える。この中で魔物は分子を認識し、その運動に関する情報を得なければならない。そのためには、魔物と分子の間にエネルギーの交換が必要で、それは光子によって媒介されるとする。この光子のエントロピーに対応する温度が魔物の体温よりも高くないと、魔物はそれを認識できない。
魔物のまわりには、魔物の体温に相当する黒体放射が満ちているからである。その結果、魔物が光子を受け取る過程は非可逆過程で、エントロピーが生成される。その値を計算すると、魔物が分子を認識することによって得た情報量に相当するネゲントロピーよりも、大きいことがわかる。だから、情報のネゲントロピーがそのままガスに返されても、全体としては、エントロピーが増えてしまうのである。》杉本 p124
*「ネゲントロピー」は、「負のエントロピー」「エントロピーの低さ」のこと

 注釈書でさらりと紹介されている(pp101-2)のもこの説で、マックスウェルの悪魔については、これが公式見解のようである。
 マックスウェル以降の物理学者のおかげで、たとえ分子を選り分けることのできる悪魔が存在したとしても、エントロピー増大の過程をひっくり返してエネルギーを作り出す役には立たないことが明らかにされているのだった。
(この話に出てくる“悪魔:Demon”は「知的生命体」の意味だけど、ネットを検索していて複数ぶつかった「こうしてマックスウェルの悪魔は除霊された」、という言い方をしてみたくなる気持はわからなくもない)

 だから、「選り分けるのは仕事じゃない」と言い切った(←イエローカード)コーテックスが、ただ単純に悪魔の存在を信じ、「本物の悪魔が入っているから〈ネファスティス・マシン〉はすごいんだ」と主張するのだとしたら(←イエローカード)明確にアウトで退場ものなのだが、曲がりなりにもヨーヨーダインの技術者、何度読み返してもさすがにそこまではっきりとは言っておらず、彼の理解の程度はうやむやなままに、あのシーンは終わっていた。件のマシンの説明は、いま、発明者たるジョン・ネファスティス本人に引き継がれたわけである。

 発明者までが、「悪魔はエントロピーを減らせない」ことを知らないはずはないだろう。悪魔の問題を解決した論文は、1929年には発表されているのだ→そのPDF
 実際、彼にはわかっているのだ――というところでもう1冊、やはり前回も引いた入門書から、悪魔のパラドックスを否定した部分を書き写す。さっきの引用と同じような説明で、悪魔が分子を「見る」ために増えてしまうエントロピーの量まで数式で示してから、
《要するに、マックスウェルの魔がせっかく仕事をして気体のエントロピーを減らしても、その分以上に魔自身のエントロピーが増えてしまうのである。だから、魔は決して熱力学の第二法則を超越した超能力者ではなく、やはり第二法則がちゃんとあてはまる「ただの人」だった、ということになってしまうのである。
[…] 光が吸収されて彼の体内のエントロピーが増え続けるということは、光のエネルギーが熱の形でどんどん体内に入ってくるということであるから、彼の体はどんどん熱くなってゆく。そして、その小さい体はすぐに熱病状態になって、間もなく死んでしまうだろう。いわば、エントロピーにうなされて死ぬのである。》堀 pp236-7

 仮定上の悪魔が仮定の上で確実に死ぬと宣告されるのを見て気の毒に思うのは不思議な感情だが、ところで、このあとにこう続いている。
《もっとも、体内にたまってくるエントロピーをどこかへ持ち運んで捨てることが出来れば、魔はいつまでも仕事を続けて、気体のエントロピーをどんどん小さくしてゆくことができ、またエントロピーの小さい状態を保っておくことができるだろう。しかしそれは系の外へ熱の形でエネルギーをはこび出すのと同じことだから、系を外界へ対して開くことであり、エントロピーの小さい状態を保つために系を外に対して開き、エネルギーの流れの中に置く、という、はじめに述べた状況に話はもどってしまう。》

 悪魔の体に溜まったエントロピーを、どうにかして外に捨てる。それができれば、この箱からエネルギーを取り出すことも可能になる。でもそんなことは無理だから、やはり永久機関は実現しないのだ――と、そのような説明のために上記の引用部分は書かれているのだが、じつは、小説中の〈ネファスティス・マシン〉を可能にしているのは、まさにここに書かれている通りのアイディアなのである。
 そしてそのために必要とされるものこそ、"the sensitive"(感度の強い人間)なのだった。

…続き



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その119 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 いっぽう、情報の理論でもエントロピーの考え方が使われようになった。こちらでも、エントロピーは「乱雑さ・でたらめさ」とされる。さらに、情報なんだから、これは「曖昧さ・不確定さ」ということにもなるらしい。
 そして、入門書を読んでみても言われていることがいまひとつ統一されているように見えないのである。こちらの理解不足にちがいないが、仕方ないからそのまま書いてみる。

 ふたつの情報源があるとする。片方は乱雑でごちゃごちゃで(エントロピーが大きい)、もう片方は整理されてシンプルにまとまっている(エントロピーが小さい)。
 この両者からどれだけの情報が出てきうるか考えると、ごちゃごちゃの前者から出てくるもののほうがバリエーションに富み、それに比べてシンプルな後者のほうは、出てくる結果の幅が狭いように思われる。
(サイコロを振るなら結果は6通りありえるが、コインを投げた結果は表・裏の2通りしかない。サイコロのほうが結果にばらつきがある)
 だから、エントロピーが大きい=情報量が大きいエントロピーが小さい=情報量が小さい、ということになる。この本にはそう書いてある。

 ところが、いま例に出した乱雑でごちゃごちゃの情報源と、整理されてシンプルな情報源を、そのままふたつの情報だととらえると、前者は曖昧で不確かなために何を言っているのかよくわからないから情報量が小さく、後者はすっきりまとまっているから言いたいことがよくわかり情報量が大きい、ということになる。
(なんだかさっきと逆である。「情報源」に目をつけるか、出てくる「情報」に目をつけるかのちがいなのだろうか)

 あるいは、こう考えたらどうなるか。
 乱雑でごちゃごちゃの情報源と、整理されてシンプルな情報源があって、そのそれぞれから何らかの結果がひとつ確定されたとする。前者のほうがどんな結果が出たのか可能性がいろいろあるだけに正解を絞るのはより難しく、後者は可能性が限られているぶん、より高い精度で正解を絞ることができる。
(サイコロを振ってどの目が出たか、よりも、コインを投げて表になったか裏になったか、のほうが当てやすい)

 より正しい答えに近づける情報のほうが情報として有用なわけだから、つまり情報量が大きいということになる、と考えると、乱雑でごちゃごちゃの(エントロピーが大きい)情報源は、曖昧で有用性が低い、つまり情報量が乏しい情報にしかならず、整理されたシンプルな(エントロピーが小さい)情報源は、大きな情報量をもった情報になると言える。
 だから、エントロピーが大きい=情報量が小さいエントロピーが小さい=情報量が大きいことになる。この本にはそう書いてある。
(こちらをもとにすると、先に書いたエントロピーが大きい=情報量が大きいエントロピーが小さい=情報量が小さいという、いまのと正反対に見える考え方は、このように換言されるとまで書いてあった―― 情報源が乱雑でごちゃごちゃで曖昧なほど、つまり、もとの状態のエントロピーが大きいほど、「確定された状態が何か」という情報の持っている情報量は大きい)

 情報源/情報/情報量という言葉をごたまぜにして使っているために、上に書いたことはよくわからなくなっているが、それは参考にした本2冊のせいではなく、この読書ノートを書いている人間の理解力と、まとめ力の不足のためである。とりあえずこう考えることにした:

 でたらめで曖昧で、どうなっているのかわからない状態があるとして、それに関する情報を得ることは、わからなさを減らすことになる。
 よりでたらめである状態をエントロピーが大きい、よりでたらめでない状態をエントロピーが小さい、と考えれば、情報の分野では、情報を得ることがエントロピーを減らすことになる
(逆に、情報が伝えられていく過程でノイズが混じり、不確定さが増え曖昧になっていくのは、エントロピーが大きくなると表現できる)

 前回、熱力学のところの最後に「エントロピーは概念だけど、量を計算する式だってできた」と書いた。そしてこちら、情報理論のほうでも、エントロピーの量を計算する式が作られた。両者とも対数を使い、エントロピーの量を S とすると

 S =K logW

 こんな感じにするそうで、式が似ていることをLot 49 のジョン・ネファスティスは「偶然」のひとことで片付けていたが、両分野は、取り扱う数の桁数に大きなちがいがあっても、同じ変化を別の面から見ているだけなのだ、という方向で考えるのがどうやら正しいらしい。
 そんなことについてあれこれ言うには、これだけでは何の説明にもなっていない上の式の K と W が、各々の分野で何を表しているのかをまとめるところから、いや、まとめられるよう勉強するところから始めないといけないはずだが、一応これくらいで小説に戻ることはできる。

…続き



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その118 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 エントロピーは、でたらめさ・乱雑さを測るものさし、というふうに説明されることが多い。
 この考え方がはじめに使われるようになったのは熱力学の分野だという。

 閉じた系の中で、温度が高いものと温度の低いものが接している場合、前者から後者へと次第に熱が移り、しまいには両方が同じ温度になる(熱平衡)。この熱が移動する方向は一方通行で、不可逆的である。
 温度差があればエネルギーを取り出せるけれども、放っておくと状態は熱平衡に向かい、温度差はなくなっていく。この変化を“エントロピーが増大していく”ととらえると、いろいろなことにうまく説明がつくようになった。でも、それがどうして「乱雑さ・でたらめさ」の増加なのか。

 温度が高いというのは分子の動きが激しいということ、低いというのは動きがおとなしいということで、ちがいがある。激しいにしろおとなしいにしろ、それぞれがそれぞれだけで集められていれば(温度が「高い」「低い」で区別されていれば)、ふたつのグループは整理されていることになる。そんなふうにはじめは分かれていたふたつのグループも、時間の経過とともに、乱雑に入り乱れていって、混ざりきった状態が熱平衡である。混ざったものは、自然には分かれていかない。
 外から手を加えない限り、でたらめでない状態(エントロピーが小さい)は、必ず、もっとでたらめな状態(エントロピーが大きい)に向かう。方向を逆にして、乱雑に動き回る分子の動きをそろえ、エネルギーに変えることはできない。

 これを確率の考え方から見ると、実現する確率が低い状態は、実現する確率がもっと高い状態へ移っていく、ということになる。「整然と区別されている状態」よりも、「乱雑に混ざっている状態」のほうがずっと場合の数が多いので、実現する確率が高い。そして、実現するのはつねに確率の高いほうである。“確率には勝てない”、というのと、上の“エントロピー増大の過程は不可逆的”というのは、同じことを言っている。
 ところで「その92」で、こういうメモをした。

■ 熱力学の第二法則
・持っているエネルギーのすべてを何か意味のある作業に使うことはできず、かならずエネルギーの一部を無駄に捨てなくてはならない
・分離の状態は、やがて混合という結果に追い込まれる

 エネルギーの総量は不変、という熱力学の第一法則だけから見ると可能であるように思える永久機関(熱機関から生まれたエネルギーをまたその機関を動かすのに使う)は、第二法則から否定される。エネルギーは、総量としては減らないが、しだいに使えないかたちに変わっていく。
 この第二法則が述べていることにはいろんな表し方があって、エントロピーの考え方を使った表現法もそのひとつ。使えるエネルギーは減っていく、という法則は、エントロピーは増えていく、とも言い換えられる。

 エントロピーは概念なので、顕微鏡でも見られないし、それじたいを測量することもできないけれど、これを使うと第二法則がうまく説明できるし、計算によって量を測る式だってできている。

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その117 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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 カリフォルニア州バークレーにあるジョン・ネファスティスのアパートで、〈ネファスティス・マシン〉を前に、発明家本人によるエントロピー講義が始まっている。
But it was too technical for her. She did gather that there were two distinct kinds of this entropy. One having to do with heat-engines, the other to do with communication. The equation for one, back in the '30's, had looked very like the equation for the other. It was a coincidence. The two fields were entirely unconnected, except at one point: Maxwell's Demon. (p84)

《しかし、エディパには、話があまりに専門的だった。確かにわかったのは、このエントロピーというものに、二種類あるということである。一つは熱機関と関係があり、もう一つはコミュニケーションと関係がある。一方の方程式は一九三〇年代にできたものだが、他方の方程式とじつに似ていた。偶然である。この二つの領域はまったく無関係であるが、一点において関係がある――〈マックスウェルの悪魔〉だ。》p129/p146

 この「エントロピー」をめぐる話のわかりにくさは、Lot 49 を構成する数かずの奇妙な謎の中でも独特のものだということになっている。
 というのは、ここには、エントロピーと〈マックスウェルの悪魔〉と〈ネファスティス・マシン〉の話じたいがそれぞれわかりにくいということと、それらの話がこの小説の中でどういう役割を果たしているのかがわかりにくいという、少なくとも二重のわかりにくさがあるからで、不透明な話ほど大事なものに見えるのはエディパも読者も同じである。

 いまあらためてこのあたりのページを読んでいて思うのは、文章に不思議な距離があるということだ。
 エントロピーについての知識を持ったネファスティスが、それを持たないエディパに向かって語る話のうち、彼女がかろうじて「こういうことか?」と理解できた内容だけが地の文に乗せて語られている。書きぶりは、そこに誤解が含まれていれば(読者に向かって)訂正を加えてくれる調子ではない
 ネファスティスじしんの言葉が出てきても、エディパには謎かけのようにしか受け取れないし、地の文の側でもやはり、それを解きほぐしてこちらの理解を助けてくれる様子はない。理解できないエディパの「理解できない!」という叫びはそのまま書かれる。
 ひどく率直で、だからこそ距離を感じる書き方だと思う。距離というのは、“ページの上に印刷されている文字面のうしろにあるはずの背景”から、自分が隔てられている感じのことだ。
 内容がよくわからないからここにはもっと説明があってもいいはずだ、ということだけはわかる、そんな種類の話が持ち出されて、しかし説明は与えられない。小説のこういう書かれ方は、エディパにも読者にも不親切に見える。
「いいのか、それで」と言いたくなるが、このネファスティスの部屋に来る前、スタンレー・コーテックスがはじめてマシンの話をした場面もそんな調子だった→その91

 エントロピーという奇妙な概念を扱った奇妙なマシンを扱いながら、理解と誤解をまぜこぜにし、説明をあえて自制したまま素っ気なく進む地の文。「それでいいのだ」と、たぶんピンチョンは思っている。
 だから次第に、この“解説を加えない”書き方は不親切というより勇気だと感じるようになったのだが、意図的にしろ結果的にしろ、そのせいで〈ネファスティス・マシン〉がいっそう「わけのわからない機械」としてこちらの気にかかるようになっている。
 小説がそんなふうにこちらを翻弄してくるために、注釈書でこの部分についた解説はP97からP111まで、15ページにも延びている(たぶん、全項目中で最長ではないか)。それを読むと、エントロピーについて、少なくとも「エディパよりはわかった」と言えるようになることはなる。
(「ひと通りわかった」とはとても言えない。「簡単には“ひと通りわかった”なんて言えない話であるよな」ということがわかる)

 だが、肝心のエディパがわかっていないのだから、こちらもわからないまま読むほうが、より彼女に近づけるのではないか、という気持も抜きがたいのである。
 エディパに近づくのはこの小説に近づくのと同じことだと思う。近づいて近づいて、できることならこの小説の内側に入れないものかと、ずっと考えている。それには、エディパの外にある知識は邪魔でしかない。
 いっぽう、エディパの持たない知識を集め、外側から彼女の立場を可能な限りよく見ていくことで小説に近づくアプローチもきっとある。小説はエディパではない。読書は外側から行われるが、十全な知識を持って向かえば、こちらと小説との段差は乗り越えられるのじゃないかとときどき本気で思っている。
 しかし、ここで迷ったところで、できることが増えるわけでも変わるわけでもない。結局のところ、エディパに乗り移るほどには読者としての立場を失えず、ついつい調べてしまった小説外の情報を書き込まずにはいられないくせに調べ尽くすこともできない、どっちつかずで中途半端のままページをめくり、キーボードを叩いている次第である。このおぼつかない足取りで、エディパのあとを追って行くほかない。
 へんなことを書いた。以後、数回に分けて書く「エントロピー」についての話は、まちがいだらけか、正誤の判断以前のものでしかないだろう。

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