2004/04/09

その116 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 まさかの永久機関〈ネファスティス・マシン〉を発明したジョン・ネファスティスの住所は電話帳に載っていた。
She then drove to a Pseudo-Mexican apartment house, looked for his name among the U.S. mailboxes, ascended outside steps and walked down a row of draped windows till she found his door. (pp83-4)

《それからメキシコ建築ふうのアパートに着いて、並んでいる郵便受けに彼の名前を探し、外の階段をのぼってカーテンのかかった窓の列に沿って歩き、ついに彼の部屋のドアを見つけた。》p128/p145

 ここで下線を引いた部分が、たんに"the mailboxes"ではなく"the U.S. mailboxes"(合衆国郵便)と詳しく書いてある点を注釈書は見逃さない。「その96」で、コーテックスとネファスティスは「WASTE印」の関係する何らかの通信方法を行っているのではないかとエディパはにらんでおり、それを確かめるのがバークレーまで来た目的のひとつだったのだ。
 ここでは公式な政府の郵便を使っているのがわかったが、地の文がそう強調するのはかえって思わせぶりに映るとも言える。

 装置の中にいる〈マックスウェルの悪魔〉と交信して箱の中の分子を選り分け、エネルギーがないところからそれを作り出し熱力学の第二法則を突破する。マシンの(むちゃくちゃな)原理は「その91」以降で大まかに紹介されていた。これからいよいよ実物がお目見えするわけである。
 Introducing herself, she invoked the name of Stanley Koteks. "He said you could tell me whether or not I'm a 'sensitive'." (p84)

《自己紹介してから、エディパはスタンレー・コーテックスの名前を出した。「あなたなら私が『霊能者』かどうか教えてくださるだろうって言われたんです」》p128/p145

 ここでいう "sensitive" が、マシンを動かすのに必要な、悪魔と交信できる「高い感度を持った人間」の意味であるのは「その93」で触れたとおりだが、
you could tell me whether or not I'm a 'sensitive'.

 この文字面だけ見ると、エディパはまるで「私が気にしすぎなのかどうか、ありもしない企みを妄想のかたちで感じ取りやすすぎるのかどうか、それをあなたが教えてくれるのではないですか」と期待を寄せているかのようで面白い。
 というのは、さっそく奥の仕事部屋からマシンを出してきたこの男じしんが紛れもないマッドサイエンティストで、自分の正気をはかる大事な判断を預けるうえで、不適格といったらこれほど不適格な人間もいないはずだからだ。視野狭窄のエディパはしかし、まだそんな雰囲気を「感じ取って」はいない。
 He began then, bewilderingly, to talk about something called entropy. The word bothered him as much as "Trystero" bothered Oedipa. (p84)

《すると、彼がエントロピーということについて話し出したので困ってしまった。エディパが〈トライステロ〉という言葉にこだわっているのと同じくらいに彼はエントロピーという言葉にこだわっていた。》p129/p146

 マシンをめぐる話がいっそうややこしくなるのはここからである。

…続き
2004/04/09

その115 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


『急使の悲劇』本文の謎に捕まったエディパは、エモリー・ボーツに会うべくカリフォルニア大学へ突撃するが、ボーツ教授はもうこの大学にいなかった。いまはカリフォルニア州サン・ナルシソ市のサン・ナルシソ大学で教えているという。
 結局、またもこのサン・ナルシソ――ピアス・インヴェラリティ肝煎りの土地――にすべてが集まっていく成り行きを、エディパは「当然」だと受け入れるようになっている。しかしここでは、いま28歳のはずのエディパが大学のキャンパスに足を踏み入れて、自分の学生時代とのギャップにおどろく、という出来事への寄り道がなされる。
 作中の「今」は60年代中頃のはず→その16なので、学生たちは活発に政治運動へコミットしている。エディパが学生だった、10年くらい前の「臆病」で「退屈」で「後退」していた時代とはまるで別の宇宙だと書いてある。
In another world. Along another pattern of track, another string of decisions taken, switches closed, the faceless pointsmem who'd thrown them now all transferred, deserted, in stir, fleeing the skip-tracers, out of their skull, on horse, alcoholic, fanatic, under aliases, dead, impossible to find ever again. (p83)

《別世界の話。別な軌道のパターンへと一連の別な決断が下され、転轍機のスイッチは切られ、かつてスイッチを入れた、顔なき転轍手たちが、いまはみなあわてふためいて転職し、脱走し、捜索を逃れ、発狂し、ヘロインに手を出し、アルコール中毒になり、狂信者になり、偽名を使い、死に、二度と見つけられなくなっている。》p128/pp144-5

 この陰惨なイメージの妥当性は判断がつきかねるのというのが正直なところだが、「時代は決定的に、不可逆的に変わった」、「エディパはデモには向かないが、戯曲のおかしな語句を追跡するのは上手である」ということが、変わる前の時代に対して、そしてエディパに対して、いくらか冷笑的な様子で語られているようなのはわかる。
 冷笑的という言葉がよくなければ、あたらしい世代が古い世代のことを、時代の順番を逆にして、大人が子供を見るような調子で語っている、という言い方にでもなるだろうか(このLot 49 が発表されたのは1966年で、いわば変革の渦中だったはずだ)。
 それで、と言おうか、それにもかかわらず、と言おうか、エディパは自分が得意であるところの調査を再開し、今度はジョン・ネファスティスの住居を訪ねる。

…続き
2004/04/09

その114 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 ランドルフ・ドリブレットが『急使の悲劇』の台本にした→その83、『ジェイムズ朝復讐劇』(ペーパーバック):
No hallowed skein of stars can ward, I trow,
Who's once been set his tryst with Trystero.


いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命[さだめ]

 いまエディパが手に取っている『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』(ハードカバー、1957年刊):
No hallowed skein of stars can ward, I trow,
Who once has crossed the lusts of Angelo.


いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
ひとたびアンジェロの欲望に逆らった者の運命[さだめ]

 2行めのズレはどうしたわけだろう。このハードカバーには、その部分に長い脚注がついていた。

・テキストは四つ折判(1687年刊)にのみ従う
(※ペーパーバックでは「出版年不明の二つ折判からとった」、と書いてあったから、ここでもうズレている。あのとき「一六八七年版の異文参照」との書き込みがあり、それがこの四つ折判のことだと思われる。異文を参照したら目当ての語がなくなってしまった)

・二つ折判では、結びの行が削除されている
(では、それをもとにしたはずのペーパーバックの結びの行は、いったいどこから持ってきたのか)

・さらに、『急使の悲劇』には「ホワイトチャペル版」(1670年頃)という信頼性に欠けるバージョンもあり、その結びの行はこうである:
This tryst or odious awry, O Niccolo,
この出会い[トライスト]をか、憎らしき歪みの、おお、ニコロ

 これでは苦しすぎるし意味も不明だ。しかし、ほかの注釈者の説ではこの行は、
This trystero dies irae....
このトライステロ、神くらき怒りの日・・・・・・

をもとにした語呂合わせだという。しかししかし、そうなると今度は「トライステロ(trystero)」という語の意味がわからない。とにかくホワイトチャペル版は信頼できない。

 ――ここまでが脚注の内容で、もうぐちゃぐちゃである。「二つ折判」「四つ折判」「ホワイトチャペル版」。ぜんぶ異同があるのだ。
『急使の悲劇』の終盤で、アンジェロがしたためニコロに渡した手紙が、ニコロの死後に発見されると書き変わっているという“奇跡”が起きたこと→その77をも連想させる、テキストの謎の入り乱れ具合がここに発生している。
 その混乱の中で、肝心の「トライステロ(Trystero)」の語は行方不明になってしまった。あのときニコロを殺したのが「トライステロ」の刺客であるらしかったのに、舞台の上でたしかに発されたその語はどこから来たのか。

 この脚注を施したのはカリフォルニア大学英文科教授のエモリー・ボーツ(Emory Bortz)だとはっきり書いてあったので、エディパは直接、この専門家に訊きに行くことにする。その反応は正しい。

…続き
2004/04/09

その113 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 ホテルで案内された部屋には、レメディオス・バロの絵の複製が飾ってあった。「その9」からしばらく見たように、エディパにとっては呪いのように重要な画家である。
She fell asleep almost at once, but kept waking from a nightmare about something in the mirror, across from her bed. Nothing specific, only a possibility, nothing she could see. (p81)

《たちまちのうちに寝ついたが、何回も悪夢にうなされて目を覚ました。ベッドの向こうにある、鏡の中の映像に関係のある夢だった。特にこれという映像ではない。単なる可能性のようなもの、目に見えるようなものではなかった。》p124/p140

《鏡の中の映像》と言ったら自分の顔のはずである。だから志村氏は、ここで壁に掛かっているバロの絵はこの「出会い」(Encuentroじゃないかという説を解注で紹介している。いっぽうで、それは《特にこれという映像ではない》、《目に見えるようなものではなかった》、と説明されている。彼女を脅かすのは可能性なのだと。
 探したすえに見つかるのが自分の顔だったら、それは世界がすべて自分の織ったタペストリーでしかないと決めつける→その10のと同様、どこまでいっても「自分しかいない」孤独な状況である。それとも、彼女の敏感すぎるアンテナは、また別の状況のありうる可能性を、はっきりした自覚のないままに感じ取っているのだろうか。いずれにせよ不吉な予感(悪夢)であるのが気にかかる。

 ともあれ、ぐったり疲れたエディパは夫のムーチョとセックスしている夢を見て、いっそう疲れて目を覚ます。向かう先はレクターン出版社。
その100」でメモしたことをまとめ直すと、タンク劇場で見た『急使の悲劇』は『ジェイムズ朝復讐劇』というペーパーバックに入っていたが、それのもとであるハードカバー、『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』を出しているのがこのレクターン出版社なのだった。
 すでにして相当ややこしいが、さらに当の会社を訪ねてみると、その戯曲集は在庫が無く、エディパは会社から離れた倉庫の住所まで教えてもらってようやく手に入れる。彼女が調べたいのは、あの芝居で一度だけ「トライステロ」の語が発される箇所→その77だった。
She skimmed through to find the line that had brought her all the way up here. And in the leaf-fractured sunlight, froze.
 No hallowed skein of stars can ward, I trow, ran the couplet, Who once has crossed the lusts of Angelo.
 "No," she protested aloud, "'Who's once been set his tryst with Trystero.' "

《ぱらぱらとページを繰って、わざわざこんなところまで足をのばしてくる原因となった例の台詞を探した。見つけたとたん、木洩れ日の中で、体の凍りつく思いであった。
いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない 」とその二行連句は始まる――「ひとたびアンジェロの欲望に逆らった者の運命[さだめ]
「違うわ」と彼女は声に出して異議をとなえた。「『ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命は 』だわ」。》pp124-5/p141

 そう、語句が違うのである。ペーパーバックにあった「トライステロ」の語が、親本であるハードカバーにはなかった。そんなことがありえるのか。

…続き
2004/04/09

その112 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 第5章がはじまる。
 Though her next move should have been to contact Randolph Driblette again, she decided instead to drive up to Berkeley. She wanted to find out where Richard Wharfinger had got his information about Trystero. Possibly also take a look at how the inventor John Nefastis picked up his mail. (p80)

《エディパが次に打つ手はランドルフ・ドリブレットにもう一度連絡を取ることであったろうが、その代わりに車でバークレーまで行こうと決心した。リチャード・ウォーフィンガーがトライステロに関する情報をどこで手に入れたものか、知りたいと思った。ついでに発明家ジョン・ネファスティスがどんなふうにして郵便物を受け取るのか、見たいものだと思った。》p123/p139

 章のはじめのこういった語りかたも恒例になってきた。第3章→その41でも第4章→その89でも、いや、第2章→その17の冒頭でもすでに、章があらたまるたびにこの小説は、その時点でのエディパよりずっと先の、すべてを見通せる地点から、しかも彼女の探求の進めかたに評価を下すような距離を置いて、語りはじめるのだった。
 そして、そのような身ぶりを各章の冒頭でだけ見られる特徴として限定するのはむしろ不自然なので、全篇がじつはそのような場所から語られているととらえてもよいのではないかと、あたらしい章に入るたびにそのことを強く思い知らされながらここまで読んできた。
 だから、部分部分で時にはエディパの心内語を中継し、彼女のそばに寄り添う語り口が選ばれていても、それはそれとして、小説は主人公と別のところにいる、という気持がどうしても抜けない。次第に強くなる。
 そんな猜疑心を持って読んでいくのだが、しかし、この章もまた導入がすばらしく、2ページくらいまるまる引用したくなってしまう。つまりエディパばかりか、こちらもまったく、翻弄されているわけだ。
She purred along up the east side of the bay, presently climed into the Berkeley hills and arrived close to midnight at a sprawling, many-leveled, German-baroque hotel, carpeted in deep green, going in for curved corridors and ornamental chandeliers. A sign in the lobby said WELCOME CALIFORNIA CHAPTER AMERICAN DEAF-MUTE ASSEMBLY. Every light in the place burned, alarmingly bright;

《低いエンジンの音を立ててサン・フランシスコ湾の東側を海岸ぞいに走って、まもなくバークレー丘陵地帯に入り、真夜中近くに、幾層にもなって不規則にひろがるドイツ・バロックふうのホテルに到着した。なかは深緑色のカーペット、曲がりくねった廊下、装飾的シャンデリアというスタイルのホテルだ。ロビーの標示には〈歓迎 アメリカ聾唖者カリフォルニア支部集会〉とあった。この場所の照明はどれも胸騒ぎを覚えるほど明るく輝いている。》

 沈黙したホテルのドアをエディパは独りで開ける。そこはたまたま用意されていた、言葉の発されない場所である。抽象的な“真実”、いわば神の御言葉(Words)が、発されているのに自分には聞こえないのじゃないかとおそれる彼女→その19が到着する場所として、この設定(聾唖者の支部集会)はあからさまなメタファーのようであり、あんまりあからさまにすぎるためにメタファーであることを突き抜けて実際にエディパが開いたドアの向こうにあらわれてしまったかのようである。
 メタファーが《曲がりくねった廊下》を通って具体的な現実に顔を出した。そのすべてが小説である。めまいがする思いだ。
A clerk popped up from behind the desk where he'd been sleeping and began making sign language at her. Oedipa considered giving him the finger to see what would happen. But she'd driven straight through, and all at once the fatigue of it had caught up with her. (pp80-1)

《フロント・デスクのうしろで眠っていた受付係が起きあがり、身振りで話しかけてきた。エディパは手話で応じてようすを見ようかと思った。しかしここまでノン・ストップで車を飛ばして来たので、どっと疲れがまわってきた。》p124/p140

 いや、そしてエディパも何をしているんだ。

…続き