趣味は引用
その100 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 エディパはモーテルに帰り、ザップフ古書店で買った『ジェイムズ朝復讐劇』をざっとめくってみる。『急使の悲劇』の第四幕で、1回だけ「トライステロ」の語が発される部分→その77を探すと、鉛筆で「一六八七年版の異文参照」と書き込みがしてあった。
In a way, it cheered her. Another reading of that line might help light further the dark face of the word. (p72)

《それを見てエディパの気持はいくらか明るくなった。その行の異文を読んだら、この単語の不可解な表情に光を当てる助けとなるかもしれないからだ。》p110/p124

 探求する気は満々なのである。だから前回の「ためらい」が余計奇異に映るのだ。
『ジェイムズ朝復讐劇』についてはもっと様々なことが書いてあり、それがかえって、異文をめぐる話がごちゃごちゃしたものになっていくのを予告しているようだから、ここでメモしておく。

・収められたテキストは、出版年不明の二つ折り版からとられたものだと序文に書いてある
・しかし、序文を書いた人の署名はなく、誰が書いたかわからない
・このペーパーバックのもとであるハードカバーは、『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』という大学教科書で、カリフォルニア州バークレー市にあるレクターン出版社から出たもの(1957年刊)

 出版社がバークレーにあるのなら、直接自分で行ってみようとエディパは決める。というのは、この第4章のはじめでスタンリー・コーテックスから聞かされた〈ネファスティス・マシン〉、あの発明者であるジョン・ネファスティスもバークレーに住んでいるはず→その94だからである。会うつもりなのだ。
 やはり彼女のやる気は充分で、どうしてそういう気持になったのか、前回見た史碑の発見に至る流れが説明されている。
 She had caught sight of the histrical marker only because she'd gone back, deliberately, to Lake Inverarity one day, owing to this, what you might have to call, growing obsession, with "bringing something of herself" --- even if that something was just her presence --- to the scatter of business interests that had survived Inverarity. (p72)

《彼女が史碑を見つけたのは、思案のあげく、ある日インヴェラリティ湖にもう一度行ったからで、それは、何と言うか、妄想とでも言うべきもの――インヴェラリティの死後に残った、あちこちに散らばっている事業に対して「自分の一部を差し出す」(たとえその一部というのが、ただそこへ行ってみるだけのことであるにしても)という妄想――のせいであった。残った事業に秩序を与えよう、いくつかの星座を創ってみよう、と思ったのだ。》p111/p125

 自分の一部を差し出して、ピアスの死後に残った事業に秩序を与えよう、とは、あちこちに散らばった手掛かりを自分の手と脚と目と耳と鼻を使って収集し、そこにつながりを見出そう、ということだ。星座を創る。これは第4章の冒頭、「その89」で引用した部分の語り直しである。再掲する。
  For one thing, she read over the will more closely. If it was really Pierce's attempt to leave an organized something behind after his own annihilation, then it was part of her duty, wasn't it, to bestow life on what had persisted, to try to be what Driblette was, the dark machine in the center of the planetarium, to bring the estate into pulsing stelliferous Meaning, all in a soaring dome around her? (p64)

《とりあえずエディパは遺言状をもっと綿密に読み返してみた。みずからが消滅したのち何か組織化されたものを残すというのが本当にピアスの意図したことだとすれば、残存しているものに命を与えること、ドリブレットと同じようなものになろうとすること、プラネタリウムのまんなかの黒い機械になって、ピカピカと脈動する星座のような〈意味〉に遺産を変えてしまうこと、自分を包んでそびえるドームの中のあらゆるものを扱うことこそ自分の義務の一部ではないか。》p99/p111

 あのときも書いたことだが、まず手掛かりを集め、集まったものに自分で意味を充填しようと彼女は考えている。ピアスの残した事物は、それだけでは死んだモノにすぎないが、モノとモノとのあいだに線を引き、つながりを創ることでそれらは息を吹き返す。
〈意味〉というつながりは、「見つける」のではなく「創る」ものであること。あるいは、「見つける」とは「創る」であること。
 その過程をエディパはわかっている。しかしこの自覚は、自分の体を使って調査を続ける探求者当人が持つのには、果たしてふさわしい資質なのだろうか。

…続き
その99 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 探求を始めたエディパは、どういうわけか、その最中に不思議な「ためらい」をおぼえて立ち止まる。しかもその「ためらい」は、「これから数多く経験する」ものだと書いてある。

 隠された何かがあるなら、それを知りたい。エディパは好奇心で動いている。しかし、史碑(まるで『急使の悲劇』のトライステロを思わせる黒衣の集団が実在したことを示す)や、ペーパーバック(『急使の悲劇』の台本、17世紀の戯曲を収めている)といった手掛かりが実際に集まってくると、なんだか都合がよすぎるようで、「誰かが私を騙しているのでは?」とあやしみ、質問をやめてしまう。
 このように考えれば自然なリアクションである気もするが、それに加えてもうひとつ、ここでは、“自分が探すことで何かがあるとわかってしまう、それがこわいから質問がためらわれる”、という気持も感じられる。
 いまの段階では予想もつかない何かをこれから発見してしまうのが漠然とおそろしい、と書いてしまえば単純なことである。しかしこのあたりで、「隠された何かがある → 自分が発見する」という順序から、「自分が探すせいで、何かがあることになる」という順序への転倒がエディパの中で起きているようだ。

“知りたい、だけど騙されたくはない”という警戒心と、“探したら、あることになってしまう”という恐怖心。ふたつの気持から、エディパはアクセルとブレーキを同時に踏んでしまう。
She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs. (p71)

《口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 そして何より見過ごせないのは、こうやって主人公が「探しながらも、とことん突き詰めるのはためらってしまう」反応をするよう持っていくことによって、小説の側では、「見つかった物事のあいだにつながりがあるのかどうかを登場人物にきちんと確認させるという作業をすっ飛ばしたまま、あたらしい事象を次々と作中に加えていく」ことが可能になっている、という点である。
 それがこちらの心を特別にざわつかせるのは、この部分を読み返すたびに、『急使の悲劇』の中盤以降、のちに「トライステロ」の名前を与えられる集団が劇の中で間接的に存在をほのめかされるようになったあたりで持ち込まれる、《新しい表現形態》のことを思い出すからだ→その71

 トライステロの名を「呼ばない」ためにドリブレットが導入した、あの演出上の工夫は《一種の儀式化された躊躇》(a kind of ritual reluctance)と説明されていた→その72
 劇の登場人物たちは、演出により「躊躇する」ことになっているので「トライステロ」と口にできない。それになぞらえていえば、小説の主人公エディパは、ある程度以上の質問(探求)を「ためらう」ことになっている。小説の中に出てくる芝居の登場人物と、小説の主人公との、あって当たり前だと思っていたちがいが見えなくなる。
 Lot 49 のこの手つきは、ほとんど魔法のように見える。こんな書き方って、ありなのか。

 エディパの“発見”はまだまだ続く。

…続き
その98 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 次々にあたらしい事実が見つかる。
その57」で行ったファンゴーソ礁湖を再訪すると、湖の向こう岸に青銅の史碑が立っていた。こんな文が彫ってある。
On this site, it read, in 1853, a dozen Wells, Fargo men battled gallantly with a band of masked marauders in mysterious black uniforms. We owe this description to a post rider, the only witness to the massacre, who died shortly after. The only other clue was a cross, traced by one of the victims in the dust. To this day the identities of the slayers remain shrouded in mystery. (p71)

《「この地に於いて一八五三年ウェルズ、ファーゴ社の郵便配達人十二名は謎の黒衣の制服の覆面強盗団と勇敢に闘へり。斯く言ふはこの虐殺事件の唯一の目撃者たりし騎馬郵便配達人の言に依りてなれど、此の配達人、時を経ずして死せり。他に手掛かりとては、被害者の一人が地面に残せし十字の印のみ。今日に至るも虐殺人らが正体は杳として不明なり」》pp109-10/p123

ウェルズ、ファーゴ〉社は、1852年、ゴールドラッシュのアメリカ西部で作られた運送会社である。設立の翌年、その郵便配達人を黒衣の集団が襲ったという。
 地面に残された「十字の印」を、エディパは『急使の悲劇』で見た、ニコロ最期の台詞「T・t・t・t・t・・・・・・」ではないかと疑っている。ニコロも、郵便配達〈テュルーン、タクシス〉の格好をして、黒衣の集団に襲われ殺されたのだった→その75
 演出家ドリブレットに、この事件を知っていたのか確かめようと電話をかけるがつかまらない。そこでエディパは、彼が台本のもとになった本を見つけたと言っていた古本屋→その83に行ってみる。
 その古本屋、ザップフ古書店には、めあての『ジェイムズ朝復讐劇集』がちゃんとあって彼女を待っていた。
 "It's been very much in demand," Zapf told her. The skull on the cover watched them, through the dim light.
 Did he only mean Driblette? She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs.

《「ずいぶんと需要がありましてね」とザップフは彼女に言った。表紙に印刷された頭蓋骨が、薄暗い光のなかで彼らを見つめていた。このひとはドリブレットのことだけを言っているのかしら? 口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 ものすごいことを言っている。ドリブレットに「電話する」とか古本屋まで「足を運ぶ」のと、店主への「質問をやめる」のは、正反対の行動だ。探求を始め、手掛かりらしきものを集めている最中に、エディパは「ためらい」も始めるのである。
(これはさっきの「その83」で、ドリブレットからはじめてこの古本屋のことを聞いたときにも、「私をかついでいるんじゃない?」と強い疑いにとらえられたのと似た反応だ)

…続き
その97 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》p109

 ここから急にLot 49 は加速する、のだが、その前にちょっとぐずぐずしておきたい。
 このような文章の運びであれば、エディパがコーテックスと会って話す → その後、ほかにも複数の啓示があって「一つのパターン」が出現したと感じられる → だから〈ザ・スコープ〉へ来ることにした、という順番になるはずだ。
 ファローピアンと話す前に啓示があった。ここに疑問の余地はないと思う。それなのに、続きを読んでいくと、どうもそうなっているようには見えない、という細かい抗議である。

《一つのパターンが出現しはじめ》る、とは、似た背景を持っているように感じられる事象がいくつもあらわれるということだろう。たしかにこれから続々と、《郵便物と、その配達方法にかかわっているらしい》事物が並べられていくことになる。
 でもそれらは、エディパがこの夜、ファローピアンと話したあとで次々に出遭うもののように書かれているのだ。次回から実地に見ていくけれども、そう受け取るほうが自然に見える、と、いま先に書いてみた。
 だとすると、上に引用した部分で地の文は、エディパがこれから実際にすすめる行動をあらかじめ整理して述べておくにあたり、先走って、そこに啓示のしるしを書き込んでしまったことになる。

 啓示のしるし、とは勿体ぶった言い方だったが、要は、具体的な出来事を並べるまえに「啓示」(revelation)という文字を先に出してしまったということで、これをまず脳内にスタンプされてから続きを読む読者は、このあと列挙される事物のあいだに、エディパと同様、「一つのパターン」を見出してしまう方向に読み方が誘導される。「啓示」という言葉が、読者を主人公に重ね合わせる役割を果たすのだ。
 その先取りのために小説の時系列に小さな混乱が生じていると見えるのだが、それはこのあとの急展開によって押し流されるようになっている。

 ただし、「啓示」という意味ありげな一語に思い切り寄りかかり、引用部の何気ない一節から懸命に意味を汲み出そうとしてしまうのは、大いに偏った姿勢ではある。実際に続きを読めばわかるように、ここで「ほかにもいくつかの revelations があった」というときの revelation は、むしろ「意外な発見」「新事実」くらいの意味で通用するはずのものだ。
 だが、さらにもういちど考え直すと、これまでも要所要所で連発されてきた revelation という言葉が、この小説に宗教的な気配をまとわせる鍵言葉となっている事実をここでだけ忘れたふりをするわけにもいかない。

 やはり revelation には、すでに大きな意味が込められてしまっている。そこに乗っかって、今後の展開が持つ意味を強引に予示するのが今回の引用部分であるだろう。
 つまり、この小説が revelation のほうへ大いに偏っている。

…続き
その96 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 コーテックスが例のマーク(エディパは「WASTE印」と呼んでいる)を落書きしていた封筒は、話題にあがっていたジョン・ネファスティス当人から届いたものにちがいない。あるいは似た誰かから。彼女はそう決めつける。あのマークを共有する組織があるのだ。
Her suspicions got embellished by, of all people, Mike Fallopian of the Peter Pinguid Society. (p70)

《彼女が疑惑を濃くしたのは、何と、ピーター・ピングイッド協会のマイク・ファローピアンのせいであった。》p108

 そうか、of all peopleで「何と」になるのか、という翻訳上の納得がまずあるが、どうして「何と」なのかというと、ファローピアン自身が、ここに書いてある通り、1個の秘密組織のメンバーとして登場していた→その46からである。
 政府に対抗する一手段として、政府の独占事業である合衆国郵便ではない私設郵便を作り、通信を行うのがピーター・ピングイッド協会だった(ヨーヨーダイン社の社内便を使用。→その49)。そして、まさに酒場〈ザ・スコープ〉でそういう話を聞いている最中のことだったのだ、エディパがトイレの壁に「WASTE」の語と問題のマークを見つけたのは。
(いま、エディパがコーテックスのことをファローピアンと話し合っている場所も、やはり〈ザ・スコープ〉である)
"Sure this Koteks is part of some underground," he told her a few days later, "an underground of the unbalanced, possibly, […] "

《「そのコーテックスってのは何かの地下組織に入っているんだ」と彼は二、三日あと、彼女に言った――「ひょっとすると、精神不安定な人間の地下組織かもしれません。[…] 」》

 ファローピアンが語るには、幼いころから発明家の神話を聞かされて育った人間も、ヨーヨーダインのような大企業に入ると、特許も何もかも会社に奪われ、個人が無名化された状態におかれてしまう。そうなったらどうするか?
"Of course they stick together, they keep in touch. They can always tell when they come on another of their kind.[…] "

《「もちろん団結するんです、連絡を取り合うんです。いつだって自分と同じ仲間に出会えば、わかりますよ。[…] 」》p109

 蛇の道は蛇なのか、我田引水なのか、ファローピアンは自分のことを語っているようにも見える。団結と通信。自分たちがやっているのだから、コーテックスたちも同じことをやっている。これは無茶な推論に聞こえるが、エディパにとっては無茶どころではなく、重要な響きをもって伝わる。
She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》

 ここから急にLot 49 は加速する。

…続き