2004/04/02

その40 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 実際にあるのかどうかもわからない“あらかじめ決まっているものごと”を、勝手に「ある」と設定したうえで、それを自分は知ることができない、と脅威を感じるエディパ。
 そんな人間が、自分は「まるで知らない」、相手は「十全に知っている」映画をネタにした賭けに乗ったのは、しかもその不公平を踏まえて乗ったのは、面白い。作中では酒のせいになっているが、小説の悪意を感じる。
 そして結果は、見事に騙されるに終わったのだった→その36

 エディパには、おそれながらも“知らないこと”へ近付いてしまう心性でもあるのだろうか。それを好奇心と呼ぶならば、彼女は好奇心のせいで返り討ちにあったことになる。エディパは、自分の知らないことを知っている人間に挑戦し、渡りあおうとして、あっさり手玉にとられた。

 繰り返しになるが、陰謀があったのかどうかはまだわからない。
 どれぐらいわからないかというと、

(1)大きな力をもつ第三者がメツガーを差し向け、テレビも細工してこの男の出演した映画を流し、エディパを陥れようと狙う、組織的な陰謀があったのかどうか(しかし何のために?

(2)または、メツガーがこの夜の出来事ぜんぶをみずから仕組んでエディパをものにしようとしたのかどうか、つまり個人的な陰謀があったのかどうか

(3)そして、陰謀などいっさいなく、すべてはただの偶然だったのかどうか

 これらすべてがもうみんな、わからない。だから、陰謀は実在するともしないとも明言されていない、と前回書いた。
 だが、「陰謀があるかもしれない」と小説に書いてあれば、「陰謀があるらしい」と受け取って読んでしまうのがふつうの反応ではある。なにもこのノートでは、ふつうの反応を抑えてアクロバティックな読み方をしようとは思っていない(単純に、できない)。

 最後に付け足しておくと、ここまで「陰謀」「陰謀」と繰り返してきたその言葉が、原文では‘plot’である点はいくらか気にかかる。
 plot は「陰謀」であり「策略、計画」だが、おなじように、「小説や劇の筋、構成、組み立て」でもある。英語で読む人のなかでは、この2種類の意味は重なっているのではないか。
 そして、「自分のまわりに陰謀(plot)があるのでは?」というエディパの疑いについていえば、彼女が小説という虚構の登場人物である以上、彼女を取り巻く周囲のすべてはplotなのである。

 次回から第3章。

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2004/04/02

その39 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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■ 第2章で考えた

 探求を始めたエディパ。ピアスが遺したものの全体像はまださっぱりつかめない。
 しかしテレビのCMとメツガーの説明によれば、遺産はどうやら地所や会社のかたちでサン・ナルシソ一帯に広くゆきわたっているらしい。

 この章のエディパは、“あらかじめ決まっているものごと”を“何者かの陰謀”として感知し、おそれるが、それは彼女じしんの被害妄想なのかもしれない。
 いっぽうで彼女は、その“あらかじめ決まっているものごと”のひとつである映画の筋を使って弄ばれてしまった。もうちょっと詳しく書いておこう。

 ○ ○ ○

 ものごとのうしろに“すでに決まっているプログラム”とか“あらかじめ秘められた意味”があるのでは、と感じるエディパは、それが自分には見えないという点に脅威をおぼえる→その30
“計画”や“隠された意味”へのこの過敏な反応が、「自分のまわりには何か陰謀があるんじゃないか」という疑いにつながる。たしかに、元俳優が部屋にやってきた夜にその出演作をテレビで見ることになるという状況は、「すごい偶然」といって片付けられるものではない。疑う理由はあった→その22
 注意すべきは、この「陰謀があるんじゃないか」という疑いが、疑い以上のものにならず、いまのところエディパの思い込み・被害妄想に発するものとして読めるように書かれていることだろう。

 だからここまでで言えるのは、エディパは“何者かの陰謀”を妄想のかたちで感じ取っている、ということになる。
 エディパは自分の妄想のうちに“何者かの陰謀”をつくりあげている、とまで言い切ったらいきすぎである。陰謀は、実在するとは書かれていないが、実在しないとも書かれていない。どちらか判断するのはまだ早い。

 自分の知らない“あらかじめ決まっているもの”をおそれるエディパが、映画の終わり方について賭けをするにいたる展開は、ひどく皮肉に見える。映画の筋は、それこそ「もうできあがっている」からだ。そこはエディパも意識していたはずである→その27
 しかもこの場合、賭けをする相手のメツガーは、当の映画をよく知っている。メツガーは知っていて、エディパは知らない。この対比は何度か強調されていた→その25その26

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2004/04/02

その38 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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■ 第2章で起きたこと:

 ピアスの遺産を調べるためサン・ナルシソにやってきたエディパは、街の眺望に「隠された意味」があると啓示を受けるが、それが何かはわからない。
 ピアスの遺言書を作成した弁護士メツガーが、夜、モーテルに訪ねてきた。テレビをつけると、子役時代のメツガーが出演した戦争映画が放映されている。この偶然から、エディパは自分に向けて仕掛けられた「陰謀」の気配を感じ取るものの、証拠はない。
 映画の筋を当てる賭けをしようというメツガーの提案に、エディパは乗る。当の映画はフィルムの順番が狂っており、ここにも彼女は陰謀の気配を感じる。ストリップめいたお遊びを経て、結局エディパはメツガーの思惑通りに彼と寝てしまう。直後、彼女は自分が賭けには勝っていたと知らされるのだった。

■ 第2章で起きたこと(リンク):

 ピアスの遺産を調べるためサン・ナルシソにやってきたエディパは、街の眺望に「隠された意味」があると啓示を受けるが、それが何かはわからない
 ピアスの遺言書を作成した弁護士メツガーが、夜、モーテルに訪ねてきた。テレビをつけると、子役時代のメツガーが出演した戦争映画が放映されている。この偶然から、エディパは自分に向けて仕掛けられた「陰謀」の気配を感じ取るものの、証拠はない。
 映画の筋を当てる賭けをしようというメツガーの提案に、エディパは乗る。当の映画はフィルムの順番が狂っており、ここにも彼女は陰謀の気配を感じる。ストリップめいたお遊びを経て、結局エディパはメツガーの思惑通りに彼と寝てしまう。直後、彼女は自分が賭けには勝っていたと知らされるのだった。

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2004/04/02

その37 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 ピンチョンのLot 49 再読は第2章まで終わったが、「小説の語り手なるものについてちょっと勉強してみたい」などと書いたのがよくなかった。
 あれから何冊か本を読み――というならまだしも、そういう本はなかなか読み進まないし、このままではいっこうにピンチョンへ戻れない。
 なのであれはなかったことにしてふつうに小説を読むことにする。
 ただ、思いつきだけはメモしておきたい。というのは

↑と書き出してから、さらに10日が過ぎてしまった。この調子では何ひとつ進まないので、即物的に再開する。

第2章までのまとめ:

■ 人物

エディパ・マース Oedipa Maas:
主人公。神経症の気がある郊外の主婦。28歳。ピアスの遺産を調べるためにひとりやってきたサン・ナルシソの街でメツガーと不倫。

ピアス・インヴェラリティ Pierce Inverarity:
死んだ大実業家。サン・ナルシソを根城にしていた。かつて付き合っていたエディパに遺産の処理を任せる旨の遺書をのこす。この男の死によって小説は始まった。

メツガー Metzger:
弁護士。ピアスの遺書を作成した縁で遺言の共同執行人になっており、エディパと行動することになる。むかしは映画の子役だった(芸名はベイビー・イゴール)。モーテルの部屋で自分の出演した映画が流れるというあんまりな偶然が第2章のメインになる出来事だった。

マイルズ Miles:
サン・ナルシソでエディパが投宿するモーテル、〈エコー屋敷〉の管理人。とはいえ16歳の少年で、ビートルズをコピーしたような「ザ・パラノイド」なるバンドを仲間たちと組んでいる。

ムーチョ・マース Mucho Maas:
エディパの夫。本名はウェンデル。エディパに置いていかれた。以前勤めていた中古車販売店にトラウマをもつ。いまはラジオのDJ。


■ 舞台

サン・ナルシソ市 San Narciso:
アメリカ西海岸、ロス・アンジェルスの近くに設定された架空の街。
ピアスの活動のスタート地点であり、拠点だったが、街自体にはこれといった特徴がなく、カリフォルニアのどこにでもある平凡な場所ということになっている。街並みは人工的で不自然だとエディパは感じる。街の中心は巨大企業・ヨーヨーダイン社の宇宙開発部門(それって平凡だろうか?)。この会社の誘致にはピアスも一枚かんでいたらしい。

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2004/04/02

その36 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 二人の見つめるテレビの中で、潜水艦は激しい攻撃を受ける。艦内は浸水し、愛犬が溺れる。子役時代のメツガーが演じる男の子は、機械のショートで感電し、悲鳴をあげ事切れる。父親がお別れの演説をする。エンドマーク。映画は終わる。
 三人は助からなかった。エディパの予想が当たった。
Oedipa had leaped to her feet and run across to the other wall to turn and glare at Metzger. "They didn't make it!" she yelled. "You basterd, I won."
"You won me," Metzger smiled. (p30)

《エディパは飛びあがって、向こう側の壁まで走って行き、振り向いてメツガーを睨みつけていた。「助からなかったじゃないの!」と彼女は叫んだ――「ひどいわ、私の勝ちよ」
「きみは、ぼくを勝ち取った」とメツガーが微笑した。》p49/p56

その32」では自分からメツガーを押し倒したように見えるわけだが、彼の望み通りに動いてしまったあとで、エディパは自分が賭けには勝っていたと知る。もう遅い。賭けに勝って勝負に負けた。早い話が、ていよくやられちゃった、みたいな書きぶりである。

 映画は生中継ではない。見はじめた時点で(いや、見はじめる前から)ラストまでできあがっている。その筋書きをメツガーは知っていた(なにしろ出演している)。
“すでに完成しているもの、おしまいまで決定されているもの”を使って、エディパは弄ばれてしまったようなものだろう。自分の知らないこと(映画の展開)について、知っている人間と賭けをするから、賭けができるなどと思うから→その27、しっぺ返しを受ける。

 メツガーは何度となく「死ぬ前のピアスがきみをどう言っていたか知りたくないかな」ともちかけ、その度にエディパは「知りたくないわ」と突っぱねていた。
"What did Inverarity tell you about me," she asked finally.
"That you wouldn't be easy."
She began to cry.
"Come back," said Metzger. "Come on."
After awhile she said, "I will." And she did.

《「インヴェラリティは私のことを何て言ったの」とうとうきいてしまった。
「きみをものにするのは容易じゃないって」
 彼女は声をあげて泣き出した。
「こっちへおいで」とメツガー ――「さあ」
 しばらくしてから彼女は「ええ」と言った。そして彼の言葉に従った。》

 第2章はこれで終わり、次の章から二人は行動を共にすることになる。

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2004/04/02

その35 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 これまで、何も調べずに小説の「語り手」、「信頼性」などと書き飛ばしていたので、何かものすごくまちがったことを書いたり、嘘をついてしまったような気がしてならない。泥縄でもちょっと勉強したほうがいい気がしてきたが、じつはあと1ページで第2章が終わるので、先にそこまで読んでしまうことにする。

 ○ ○ ○
She awoke at last to find herself getting laid (p29)

《ようやく目が覚めるとセックスが始まっていた。》p48/p54
「目が覚めると」ということは、やはりさっきまで眠っていたのか。ならどうして“She may have fallen asleep”(眠ってしまったかもしれない)なんて書いたのか。
 ともあれ、その最中もエディパは、部屋の外で演奏しているバンドのギターの本数をかぞえたり、まるで他人事のようである。バンドがヒューズを飛ばしてしまい、
Her climax and Metzger's, when it came, coincided with every light in the place, including the TV tube, suddenly going out, dead, black. It was a curious experience.

《彼女のクライマックスとメツガーのクライマックスが来たときと、テレビをはじめこの場所のあらゆる電灯が急に消えて真の闇になったときと、いっしょだった。奇妙な体験だ。》

ということになる。
 電気が戻るとテレビの映画は終わりかけていた。そうだ、そもそもエディパはメツガーに誘われて、彼が子役で出演している映画を見ながら、その展開を当てる賭けをしていたのだった→その27
 父親と子供、その愛犬が乗った潜水艦は、無事目的地にたどりつけるか? エディパは、「こういう映画はみなハッピー・エンドだ」と考えながらも、結局「三人は助からない」ほうに賭けていた→その28

 もし三人が助かったらメツガーの勝ちで、その場合エディパは彼に「何でも好きなものを」あげる約束だったのだが、しかし、酒を飲み過ぎたせいか、夜中にわきあがる感傷に飲まれたせいか、あるいはその両方のせいか、彼女はなかば自分からすすんでこういう状況に立ちいたる。
 映画の結末を待たずに、メツガーは欲しいものを手に入れてしまった。

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2004/04/02

その34 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 何人もの登場人物が関わる状況の展開してゆく様子を三人称で描く。そんな小説の土台にあるのは「語りの信頼性」だろう(だからこそ、一人称の小説では「語られていることはどこまで本当か」が真っ先に問題になる――と思う)。
She may have fallen asleep
《眠ってしまったかもしれない

 書いてあることが事実かどうかわからないとする、この「かもしれない」(may)が最初のほころびになって、小説の織物がみんなほどけてしまう。極端にいえばそういうことにだってなりうる。

 エディパにはムーチョという亭主がいると書いてあったけど、それは事実か? エディパが死んだピアスの遺言状を受け取ったのは本当か? エディパがエディパという名前なのは信用していいのか?

 入れようと思えばどこにだってツッコミを入れられるようになる。
 もちろん、そのような形式の崩壊じたいを目標にした小説もあるだろう。しかし、ひとまずかっちりした探求小説の枠組みで動いているとみえるLot 49 を、そういう「いかにも前衛してみました」小説としてとらえるのは適当ではないように思う。
(そう思う理由は身も蓋もない。自分はこの作品を最後まで読んでいるので、ラストにいたってもその類の崩壊は起こらないのを知っているからである)

 逆に考えてみると、このような「事実なのかどうかわからない記述」――「書いてあることが事実かどうかわからないとする記述」を挿むことによってピンチョンは、この小説をただの探求物語からわずかにずらしたのかもしれない。そのためにスタートしてから約30ページ付近でレールに異物を置いたのだとすれば、そこから引き出せるメッセージは次のようなものになるだろうか。

「おれは事実だけを語っているわけではない、小説の中で起こっている出来事をストレートに過不足なく報告しているだけではない」

 いま書いてみて、これは作者ピンチョンの声というよりも、小説Lot 49 の声といわないといけない気がした。
 ときどき、信用できないことまで語られる小説。たまに地の文が、起きたこと以上のことも伝えてくる小説。
 Lot 49 はそんな小説かもしれないと疑いながら読み進める必要があるように思う。ほかのことならいざしらず、小説を読むときにはどれだけ慎重になっても慎重すぎるということはないはずだ。

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2004/04/02

その33 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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so weak she couldn't help him undress her; it took him 20 minute, rolling, arranging her this way and that […] She may have fallen asleep once or twice. (p29)

《まったく力が抜けてしまって、彼が服をぬがせようとするのに手を貸すこともできない。二十分かかった。彼女の体をころがし、あっちに向け、こっちに向け[…] 。そのあいだ一度か二度は眠ってしまったかもしれない。》p48/p54

 ちょっとストップ。おかしい。
 そんな時に眠るなよ、というのではなくて(眠気は何ものにも勝る)、おかしいのは
She may have fallen asleep
《眠ってしまったかもしれない

という部分である。
 ここはエディパ自身の内省でも回想でもない、ただの地の文のはずである。小説の基盤になる語りだ。それが「かもしれない(may)」と不確かな言いまわしになっている。
 たとえば、エディパの部屋にメツガーという男が「来た」。映画が「はじまった」。スプレー缶が「ぶつかって」洗面台の鏡が「割れた」。それなのにここだけ、「眠ってしまったかもしれない」と語られる。どういうことだろう。

 Lot 49 の注釈書であるCompanion の著者もこの部分に目をとめて、《語りの声が信頼できなくなり、小説に書かれていることを受け入れていいのかそうではないのか判然としなくなる、ここはそういう瞬間のひとつである》、みたいな意見を紹介している(p51)

「あったかもしれないし、なかったかもしれない」、そんなことを事実(「あった」)の描写のあいだに挿入するのは変である。
 なぜなら、これを許容してしまうと――つまり、この小説では「あったかもしれないし、なかったかもしれない」ことも語られている、としてしまうと――Lot 49 ぜんたいの語りが信用できなくなってしまうからだ。

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2004/04/02

その32 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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She shut the door behind her and took the occasion to blunder, almost absently, into another slip and skirt, as well as a long-leg girdle and a couple pairs of knee socks. It struck her that if the sun ever came up Metzger would disappear. She wasn't sure if she wanted him to. (p29)

《背後のドアを閉めて、まごつきながら、ほとんど無意識のうちに、もう一枚スリップとスカートと、それに長い、太腿まで入るガードルと膝まで来るソックスを二足、身につけた。日がのぼったらメツガーは姿を消してしまうんだと、ふと思った。それを望んでいるのかどうか、わからなかった。》p47/p54

 ゲームに勝つためにエディパはさらに服を着こんだ。しかし彼女の気持は逆の方向に動きはじめている。部屋に戻るとメツガーは下着姿で眠っていた。
With a cry Oedipa rushed to him, fell on him, began kissing him to wake him up. His radiant eyes flew open, pierced her, as if she could feel the sharpness somewhere vague between her breasts. She sank with an enormous sigh that carried all rigidity like a mythical fluid from her, down next to him

《叫び声をあげてエディパは彼に突進し、その上に倒れ、キスをして彼の目を覚まそうとかかった。メツガーの輝く目がぱっと開いて彼女を突き刺した。何となく乳房のあいだが、どこか、きりきり痛む思いだった。大きな溜息をついてくずれおれると、ぎごちなく硬いものがみな神秘な液体か何かになって流れ去ったように、彼のわきに横たわった。》

 メツガーの視線に突き刺され、それまでこの男に対して抱いていた警戒心やら何やらがすべて消え失せてしまうさまを描くのに、上で太字にした部分はすごくうまいと思ったのだが、なんだか野暮な感想である(ちなみにテレビの映画では、敵味方の兵士たちが視線どころか銃剣を突いたり刺したりして戦っていた。あからさまといえばえらくあからさまだ)。
 メツガーは何十枚にもなるエディパの服を脱がせにかかる。

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2004/04/02

その31 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 エディパは映画の質問を始める。
 ベイビー・イゴールはあの潜水艦でトルコに行ったのか?
 「ノー」 → イヤリングの片方。
 別の潜水艦で行ったのか?
 「ノー」 → イヤリングのもう片方。
 では陸路で行ったのか?
 「そうかもしれない」 → 次のイヤリングの片方。
"Another earring?" said Metzger.
"If I answer that, will you take something off?"
"I'll do it without an answer," roared Metzger, shucking out his coat. (p28)

《「また、イヤリングかい?」とメツガーは言った。
「その質問に答えたら、あなたも何か取る?」
「答えなくても取るよ」とメツガーは大声で言って上衣をぬいだ。》p47/p52

 ゲームは進行し、エディパは身につけている物をひとつずつ外す。
 ところで、探求というものが、まわりの余計なものを取り除いて中心にある真相をめざす行為であるならば、このお遊びのストリップごっこもまた、「徐々に核心に近づく」点で探求と同じパターンにのっとっているといえる。
 しかし、イヤリングを取ってもブレスレットを外しても、メツガーはもうズボンを穿いていないのに対して、エディパはちっとも裸には近づかない。すでに彼女が巻き込まれてしまった探求、ピアスの遺産をめぐる旅の進みゆきを暗示しているようでもある。
Things grew less and less clear. At some point she went into the bathroom, tried to find her image in the mirror and couldn't. She had a moment of nearly pure terror. Then remembered that the mirror had broken and fallen in the sink. "Seven years' bad luck," she said aloud. "I'll be 35." (p29)

《ものがみな鮮明度をうしなって行った。ある時点で化粧室へ行って、鏡にうつった姿を見ようとしたが見つからなかった。一瞬、恐怖の極限と言ってよかった。それから鏡がこわれて洗面台に落ちたことを思い出した。「悪運は七年つづく、か」と声に出して言う――「そうしたら私、三十五になっちゃう」》p47/pp53-4

 ここではじめてエディパの年齢がわかった。28歳。
 しばらく前に、この小説の舞台が何年なのか考えてみた→その1316。答えは「よくわからない」だったが、ここでピンチョンが1937年生まれだという事実から、仮にエディパを自分と同じ年齢に設定したとすると、作中の「現在」は1965年ということになる。もちろんこれも推測にすぎない。

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2004/04/02

その30 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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《あるいは何かすばやいもの、神か、デジタル・コンピューターかがあらかじめ、この複雑な飛行の網を算出してあるのか。》

 重ね着しすぎて起きあがれなくなったエディパの上をスプレー缶がうなりをあげて飛び回るのだからドタバタなシーンにはちがいないが、彼女の考えたのはこんなことだった。
あらかじめ定められたもの”に、エディパは過敏に反応する。これは今の彼女が、映画の“もうできあがっている”筋を推測して賭けろと強制される役回りであることともつながっているだろう。
 さらにいえば、丘の上から見た街の眺めやトランジスタの基盤、または湖の地図になにか隠された意味があって、それらは自分に読みとられるのを待っている、ととらえる考え方もこれに似ていると思う。

 エディパは、対象のうしろに“すでに決まっているプログラム”とか“あらかじめ秘められた意味”があると感じ取り(あるいは思い込み)、それが自分には見えない、という点に脅威をおぼえている。
「計画」への過剰な反応。勝手な強迫観念かもしれないし、そうでないかもしれない。わからないまま小説は進む。なにしろ彼女は「酔っている」。
(なお、仮にスプレー缶が飛ぶとして、缶の内圧や内容物の量や周囲の環境のデータをどれだけ細かく集めても軌跡を計算で予想するのは不可能であることを明らかにしたのがLot 49 の出た1966年以降の科学じゃないかと思うが、よく知らない)

 バスルームの鏡を粉々に砕いてなおも飛び続けたスプレー缶は、中身がなくなってようやく落ちる。
 この大騒ぎに、モーテルの管理人である少年が仲間と顔を出す。めちゃくちゃになった部屋にたちこめるスプレーの霧。床に伏せた成人男女のいっぽうは着ぶくれした雪だるま。この状況を見て洩らされる感想は、「ロンドンから来たんですか」「そういうのロンドンの流行?」。
 バンドを組んでいる彼らが外で歌う曲をBGMにして、メツガーとエディパは気を取り直し、〈ボッティチェリ式ストリップ〉を再開する。さすがは大人の二人である。

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2004/04/02

その29 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 フィルムの順番が乱れ、ストーリーは狂ってしまう。テレビ局のミスなのか、メツガーが(あるいはほかのだれかが)あらかじめ仕組んでいたのかはわからない。
 それでも二人は、映画の展開を当てる賭けを続ける。今のシーンはさっきの潜水艦の場面より前なのか後なのかというエディパの問いを受けて、この賭けは進化する。
“Go ahead,” said Metzger, “ask questions. But for each answer, you'll have to take something off. We'll call it Strip Botticelli.” (p24)

《「よし、どんどん質問したまえ。しかし一つ答えるごとに何か一つ身につけているものを取ってもらう。〈ボッティチェリ式ストリップ〉と行こう」》p40/p45

 質問してヒントをもらうたびにエディパは服を脱ぐ、というルールが、たぶん酒の力でできあがる。賭けはむしろ退化した。
 そこで彼女は考えて、洗面所に飛び込むと、自宅から持ってきた衣類をある限り重ね着する。翻訳だけ引くと、《色とりどりのパンティ六着、ガードル、三足のナイロン靴下、ブラジャー三組、ストレッチ・スラックス二本、ハーフ・スリップ四枚、黒いシース・ドレス一着、サマー・ドレスニ着、Aライン・スカート半ダース、セーター三着、ブラウスニ着、キルトの部屋着、るり色のガウン、古いオーロン製のムームー。それからブレスレット、ブローチ、イヤリング、ペンダント》を彼女は身につける。どんな大旅行のつもりだったんだ。

 単純に数えても43回質問ができる雪だるま状態になったエディパは、鏡で自分の姿を見て笑い転げ、その拍子にヘアスプレーの缶を落として壊す。スプレー缶は中身を噴き出して洗面所を飛び、壁に当たっては跳ね返る猛スピードの凶器と化して、助けにきたメツガーをかすめる。
She was scared but nowhere near sober. The can knew where it was going, she sensed, or something fast enough, God or a digital machine, might have computed in advance the complex web of its travel; but she wasn't fast enough, and knew only that it might hit them at any moment […] (p25)

《彼女はこわくなったが、酔いはさめそうもなかった。缶は自分の行き先を知っている、と彼女は感じた。あるいは何かすばやいもの、神か、デジタル・コンピューターかがあらかじめ、この複雑な飛行の網を算出してあるのか。しかし彼女のほうには、そんなすばやさがなくて、わかっているのは、いまにもそれがぶつかるかもしれないということ[…]p42/p47

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2004/04/02

その28 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 映画は再びコマーシャルに入る。
 今度は煙草のCMで、フィルターに最高級の骨炭を使っているのが売りだという。またもやメツガーによれば、フィルターを作っている会社の株式は過半数がピアスの所有になっていたそうで、CMに入る企業のことごとくにこの大富豪の息がかかっていたらしいのがまた気になるが、これはまた伏線らしい伏線、いまは賭けの話だ。
“Right now it's your last chance to place your bet. Are they going to get out of it, or not?”
She felt drunk. It occurred to her, for no reason, that the plucky trio might not get out after all. She had no way to tell how long the movie had to run. She looked at her watch, but it had stopped. “This is absurd,” she said, “of course they'll get out.”
“How do you know?”
“All those movies had happy endings.”
“All?”
“Most.” (pp22-3)

《「いまは、きみが賭ける最後のチャンス。彼らは助かるか、助からないか?」
 エディパは酔いを感じた。ふと、なぜともなく、この勇敢なトリオは結局、助からないのかもしれないという気がした。あとどのくらいこの映画がつづくのか見当もつかない。腕時計を見たが、とまっていた。「そんなの、ばかげてるわ。もちろん助かるのよ」
「どうしてわかる?」
「こういう映画はみなハッピー・エンドだったわ」
「みな?」
「たいてい」》p38/p43

 そんなふうに「お約束」を意識しながらも、混乱したエディパは結局、「三人は助からない」ほうに賭ける。
 ところで、賭ける、賭ける、とさっきから言っていたが、では実際には何を賭けるのか? 二人は無言でたっぷり見つめ合い、それからエディパは言い切る、「何でもあなたの好きなものを」と。これだから大人は。

 CMが終って映画が再開すると、おかしなことが起きている。潜水艦に乗っていたはずの父親が、ひとりで陸上戦をたたかっているのだ。
“Now what the hell,” said Oedipa.
“Golly,” Metzger said, “they must have got the reels screwed up.” (p23)

《「これ、どうしたの」とエディパが言った。
「おどろいた」とメツガー――「フィルムの順番が狂っているんだ」》p40/p45

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2004/04/02

その27 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 酔っ払ったメツガーが再びピアスの話を蒸し返すと、やはり酔っ払ったエディパは「このインチキ弁護士」と罵倒する。メツガーは「弁護士は法廷で役者になるんだ」と語りだし、子役から弁護士に転身した自分の半生をドラマ化する計画があると自慢する。嘘ではないらしい。メツガー役を演じるのは本人ではなくて、彼の友達であるマニー・ディ・プレッソ(Manny Di Presso)という男。こっちはメツガーとは逆に弁護士から役者に転職したそうで、ドラマはすでにパイロット版もできているという。

 いかにも伏線っぽいそんな無駄話からテレビで進行中の映画に戻ると、3人(2人と1匹)の乗った潜水艦はいっそう激しい攻撃を受け、海中で窮地に陥っている。ここでメツガーは、今晩最大の変な提案をする。
“patrol boats, and machine guns. You want to bet on what'll happen?”
“Of course not,” said Oedipa, “the movie's made.” He only smiled back. “One of your endless repetitions.”
“But you still don't know,” Metzger said. “You haven't seen it.” (p22)

《「哨戒艇も機関銃も上にはある。どうなるか、賭けてみない?」
「いやなことよ。映画はもうできあがっているんだもの」彼は黙って微笑を返すばかり。「あなたの言う、無限に繰り返して上映できるってやつじゃないの」
「しかし、それでも、きみは知らないんだぜ」とメツガーが言う――「見たことがないんだから」》p37/p42

 メツガーは、映画がどのように展開するか賭けてみようと誘っている。この賭けじたいは珍しくない。珍しいのは、彼のほうはこの映画に出演しており、これから何が起きるか知っていることだ。エディパも言うように、ストーリーは「もうできあがっている」。最後のセリフをもういちど引用する。
“But you still don't know,” Metzger said. “You haven't seen it.”

《「しかし、それでも、きみは知らないんだぜ」とメツガーが言う――「見たことがないんだから」》

 なにが「しかし」なものか。メツガーは知っており、エディパは知らない。ここに不平等がある。「その25」でも「その26」でも、“知っているかどうか”が繰り返し強調されていた。だから、知っているメツガーの側から、知らないエディパに対して「当ててごらん」というのならともかく、両者のあいだに「賭け」は成立しない。するはずがない。そんな賭けに乗ったら、エディパが圧倒的に不利なのはわかりきっている。

 それなのに、彼女は乗ってしまうのである。

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2004/04/02

その26 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 前にも書いたが、部屋に入ってきたメツガーがエディパの反応を見ようとするかのようにぶつけたのは、彼が生前のピアスに会った際、彼女のことを何と言っていたか知りたくないかなということだった。「知りたくないわ」とエディパは答える。
 拒絶したい過去をテレビのコマーシャルが呼び戻す。というのは、流れてくるCMは「ファンゴーソ礁湖」という施設のもので、それはほかならぬピアスの所有していた地所だったからだ。メツガーはご丁寧にそんなことも教えてくれる。
 ただしエディパの心を奪うのは、画面に写るこの人造湖の地図だった。彼女は、その日の昼に丘の上から街を眺めて感じたのと同様、地図からも謎を受け取る。あるいは、勝手に読み取る。
Some immediacy was there again, some promise of hierophany: printed circuit, gently curving streets, private access to the water, Book of the Dead.... (p20)

《何か、抜きさしならぬ直接さを、また感じた。何か聖体示現[ヒエロファニー]のようなものを――印刷回路、ゆるやかにカーブする街路、運河に通じる私道、〈死者の書〉……》p35/p39

 連想が暴走しかけたところでCMは終わり、映画が再開する。
 メツガーと父親、犬の乗った潜水艦が網と機雷でピンチになると、見ているメツガーは興奮してドイツとイギリスの軍備を解説し、おどろくエディパにまた不思議なことを口走る。
“How do you know that?”
“Wasn't I there?”
“But,”began Oedipa, then saw how they were suddenly out of wine. (p21)

《「どうしてそんなこと、知ってるの?」
「ぼくはそこへ行ってたんだぜ」
「でも」とエディパは言いかけて、それから急にワインがなくなっていることに気づいた。》p36/p40

 いや問題はワインじゃないだろうと思うが、この発言は流される。メツガーが言っているのは、自分は撮影の現場にいたということなのか、本当に戦場にいたと錯覚しているのか、それともただの冗談なのか、わからないままだ。これだから酔っ払いは困る。
 そんなたわごとめいたセリフに対し、注釈書は「歴史的事実と作られた映画との境界がぼやけ、混じりはじめる」などと応酬、こちらもこちらで酔っぱらっているように見える。しかし、たわごとだろうがなんだろうが、小説のなかに無視できるものはひとつもない。

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2004/04/02

その25 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 エディパのところを訪れた弁護士メツガー。彼がかつて子役として出演した映画がちょうどテレビで放映される。そういうシーンだった。
 その映画、“Cashiered”(『軍隊から追放されて』)はどんな作品なのか。

 仲間をかばってイギリス軍を追放された父親が、自分の子供とその愛犬であるセントバーナードを連れて、名誉挽回をはかりトルコヘ向かう。小型潜水艦に乗った二人と一匹は、協力し魚雷を射って進む。「ドイツ兵が何だ、トルコ兵が何だ」。『軍隊から追放されて』はそんなふうに始まる。
 この設定は翻訳書の解注にも言及がないので、いま付け焼刃で調べてみると、映画の舞台は第一次大戦下の1915年、ドイツと連合したオスマン帝国のガリポリ(ゲリボル)半島を奪おうとするイギリスの上陸作戦なのだった。父親と子供と犬も、同胞と共に戦おうとしているわけだ。
 作戦は結局失敗に終わり、解任された英海相がチャーチルで、勝ったオスマン側司令官は准将[パシャ]に昇進、ケマル・パシャになったんだそうである。つい勉強になった。

 話を戻す。
 父親のかわいい子供として登場するのがむかしのメツガー、芸名〈ベイビー・イゴール〉である。自分の出演作に感激した(あるいは感激したふりをした)メツガーは、流れてくる挿入歌に声を合わせてうたい、そして不思議なことを言う。
“You didn't sing along,” he observed.
“I didn't know,” Oedipa smiled. (p20)

《「きみ、いっしょに歌わなかったね」と彼が言った。
「私は知らないんですもの」とエディパは微笑する。》p34/p38

 ふたりは並んでワインを飲みながら、同じ映画を見ている。しかし、今まさに目の前のテレビで進行している映画の展開を、メツガーは知っており、エディパは知らない。おそらくこの不平等を強調するために、上の2行はある。
 続けて「なぜそんなことを言うのか(わたしがこの映画のことを知らないなんて当たり前じゃないか)」とエディパが尋ね返す間もなく、映画にはコマーシャルが入る。

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2004/04/02

その24 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 ここの部分の展開で、もう一点、気になって仕方がないことがある。

 元俳優が部屋に来る → その主演作がテレビで流れる、という強引な展開は、あんまり馬鹿馬鹿しくてふつう小説には持ち込めないはずだ。
 ところがここでは、そんなご都合主義が、「もしかしたら陰謀に基づくのかもしれない」という主人公の疑いのもとにスルーされ、まんまと作中に実現してしまっている。
 そこにこちらは、読者として作者にうまく騙されたような気がしてならないのだが、いまこうして書いてみると、われながらどんなふうに問題にしたかったか見失いました。
 なんか変だろう、という感触は残っているので、ひとまず保留。

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2004/04/02

その23 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 わたしは誘惑されている、わたしを罠にはめようとする陰謀がある――エディパの抱いた警戒心を裏返せば、つまり、「自分はだれかが誘惑を試みたくなるような人間である」、という意識になるはずだ。それを自負とまでは言えないのは、この前提に彼女が無自覚だからである。
 もちろん今の状況は、何か陰謀があるのでは、といぶかしむのも当然の無茶なものではある。そこは何度でも確認したい。だが、メツガー自身が彼女を誘惑しようと目論んでいるのではないかと疑うにしろ、(「その21」にあったように)天上の何者かがこの男を差し向けたのではないかと疑うにしろ、エディパは、「なぜそのような計画が自分に対して仕組まれるのか」とは考えていない。
 そんなことまで考えている余裕がない、という説明は「あり」だと思う。ただし、余裕がないことと、自分はだれかが周到な準備をしてまで働きかけてくるほどの理由がある人間だと認めていることは、じゅうぶん並立すると思う。

 読者から見ても「偶然」のひと言では片付けられない不自然な状況の中に彼女はいる。だから、上記の理屈に照らして考え直すことをせず、いきなり陰謀説に飛びつくのを、ただの被害妄想と決めつけられるものではない。そこはいくらでも譲歩する。それでも、次のように見ることはできないだろうか――
 エディパには、手の込んだ陰謀(誘惑)が仕組まれるほど自分はたいした人間である、つまり自分は世界にとって意味をもった存在である、と信じたい気持がある。
 自分のまわりに陰謀がある――だれかがわたしを罠にはめようとしている――この発想は、じつは、自分には意味があるという根拠のない確信や、もっといえば、自分には意味があってほしいという願いから出てくるものではないのか。だれかが自分を騙すのであれば、自分には騙されるだけの価値があることになるのだ。被害妄想はそんなふうにして発現し機能するのかもしれない。

 今後、エディパのまわりでは、不自然な出来事や偶然のようなそうでないような符合が続々と発生し、奇妙な「つながり」が垣間見られる。
 そのどこまでが、うしろに「陰謀」といった何ものかの意図があると考えて当然のものなのか、どこからが「陰謀」を想定するのは正気を逸した被害妄想でしかないものなのか、両者のあいだで線の引きかたをあれこれ考えることが、そして、そのうち境界を定めるどころか徹底的に道に迷っている自分に気付くことが、Lot 49 を小説として読む作業であると思う。だからこれからもそうしよう。

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2004/04/02

その22 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 メツガーは、子役時代の芸名は〈ベイビー・イゴール〉だったと語りながらエディパを口説きはじめる。彼女は彼女で、今の自分はかなり魅力的に見えるはずだと思っていて、そんな雰囲気のもとにこのシーンは進む。

 メツガーは大富豪ピアスとさほど親しかったわけではないらしい。あの人はぼくに一度だけきみのことを話してくれたと彼は言う。そんな話は聞きたくない、とエディパは部屋のテレビをつける。ところがそこに映ったのは、犬とじゃれあう子供――幼いメツガーが出演した映画なのだった。
“That's me, that's me,” cried Metzger, staring, “good God.”
“Which one?” asked Oedipa.
“That movie was called,” Metzger snapped his finger, “Cashiered.” (p19)

《「あれ、ぼくだ、あれぼくだ」と目をむいてメツガーが叫んだ――「驚いたなあ」
「何ていう映画?」とエディパが訊いた。
「この映画の題名は」と言ってメツガーは指を鳴らし「『軍隊から追放されて』っていうんだ」》p32/p36

 すごい偶然だ、と受け入れる人はまずいない。
Either he made up the whole thing, Oedipa thought suddenly, or he bribed the engineer over at the local station to run this, it's all part of a plot, an elaborate, seduction, plot. O Metzger. (p20)

《これは全部、彼が仕組んだことか――と急にエディパは思った――さもなければ、この町のテレビ局にこの映画を流すよう技師を買収したか、で、すべて一つの陰謀の一端、手のこんだ、誘惑、陰謀。ああ、メツガー。》p34/p38

 またも「だれかがわたしを騙そうとしている」とエディパは思う。この場合はメツガーが、自分に向けて陰謀をこしらえたのではないか。
 ここでは「陰謀」といっしょに「誘惑」という言葉が置かれている。エディパの考えているように、口説くことが騙して罠に陥れることであるとしても、彼女がいきなり陰謀の気配を感じているのにはもっと問題があると思う。

 元俳優が部屋に来てテレビをつけると出演作が流れる。この符合はあまりに無茶だから、裏に何かの計画を予想するのはむしろ自然かもしれない。
 ただ、この推論がスムーズなせいで、“被害妄想を抱くとき、人は前提として自分の価値を無自覚に信頼している”という点が見えなくなっている気がする。

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2004/04/02

その21 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 エディパがモーテルに着いた、その続き。
〈エコー屋敷〉の他の部屋や、外のプールに人影はない。もしだれかがエディパを見ていたとしても、《彼女のほうからは見えない》とわざわざ強調されているのがあやしげである。

 その夜、彼女の部屋を、メツガーという男が訪ねてくる。
 彼は、ピアスに雇われてそもそもの発端である例の遺書を作成した弁護士であり、遺産の共同執行人である。
 エディパはこの男に会うためサン・ナルシソに来たのだが、彼は彼で一日中エディパを探し、近辺のモーテルをしらみつぶしにあたってようやくここまでたどり着いたのだった(二人とも、待ち合わせをしようという発想はなかったようである)。
 いずれにせよ、ついに生前のピアスを知る人間がエディパの前に現れたわけだ。そんな重要人物の初登場シーンで語られるのは、しかし、彼が非常にかっこいいということなのだった。
He turned out to be so good-looking that Oedipa thought at first They, somebody up there, were putting her on. It had to be an actor. (p17)

《たいへんな美青年で、エディパははじめ〈彼ら〉――だれか天上にいるもの――が自分をからかっているんだと思った。こんなのは俳優にちがいない》p30/p34

 これから行動を共にするであろう弁護士が、役者ばりのニ枚目。
 話ができすぎていると読者は思うが、同様にエディパも不審がっている。わたしはだれか(自分より高いところにいるだれか)に騙されているのではないか、何者かがわたしを罠にはめようとしているのではないか。その「だれか」「何者か」を、彼女は“They”としている。
she looked around him for reflectors, microphones, camera cabling, but there was only himself and a debonair bottle of French Beaujoulais […]

《エディパは彼のまわりを見まわして、反射板、マイク、カメラのケーブルなどがあるのではないかと思ったが、フランスのワイン〈ボジョレ〉の大瓶を手に彼が立っているだけだ。》

 とりあえずドッキリだという証拠も見つからないので、エディパは彼を部屋に入れる。しかし彼女の疑いは続く。
《こんなのは俳優にちがいない》という直観は半分正解で、事実メツガーは、幼いころ子役として映画に出演していたと話しはじめる。ますますあやしい。

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