2004/04/02

その29 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 フィルムの順番が乱れ、ストーリーは狂ってしまう。テレビ局のミスなのか、メツガーが(あるいはほかのだれかが)あらかじめ仕組んでいたのかはわからない。
 それでも二人は、映画の展開を当てる賭けを続ける。今のシーンはさっきの潜水艦の場面より前なのか後なのかというエディパの問いを受けて、この賭けは進化する。
“Go ahead,” said Metzger, “ask questions. But for each answer, you'll have to take something off. We'll call it Strip Botticelli.” (p24)

《「よし、どんどん質問したまえ。しかし一つ答えるごとに何か一つ身につけているものを取ってもらう。〈ボッティチェリ式ストリップ〉と行こう」》p40/p45

 質問してヒントをもらうたびにエディパは服を脱ぐ、というルールが、たぶん酒の力でできあがる。賭けはむしろ退化した気がする。
 そこで彼女は洗面所に飛び込み、自宅から持ってきた衣類をある限り重ね着する。翻訳だけ引くと、《色とりどりのパンティ六着、ガードル、三足のナイロン靴下、ブラジャー三組、ストレッチ・スラックス二本、ハーフ・スリップ四枚、黒いシース・ドレス一着、サマー・ドレスニ着、Aライン・スカート半ダース、セーター三着、ブラウスニ着、キルトの部屋着、るり色のガウン、古いオーロン製のムームー。それからブレスレット、ブローチ、イヤリング、ペンダント》を彼女は身につける。どんな大旅行のつもりだったんだ。

 単純に数えても43回質問ができる雪だるま状態になったエディパは、鏡で自分の姿を見て笑い転げ、その拍子にヘアスプレーの缶を落として壊す。スプレー缶は中身を噴き出して洗面所を飛び、壁に当たっては跳ね返る猛スピードの凶器と化して、助けにきたメツガーをかすめる。
She was scared but nowhere near sober. The can knew where it was going, she sensed, or something fast enough, God or a digital machine, might have computed in advance the complex web of its travel; but she wasn't fast enough, and knew only that it might hit them at any moment […] (p25)

《彼女はこわくなったが、酔いはさめそうもなかった。缶は自分の行き先を知っている、と彼女は感じた。あるいは何かすばやいもの、神か、デジタル・コンピューターかがあらかじめ、この複雑な飛行の網を算出してあるのか。しかし彼女のほうには、そんなすばやさがなくて、わかっているのは、いまにもそれがぶつかるかもしれないということ[…]p42/p47

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2004/04/02

その28 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 映画は再びコマーシャルに入る。
 今度は煙草のCMで、フィルターに最高級の骨炭を使っているのが売りだという。またもやメツガーによれば、フィルターを作っている会社の株式は過半数がピアスの所有になっていたそうで、CMに入る企業のことごとくにこの大富豪の息がかかっていたらしいのがまた気になるが、これはまた伏線らしい伏線、いまは賭けの話だ。
“Right now it's your last chance to place your bet. Are they going to get out of it, or not?”
She felt drunk. It occurred to her, for no reason, that the plucky trio might not get out after all. She had no way to tell how long the movie had to run. She looked at her watch, but it had stopped. “This is absurd,” she said, “of course they'll get out.”
“How do you know?”
“All those movies had happy endings.”
“All?”
“Most.” (pp22-3)

《「いまは、きみが賭ける最後のチャンス。彼らは助かるか、助からないか?」
 エディパは酔いを感じた。ふと、なぜともなく、この勇敢なトリオは結局、助からないのかもしれないという気がした。あとどのくらいこの映画がつづくのか見当もつかない。腕時計を見たが、とまっていた。「そんなの、ばかげてるわ。もちろん助かるのよ」
「どうしてわかる?」
「こういう映画はみなハッピー・エンドだったわ」
「みな?」
「たいてい」》p38/p43

 そんなふうに「お約束」を意識しながらも、混乱したエディパは結局、「三人は助からない」ほうに賭ける。
 ところで、賭ける、賭ける、とさっきから言っていたが、では実際には何を賭けるのか? 二人は無言でたっぷり見つめ合い、それからエディパは言い切る、「何でもあなたの好きなものを」と。これだから大人は。

 CMが終って映画が再開すると、おかしなことが起きている。潜水艦に乗っていたはずの父親が、ひとりで陸上戦をたたかっているのだ。
“Now what the hell,” said Oedipa.
“Golly,” Metzger said, “they must have got the reels screwed up.” (p23)

《「これ、どうしたの」とエディパが言った。
「おどろいた」とメツガー――「フィルムの順番が狂っているんだ」》p40/p45

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2004/04/02

その27 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 酔っ払ったメツガーが再びピアスの話を蒸し返すと、やはり酔っ払ったエディパは「このインチキ弁護士」と罵倒する。メツガーは「弁護士は法廷で役者になるんだ」と語りだし、子役から弁護士に転身した自分の半生をドラマ化する計画があると自慢する。嘘ではないらしい。メツガー役を演じるのは本人ではなくて、彼の友達であるマニー・ディ・プレッソ(Manny Di Presso)という男。こっちはメツガーとは逆に弁護士から役者に転職したそうで、ドラマはすでにパイロット版もできているという。

 いかにも伏線っぽいそんな無駄話からテレビで進行中の映画に戻ると、3人(2人と1匹)の乗った潜水艦はいっそう激しい攻撃を受け、海中で窮地に陥っている。ここでメツガーは、今晩最大の変な提案をする。
“patrol boats, and machine guns. You want to bet on what'll happen?”
“Of course not,” said Oedipa, “the movie's made.” He only smiled back. “One of your endless repetitions.”
“But you still don't know,” Metzger said. “You haven't seen it.” (p22)

《「哨戒艇も機関銃も上にはある。どうなるか、賭けてみない?」
「いやなことよ。映画はもうできあがっているんだもの」彼は黙って微笑を返すばかり。「あなたの言う、無限に繰り返して上映できるってやつじゃないの」
「しかし、それでも、きみは知らないんだぜ」とメツガーが言う――「見たことがないんだから」》p37/p42

 メツガーは、映画がどのように展開するか賭けてみようと誘っている。この賭けじたいは珍しくない。珍しいのは、彼のほうはこの映画に出演しており、これから何が起きるか知っていることだ。エディパも言うように、ストーリーは「もうできあがっている」。最後のセリフをもういちど引用する。
“But you still don't know,” Metzger said. “You haven't seen it.”

《「しかし、それでも、きみは知らないんだぜ」とメツガーが言う――「見たことがないんだから」》

 なにが「しかし」なものか。メツガーは知っており、エディパは知らない。ここに不平等がある。「その25」でも「その26」でも、“知っているかどうか”が繰り返し強調されていた。だから、知っているメツガーの側から、知らないエディパに対して「当ててごらん」というのならともかく、両者のあいだに「賭け」は成立しない。するはずがない。そんな賭けに乗ったら、エディパが圧倒的に不利なのはわかりきっている。

 それなのに、彼女は乗ってしまうのである。

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2004/04/02

その26 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 前にも書いたが、部屋に入ってきたメツガーがエディパの反応を見ようとするかのようにぶつけたのは、彼が生前のピアスに会った際、彼女のことを何と言っていたか知りたくないかなということだった。エディパは「知りたくないわ」と答えていた。
 拒絶したい過去をテレビのコマーシャルが呼び戻す。というのは、流れてくるCMは「ファンゴーソ礁湖」という施設のもので、それはほかならぬピアスの所有していた地所だったからだ。メツガーはご丁寧にそんなことも教えてくれる。
 ただしエディパの心を奪うのは、画面に写るこの人造湖の地図だった。彼女は、その日の昼に丘の上から街を眺めて感じたのと同様、地図からも謎を受け取る。あるいは、勝手に読み取る。
Some immediacy was there again, some promise of hierophany: printed circuit, gently curving streets, private access to the water, Book of the Dead.... (p20)

《何か、抜きさしならぬ直接さを、また感じた。何か聖体示現[ヒエロファニー]のようなものを――印刷回路、ゆるやかにカーブする街路、運河に通じる私道、〈死者の書〉……》p35/p39

 連想が暴走しかけたところでCMは終わり、映画が再開する。
 メツガーと父親、犬の乗った潜水艦が網と機雷でピンチになると、見ているメツガーは興奮してドイツとイギリスの軍備を解説し、おどろくエディパにまた不思議なことを口走る。
“How do you know that?”
“Wasn't I there?”
“But,”began Oedipa, then saw how they were suddenly out of wine. (p21)

《「どうしてそんなこと、知ってるの?」
「ぼくはそこへ行ってたんだぜ」
「でも」とエディパは言いかけて、それから急にワインがなくなっていることに気づいた。》p36/p40

 いや問題はワインじゃないだろうと思うが、この発言は流される。メツガーが言っているのは、自分は撮影の現場にいたということなのか、本当に戦場にいたと錯覚しているのか、それともただの冗談なのか、わからないままだ。これだから酔っ払いは困る。
 そんなたわごとめいたセリフに対し、注釈書は「歴史的事実と作られた映画との境界がぼやけ、混じりはじめる」などと応酬、こちらもこちらで酔っぱらっているように見える。しかし、たわごとだろうがなんだろうが、小説のなかに無視できるものはひとつもない。

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2004/04/02

その25 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 エディパのところを訪れた弁護士メツガー。彼がかつて子役として出演した映画がちょうどテレビで放映される。そういうシーンだった。
 その映画、“Cashiered”(『軍隊から追放されて』)はどんな作品なのか。

 仲間をかばってイギリス軍を追放された父親が、自分の子供とその愛犬であるセントバーナードを連れて、名誉挽回をはかりトルコヘ向かう。小型潜水艦に乗った二人と一匹は、協力し魚雷を射って進む。「ドイツ兵が何だ、トルコ兵が何だ」。『軍隊から追放されて』はそんなふうに始まる。
 この設定は翻訳書の解注にも言及がないので、いま付け焼刃で調べてみると、映画の舞台は第一次大戦下の1915年、ドイツと連合したオスマン帝国のガリポリ(ゲリボル)半島を奪おうとするイギリスの上陸作戦なのだった。父親と子供と犬も、同胞と共に戦おうとしているわけだ。
 作戦は結局失敗に終わり、解任された英海相がチャーチルで、勝ったオスマン側司令官は准将[パシャ]に昇進、ケマル・パシャになったんだそうである。つい、勉強になった。

 話を戻す。
 父親のかわいい子供として登場するのがむかしのメツガー、芸名〈ベイビー・イゴール〉である。自分の出演作に感激した(あるいは感激したふりをした)メツガーは、流れてくる挿入歌に声を合わせてうたい、そして不思議なことを言う。
“You didn't sing along,” he observed.
“I didn't know,” Oedipa smiled. (p20)

《「きみ、いっしょに歌わなかったね」と彼が言った。
「私は知らないんですもの」とエディパは微笑する。》p34/p38

 ふたりは並んでワインを飲みながら、同じ映画を見ている。しかし、今まさに目の前のテレビで進行している映画の展開を、メツガーは知っており、エディパは知らない。おそらくこの不平等を強調するために、上の2行はある。
 続けて「なぜそんなことを言うのか(わたしがこの映画のことを知らないなんて当たり前じゃないか)」とエディパが尋ね返す間もなく、映画にはコマーシャルが割り込んでくる。

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2004/04/02

その24 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

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 ここの部分の展開で、もう一点、気になって仕方がないことがある。

 元俳優が部屋に来る → その主演作がテレビで流れる、という強引な展開は、あんまり馬鹿馬鹿しくてふつう小説には持ち込めないはずだ。
 ところがここでは、そんなご都合主義が、「もしかしたら陰謀に基づくのかもしれない」という主人公の疑いのもとにスルーされ、まんまと作中に実現してしまっている。
 そこにこちらは、読者として作者に(小説に)うまく騙されたような気がしてならないのだが、いまこうして書いてみると、われながらどんなふうに問題にしたかったか見失いました。
 なんか変だろう、ずるいことをされたんじゃないか、という感覚は残っているので、ひとまず保留。

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2004/04/02

その23 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 わたしは誘惑されている、わたしを罠にはめようとする陰謀がある――エディパの抱いた警戒心を裏返せば、つまり、「自分はだれかが誘惑を試みたくなるような人間である」という意識になるはずだ。それを自負とまでは言えないのは、この前提に彼女が無自覚だからである。
 もちろん今の状況は、何か陰謀があるのでは、とあやしがるのも当然の無茶なものである。そこは何度でも確認したい。だが、メツガーじしんが彼女を誘惑しようと目論んでいるのではないかと疑うにしろ、(「その21」にあったように)天上の何者かがこの男を差し向けたのではないかと疑うにしろ、エディパは、「なぜそのような計画が自分に対して仕組まれることがありえるのか」とは考えていない。
 そんなことまで考えている余裕がない、という説明は「あり」だと思う。ただし、余裕がないことと、自分はだれかが周到な準備をしてまで働きかけてくるほどの理由がある人間だとわれしらず認めていることは、じゅうぶん並立すると思う。

 読者から見ても「偶然」のひと言では片付けられない不自然な状況の中に彼女はいる。だから、上記の理屈に照らして考え直すことをせず、いきなり陰謀説に飛びつくのを、ただの被害妄想と決めつけられるものではない。そこはいくらでも譲歩する。それでも、次のように見ることはできないだろうか――

 エディパには、手の込んだ陰謀(誘惑)が仕組まれるほど自分はたいした人間である、つまり自分は世界にとって意味をもった存在である、と信じたい気持がある。

 自分のまわりに陰謀がある――だれかがわたしを罠にはめようとしている――この発想は、じつは、自分には意味があるという根拠のない確信や、もっといえば、自分には意味があってほしいという願いから出てくるものではないのか。だれかが自分を騙そうとするのであれば、自分にはそうされるだけの価値があることになるのだから。被害妄想はそんなふうにして発現し機能するのかもしれない。

 今後、エディパのまわりでは、不自然な出来事や偶然のようなそうでないような符合が続々と発生し、奇妙な「つながり」が垣間見られる。
 そのどこまでが、うしろに「陰謀」といった何ものかの意図があると考えて当然のものなのか、どこからが「陰謀」を想定するのは正気を逸した被害妄想でしかないものなのか、両者のあいだで線の引きかたをあれこれ考えることが、そして、そのうち境界を定めるどころか徹底的に道に迷っている自分に気付くことが、Lot 49 を小説として読む作業であると思う。だからこれからもそうしよう。

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2004/04/02

その22 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 メツガーは、子役時代の芸名は〈ベイビー・イゴール〉だったと語りながらエディパを口説きはじめる。彼女は彼女で、今の自分はかなり魅力的に見えるはずだと思っており、そんな雰囲気のもとでこのシーンは進む。

 メツガーは大富豪ピアスとさほど親しかったわけではないらしい。あの人はぼくに一度だけきみのことを話してくれたと彼は言う。そんな話は聞きたくない、とエディパは部屋のテレビをつける。ところがそこに映ったのは、犬とじゃれあう子供――幼いメツガーが出演した映画なのだった。
“That's me, that's me,” cried Metzger, staring, “good God.”
“Which one?” asked Oedipa.
“That movie was called,” Metzger snapped his finger, “Cashiered.” (p19)

《「あれ、ぼくだ、あれぼくだ」と目をむいてメツガーが叫んだ――「驚いたなあ」
「何ていう映画?」とエディパが訊いた。
「この映画の題名は」と言ってメツガーは指を鳴らし「『軍隊から追放されて』っていうんだ」》p32/p36

 すごい偶然だ、と受け入れる人はまずいない。
Either he made up the whole thing, Oedipa thought suddenly, or he bribed the engineer over at the local station to run this, it's all part of a plot, an elaborate, seduction, plot. O Metzger. (p20)

《これは全部、彼が仕組んだことか――と急にエディパは思った――さもなければ、この町のテレビ局にこの映画を流すよう技師を買収したか、で、すべて一つの陰謀の一端、手のこんだ、誘惑、陰謀。ああ、メツガー。》p34/p38

 またも「だれかがわたしを騙そうとしている」とエディパは思う。この場合はメツガーが、自分に向けて陰謀をこしらえたのではないか、と。
 ここでは「陰謀」といっしょに「誘惑」という言葉が置かれている。エディパの考えているように、口説くことが騙して罠に陥れることであるとしても、彼女がいきなり陰謀の気配を感じているのにはもっと問題があると思う。

 元俳優が部屋に来てテレビをつけると出演作が流れる。この符合はあまりに無茶だから、裏に何かの計画を予想するのはむしろ自然かもしれない。
 ただ、この推論がスムーズなせいで、“被害妄想を抱くとき、人は前提として自分の価値を無自覚に信じている”という点が見えなくなっている気がする。

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2004/04/02

その21 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 エディパがモーテルに着いた、その続き。
〈エコー屋敷〉の他の部屋や、外のプールに人影はない。もしだれかがエディパを見ていたとしても、《彼女のほうからは見えない》とわざわざ強調されているのがあやしげである。

 その夜、彼女の部屋を、メツガーという男が訪ねてくる。
 彼は、ピアスに雇われてそもそもの発端である例の遺書を作成した弁護士であり、遺産の共同執行人でもある。
 エディパはこの男に会うためサン・ナルシソに来たのだが、彼は彼で一日中エディパを探し、近辺のモーテルをしらみつぶしにあたってようやくここまでたどり着いたのだった(二人とも、待ち合わせをしようという発想はなかったようである)。
 いずれにせよ、ついに生前のピアスを知る人間がエディパの前に現れたわけだ。そんな重要人物の初登場シーンで語られるのは、しかし、彼が非常にかっこいいということなのだった。
He turned out to be so good-looking that Oedipa thought at first They, somebody up there, were putting her on. It had to be an actor. (p17)

《たいへんな美青年で、エディパははじめ〈彼ら〉――だれか天上にいるもの――が自分をからかっているんだと思った。こんなのは俳優にちがいない》p30/p34

 これから行動を共にするであろう弁護士が、役者ばりのニ枚目。
 話ができすぎていると読者は思うが、同様にエディパも不審がっている。わたしはだれか(自分より高いところにいるだれか)に騙されているのではないか? 何者かがわたしを罠にはめようとしているのではないか? その「だれか」「何者か」を、彼女は“They”としている。
she looked around him for reflectors, microphones, camera cabling, but there was only himself and a debonair bottle of French Beaujoulais […] (p17)

《エディパは彼のまわりを見まわして、反射板、マイク、カメラのケーブルなどがあるのではないかと思ったが、フランスのワイン〈ボジョレ〉の大瓶を手に彼が立っているだけだ。》pp30-1/p34

 とりあえずドッキリだという証拠も見つからないので、エディパは彼を部屋に入れる。しかし彼女の疑いは続く。
《こんなのは俳優にちがいない》という直観は半分正解で、事実メツガーは、幼いころ子役として映画に出演していたと話しはじめる。ますますあやしい。

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2004/04/02

その20 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 エディパは車を走らせる。
 不自然な街並みのサン・ナルシソは、巨大企業ヨーヨーダイン株式会社の宇宙開発部門の城下町である。雇用の中心であるこの会社の誘致にはピアスがあたり、大株主になっていた。自分がこの街の生みの親だから、と彼はエディパに語ったことがある。
 プレハブやコンクリートが並ぶ麻痺状態の街(日曜日)を見て彼女は、走りやすい道路とか、続いてゆく風景は幻想だと考える。この道の先につながるハイウェイは、ロス・アンジェルスという麻薬患者に血液を運ぶ静脈で、その上を走行している自分たちは、都会に発展の幻想を供給するヘロインの一粒ではないか。
 暗いイメージに気が滅入り、エディパは目についたモーテルに入ることにする。〈エコー屋敷〉“Echo Courts”という名のその建物は、入口にニンフ像が置いてあって、悪趣味な仕掛けがついていた。
The face of the nymph was much like Oedipa's, which didn't startle so much as a concealed blower system that kept the nymph's gauze chiton in constant agitation, revealing enormous vermilion-tipped breasts and long pink thighs at each flap. (p16)

《そのニンフの顔はエディパによく似ていたが、それよりももっと驚いたのは、送風装置が隠してあって、ニンフの着ているガーゼの下着をひっきりなしに吹きあげ、それがはためくたびに巨大な朱色の乳頭をした乳房と、長いピンクの腿を見せることであった。》p28/pp31-2

 ニンフの体があらわになるのも、(1)隠されたものが(2)発見される、という過程の一バリエーションである、というとこじつけくさいと思われるかもしれないが、上の原文を見てもらえれば、たしかに例の reveal という語が使われているのが確認できるだろう。じっさいエディパは、自分に似たこのニンフ像を見て先の「啓示」(revelation)、「聞こえなかった言葉」云々を思い出している。

 訳本の解注をアンチョコにすると、サン・ナルシソの「ナルシソ」とは伝説の聖人「聖ナルシソス」のことで、これはギリシャ神話の美青年ナルシソス(ナルキッソス)と同名である。ナルキッソスに恋こがれ、声だけの存在になったニンフの名が「エコー」というのだった。
〈エコー屋敷〉の支配人はマイルズといい、年の頃はたった16歳、ビートルズ風の格好で自分のテーマソングを口ずさむ。彼の組んでいるロックバンドは〈ザ・パラノイド〉。やめなよこんなモーテル。

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