2004/04/08

その106 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

 If she'd thought to check a couple lines back in the Wharfinger play, Oedipa might have made the next connection by herself. As it was she got an assist from one Genghis Cohen, who is the most eminent philatelist in the L.A. area. (p75)

《ウォーフィンガーのあの劇の中の二行を調べる気になっていたら、エディパは次の結びつきをひとりで見つけたかもしれない。が、実状はジンギス・コーエンという、ロス・アンジェルス地区では最高の切手収集家の援助を受けた。》pp115-6/p130

 例によってエディパを先回りする思わせぶりな地の文が、あたらしい人物を連れてくる。ジンギス・コーエン(Genghis Cohen)は、ピアスの膨大な切手コレクションを査定して目録にまとめるためにメツガーが雇った切手のプロである。だいぶ前の第3章冒頭近く、「その44」で引用した部分の直前に、こういう文章があった。
Much of the revelation was to come through the stamp collection Pierce had left (p31)

《啓示の多くはピアスの残した切手のコレクションを通じてやってくることになる》p51/p57

 やっぱり、地の文はいつでも主人公より先にいて、自由自在に“予告”をし、読者を翻弄する(そして主人公は“予告”に気付くことさえできない)。
 それはともかく、いまの原文が英語としてどれくらい自然なのか(不自然なのか)わからないが、「啓示」を唯一無二の絶対の真理のようなものとしては全然とらえていない感じが面白いとあらためて思う。

 もとい、ある雨の朝、問題のコレクションを預けてあるコーエンが電話をかけてきて、「切手に変わった点があるので、来ていただけませんか」。
 She was somehow sure, driving in on the slick freeway, that the "irregularities" would tie in with the word Trystero. […] now it came to her, as if the rain whispered it, that what Fallopian had not known about private carriers, Cohen might.

《エディパは滑らかな高速道路を疾走しながらも、なぜか「変わった点」というのがトライステロという単語に結びつくのだろうと思っていた。[…] いまは、ファローピアンが民間郵便配達組織について知らなかったことを、コーエンが知っているかもしれないという気持になっていた。まるで雨がそのことをそっと囁いてくれたかのようだ。》

 もはや書かれてもいないけれども、エディパの“感度強化"はますます進行中である。そして到着したコーエン宅の様子がまたすごい。
 When he opened the door of his apartment/office she saw him framed in a long succession or train of doorways, room after room receding in the general direction of Santa Monica, all soaked in rain-light. (pp75-6)

《コーエンがアパート兼事務所のドアを開いたとき、彼はいくつものドアが長く連続しているというか、長く行列になっているというか、ドアがいっぱい開いている、そのドア口の枠に囲まれて立っているのだった。部屋また部屋がほぼサンタ・モニカの方向につぎつぎ後退してつながっていて、すべてが雨の光に浸されている。》pp117-8/p131

 無限後退するミラーハウスのように見える部屋へと、エディパは足を踏み入れる。いったいだれが、こんなところで謎の答えに近づけると期待できるだろう。やりすぎといえばやりすぎなくらい、地の文は好き放題に書いている(「サンタ・モニカ」なんて、悪ノリで書いているようにしか見えない!)。
 こんな場所で、エディパはいよいよ巨大な手掛かりを示される。

…続き
2004/04/08

その105 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


〈テュルーン、タクシス〉。〈ウェルズ、ファーゴ〉。〈小馬速達便〉。みんな民間の郵便組織である。そのことごとくを、黒衣の集団が襲った記録がある。
 これはいったいどういうことか。黒衣の集団とは何者か。私設郵便の歴史に詳しいファローピアンは、しかし、はかばかしい答えをエディパに与えてはくれない。
 黒衣の集団について、ファローピアンもまだ正体をつかんではいなかった。史碑の存在は知っており、彫られている内容について役所に問い合わせの手紙を出しているが返事はない。予想では、いつか返事が来るとしても、せいぜい史料が届くのが関の山で、その史料も「古老の記憶では」程度の当てにならないものでしかないだろうと言っている。
"[…] There's no way to trace it, unless you want to follow up an accidental correlation, like you got from the old man."
 "You think it's really a correlation?" She thought of how tenuous it was, like a long white hair, over a century long. Two very old men. All these fatigued brain cells between herself and the truth. (p74)

《「[…] 追跡する方法なんて、ないんです、あなたが爺さんからお聞きになった話のように、偶然の相関関係を追跡するしかありません」
「ほんとうに相関関係があるとお思い?」 相関関係と言っても何とかぼそいものだろうか。一本の長い白髪のようなものではないか、一世紀以上にわたる白髪一本。二人の非常な老人。自分と真実のあいだの数知れぬ疲弊した脳細胞。》p115/p129

 またものすごいことを言っている。「偶然の相関関係(an accidental correlation)を追跡するしかありません」とは、また次の偶然の一致が出てくるまで待つほかにやれることはありません、ということだ。何事かを探求している人間に対して、これはアドバイスになっているのだろうか。

 そしてエディパは、そもそもの相関関係を疑っている。いくつかの「私設郵便組織&黒衣の集団」というペアには本当につながりがあるのかどうか。ここで彼女が気にしている「二人の非常な老人」は、〈小馬速達便〉の話をしてくれたトート氏と、実際に黒衣の集団と戦ってトート氏に体験談を語った彼の祖父のことである。手掛かりといっても、こんな老人の伝聞が信頼できるものなのか。
 ファローピアンは反体制の人だから、民営の郵便を圧殺しようとした黒衣の集団を、北部連邦政府の手先ではないかと考えている。何にせよ郵便組織との関係はありそうだ。だが、それ以上はファローピアンは乗ってこない。コーテックスが落書きし、トート氏の祖父が持っていた指輪にも刻まれていた「WASTE印」を見せても反応は薄い。
 "It was in the ladies' room, right here in The Scope, Mike."
 "Women," he only said. "Who can tell what goes on with them?" (p75)

《「婦人用トイレに書いてあったのよ、この〈ザ・スコープ〉のトイレよ、マイク」
「女たち」と彼は言っただけであった――「女たちってのは何を考えているものやら」》

 何も知らないようにも見えるし、知っていて隠しているようにも見える。しかしエディパがそれ以上問い詰める姿は書かれていない。ここでもまた、例の「ためらい」が働いたのかも知れない。

…続き
2004/04/08

その104 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 史碑を見つけ、トート氏から話を聞いて、それでエディパはファローピアンに会いに行くことにした――と書いてある。いつも〈ザ・スコープ〉という酒場で登場するファローピアンはアメリカの私設郵便について調べているから→その50、〈ウェルズ、ファーゴ〉社や〈小馬速達便〉の配達人を襲った黒衣の集団についても何か知っていそうに思われるからだ。
 その推論はもっともだし、たしかにこれからファローピアンがエディパに向かって喋るわけだが、ここでいちどストップして、「その97」でちょっと触れた、時間の乱れについて書いておく。

その96」で、ファローピアンがコーテックスの素性を勘ぐるやりとりがあった。その次に、そもそもエディパがどうしてその夜〈ザ・スコープ〉に来たのかという説明があり、それは「ほかにもいくつかの啓示」があって「郵便と、その配達方法」にかかわる「ひとつのパターン」が出現したからだと書いてあった(パターンというのは、「郵便配達&それを襲う黒衣の集団が、セットで出てくる」という“型”のことだろう)。
 ということは、小説に書いてある順序

(A) コーテックスに会う →(2、3日あとに)〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話 → 史碑を見つける → ザップフ古書店 →(次の日)養老院でトート氏と話す →〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話

となっており、〈ザ・スコープ〉でファローピアンと話す場面が2回ある。だが、実際に物事の起きた順序

コーテックスに会う→史碑を見つける → ザップフ古書店 →(次の日)養老院でトート氏と話す(ここまででコーテックスと会ってから2、3日)→〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話

であって、エディパはファローピアンと一度しか会っていない。(A)に出てくる1回めの〈ザ・スコープ〉のシーンは、2回めの〈ザ・スコープ〉を先取りして配置したものであり、そこから2、3日間を振り返るかたちで史碑~養老院までの出来事が語られて、そのあと〈ザ・スコープ〉に場面が戻ってきたところで時間の流れがもと通りになった、ということになりそうである。エディパの探求の動機づけや、啓示、パターンといった言葉のつじつまが合うように考えればそうなるはずだ。

 でも、読んでみた印象ではそうは思えないのである。

その96」で見た1回めの〈ザ・スコープ〉でのファローピアンと、これから見る2回めの〈ザ・スコープ〉でのファローピアンは、話す様子がまるでちがっている。それに1回めでは、ファローピアンはエディパについてきたメツガーと口論するが、2回めではメツガーがいない(少なくとも、描かれない)という違いもある。
 だから、じつは実際に物事の起きた順序も(A)と同じで、エディパは〈ザ・スコープ〉に2回行っている、ととったほうが、すんなり読めるのだ。
 ただし、よく読むと、(上のほうでも書いた通り)史碑やトート氏の話から「啓示」「パターン」を見出したという理由ができたからこそ、エディパは〈ザ・スコープ〉に行ったはずであり、この因果関係を動かすことはできない。すると時間の順序は整理できなくなる。
 これが「その97」で書いた、時間の混乱である。

 この食い違いをどう頭に収めるか。ここまで悩んでおきながら簡単に答えを出すと、それは、小説には小説に書いてある順序だけがあり、そこから実際に物事の起きた順序を再構成しようとするのが間違いだ、というものである。身も蓋もないが、こういうことはこれまでにも何度か書いていた(→その63 →その70)。

 もう少し具体的にいえば、エディパが〈ザ・スコープ〉に行ったのは、やはり最後のはずなのである。最後のはずなのだけれども、そのシーンは分裂して史碑~養老院の前にも配置されている。分裂しているから(同じ日なのに)ファローピアンの態度も、メツガーがいる/いないも、別になっている。おそらく、それでいいと思う。
 小説はそんなふうにも書かれうる。これをピンチョンの書き損じ、と読むのは、端的にもったいないと思う。急いで読むと読み流してしまうが、よくよく読むと時間が乱れていることに気付いて混乱する、そんなおかしな書き方を選んだ効果として、まずはこちらの頭が乱れるという点を挙げたい。これは案外、小さくない効果だと思うのだ。

 次回、ファローピアンの話になる。

…続き
2004/04/08

その103 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 たしかに、手掛かりを探そうという自分の意志であちこちに足を運ぶことにしたつもりなのだが、予想を越える何かが出てきそうな予感にいきなり包まれてしまった――おそらくエディパはそんな気持でいる。
 She looked around, spooked at the sunlight pouring in all the windows, as if she had been trapped at the center of some intricate crystal, and said, "My God."
 "And I feel him, certain days, days of a certain temperature," said Mr. Thoth, "and barometric pressure. Did you know that? I feel him close to me."
 "Your grandfather?"
 "No, my God." (p74)

《エディパはあたりを見まわした。窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえた。まるで自分が入りくんだ形の水晶か何かのまんなかに入っている虫のような気がしたのである。「神さま」と言ってしまった。
「そうじゃ、感じるんじゃよ、一定の日になると、一定の温度の日」とトート氏は言った――「一定の気圧の日になると、のう。あんたにゃわかるかのう? 身近に感じるんじゃよ」
「お爺さんを?」
「いや、神さまじゃよ」》p114/pp128-9

 自分が「入りくんだ形の水晶か何か」にとらえられてしまっているような思いに襲われる、という書き方から連想されるのは、『急使の悲劇』の演出家ドリブレットのことだ。エディパは楽屋で彼を見た瞬間、目を囲む「皺の網目」に絡め取られていた→その82。再掲する。
She couldn't stop watching his eyes. They were bright black, surrounded by an incredible network of lines, like a laboratory maze for studying intelligence in tears. They seemed to know what she wanted, even if she didn't. (p60)

《彼の目から視線をそらすことができない。きらきらと黒く、そのまわりは信じられないほどの皺の網目だ。まるで涙の中に入っている情報を研究するための実験室の紛糾した装置の迷路のようだ。彼女が知らなくとも、彼女が知りたいと思っていることを知っているような目であった。》p93/pp104-5

 さかのぼって考えれば、あの「皺の網目」は、丘の上から見下ろした街並み→その18や、入り組んだ地図→その26といった、エディパにとって“自分には読み取れないが、何か秘密を隠しているにちがいない”ように見える、神聖文字の1バリエーションとして映っていたのだった。
 いま彼女は、それまで外から眺めていたつもりの迷路の中に、とつぜん自分が放り込まれているのではないか、と気付く。
 そこでとっさに口を突いて出る言葉が「神さま」という、今回の最初に引用した部分になるわけだが、前々回で引いた台詞に引き続き、ここのトート氏との会話の流れもすばらしいと思う。
 陽当たりのよい養老院で、ひがなテレビを見ているらしいネジの緩んできた老人の口を通し、手で触れられず目に見えない存在を、自分のそばにたしかに「感じるんじゃよ」と語らせる。
 それはトート氏にとっては穏やかな奇跡だろうが、その彼の話を聞いて、いま、やはり自分の手の届かない正体不明の存在を感じ始めたエディパのほうは、《窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえ》ているのである。

 このトート氏について、前回までに書き落としていた点があった。それは彼が年季の入ったアニメ好きだということで、エディパとの会話でも、自分の見ていた夢と、古いアニメがごっちゃになっていた。
 黒い羽根をつけた偽インディアン、という重要な話をしていたときも、祖父から聞いた思い出話と、むかし見たアニメがまざってしまったと言っている。それは「ポーキー・ピッグ」という豚の男の子を主人公とするシリーズ中の1本で、“真っ黒な格好をしたアナーキスト"が出てくるとまで説明されているから、注釈書でも Pynchon Wiki でも、「The Blow Out(1936)という作品だと同定されていた。探してみるとyoutubeで見つかった。もともとは白黒だったんだろうが、これである。




 さて、どうだろう。
 夜の闇に乗じ、〈小馬速達便〉の配達夫に襲いかかる、黒衣の秘密集団。そんな不吉な、そしてエディパにとっても読者にとっても、『急使の悲劇』でニコロを殺した禍々しい暗殺者と結びつけずにはいられない存在を導入するにあたり、重ねられているイメージは、これなのである。
(重ねているのはトート氏だけだ、という見方は、小説の外にあるこのアニメを作中の彼がはっきり指示して内外の結びつきを作ってしまっている以上、成り立たないと思う。それに、じつはエディパもこのアニメは見たことがあった、と書いてあるのだ)
 ここから先を読むうえで、この「The Blow Out」のことも忘れずにおきたい。

…続き
2004/04/08

その102 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 トート氏の話が続いている。彼の祖父は〈小馬速達便〉の配達人で、インディアン殺しを好む困った人物だったが、ほかにも、黒い格好をした者たちと戦ったのだという。
 "Dressed all in black," Oedipa prompted him.
 "It was mixed in so with the Indians," he tried to remember, "the dream. The Indians who wore black feathers, the Indians who weren't Indians. My grandfather told me. The feathers were white, but those false Indians were supposed to burn bones and stir the boneblack with their feathers to get them black. It made them invisible in the night, because they came at night." (p73)

《「真っ黒なものを着ていたんですね」とエディパが誘導する。
「それがインディアンの話とこんがらがってしもうてのう」と、思い出そうとしながら「夢の話じゃが。黒い羽根をつけたインディアン、インディアンではなかったインディアンなんだのう。爺さんが話してくれたもんじゃ。頭につける羽根は白いんじゃが、にせのインディアンたちは骨を焼いてのう、その骨炭を羽根でかきまわして黒くするんじゃ。そうすると夜目には見えなくなる、彼らは夜に襲撃してくるんじゃから。」》p113/p127

 黒い格好、というだけでも即座に連想が働くのに、さらに「骨炭で羽根を黒くする」という。これは『急使の悲劇』で、悪役のアンジェロが殺した敵兵の骨炭をインクに加工して使っていたエピソードを思い起こさせる→その76。骨の炭は、さらにピアスの事業にまでつながる物品なのだ。
 その黒い格好をした者たちがインディアンでないならば、いったい何だったというのか? エディパが訊ねると、トート氏は自分の持ち物袋から「鈍い金色の認印指輪」を取り出して見せる。
"My grandfather cut this from the finger of one of them he killed. Can you imagine a 91-year-old man so brutal?" Oedipa stared. The device on the ring was once again the WASTE symbol. (p74)

《「爺さんがこいつを、殺した彼らの中の一人の指から切り取ったんじゃ。九十一歳の爺さんにそんなむごいことができると思いなさらんじゃろ?」。エディパは凝視した。指輪の模様はまたしてもWASTE印であった。》p114/p128

 トイレの壁の伝言→その48、コーテックスの落書き→その90に続いて、WASTE印の指輪ときた。そして、それは〈小馬速達便〉を襲った黒い偽インディアンの持物であった。
“郵便組織に敵対する、黒衣の集団"として、この3つが並ぶ。

(1)『急使の悲劇』の中で、大手郵便〈テュルーン、タクシス〉の格好をしたニコロを殺す、黒ずくめの暗殺者たち→その75
(2)運送会社〈ウェルズ、ファーゴ〉の郵便配達12人を虐殺した、黒衣の覆面強盗団→その98
(3)〈小馬速達便〉を襲撃する、黒い敵

(1)には「トライステロ」の名が与えられており、
(2)の残された手掛かりは頭文字「T」かもしれず、
(3)の指輪に刻まれたマーク(WASTE印)は、ふたつの落書きを通してすでにエディパの身辺に迫っている。

 いま、読者の感度はエディパと同調しているので、彼女の反応はよくわかる。「震えあがる」のだ。

…続き
2004/04/08

その101 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次

next day she drove out to Vesperhaven House, a home for senior citizens that Inverarity had put up around the time Yoyodyne came to San Narciso. In its front recreation room she found sunlight coming in it seemed through every window; (p72)

《次の日〈ヴェスパーヘイヴン養老院〉へ車で出かけた。この老人ホームはヨーヨーダイン社がサン・ナルシソ市に進出してきたころ、インヴェラリティが建てたものである。》p111/p125

 前回の引用部分から、改行もなく次の手掛かりへなだれ込む(本当はストップをかけたいがあとにしよう)。
 In its front recreation room she found sunlight coming in it seemed through every window; an old man nodding in front of a dim Leon Schlesinger cartoon show on the tube;

《建物の正面にある娯楽室に入ると、窓という窓から日の光が射し込んでいるように思われた。一人の老人が不鮮明なレオン・シュレジンガー漫画を放映しているテレビの前で居眠りしている。》

 この老人はトート氏(Mr Thoth)といって、まどろみから覚め切らない頭でエディパを相手に話をしてくれる。すごいことに、エディパは養老院に出向いただけで、手掛かりのほうから彼女のところにやって来るのである。
 すでにじゅうぶん年を取ったトート氏の話は、さらに時をさかのぼる、彼の祖父のことだった。
"[…] Oh, the stories that old man would tell. He rode for the Pony Express, back in the gold rush days. His horse was named Adolf, I remember that" (p73)

《「[…] いやあ、この爺さんが聞かせてくれる話ときたら。爺さんは小馬速達便[ポニー・エクスプレス]の配達夫じゃった。ゴールド・ラッシュのころのことじゃよ。爺さんの乗っておった馬の名前はアドルフというた。いまでもその名前は覚えておるんじゃ。」》p112/p126

 小馬速達便。また郵便だ。ここで読者の感じる「!」を、次の行でエディパはそのまま引き受ける。両者の気持はぴったり重なり、その彼女の感覚は、「その93」で見た“感度強化"(sensitized)という言葉で説明されている。
 Oedipa, sensitized, thinking of the bronze marker, smiled at him as granddaughterly as she knew how and asked, "Did he ever have to fight off desperados?"
 "That cruel old man," said Mr Thoth, "was an Indian killer. God, the saliva would come out in a string from his lip whenever he told about killing the Indians. He must have loved that part of it."

《エディパは感度が強化された状態で、青銅の記念碑のことを思い出しながら、できるかぎり孫娘ふうにほほえみかけ、「命知らずの悪者を退治するなんてことはなかったの?」
「むごい爺さんでのう」とトート氏は言った――「インディアン殺しじゃった。いやあ、インディアンたちを殺した話になると決まって口からよだれを流しおってのう。そこのところを話すのが、こたえられんかったんじゃ」》*太字は引用者

 念のため、《青銅の記念碑》は「その98」で見つけた史碑のことで、1853年に〈ウェルズ、ファーゴ社〉の郵便配達人が黒衣の集団に襲われて死んだ史実を伝えていたのだった。
 いま、また別の郵便組織・〈小馬配達便〉が登場し、そこで働いていた人間(トート氏の祖父)はインディアンだけでなく別のものとも戦った――というふうに話が続いていくのだが、それは次回にするとして、ここでは、上で引用していなかったトート氏の味わい深い台詞を訳文だけ書き写しておきたい。
《「こんにちは」とエディパは言った。
「夢を見ていたのかいな」とトート氏はエディパに言った――「わしの爺さんの夢じゃ。えらく年を取った爺さんでのう、少なく見積ってもいまのわしくらい、九十一じゃが、そのくらいにはなっておった。わしは子どものころ、爺さんは生まれたときから九十一歳だったんやと思っとった。このごろは、わしが」と笑い声を出して「生まれたときからずっと九十一歳だったような気がしとるよ」》

 Lot 49 を書いているとき、ピンチョンはまだ20代のはずだが、どうしてこんな台詞が書けたのかと読み返すたびに思う。

…続き
2004/04/07

その100 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 エディパはモーテルに帰り、ザップフ古書店で買った『ジェイムズ朝復讐劇』をざっとめくってみる。『急使の悲劇』の第四幕で、1回だけ「トライステロ」の語が発される部分→その77を探すと、鉛筆で「一六八七年版の異文参照」と書き込みがしてあった。
In a way, it cheered her. Another reading of that line might help light further the dark face of the word. (p72)

《それを見てエディパの気持はいくらか明るくなった。その行の異文を読んだら、この単語の不可解な表情に光を当てる助けとなるかもしれないからだ。》p110/p124

 探求する気は満々なのである。だから前回の「ためらい」が余計奇異に映るのだ。
『ジェイムズ朝復讐劇』についてはもっと様々なことが書いてあり、それがかえって、異文をめぐる話がごちゃごちゃしたものになっていくのを予告しているようだから、ここでメモしておく。

・収められたテキストは、出版年不明の二つ折り版からとられたものだと序文に書いてある
・しかし、序文を書いた人の署名はなく、誰が書いたかわからない
・このペーパーバックのもとであるハードカバーは、『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』という大学教科書で、カリフォルニア州バークレー市にあるレクターン出版社から出たもの(1957年刊)

 出版社がバークレーにあるのなら、直接自分で行ってみようとエディパは決める。というのは、この第4章のはじめでスタンリー・コーテックスから聞かされた〈ネファスティス・マシン〉、あの発明者であるジョン・ネファスティスもバークレーに住んでいるはず→その94だからである。会うつもりなのだ。
 やはり彼女のやる気は充分で、どうしてそういう気持になったのか、前回見た史碑の発見に至る流れが説明されている。
 She had caught sight of the histrical marker only because she'd gone back, deliberately, to Lake Inverarity one day, owing to this, what you might have to call, growing obsession, with "bringing something of herself" --- even if that something was just her presence --- to the scatter of business interests that had survived Inverarity. (p72)

《彼女が史碑を見つけたのは、思案のあげく、ある日インヴェラリティ湖にもう一度行ったからで、それは、何と言うか、妄想とでも言うべきもの――インヴェラリティの死後に残った、あちこちに散らばっている事業に対して「自分の一部を差し出す」(たとえその一部というのが、ただそこへ行ってみるだけのことであるにしても)という妄想――のせいであった。残った事業に秩序を与えよう、いくつかの星座を創ってみよう、と思ったのだ。》p111/p125

 自分の一部を差し出して、ピアスの死後に残った事業に秩序を与えよう、とは、あちこちに散らばった手掛かりを自分の手と脚と目と耳と鼻を使って収集し、そこにつながりを見出そう、ということだ。星座を創る。これは第4章の冒頭、「その89」で引用した部分の語り直しである。再掲する。
  For one thing, she read over the will more closely. If it was really Pierce's attempt to leave an organized something behind after his own annihilation, then it was part of her duty, wasn't it, to bestow life on what had persisted, to try to be what Driblette was, the dark machine in the center of the planetarium, to bring the estate into pulsing stelliferous Meaning, all in a soaring dome around her? (p64)

《とりあえずエディパは遺言状をもっと綿密に読み返してみた。みずからが消滅したのち何か組織化されたものを残すというのが本当にピアスの意図したことだとすれば、残存しているものに命を与えること、ドリブレットと同じようなものになろうとすること、プラネタリウムのまんなかの黒い機械になって、ピカピカと脈動する星座のような〈意味〉に遺産を変えてしまうこと、自分を包んでそびえるドームの中のあらゆるものを扱うことこそ自分の義務の一部ではないか。》p99/p111

 あのときも書いたことだが、まず手掛かりを集め、集まったものに自分で意味を充填しようと彼女は考えている。ピアスの残した事物は、それだけでは死んだモノにすぎないが、モノとモノとのあいだに線を引き、つながりを創ることでそれらは息を吹き返す。
〈意味〉というつながりは、「見つける」のではなく「創る」ものであること。あるいは、「見つける」とは「創る」であること。
 その過程をエディパはわかっている。しかしこの自覚は、自分の体を使って調査を続ける探求者当人が持つのには、果たしてふさわしい資質なのだろうか。

…続き
2004/04/07

その99 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 探求を始めたエディパは、どういうわけか、その最中に不思議な「ためらい」をおぼえて立ち止まる。しかもその「ためらい」は、「これから数多く経験する」ものだと書いてある。

 隠された何かがあるなら、それを知りたい。エディパは好奇心で動いている。しかし、史碑(まるで『急使の悲劇』のトライステロを思わせる黒衣の集団が実在したことを示す)や、ペーパーバック(『急使の悲劇』の台本、17世紀の戯曲を収めている)といった手掛かりが実際に集まってくると、なんだか都合がよすぎるようで、「誰かが私を騙しているのでは?」とあやしみ、質問をやめてしまう。
 このように考えれば自然なリアクションである気もするが、それに加えてもうひとつ、ここでは、“自分が探すことで何かがあるとわかってしまう、それがこわいから質問がためらわれる”、という気持も感じられる。
 いまの段階では予想もつかない何かをこれから発見してしまうのが漠然とおそろしい、と書いてしまえば単純なことである。しかしこのあたりで、「隠された何かがある → 自分が発見する」という順序から、「自分が探すせいで、何かがあることになる」という順序への転倒がエディパの中で起きているようだ。

“知りたい、だけど騙されたくはない”という警戒心と、“探したら、あることになってしまう”という恐怖心。ふたつの気持から、エディパはアクセルとブレーキを同時に踏んでしまう。
She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs. (p71)

《口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 そして何より見過ごせないのは、こうやって主人公が「探しながらも、とことん突き詰めるのはためらってしまう」反応をするよう持っていくことによって、小説の側では、「見つかった物事のあいだにつながりがあるのかどうかを登場人物にきちんと確認させるという作業をすっ飛ばしたまま、あたらしい事象を次々と作中に加えていく」ことが可能になっている、という点である。
 それがこちらの心を特別にざわつかせるのは、この部分を読み返すたびに、『急使の悲劇』の中盤以降、のちに「トライステロ」の名前を与えられる集団が劇の中で間接的に存在をほのめかされるようになったあたりで持ち込まれる、《新しい表現形態》のことを思い出すからだ→その71

 トライステロの名を「呼ばない」ためにドリブレットが導入した、あの演出上の工夫は《一種の儀式化された躊躇》(a kind of ritual reluctance)と説明されていた→その72
 劇の登場人物たちは、演出により「躊躇する」ことになっているので「トライステロ」と口にできない。それになぞらえていえば、小説の主人公エディパは、ある程度以上の質問(探求)を「ためらう」ことになっている。小説の中に出てくる芝居の登場人物と、小説の主人公との、あって当たり前だと思っていたちがいが見えなくなる。
 Lot 49 のこの手つきは、ほとんど魔法のように見える。こんな書き方って、ありなのか。

 エディパの“発見”はまだまだ続く。

…続き
2004/04/07

その98 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 次々にあたらしい事実が見つかる。
その57」で行ったファンゴーソ礁湖を再訪すると、湖の向こう岸に青銅の史碑が立っていた。こんな文が彫ってある。
On this site, it read, in 1853, a dozen Wells, Fargo men battled gallantly with a band of masked marauders in mysterious black uniforms. We owe this description to a post rider, the only witness to the massacre, who died shortly after. The only other clue was a cross, traced by one of the victims in the dust. To this day the identities of the slayers remain shrouded in mystery. (p71)

《「この地に於いて一八五三年ウェルズ、ファーゴ社の郵便配達人十二名は謎の黒衣の制服の覆面強盗団と勇敢に闘へり。斯く言ふはこの虐殺事件の唯一の目撃者たりし騎馬郵便配達人の言に依りてなれど、此の配達人、時を経ずして死せり。他に手掛かりとては、被害者の一人が地面に残せし十字の印のみ。今日に至るも虐殺人らが正体は杳として不明なり」》pp109-10/p123

ウェルズ、ファーゴ〉社は、1852年、ゴールドラッシュのアメリカ西部で作られた運送会社である。設立の翌年、その郵便配達人を黒衣の集団が襲ったという。
 地面に残された「十字の印」を、エディパは『急使の悲劇』で見た、ニコロ最期の台詞「T・t・t・t・t・・・・・・」ではないかと疑っている。ニコロも、郵便配達〈テュルーン、タクシス〉の格好をして、黒衣の集団に襲われ殺されたのだった→その75
 演出家ドリブレットに、この事件を知っていたのか確かめようと電話をかけるがつかまらない。そこでエディパは、彼が台本のもとになった本を見つけたと言っていた古本屋→その83に行ってみる。
 その古本屋、ザップフ古書店には、めあての『ジェイムズ朝復讐劇集』がちゃんとあって彼女を待っていた。
 "It's been very much in demand," Zapf told her. The skull on the cover watched them, through the dim light.
 Did he only mean Driblette? She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs.

《「ずいぶんと需要がありましてね」とザップフは彼女に言った。表紙に印刷された頭蓋骨が、薄暗い光のなかで彼らを見つめていた。このひとはドリブレットのことだけを言っているのかしら? 口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 ものすごいことを言っている。ドリブレットに「電話する」とか古本屋まで「足を運ぶ」のと、店主への「質問をやめる」のは、正反対の行動だ。探求を始め、手掛かりらしきものを集めている最中に、エディパは「ためらい」も始めるのである。
(これはさっきの「その83」で、ドリブレットからはじめてこの古本屋のことを聞いたときにも、「私をかついでいるんじゃない?」と強い疑いにとらえられたのと似た反応だ)

…続き
2004/04/07

その97 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》p109

 ここから急にLot 49 は加速する、のだが、その前にちょっとぐずぐずしておきたい。
 このような文章の運びであれば、エディパがコーテックスと会って話す → その後、ほかにも複数の啓示があって「一つのパターン」が出現したと感じられる → だから〈ザ・スコープ〉へ来ることにした、という順番になるはずだ。
 ファローピアンと話す前に啓示があった。ここに疑問の余地はないと思う。それなのに、続きを読んでいくと、どうもそうなっているようには見えない、という細かい抗議である。

《一つのパターンが出現しはじめ》る、とは、似た背景を持っているように感じられる事象がいくつもあらわれるということだろう。たしかにこれから続々と、《郵便物と、その配達方法にかかわっているらしい》事物が並べられていくことになる。
 でもそれらは、エディパがこの夜、ファローピアンと話したあとで次々に出遭うもののように書かれているのだ。次回から実地に見ていくけれども、そう受け取るほうが自然に見える、と、いま先に書いてみた。
 だとすると、上に引用した部分で地の文は、エディパがこれから実際にすすめる行動をあらかじめ整理して述べておくにあたり、先走って、そこに啓示のしるしを書き込んでしまったことになる。

 啓示のしるし、とは勿体ぶった言い方だったが、要は、具体的な出来事を並べるまえに「啓示」(revelation)という文字を先に出してしまったということで、これをまず脳内にスタンプされてから続きを読む読者は、このあと列挙される事物のあいだに、エディパと同様、「一つのパターン」を見出してしまう方向に読み方が誘導される。「啓示」という言葉が、読者を主人公に重ね合わせる役割を果たすのだ。
 その先取りのために小説の時系列に小さな混乱が生じていると見えるのだが、それはこのあとの急展開によって押し流されるようになっている。

 ただし、「啓示」という意味ありげな一語に思い切り寄りかかり、引用部の何気ない一節から懸命に意味を汲み出そうとしてしまうのは、大いに偏った姿勢ではある。実際に続きを読めばわかるように、ここで「ほかにもいくつかの revelations があった」というときの revelation は、むしろ「意外な発見」「新事実」くらいの意味で通用するはずのものだ。
 だが、さらにもういちど考え直すと、これまでも要所要所で連発されてきた revelation という言葉が、この小説に宗教的な気配をまとわせる鍵言葉となっている事実をここでだけ忘れたふりをするわけにもいかない。

 やはり revelation には、すでに大きな意味が込められてしまっている。そこに乗っかって、今後の展開が持つ意味を強引に予示するのが今回の引用部分であるだろう。
 つまり、この小説が revelation のほうへ大いに偏っている。

…続き
2004/04/07

その96 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 コーテックスが例のマーク(エディパは「WASTE印」と呼んでいる)を落書きしていた封筒は、話題にあがっていたジョン・ネファスティス当人から届いたものにちがいない。あるいは似た誰かから。彼女はそう決めつける。あのマークを共有する組織があるのだ。
Her suspicions got embellished by, of all people, Mike Fallopian of the Peter Pinguid Society. (p70)

《彼女が疑惑を濃くしたのは、何と、ピーター・ピングイッド協会のマイク・ファローピアンのせいであった。》p108

 そうか、of all peopleで「何と」になるのか、という翻訳上の納得がまずあるが、どうして「何と」なのかというと、ファローピアン自身が、ここに書いてある通り、1個の秘密組織のメンバーとして登場していた→その46からである。
 政府に対抗する一手段として、政府の独占事業である合衆国郵便ではない私設郵便を作り、通信を行うのがピーター・ピングイッド協会だった(ヨーヨーダイン社の社内便を使用。→その49)。そして、まさに酒場〈ザ・スコープ〉でそういう話を聞いている最中のことだったのだ、エディパがトイレの壁に「WASTE」の語と問題のマークを見つけたのは。
(いま、エディパがコーテックスのことをファローピアンと話し合っている場所も、やはり〈ザ・スコープ〉である)
"Sure this Koteks is part of some underground," he told her a few days later, "an underground of the unbalanced, possibly, […] "

《「そのコーテックスってのは何かの地下組織に入っているんだ」と彼は二、三日あと、彼女に言った――「ひょっとすると、精神不安定な人間の地下組織かもしれません。[…] 」》

 ファローピアンが語るには、幼いころから発明家の神話を聞かされて育った人間も、ヨーヨーダインのような大企業に入ると、特許も何もかも会社に奪われ、個人が無名化された状態におかれてしまう。そうなったらどうするか?
"Of course they stick together, they keep in touch. They can always tell when they come on another of their kind.[…] "

《「もちろん団結するんです、連絡を取り合うんです。いつだって自分と同じ仲間に出会えば、わかりますよ。[…] 」》p109

 蛇の道は蛇なのか、我田引水なのか、ファローピアンは自分のことを語っているようにも見える。団結と通信。自分たちがやっているのだから、コーテックスたちも同じことをやっている。これは無茶な推論に聞こえるが、エディパにとっては無茶どころではなく、重要な響きをもって伝わる。
She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》

 ここから急にLot 49 は加速する。

…続き
2004/04/07

その79 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 読むこと=書いてある内容を知ること、と考えると、当たり前だが、小説の読者は、ページが破り取られていたり汚れていたりするのでない限り、小説に書いてあることはぜんぶ知ることができる(理解できないことが書いてあっても、「理解できないことが書いてある」と知ることができる)。
 また、一人称はもちろん、三人称であっても、視点人物が固定されていればいるほど、小説に書かれることは限定されていくので、その視点人物が見聞きして知ること=読者が知ること、というイコールの状態に近づいていくはずである。
 でも、そのような場合はめったになく、視点は複数の人物に動いたり、俯瞰になったりするから、ひとりの登場人物は、たとえ主人公であっても、「小説を読んで読者が知れることぜんぶ」のうちの、一部分しか知っていない。ここから、主人公と読者の知識にズレが生まれる。
(主人公=いちばん登場シーンの多い人物、くらいの意味で使っています)

 作者の側としては、つまり、小説の側としては、「最初の1行からこの時点まででページの上に提示していることのぜんぶ」と、「ここまでで登場人物(おもに主人公)が知りえていること」とのバランスを調整しながら展開を組み立てていくのだろう。
 読者の側としては、「最初の1行からこの時点までを読んで知ったことのぜんぶ」と、「ここまでで登場人物が知っていること」のズレをもとに、緊張なり謎解きなり、この先の展開への暗示なりを受け取りながらページをめくっていくだろう。

 どうしても、主人公よりも読者のほうが知識が多くなる。エディパが「トライステロ」の名を聞くずっと前から、読者はそれを知っていた。
(逆に、たとえば、書かれていない主人公の過去など、「主人公は知っていて、読者は知らないこと」があるように思えるときもあるが、小説に書かれていなければ、そんな過去はないといまは考えるので、やはり読者のほうがよく知れる立場にいる・・・と言い切るのはさすがに無理があるだろうか)

 読者は、主人公の知らないことまで知りえて、今回のはじめに書いたように、“小説に書いてあることはぜんぶ知ることができる”。
 だが、読者の知りえること=小説に書いてあること、であるとしても、読者の知りえること=小説の知っていること、かというと、「まさか、そんなはずがない」ということになる。いや、なぜ当然のように「そんなはずがない」なのか。そもそも、小説の知っていることとは何のことか。

 いま、ここまでを読み返してみてわかるのは、この読書ノートが、Lot 49 という小説を、少しずつ擬人化する方向にもっていこうとしているということだ。擬人化というのが変ならば、「主人公」や「読者」に並ぶものとして、「小説」を対象化しようとしている。
 それが不自然なバイアスなのはまちがいないが、そのような偏った見方をすることでいっそう浮き上がってくるように思えるのが、前々回・前回と繰り返し引用した、『急使の悲劇』が終わりかけた部分で提示されるギャップである。

…続き
2004/04/07

その78 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次
 No hallowed skein of stars can ward, I trow,
 Who's once been set his tryst with Trystero.

Trystero. The word hung in the air as the act ended and all lights were for a moment cut; hung in the dark to puzzle Oedipa Maas, but not yet to exert the power over her it was to. (p58)

いかに聖なる星の桛といえども護れない――
 ひとたびトライステロとの出会いを定められた者の運命は

 トライステロ。その言葉は第四幕が終わり、すべての照明が一瞬消えたそのとき、宙に漂った。暗闇に漂ってエディパ・マースを当惑させたが、まだ後日にいたって発揮するほどの力をふるいはしなかった。》p90/p101

 ここでエディパははじめて「トライステロ」という言葉を聞いた。ただしLot 49 でこの語は初登場ではない。
 だってそもそもこの第3章は、冒頭でいきなりこの「トライステロ」という名前を作中に投げ入れて先の展開を強引に予告してしまい、まるで地の文というものの特権をひけらかすようにして小説に方向付けを与えていたのである。
 その力業については「その41」からしばらく書いた。あれは何度読んでも破格の冒頭だと思う。そのときの引用部分だけもういちど。
《Things then did not delay in turning curious. If one object behind her discovery of what she was to label the Tristero System or often only The Tristero (as if it might be something's secret title) were to bring to an end her encapsulation in her tower, then that night's infidelity with Metzger would logically be the starting point for it; logically. (p31)

《それ以後、事態は遅滞なく奇妙な方向へと発展することになった。エディパが〈トライステロ・システム〉あるいは、しばしば単に〈ザ・トライステロ〉と(まるで何かの秘密の暗号であるかのように)呼ぶようになるものを発見した背後に一つの目的があって、それが彼女の塔に幽閉されている状態に終止符を打つことであると想定するならば、あの夜のメツガーとの不倫こそ論理的にはその出発点になると言えよう――論理的には。》p51/p57

 第3章の始まりで押しつけられた「トライステロ」なる言葉を、読者はずっと気にしながら(それは何?)ページをめくっていくことになっていたわけだが、そうやって読み進める小説の主人公であるエディパその人がこの名前に出遭うのは、章の冒頭から27ページもあとになる、と「その43」で書いた。
 それが今回のあたま、『急使の悲劇』のラスト近くで、ジェンナーロという役名の人物がその「トライステロ」なる語を含んだ台詞を発するシーンのことだったのである。
 やっとだよ、というのが率直な感想だが、主人公がここではじめてこの言葉を知った、ということには何度でもおどろいておく意味があると思う。

 Lot 49 というこの小説の地の文は、エディパに寄り沿い探求を実況中継するようなそぶりを見せながら、時おり、このような抜け駆けを行うことで、“この地の文は、つまり小説は、登場人物より多くのことを知っている”という知識の差、越えられない壁を強調するのである。
 あるいは、こうもまとめられるか―― 登場人物は、地の文を読めない。

…続き
2004/04/07

その77 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続きは今回で終わる。

 死せるニコロの懐中で、手紙の文面が書き変わっていた。
 このありえない出来事に対するジェンナーロの感想は、むなしく殺された近衛兵の骨と、同じく、罪なくして殺されたニコロの血が混じり合って「奇跡」が生まれた、というものである。その場の全員が神を讃え、ニコロを哀悼する。
 しかし、ここで観客および読者の受け取りかたはふたつあるはずだ。

・本当に奇跡が起きた
・ニコロを殺した黒衣の集団が手紙を入れ換えた

 奇跡なら、説明はできない。少なくとも、このLot 49 が立脚している現実のレベルでは、奇跡に理由をつけることはできない(というか、作品の基盤になるレベルからは説明できない現象が「奇跡」である)。
 ここはLot 49 のなかでも物語内物語になっており、外枠のLot 49 と内側の『急使の悲劇』では現実の基盤にズレがある、という読み方は採りたくない。
 なんとなれば、何度か書いたように、Lot 49 という小説の中には「『『急使の悲劇』』という劇のあらすじを説明する地の文」のほかに『急使の悲劇』という劇は存在せず、劇を語るその地の文と、「ここまでの(そしてこれからの)エディパの探求を語る地の文」は同じもので、両者にレベルの差はない、と考えて読んでいるからである。こうやって繰り返し自分に言い聞かせる必要があるくらい、すぐに忘れそうになるけれども。

 話を戻して、もし黒衣の集団が細工をしたのなら、それはファッジオ側に真相を教え、彼らを利する行為だから、ニコロ殺しと矛盾するように見える。では何のためだ。
 そして、そんな入れ換え(アンジェロの罪の告発)ができるなら、黒衣の集団は相当な情報網と実行力を持った、おそろしい組織だということにもなるだろう。いったい何者なのか――と妄想したところで、劇中からたいへんな「引用」が来る。
[…]Gennaro ends on a note most desperate, probably for its original audience a real shock, because it names at last the name Angelo did not and Niccolo tried to:

 He that we last as Thurn and Taxis knew
 Now recks no load but the stiletto's Thorn,
 And Tacit lies the gold once-knotted horn.
 No hallowed skein of stars can ward, I trow,
 Who's once been set his tryst with Trystero.

Trystero. The word hung in the air as the act ended and all lights were for a moment cut; hung in the dark to puzzle Oedipa Maas, but not yet to exert the power over her it was to. (p58)

[…]ジェンナーロの最後の言葉の響きはひどく絶望的で、もともとの観客にとって真に衝撃的だったのではなかろうか。なぜならアンジェロが言わず、ニコロが言おうとして死んだ、その名をとうとう言うのだから。

 われらが最期にテュルーンとタクシスとして知っていた者は
 いまや短剣の尖端のほかに主を知らず
 黄金のひとつ輪の喇叭はただ沈黙[しじま]
 いかに聖なる星の桛[かせ]といえども護れない――
 ひとたびトライステロとの出会い[トライスト]を定められた者の運命[さだめ]

 トライステロ。その言葉は第四幕が終わり、すべての照明が一瞬消えたそのとき、宙に漂った。暗闇に漂ってエディパ・マースを当惑させたが、まだ後日にいたって発揮するほどの力をふるいはしなかった。》p90/p101

その72」や「その73」で見たように、あれだけもったいぶって観客からは(そして読者からも)隠されていたのに、ここで落雷のように「トライステロ」の名が登場する。そしてこの登場の仕方がまた曲者である。

…続き
2004/04/07

その76 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。

 次の幕で、ジェンナーロとその軍が湖に到着し、ニコロの死体が発見される
「語るも恐ろしい状態」の亡骸が身につけていた、血まみれの手紙をジェンナーロは読みあげる(ただしここでも、死体そのものは舞台に出てこない)。
 ニコロが運んでいたのはもちろん、スカムリアの悪人公爵アンジェロがジェンナーロに宛てて書いた、言い訳の手紙だったはずである→その69。ところが。
It is no longer the lying document Niccolo read us excerpts from at all, but now miraculousy a long confession by Angelo of all his crimes,[…] (p57)

《それはもはやニコロが一部を観客に読んで聞かせた嘘のかたまりではなく、いまや奇跡によって、アンジェロが自分の犯したあらゆる罪をながながと告白する文面になっている。》p89/p100

 なんと手紙の内容が変わっているのである。しかも手紙は続き――
[…]closing with the revelation of what really happened to the Lost Guard of Faggio. They were -- surprise -- every one massacred by Angelo and thrown in the lake. Later on their bones were fished up again and made into charcoal, and the charcoal into ink, which Angelo, having a dark sense of humor, used in all his subsequent communications with Faggio, the present document included. (p57)

《結びは、ファッジオの〈消えた近衛兵〉にほんとうは何が起こったのかを明らかにする。近衛兵たちは――意外や意外―― 一人残らずアンジェロに虐殺され、湖に捨てられたのだ。のちにその骨は回収されて炭にされ、その炭をインクにし、それをブラック・ユーモア精神の持主であるアンジェロは以後ファッジオとの文通のすべてに用い、現在の手紙も例外ではない。》p89/p100

 ひとつめの引用にあった《いまや奇跡によって》(now miraculousy)と、ふたつめにあった《意外や意外》(surprise)という語り口には、この展開を説明する地の文が、こちらをおちょくっているような気配さえある。
 それはともかく、思い返してみれば、(1)兵隊たちの死体が湖に捨てられて、(2)のちに骨が回収され、(3)骨は炭となって再利用される、という、いま芝居の終盤でようやく明らかになった一連の流れ、これがピアス・インヴェラリティの関わっていた人骨の問題と《気味の悪いほど似て》いると教えられたたがために、エディパはここへ観劇に来ていたのだった。やっとつながった
(→その58その59。まとめると、第二次大戦中にイタリアの湖に沈められたアメリカ兵の骨があり、それが引き揚げられて輸入され、煙草のフィルターになったり、人工湖の底で小道具になったり、という話だった)

…続き
2004/04/07

その75 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。

 ファッジオへ馬を走らせるニコロは、スカムリアとの境にある湖のそばまでやって来ている。ここはかつて、ファッジオの近衛兵が(おそらくはアンジェロの手によって)謎の失踪を遂げた当の場所だ→その68
 よせばいいのに馬から降りたニコロは、アンジェロがファッジオのジェンナーロに宛てて書き、いま自分が運んでいる当の手紙を取り出して読んでみる。
 それでようやく事態の急変を知った彼は、アンジェロの並べた嘘八百を観客に向かって朗読しながら、いま、ついに本物の王子たる自分が故国へ帰るのだ、と胸を熱くする。ところが。
Offstage there is a sound of footpads. Niccolo leaps to his feet, staring up one of the radial aisles, hand frozen on the hilt of his sword. He trembles and can not speak, only stutter, in what may be the shortest line ever written in blank verse: "T-t-t-t-t..." (pp56-7)

《舞台裏で賊のやってくる物音がする。ニコロは跳びあがって、放射状の通路の一つを凝視、手は剣の柄にかけたまま凍りついたようだ。体は震え、口がきけず、どもるだけだが、洩れ出てくる音は、恐らくこれまでに書かれた無韻詩のうちでもっとも短い行であろう――「T・t・t・t・t・・・・・・」というのだ。》p88/pp98-9

 さっきまでのもったいぶった遠回し表現(“儀式化された躊躇”)は何だったのか、と拍子抜けするくらいあっさりと、あやしい者たちが姿を現す。
 ただし、先の場面でだれも口にしなかった(だれもが口にすることを避けた)彼らの名前は、いまここでニコロの口からも、「T」という頭文字が示されただけだ。
As if breaking out of some dream's paralysis, he begins, each step an effort, to retreat. Suddenly, in lithe and terrible silence, with dancers' grace, three figures, long-limbed, effeminate, dressed in black tights, leoards and gloves, black silk hose pulled over their faces, come capering on stage and stop, gazing at him. Their faces behind the stockings are shadowy and deformed. They wait. The lights all go out. (p57)

《まるで夢か何かで体が痺れてしまったかのように、一歩また一歩と、ようやくのことで退きはじめる。ふいに、しなやかな恐るべき静けさで、ダンサーのように優雅に、三人の人影が長い手足で、女性的に、黒いタイツ、レオタード、手袋に黒い絹のストッキングを頭からかぶって、はねまわりながら登場し、動きをとめ、ニコロを凝視する。ストッキングに隠された顔は影に埋もれて歪んでいる。三人は待つ。照明がすべて消える。》p88/p99

 あやしすぎる。そして、垣間見えた彼らの姿はすぐに消えるから、ニコロにとっても、劇場の観客――エディパ――にとっても、そして読者にとっても、はっきり見えなかったという点ではみな同じなのかもしれない。
 じつは今回の引用部分の前に、はっきりこう書いてあった。
We also see Niccolo, in the scene following, for the last time. (p56)

《次の場でニコロも最期を迎える。》p87/p98

 これまで、何人かの人物に対する拷問は舞台上でしつこく演じられていたが→その66、この場面に限っては、思わせぶりな暗転で隠されてしまう。
 起きているのは、いちばんの善玉であるはずのニコロが殺されるという極めて直接的な出来事であるはずなのに、それを表現するやり方は、最も肝心なところをうやむやにするのである。「その70」で引用した、この芝居後半の演出を語るケレン味たっぷりな言葉が思い出される
《ある種のことどもは声に出して語られない》

《ある種の事件は舞台で上演されない》pp85-6/p96

…続き
2004/04/07

その74 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。

 場面はニコロにとっての敵(スカムリア)の宮廷から、味方の側(ファッジオ)に移っている。
 Back to Gennaro and his army. A spy arrives from Squamuglia to tell them Niccolo's on the way. Great rejoicing, in the midst of which Gennalo, who seldom converses, only orates, begs everybody remember that Niccolo is still riding under the Thurn and Taxis colors. The cheering stops. Again, as in Angelo's court, the curious chill creeps in. Everyone onstage (having clearly been directed to do so) becomes aware of a possibility. (p56)

《場面はジェンナーロとその軍隊に戻る。スカムリアからスパイが到着し、ニコロがこちらに向かっていると言う。大歓声が湧き起こるが、そのただなかで、演説する以外はめったに口を開くことのないジェンナーロが、ニコロはいまもテュルーン、タクシス家の旗のもとに駆けているのを忘れないようにと懇願する。歓声がやむ。ふたたびアンジェロの宮廷シーンのように奇妙な冷気が忍びこんでくる。舞台の全員が(あきらかにそのむね監督の指示を受けて)ある可能性を意識しはじめている。》p87/pp97-8

《ニコロはいまもテュルーン、タクシス家の旗のもとに駆けているのを忘れないようにと懇願する。歓声がやむ。》
 どうやら、ニコロの正体が相手にばれていることよりも、彼が大手郵便〈テュルーン、タクシス〉の格好に身を包んでいることのほうが危険であるらしい。
 つまり、騙されていたことに気付いて復讐に燃えるアンジェロは、「じつはファッジオの王子だった、あのニコロという男を殺せ」ではなく、「あのテュルーン、タクシスの郵便配達人であるニコロを殺せ」という命令を発したのじゃないかと考えられる。
〈テュルーン、タクシス家〉の敵、なる存在がいる。
《舞台の全員が[…] ある可能性を意識しはじめている。》という一文で劇中の皆が思い浮かべた「可能性」とは、そのことではないか。

 このへんから、芝居の進行はスピードを増す。あるいは“小説の地の文でなされる、芝居のあらすじ紹介“のスピードが増す、ということかもしれないが、読者にとって、このふたつは同じものだったと繰り返し書いておく。

 まず、アンジェロの宮廷に仕えながら、これまでたびたび策略を駆使してニコロを助けていた、裏切り者のエルコーレが殺される。
 そしてその次は、ニコロも殺されると書いてある。

…続き
2004/04/07

その73 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。
《公爵はわれわれに何も教えてくれない、あるいは教えてはいけないことになっているのだろう。ヴィットリオにどなり散らす言葉は、だれがニコロの跡を追って行かないかについては明白だ。自分の用心棒たちのことを面と向かって、くず、のろま、卑怯者とこきおろすのだから。しかし、それではだれが追って行くのか? ヴィットリオにはわかっている。宮廷の使用人たちはみなスカムリアの制服を着て歩きまわりながら〈意味をこめたまなざし〉を交わし、わかっているのだ。まったく大仕掛けの、内輪の冗談のようなもの。この時代の観客にはわかっていたのだ。アンジェロは知っている。が、言わない。近いところまでは言っても、明らかにはならない――》p86/pp96-7

 だれがニコロを追うのか、明言はされない。ニコロを追う組織の名前は出てこない。しかし、舞台上の人間は全員「わかっている」ことになっているし、当時の観客だって「わかっている」ことを当て込んでこの芝居は書かれている―― 平たく言えばそういうことだ。
 知りたい人間(現代の観客・エディパはここに含まれる)には知らされず、全体が《まったく大仕掛けの、内輪の冗談のようなもの》になっている。ここもおぼえておきたい。
 ではさて、だれがどうやってニコロを追うのか。

・アンジェロの部下で郵便を担当する部門
・大手の郵便組織〈テュルーン、タクシス〉

 このどちらでもない組織が、確かにあるはずなのだ。上述のように、劇中でははっきり語られないので、実際に発されたアンジェロの台詞からヒントを読み取っていくしかない。
《 あの覆面をつけたまま彼を墓に送ろう
 名誉ある名を簒奪しようとして果たせなかった者
 われらは彼の仮面劇を踊ろう、それが真実であるかのように
 遅滞なき復讐を誓って眠ることなき者どもの
 すばやい短剣をあつめよう
 心やさしきニコロが盗んだ名前のかすかなささやきを耳にして
 一瞬たりともひるむことのないように、恐ろしい、卑劣な
 言語に絶する破滅をもたらすために・・・・・・p86/p97

《あの覆面をつけたまま彼を墓に送ろう》というのは、〈テュルーン、タクシス〉の郵便配達員に変装しているニコロを、その覆面をかぶったまま殺してやろう、という意味だろう。ただしアンジェロが直接、手を下すのではない。
 4行め、《遅滞なき復讐を誓って眠ることなき者ども》というのが、だれも名前を口にしない、いわば暗殺者集団のことであるはずだ。
 次の部分にもヒントは続く。

…続き
2004/04/07

その72 ― ピンチョン Lot 49

競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。

 ここから芝居の雰囲気が変わってくる、という。
《そこはかとない冷気のようなもの、ある種の曖昧さが台詞の中に忍びこんでくる》p85/p96

 要は、台詞の性質が変わってくるということらしいのだが、その変化については具体的に書いてあった。書き方は具体的だが、内容は曖昧である。
《これまで、名前を名づけるのは文字どおりか、隠喩としておこなわれていた。しかし、いま、公爵が殺害の命令を下すに当たって、新しい表現形態が取って代わる。一種の儀式化された躊躇とでも呼ぶしかない表現形態である。ある種のことどもは声に出して語られないことが明示される。ある種の事件は舞台で上演されない。》pp85-6/p96*強調は引用者

「名づける」とは、それまで正体不明だった何ものかをその世界に定着させることだろう。もっと言えば、それまで存在していなかったものに安定した輪郭を与え、存在させる行為が「名づけ」である。名前が存在を生む。
 その「名づけ」が、劇中でここまでは《文字どおりか、隠喩としておこなわれていた》という。
 ここであげられている「文字どおり」と「隠喩」のふたつは、“さまざまな名づけ方”の代表例のふたつとしてであって、「文字どおりか、あるいは隠喩(換喩でも提喩でもなく)のどちらかだけによって」というふうに、方法を限定してほかのやり方を排除する含意はないと思う。
 というのは、いまの部分は「ここまでは、どのような方法にせよ、名づけは行なわれていた」という意味のはずだからで、それは続きを読めばわかることだ。

 それがこのあたりから先になると、「新しい表現形態」として「一種の儀式化された躊躇」が導入されるという。いったいどういうことかと思うが、さらに続きを読むと、「実際にあるもの、実際に起きたことに、名を与えるのが躊躇される」=「名づけが留保されるようになる」と、簡単に受け取ってよいようだ。

 何らかの、確かにある(いる)はずの対象への名づけが、行なわれなくなっていく。つまり、その確かにある(いる)はずの存在を劇中に定着させるのを意図的に避けたまま『急使の悲劇』は進むようになり、それをもって、その確かにある(いる)はずの存在を作中に定着させるのを意図的に避けたまま、Lot 49 は進むことになる。
「存在しているはずのものに名前が与えられない」ことになると、次に浮かぶのは「名前が与えられないせいで、存在しているはずのものの存在があやふやになる」事態である。
 どうしてそんなことをするのか? そして何より、そんなふうに存在が曖昧なままにされる対象、曖昧なまま存在する対象とは何なのか? という話に、もちろんなっていくだろう。

 それにしても、この変化のプロセスを語る地の文は、くだくだしく不穏な雰囲気をはらむばかりで、「それってどういうことなの?」という疑問の核心にズバリと答える書き方の正反対であり、まるでこのあたりの文章じたいが「一種の儀式化された躊躇」のもとで綴られているかのようである。
「一種の儀式化された躊躇」を説明する文章が「一種の儀式化された躊躇」をなぞっているのは当然のことだ――とまとめるとき、読む側でレベルの混同が起きていると思うのだが、おそらくこの小説も、こういう混同を燃料にして進んでいる様子がある。

その70」でも少し書いたように、『急使の悲劇』という芝居は、地の文による説明以外には小説の中でかたちを持たないのだから、芝居の持つ特徴について述べる文章が、その芝居と同じ特徴を帯びているというのは、ほとんど同語反復でしかない。
 それだからこそ、その「ほとんど」からわずかにはみ出して見える部分が、こちらを魅了してやまない。その部分とは、これから登場する、確実にこの芝居の登場人物であるはずの者たちなのだけれども。

…続き
2004/04/07

その71 ― ピンチョン Lot 49

The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


『急使の悲劇』あらすじの続き。

 詳しく見たい部分を、いちど丸ごと引用しておく。
 It is at about this point in the play, in fact, that things really get peculiar, and a gentle chill, an ambiguity, begins to creep in among the words. Herefore the naming of names has gone on either literally or as metaphor. But now, as the Duke gives his fatal command, a new mode of expression takes over. It can only be called a kind of ritual reluctance. Certain things, it is made clear, will not be spoken aloud; certain events will not be shown onstage; thought it is difficult to imagine, given the excesses of the preceding acts, what these things could possibly be. The Duke does not, perhaps may not, enlighten us. Screaming at Vittorio he is explicit enough about who shall not pursue Niccolo: his own bodyguard he discribes to their faces as vermin, zanies, poltroons. But who then wil the pursuers be? Vittorio knows: every flunky in the court, idling around in their Squamuglia livery and exchanging Significant Looks, knows. It is all a big in-joke. The audience of the time knew. Angelo knows, but doesn't say. As close as he comes does not illuminate:

 Let him that vizard keep unto his grave,
 That vain usurping of an honour'd name;
 We'll dance his masque as if it were the truth,
 Enlist the poniards swift of Those who, sworn
 To punctual vendetta never sleep,
 Lest at the palest whisper of the name
 Sweet Niccolo hath stol'n, one trice be lost
 In bringing down a fell and soulless doom
 Unutterable.... (pp55-6)

《じっさい、芝居のここからなのだ、何もかもほんとうに特異な色を帯びはじめ、そこはかとない冷気のようなもの、ある種の曖昧さが台詞の中に忍びこんでくるのは。これまで、名前を名づけるのは文字どおりか、隠喩としておこなわれていた。しかし、いま、公爵が殺害の命令を下すに当たって、新しい表現形態が取って代わる。一種の儀式化された躊躇とでも呼ぶしかない表現形態である。ある種のことどもは声に出して語られないことが明示される。ある種の事件は舞台で上演されない。もっとも、これまでの幕では過度な描写がつづいたので、いったいそんな部分が残っているのかと、想像するのがむずかしい。公爵はわれわれに何も教えてくれない、あるいは教えてはいけないことになっているのだろう。ヴィットリオにどなり散らす言葉は、だれがニコロの跡を追って行かないかについては明白だ。自分の用心棒たちのことを面と向かって、くず、のろま、卑怯者とこきおろすのだから。しかし、それではだれが追って行くのか? ヴィットリオにはわかっている。宮廷の使用人たちはみなスカムリアの制服を着て歩きまわりながら〈意味をこめたまなざし〉を交わし、わかっているのだ。まったく大仕掛けの、内輪の冗談のようなもの。この時代の観客にはわかっていたのだ。アンジェロは知っている。が、言わない。近いところまでは言っても、明らかにはならない――

 あの覆面をつけたまま彼を墓に送ろう
 名誉ある名を簒奪しようとして果たせなかった者
 われらは彼の仮面劇を踊ろう、それが真実であるかのように
 遅滞なき復讐を誓って眠ることなき者どもの
 すばやい短剣をあつめよう
 心やさしきニコロが盗んだ名前のかすかなささやきを耳にして
 一瞬たりともひるむことのないように、恐ろしい、卑劣な
 言語に絶する破滅をもたらすために・・・・・・pp85-6/pp96-7

 長すぎたので、少しずつ見ていくことにする。

…続き
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。