趣味は引用
その106 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 If she'd thought to check a couple lines back in the Wharfinger play, Oedipa might have made the next connection by herself. As it was she got an assist from one Genghis Cohen, who is the most eminent philatelist in the L.A. area. (p75)

《ウォーフィンガーのあの劇の中の二行を調べる気になっていたら、エディパは次の結びつきをひとりで見つけたかもしれない。が、実状はジンギス・コーエンという、ロス・アンジェルス地区では最高の切手収集家の援助を受けた。》pp115-6/p130

 例によってエディパを先回りする思わせぶりな地の文が、あたらしい人物を連れてくる。ジンギス・コーエン(Genghis Cohen)は、ピアスの膨大な切手コレクションを査定して目録にまとめるためにメツガーが雇った切手のプロである。だいぶ前の第3章冒頭近く、「その44」で引用した部分の直前に、こういう文章があった。
Much of the revelation was to come through the stamp collection Pierce had left (p31)

《啓示の多くはピアスの残した切手のコレクションを通じてやってくることになる》p51/p57

 やっぱり、地の文はいつでも主人公より先にいて、自由自在に“予告”をし、読者を翻弄する(そして主人公は“予告”に気付くことさえできない)。
 それはともかく、いまの原文が英語としてどれくらい自然なのか(不自然なのか)わからないが、「啓示」を唯一無二の絶対の真理のようなものとしては全然とらえていない感じが面白いとあらためて思う。

 もとい、ある雨の朝、問題のコレクションを預けてあるコーエンが電話をかけてきて、「切手に変わった点があるので、来ていただけませんか」。
 She was somehow sure, driving in on the slick freeway, that the "irregularities" would tie in with the word Trystero. […] now it came to her, as if the rain whispered it, that what Fallopian had not known about private carriers, Cohen might.

《エディパは滑らかな高速道路を疾走しながらも、なぜか「変わった点」というのがトライステロという単語に結びつくのだろうと思っていた。[…] いまは、ファローピアンが民間郵便配達組織について知らなかったことを、コーエンが知っているかもしれないという気持になっていた。まるで雨がそのことをそっと囁いてくれたかのようだ。》

 もはや書かれてもいないけれども、エディパの“感度強化"はますます進行中である。そして到着したコーエン宅の様子がまたすごい。
 When he opened the door of his apartment/office she saw him framed in a long succession or train of doorways, room after room receding in the general direction of Santa Monica, all soaked in rain-light. (pp75-6)

《コーエンがアパート兼事務所のドアを開いたとき、彼はいくつものドアが長く連続しているというか、長く行列になっているというか、ドアがいっぱい開いている、そのドア口の枠に囲まれて立っているのだった。部屋また部屋がほぼサンタ・モニカの方向につぎつぎ後退してつながっていて、すべてが雨の光に浸されている。》pp117-8/p131

 無限後退するミラーハウスのように見える部屋へと、エディパは足を踏み入れる。いったいだれが、こんなところで謎の答えに近づけると期待できるだろう。やりすぎといえばやりすぎなくらい、地の文は好き放題に書いている(「サンタ・モニカ」なんて、悪ノリで書いているようにしか見えない!)。
 こんな場所で、エディパはいよいよ巨大な手掛かりを示される。

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その105 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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〈テュルーン、タクシス〉。〈ウェルズ、ファーゴ〉。〈小馬速達便〉。みんな民間の郵便組織である。そのことごとくを、黒衣の集団が襲った記録がある。
 これはいったいどういうことか。黒衣の集団とは何者か。私設郵便の歴史に詳しいファローピアンは、しかし、はかばかしい答えをエディパに与えてはくれない。
 黒衣の集団について、ファローピアンもまだ正体をつかんではいなかった。史碑の存在は知っており、彫られている内容について役所に問い合わせの手紙を出しているが返事はない。予想では、いつか返事が来るとしても、せいぜい史料が届くのが関の山で、その史料も「古老の記憶では」程度の当てにならないものでしかないだろうと言っている。
"[…] There's no way to trace it, unless you want to follow up an accidental correlation, like you got from the old man."
 "You think it's really a correlation?" She thought of how tenuous it was, like a long white hair, over a century long. Two very old men. All these fatigued brain cells between herself and the truth. (p74)

《「[…] 追跡する方法なんて、ないんです、あなたが爺さんからお聞きになった話のように、偶然の相関関係を追跡するしかありません」
「ほんとうに相関関係があるとお思い?」 相関関係と言っても何とかぼそいものだろうか。一本の長い白髪のようなものではないか、一世紀以上にわたる白髪一本。二人の非常な老人。自分と真実のあいだの数知れぬ疲弊した脳細胞。》p115/p129

 またものすごいことを言っている。「偶然の相関関係(an accidental correlation)を追跡するしかありません」とは、また次の偶然の一致が出てくるまで待つほかにやれることはありません、ということだ。何事かを探求している人間に対して、これはアドバイスになっているのだろうか。

 そしてエディパは、そもそもの相関関係を疑っている。いくつかの「私設郵便組織&黒衣の集団」というペアには本当につながりがあるのかどうか。ここで彼女が気にしている「二人の非常な老人」は、〈小馬速達便〉の話をしてくれたトート氏と、実際に黒衣の集団と戦ってトート氏に体験談を語った彼の祖父のことである。手掛かりといっても、こんな老人の伝聞が信頼できるものなのか。
 ファローピアンは反体制の人だから、民営の郵便を圧殺しようとした黒衣の集団を、北部連邦政府の手先ではないかと考えている。何にせよ郵便組織との関係はありそうだ。だが、それ以上はファローピアンは乗ってこない。コーテックスが落書きし、トート氏の祖父が持っていた指輪にも刻まれていた「WASTE印」を見せても反応は薄い。
 "It was in the ladies' room, right here in The Scope, Mike."
 "Women," he only said. "Who can tell what goes on with them?" (p75)

《「婦人用トイレに書いてあったのよ、この〈ザ・スコープ〉のトイレよ、マイク」
「女たち」と彼は言っただけであった――「女たちってのは何を考えているものやら」》

 何も知らないようにも見えるし、知っていて隠しているようにも見える。しかしエディパがそれ以上問い詰める姿は書かれていない。ここでもまた、例の「ためらい」が働いたのかも知れない。

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その104 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

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 史碑を見つけ、トート氏から話を聞いて、それでエディパはファローピアンに会いに行くことにした――と書いてある。いつも〈ザ・スコープ〉という酒場で登場するファローピアンはアメリカの私設郵便について調べているから→その50、〈ウェルズ、ファーゴ〉社や〈小馬速達便〉の配達人を襲った黒衣の集団についても何か知っていそうに思われるからだ。
 その推論はもっともだし、たしかにこれからファローピアンがエディパに向かって喋るわけだが、ここでいちどストップして、「その97」でちょっと触れた、時間の乱れについて書いておく。

その96」で、ファローピアンがコーテックスの素性を勘ぐるやりとりがあった。その次に、そもそもエディパがどうしてその夜〈ザ・スコープ〉に来たのかという説明があり、それは「ほかにもいくつかの啓示」があって「郵便と、その配達方法」にかかわる「ひとつのパターン」が出現したからだと書いてあった(パターンというのは、「郵便配達&それを襲う黒衣の集団が、セットで出てくる」という“型”のことだろう)。
 ということは、小説に書いてある順序

(A) コーテックスに会う →(2、3日あとに)〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話 → 史碑を見つける → ザップフ古書店 →(次の日)養老院でトート氏と話す →〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話

となっており、〈ザ・スコープ〉でファローピアンと話す場面が2回ある。だが、実際に物事の起きた順序

コーテックスに会う→史碑を見つける → ザップフ古書店 →(次の日)養老院でトート氏と話す(ここまででコーテックスと会ってから2、3日)→〈ザ・スコープ〉でファローピアンと会話

であって、エディパはファローピアンと一度しか会っていない。(A)に出てくる1回めの〈ザ・スコープ〉のシーンは、2回めの〈ザ・スコープ〉を先取りして配置したものであり、そこから2、3日間を振り返るかたちで史碑~養老院までの出来事が語られて、そのあと〈ザ・スコープ〉に場面が戻ってきたところで時間の流れがもと通りになった、ということになりそうである。エディパの探求の動機づけや、啓示、パターンといった言葉のつじつまが合うように考えればそうなるはずだ。

 でも、読んでみた印象ではそうは思えないのである。

その96」で見た1回めの〈ザ・スコープ〉でのファローピアンと、これから見る2回めの〈ザ・スコープ〉でのファローピアンは、話す様子がまるでちがっている。それに1回めでは、ファローピアンはエディパについてきたメツガーと口論するが、2回めではメツガーがいない(少なくとも、描かれない)という違いもある。
 だから、じつは実際に物事の起きた順序も(A)と同じで、エディパは〈ザ・スコープ〉に2回行っている、ととったほうが、すんなり読めるのだ。
 ただし、よく読むと、(上のほうでも書いた通り)史碑やトート氏の話から「啓示」「パターン」を見出したという理由ができたからこそ、エディパは〈ザ・スコープ〉に行ったはずであり、この因果関係を動かすことはできない。すると時間の順序は整理できなくなる。
 これが「その97」で書いた、時間の混乱である。

 この食い違いをどう頭に収めるか。ここまで悩んでおきながら簡単に答えを出すと、それは、小説には小説に書いてある順序だけがあり、そこから実際に物事の起きた順序を再構成しようとするのが間違いだ、というものである。身も蓋もないが、こういうことはこれまでにも何度か書いていた(→その63 →その70)。

 もう少し具体的にいえば、エディパが〈ザ・スコープ〉に行ったのは、やはり最後のはずなのである。最後のはずなのだけれども、そのシーンは分裂して史碑~養老院の前にも配置されている。分裂しているから(同じ日なのに)ファローピアンの態度も、メツガーがいる/いないも、別になっている。おそらく、それでいいと思う。
 小説はそんなふうにも書かれうる。これをピンチョンの書き損じ、と読むのは、端的にもったいないと思う。急いで読むと読み流してしまうが、よくよく読むと時間が乱れていることに気付いて混乱する、そんなおかしな書き方を選んだ効果として、まずはこちらの頭が乱れるという点を挙げたい。これは案外、小さくない効果だと思うのだ。

 次回、ファローピアンの話になる。

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その103 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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 たしかに、手掛かりを探そうという自分の意志であちこちに足を運ぶことにしたつもりなのだが、予想を越える何かが出てきそうな予感にいきなり包まれてしまった――おそらくエディパはそんな気持でいる。
 She looked around, spooked at the sunlight pouring in all the windows, as if she had been trapped at the center of some intricate crystal, and said, "My God."
 "And I feel him, certain days, days of a certain temperature," said Mr. Thoth, "and barometric pressure. Did you know that? I feel him close to me."
 "Your grandfather?"
 "No, my God." (p74)

《エディパはあたりを見まわした。窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえた。まるで自分が入りくんだ形の水晶か何かのまんなかに入っている虫のような気がしたのである。「神さま」と言ってしまった。
「そうじゃ、感じるんじゃよ、一定の日になると、一定の温度の日」とトート氏は言った――「一定の気圧の日になると、のう。あんたにゃわかるかのう? 身近に感じるんじゃよ」
「お爺さんを?」
「いや、神さまじゃよ」》p114/pp128-9

 自分が「入りくんだ形の水晶か何か」にとらえられてしまっているような思いに襲われる、という書き方から連想されるのは、『急使の悲劇』の演出家ドリブレットのことだ。エディパは楽屋で彼を見た瞬間、目を囲む「皺の網目」に絡め取られていた→その82。再掲する。
She couldn't stop watching his eyes. They were bright black, surrounded by an incredible network of lines, like a laboratory maze for studying intelligence in tears. They seemed to know what she wanted, even if she didn't. (p60)

《彼の目から視線をそらすことができない。きらきらと黒く、そのまわりは信じられないほどの皺の網目だ。まるで涙の中に入っている情報を研究するための実験室の紛糾した装置の迷路のようだ。彼女が知らなくとも、彼女が知りたいと思っていることを知っているような目であった。》p93/pp104-5

 さかのぼって考えれば、あの「皺の網目」は、丘の上から見下ろした街並み→その18や、入り組んだ地図→その26といった、エディパにとって“自分には読み取れないが、何か秘密を隠しているにちがいない”ように見える、神聖文字の1バリエーションとして映っていたのだった。
 いま彼女は、それまで外から眺めていたつもりの迷路の中に、とつぜん自分が放り込まれているのではないか、と気付く。
 そこでとっさに口を突いて出る言葉が「神さま」という、今回の最初に引用した部分になるわけだが、前々回で引いた台詞に引き続き、ここのトート氏との会話の流れもすばらしいと思う。
 陽当たりのよい養老院で、ひがなテレビを見ているらしいネジの緩んできた老人の口を通し、手で触れられず目に見えない存在を、自分のそばにたしかに「感じるんじゃよ」と語らせる。
 それはトート氏にとっては穏やかな奇跡だろうが、その彼の話を聞いて、いま、やはり自分の手の届かない正体不明の存在を感じ始めたエディパのほうは、《窓という窓から射しこんでくる陽の光におびえ》ているのである。

 このトート氏について、前回までに書き落としていた点があった。それは彼が年季の入ったアニメ好きだということで、エディパとの会話でも、自分の見ていた夢と、古いアニメがごっちゃになっていた。
 黒い羽根をつけた偽インディアン、という重要な話をしていたときも、祖父から聞いた思い出話と、むかし見たアニメがまざってしまったと言っている。それは「ポーキー・ピッグ」という豚の男の子を主人公とするシリーズ中の1本で、“真っ黒な格好をしたアナーキスト"が出てくるとまで説明されているから、注釈書でも Pynchon Wiki でも、「The Blow Out(1936)という作品だと同定されていた。探してみるとyoutubeで見つかった。もともとは白黒だったんだろうが、これである。




 さて、どうだろう。
 夜の闇に乗じ、〈小馬速達便〉の配達夫に襲いかかる、黒衣の秘密集団。そんな不吉な、そしてエディパにとっても読者にとっても、『急使の悲劇』でニコロを殺した禍々しい暗殺者と結びつけずにはいられない存在を導入するにあたり、重ねられているイメージは、これなのである。
(重ねているのはトート氏だけだ、という見方は、小説の外にあるこのアニメを作中の彼がはっきり指示して内外の結びつきを作ってしまっている以上、成り立たないと思う。それに、じつはエディパもこのアニメは見たことがあった、と書いてあるのだ)
 ここから先を読むうえで、この「The Blow Out」のことも忘れずにおきたい。

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その102 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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 トート氏の話が続いている。彼の祖父は〈小馬速達便〉の配達人で、インディアン殺しを好む困った人物だったが、ほかにも、黒い格好をした者たちと戦ったのだという。
 "Dressed all in black," Oedipa prompted him.
 "It was mixed in so with the Indians," he tried to remember, "the dream. The Indians who wore black feathers, the Indians who weren't Indians. My grandfather told me. The feathers were white, but those false Indians were supposed to burn bones and stir the boneblack with their feathers to get them black. It made them invisible in the night, because they came at night." (p73)

《「真っ黒なものを着ていたんですね」とエディパが誘導する。
「それがインディアンの話とこんがらがってしもうてのう」と、思い出そうとしながら「夢の話じゃが。黒い羽根をつけたインディアン、インディアンではなかったインディアンなんだのう。爺さんが話してくれたもんじゃ。頭につける羽根は白いんじゃが、にせのインディアンたちは骨を焼いてのう、その骨炭を羽根でかきまわして黒くするんじゃ。そうすると夜目には見えなくなる、彼らは夜に襲撃してくるんじゃから。」》p113/p127

 黒い格好、というだけでも即座に連想が働くのに、さらに「骨炭で羽根を黒くする」という。これは『急使の悲劇』で、悪役のアンジェロが殺した敵兵の骨炭をインクに加工して使っていたエピソードを思い起こさせる→その76。骨の炭は、さらにピアスの事業にまでつながる物品なのだ。
 その黒い格好をした者たちがインディアンでないならば、いったい何だったというのか? エディパが訊ねると、トート氏は自分の持ち物袋から「鈍い金色の認印指輪」を取り出して見せる。
"My grandfather cut this from the finger of one of them he killed. Can you imagine a 91-year-old man so brutal?" Oedipa stared. The device on the ring was once again the WASTE symbol. (p74)

《「爺さんがこいつを、殺した彼らの中の一人の指から切り取ったんじゃ。九十一歳の爺さんにそんなむごいことができると思いなさらんじゃろ?」。エディパは凝視した。指輪の模様はまたしてもWASTE印であった。》p114/p128

 トイレの壁の伝言→その48、コーテックスの落書き→その90に続いて、WASTE印の指輪ときた。そして、それは〈小馬速達便〉を襲った黒い偽インディアンの持物であった。
“郵便組織に敵対する、黒衣の集団"として、この3つが並ぶ。

(1)『急使の悲劇』の中で、大手郵便〈テュルーン、タクシス〉の格好をしたニコロを殺す、黒ずくめの暗殺者たち→その75
(2)運送会社〈ウェルズ、ファーゴ〉の郵便配達12人を虐殺した、黒衣の覆面強盗団→その98
(3)〈小馬速達便〉を襲撃する、黒い敵

(1)には「トライステロ」の名が与えられており、
(2)の残された手掛かりは頭文字「T」かもしれず、
(3)の指輪に刻まれたマーク(WASTE印)は、ふたつの落書きを通してすでにエディパの身辺に迫っている。

 いま、読者の感度はエディパと同調しているので、彼女の反応はよくわかる。「震えあがる」のだ。

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その101 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次

next day she drove out to Vesperhaven House, a home for senior citizens that Inverarity had put up around the time Yoyodyne came to San Narciso. In its front recreation room she found sunlight coming in it seemed through every window; (p72)

《次の日〈ヴェスパーヘイヴン養老院〉へ車で出かけた。この老人ホームはヨーヨーダイン社がサン・ナルシソ市に進出してきたころ、インヴェラリティが建てたものである。》p111/p125

 前回の引用部分から、改行もなく次の手掛かりへなだれ込む(本当はストップをかけたいがあとにしよう)。
 In its front recreation room she found sunlight coming in it seemed through every window; an old man nodding in front of a dim Leon Schlesinger cartoon show on the tube;

《建物の正面にある娯楽室に入ると、窓という窓から日の光が射し込んでいるように思われた。一人の老人が不鮮明なレオン・シュレジンガー漫画を放映しているテレビの前で居眠りしている。》

 この老人はトート氏(Mr Thoth)といって、まどろみから覚め切らない頭でエディパを相手に話をしてくれる。すごいことに、エディパは養老院に出向いただけで、手掛かりのほうから彼女のところにやって来るのである。
 すでにじゅうぶん年を取ったトート氏の話は、さらに時をさかのぼる、彼の祖父のことだった。
"[…] Oh, the stories that old man would tell. He rode for the Pony Express, back in the gold rush days. His horse was named Adolf, I remember that" (p73)

《「[…] いやあ、この爺さんが聞かせてくれる話ときたら。爺さんは小馬速達便[ポニー・エクスプレス]の配達夫じゃった。ゴールド・ラッシュのころのことじゃよ。爺さんの乗っておった馬の名前はアドルフというた。いまでもその名前は覚えておるんじゃ。」》p112/p126

 小馬速達便。また郵便だ。ここで読者の感じる「!」を、次の行でエディパはそのまま引き受ける。両者の気持はぴったり重なり、その彼女の感覚は、「その93」で見た“感度強化"(sensitized)という言葉で説明されている。
 Oedipa, sensitized, thinking of the bronze marker, smiled at him as granddaughterly as she knew how and asked, "Did he ever have to fight off desperados?"
 "That cruel old man," said Mr Thoth, "was an Indian killer. God, the saliva would come out in a string from his lip whenever he told about killing the Indians. He must have loved that part of it."

《エディパは感度が強化された状態で、青銅の記念碑のことを思い出しながら、できるかぎり孫娘ふうにほほえみかけ、「命知らずの悪者を退治するなんてことはなかったの?」
「むごい爺さんでのう」とトート氏は言った――「インディアン殺しじゃった。いやあ、インディアンたちを殺した話になると決まって口からよだれを流しおってのう。そこのところを話すのが、こたえられんかったんじゃ」》*太字は引用者

 念のため、《青銅の記念碑》は「その98」で見つけた史碑のことで、1853年に〈ウェルズ、ファーゴ社〉の郵便配達人が黒衣の集団に襲われて死んだ史実を伝えていたのだった。
 いま、また別の郵便組織・〈小馬配達便〉が登場し、そこで働いていた人間(トート氏の祖父)はインディアンだけでなく別のものとも戦った――というふうに話が続いていくのだが、それは次回にするとして、ここでは、上で引用していなかったトート氏の味わい深い台詞を訳文だけ書き写しておきたい。
《「こんにちは」とエディパは言った。
「夢を見ていたのかいな」とトート氏はエディパに言った――「わしの爺さんの夢じゃ。えらく年を取った爺さんでのう、少なく見積ってもいまのわしくらい、九十一じゃが、そのくらいにはなっておった。わしは子どものころ、爺さんは生まれたときから九十一歳だったんやと思っとった。このごろは、わしが」と笑い声を出して「生まれたときからずっと九十一歳だったような気がしとるよ」》

 Lot 49 を書いているとき、ピンチョンはまだ20代のはずだが、どうしてこんな台詞が書けたのかと読み返すたびに思う。

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その100 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 エディパはモーテルに帰り、ザップフ古書店で買った『ジェイムズ朝復讐劇』をざっとめくってみる。『急使の悲劇』の第四幕で、1回だけ「トライステロ」の語が発される部分→その77を探すと、鉛筆で「一六八七年版の異文参照」と書き込みがしてあった。
In a way, it cheered her. Another reading of that line might help light further the dark face of the word. (p72)

《それを見てエディパの気持はいくらか明るくなった。その行の異文を読んだら、この単語の不可解な表情に光を当てる助けとなるかもしれないからだ。》p110/p124

 探求する気は満々なのである。だから前回の「ためらい」が余計奇異に映るのだ。
『ジェイムズ朝復讐劇』についてはもっと様々なことが書いてあり、それがかえって、異文をめぐる話がごちゃごちゃしたものになっていくのを予告しているようだから、ここでメモしておく。

・収められたテキストは、出版年不明の二つ折り版からとられたものだと序文に書いてある
・しかし、序文を書いた人の署名はなく、誰が書いたかわからない
・このペーパーバックのもとであるハードカバーは、『フォード、ウェブスター、ターナー、ウォーフィンガー戯曲集』という大学教科書で、カリフォルニア州バークレー市にあるレクターン出版社から出たもの(1957年刊)

 出版社がバークレーにあるのなら、直接自分で行ってみようとエディパは決める。というのは、この第4章のはじめでスタンリー・コーテックスから聞かされた〈ネファスティス・マシン〉、あの発明者であるジョン・ネファスティスもバークレーに住んでいるはず→その94だからである。会うつもりなのだ。
 やはり彼女のやる気は充分で、どうしてそういう気持になったのか、前回見た史碑の発見に至る流れが説明されている。
 She had caught sight of the histrical marker only because she'd gone back, deliberately, to Lake Inverarity one day, owing to this, what you might have to call, growing obsession, with "bringing something of herself" --- even if that something was just her presence --- to the scatter of business interests that had survived Inverarity. (p72)

《彼女が史碑を見つけたのは、思案のあげく、ある日インヴェラリティ湖にもう一度行ったからで、それは、何と言うか、妄想とでも言うべきもの――インヴェラリティの死後に残った、あちこちに散らばっている事業に対して「自分の一部を差し出す」(たとえその一部というのが、ただそこへ行ってみるだけのことであるにしても)という妄想――のせいであった。残った事業に秩序を与えよう、いくつかの星座を創ってみよう、と思ったのだ。》p111/p125

 自分の一部を差し出して、ピアスの死後に残った事業に秩序を与えよう、とは、あちこちに散らばった手掛かりを自分の手と脚と目と耳と鼻を使って収集し、そこにつながりを見出そう、ということだ。星座を創る。これは第4章の冒頭、「その89」で引用した部分の語り直しである。再掲する。
  For one thing, she read over the will more closely. If it was really Pierce's attempt to leave an organized something behind after his own annihilation, then it was part of her duty, wasn't it, to bestow life on what had persisted, to try to be what Driblette was, the dark machine in the center of the planetarium, to bring the estate into pulsing stelliferous Meaning, all in a soaring dome around her? (p64)

《とりあえずエディパは遺言状をもっと綿密に読み返してみた。みずからが消滅したのち何か組織化されたものを残すというのが本当にピアスの意図したことだとすれば、残存しているものに命を与えること、ドリブレットと同じようなものになろうとすること、プラネタリウムのまんなかの黒い機械になって、ピカピカと脈動する星座のような〈意味〉に遺産を変えてしまうこと、自分を包んでそびえるドームの中のあらゆるものを扱うことこそ自分の義務の一部ではないか。》p99/p111

 あのときも書いたことだが、まず手掛かりを集め、集まったものに自分で意味を充填しようと彼女は考えている。ピアスの残した事物は、それだけでは死んだモノにすぎないが、モノとモノとのあいだに線を引き、つながりを創ることでそれらは息を吹き返す。
〈意味〉というつながりは、「見つける」のではなく「創る」ものであること。あるいは、「見つける」とは「創る」であること。
 その過程をエディパはわかっている。しかしこの自覚は、自分の体を使って調査を続ける探求者当人が持つのには、果たしてふさわしい資質なのだろうか。

…続き
その99 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 探求を始めたエディパは、どういうわけか、その最中に不思議な「ためらい」をおぼえて立ち止まる。しかもその「ためらい」は、「これから数多く経験する」ものだと書いてある。

 隠された何かがあるなら、それを知りたい。エディパは好奇心で動いている。しかし、史碑(まるで『急使の悲劇』のトライステロを思わせる黒衣の集団が実在したことを示す)や、ペーパーバック(『急使の悲劇』の台本、17世紀の戯曲を収めている)といった手掛かりが実際に集まってくると、なんだか都合がよすぎるようで、「誰かが私を騙しているのでは?」とあやしみ、質問をやめてしまう。
 このように考えれば自然なリアクションである気もするが、それに加えてもうひとつ、ここでは、“自分が探すことで何かがあるとわかってしまう、それがこわいから質問がためらわれる”、という気持も感じられる。
 いまの段階では予想もつかない何かをこれから発見してしまうのが漠然とおそろしい、と書いてしまえば単純なことである。しかしこのあたりで、「隠された何かがある → 自分が発見する」という順序から、「自分が探すせいで、何かがあることになる」という順序への転倒がエディパの中で起きているようだ。

“知りたい、だけど騙されたくはない”という警戒心と、“探したら、あることになってしまう”という恐怖心。ふたつの気持から、エディパはアクセルとブレーキを同時に踏んでしまう。
She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs. (p71)

《口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 そして何より見過ごせないのは、こうやって主人公が「探しながらも、とことん突き詰めるのはためらってしまう」反応をするよう持っていくことによって、小説の側では、「見つかった物事のあいだにつながりがあるのかどうかを登場人物にきちんと確認させるという作業をすっ飛ばしたまま、あたらしい事象を次々と作中に加えていく」ことが可能になっている、という点である。
 それがこちらの心を特別にざわつかせるのは、この部分を読み返すたびに、『急使の悲劇』の中盤以降、のちに「トライステロ」の名前を与えられる集団が劇の中で間接的に存在をほのめかされるようになったあたりで持ち込まれる、《新しい表現形態》のことを思い出すからだ→その71

 トライステロの名を「呼ばない」ためにドリブレットが導入した、あの演出上の工夫は《一種の儀式化された躊躇》(a kind of ritual reluctance)と説明されていた→その72
 劇の登場人物たちは、演出により「躊躇する」ことになっているので「トライステロ」と口にできない。それになぞらえていえば、小説の主人公エディパは、ある程度以上の質問(探求)を「ためらう」ことになっている。小説の中に出てくる芝居の登場人物と、小説の主人公との、あって当たり前だと思っていたちがいが見えなくなる。
 Lot 49 のこの手つきは、ほとんど魔法のように見える。こんな書き方って、ありなのか。

 エディパの“発見”はまだまだ続く。

…続き
その98 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 次々にあたらしい事実が見つかる。
その57」で行ったファンゴーソ礁湖を再訪すると、湖の向こう岸に青銅の史碑が立っていた。こんな文が彫ってある。
On this site, it read, in 1853, a dozen Wells, Fargo men battled gallantly with a band of masked marauders in mysterious black uniforms. We owe this description to a post rider, the only witness to the massacre, who died shortly after. The only other clue was a cross, traced by one of the victims in the dust. To this day the identities of the slayers remain shrouded in mystery. (p71)

《「この地に於いて一八五三年ウェルズ、ファーゴ社の郵便配達人十二名は謎の黒衣の制服の覆面強盗団と勇敢に闘へり。斯く言ふはこの虐殺事件の唯一の目撃者たりし騎馬郵便配達人の言に依りてなれど、此の配達人、時を経ずして死せり。他に手掛かりとては、被害者の一人が地面に残せし十字の印のみ。今日に至るも虐殺人らが正体は杳として不明なり」》pp109-10/p123

ウェルズ、ファーゴ〉社は、1852年、ゴールドラッシュのアメリカ西部で作られた運送会社である。設立の翌年、その郵便配達人を黒衣の集団が襲ったという。
 地面に残された「十字の印」を、エディパは『急使の悲劇』で見た、ニコロ最期の台詞「T・t・t・t・t・・・・・・」ではないかと疑っている。ニコロも、郵便配達〈テュルーン、タクシス〉の格好をして、黒衣の集団に襲われ殺されたのだった→その75
 演出家ドリブレットに、この事件を知っていたのか確かめようと電話をかけるがつかまらない。そこでエディパは、彼が台本のもとになった本を見つけたと言っていた古本屋→その83に行ってみる。
 その古本屋、ザップフ古書店には、めあての『ジェイムズ朝復讐劇集』がちゃんとあって彼女を待っていた。
 "It's been very much in demand," Zapf told her. The skull on the cover watched them, through the dim light.
 Did he only mean Driblette? She opened her mouth to ask, but didn't. It was to be the first of many demurs.

《「ずいぶんと需要がありましてね」とザップフは彼女に言った。表紙に印刷された頭蓋骨が、薄暗い光のなかで彼らを見つめていた。このひとはドリブレットのことだけを言っているのかしら? 口を開いて、そうきこうとして、やめた。それは、これから経験することになる、数多くのためらいの最初のものであった。》p110/p124

 ものすごいことを言っている。ドリブレットに「電話する」とか古本屋まで「足を運ぶ」のと、店主への「質問をやめる」のは、正反対の行動だ。探求を始め、手掛かりらしきものを集めている最中に、エディパは「ためらい」も始めるのである。
(これはさっきの「その83」で、ドリブレットからはじめてこの古本屋のことを聞いたときにも、「私をかついでいるんじゃない?」と強い疑いにとらえられたのと似た反応だ)

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その97 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次

She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》p109

 ここから急にLot 49 は加速する、のだが、その前にちょっとぐずぐずしておきたい。
 このような文章の運びであれば、エディパがコーテックスと会って話す → その後、ほかにも複数の啓示があって「一つのパターン」が出現したと感じられる → だから〈ザ・スコープ〉へ来ることにした、という順番になるはずだ。
 ファローピアンと話す前に啓示があった。ここに疑問の余地はないと思う。それなのに、続きを読んでいくと、どうもそうなっているようには見えない、という細かい抗議である。

《一つのパターンが出現しはじめ》る、とは、似た背景を持っているように感じられる事象がいくつもあらわれるということだろう。たしかにこれから続々と、《郵便物と、その配達方法にかかわっているらしい》事物が並べられていくことになる。
 でもそれらは、エディパがこの夜、ファローピアンと話したあとで次々に出遭うもののように書かれているのだ。次回から実地に見ていくけれども、そう受け取るほうが自然に見える、と、いま先に書いてみた。
 だとすると、上に引用した部分で地の文は、エディパがこれから実際にすすめる行動をあらかじめ整理して述べておくにあたり、先走って、そこに啓示のしるしを書き込んでしまったことになる。

 啓示のしるし、とは勿体ぶった言い方だったが、要は、具体的な出来事を並べるまえに「啓示」(revelation)という文字を先に出してしまったということで、これをまず脳内にスタンプされてから続きを読む読者は、このあと列挙される事物のあいだに、エディパと同様、「一つのパターン」を見出してしまう方向に読み方が誘導される。「啓示」という言葉が、読者を主人公に重ね合わせる役割を果たすのだ。
 その先取りのために小説の時系列に小さな混乱が生じていると見えるのだが、それはこのあとの急展開によって押し流されるようになっている。

 ただし、「啓示」という意味ありげな一語に思い切り寄りかかり、引用部の何気ない一節から懸命に意味を汲み出そうとしてしまうのは、大いに偏った姿勢ではある。実際に続きを読めばわかるように、ここで「ほかにもいくつかの revelations があった」というときの revelation は、むしろ「意外な発見」「新事実」くらいの意味で通用するはずのものだ。
 だが、さらにもういちど考え直すと、これまでも要所要所で連発されてきた revelation という言葉が、この小説に宗教的な気配をまとわせる鍵言葉となっている事実をここでだけ忘れたふりをするわけにもいかない。

 やはり revelation には、すでに大きな意味が込められてしまっている。そこに乗っかって、今後の展開が持つ意味を強引に予示するのが今回の引用部分であるだろう。
 つまり、この小説が revelation のほうへ大いに偏っている。

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その96 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


 コーテックスが例のマーク(エディパは「WASTE印」と呼んでいる)を落書きしていた封筒は、話題にあがっていたジョン・ネファスティス当人から届いたものにちがいない。あるいは似た誰かから。彼女はそう決めつける。あのマークを共有する組織があるのだ。
Her suspicions got embellished by, of all people, Mike Fallopian of the Peter Pinguid Society. (p70)

《彼女が疑惑を濃くしたのは、何と、ピーター・ピングイッド協会のマイク・ファローピアンのせいであった。》p108

 そうか、of all peopleで「何と」になるのか、という翻訳上の納得がまずあるが、どうして「何と」なのかというと、ファローピアン自身が、ここに書いてある通り、1個の秘密組織のメンバーとして登場していた→その46からである。
 政府に対抗する一手段として、政府の独占事業である合衆国郵便ではない私設郵便を作り、通信を行うのがピーター・ピングイッド協会だった(ヨーヨーダイン社の社内便を使用。→その49)。そして、まさに酒場〈ザ・スコープ〉でそういう話を聞いている最中のことだったのだ、エディパがトイレの壁に「WASTE」の語と問題のマークを見つけたのは。
(いま、エディパがコーテックスのことをファローピアンと話し合っている場所も、やはり〈ザ・スコープ〉である)
"Sure this Koteks is part of some underground," he told her a few days later, "an underground of the unbalanced, possibly, […] "

《「そのコーテックスってのは何かの地下組織に入っているんだ」と彼は二、三日あと、彼女に言った――「ひょっとすると、精神不安定な人間の地下組織かもしれません。[…] 」》

 ファローピアンが語るには、幼いころから発明家の神話を聞かされて育った人間も、ヨーヨーダインのような大企業に入ると、特許も何もかも会社に奪われ、個人が無名化された状態におかれてしまう。そうなったらどうするか?
"Of course they stick together, they keep in touch. They can always tell when they come on another of their kind.[…] "

《「もちろん団結するんです、連絡を取り合うんです。いつだって自分と同じ仲間に出会えば、わかりますよ。[…] 」》p109

 蛇の道は蛇なのか、我田引水なのか、ファローピアンは自分のことを語っているようにも見える。団結と通信。自分たちがやっているのだから、コーテックスたちも同じことをやっている。これは無茶な推論に聞こえるが、エディパにとっては無茶どころではなく、重要な響きをもって伝わる。
She'd decided to come tonight to The Scope not only because of the encounter with Stanley Koteks, but also because of other revelations; because it seemed that a pattern was beginning to emerge, having to do with the mail and how it was delivered. (p71)

《エディパが今晩〈ザ・スコープ〉へ来ることにしたのは、スタンレー・コーテックスに会ったからというだけではなく、ほかにもいくつかの啓示があったからだ。つまり一つのパターンが出現しはじめ、それが郵便物と、その配達方法にかかわっているらしいのである。》

 ここから急にLot 49 は加速する。

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その95 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 ジョン・ネファスティスの連絡先をめぐる、エディパとコーテックスの会話の続き。
 She took a chance: "Then the WASTE address isn't good any more." But she'd pronouced it like a word, waste. His face congealed, a mask of distrust. "It's W.A.S.T.E., lady," he told her, "an acronym, not 'waste,' and we had best not go into it any further." (pp69-70)

《エディパは思い切って言う――「じゃWASTEの宛名ではだめなのね」。しかし彼女はそれを一語のように「ウェイスト」と発音してしまった。彼の顔がこわばり、不信の表情だ。「ダブルユー・エー・エス・ティー・イーだよ、奥さん」と彼は言った――「頭文字の組み合わせだよ、『ウェイスト』じゃないよ、こんな話はこれ以上深入りしないでおこう」》pp107-8/p121

 復習する。
 エディパは、少し前にヨーヨーダイン社近くの酒場〈ザ・スコープ〉で、トイレの壁に謎のマークとメッセージ(“カービーにご連絡を。ただしWASTEを通じて。”)を見ていた→その48。いま、社内でそれと同じマークを封筒に描いていたのがこのコーテックスである。
 彼がエディパに気を許し、〈ネファスティス・マシン〉のことを大いに語ってくれたのは、最初に“カービー”の名を出したおかげだっただろう。「その90」の時点ではわからなかったが、コーテックスはあのとき彼女を“通じる人間”だと誤解したのだ。
 ところが、前回見たように、「私書箱五七三」がエディパには通じない。コーテックスとしては、この女は本当に“通じる人間”なのかと――つまり、自分たちの仲間なのかと――疑わしくなってくる。そこにきて、上の言い間違いである。コーテックスの信用を取り戻そうとしたエディパの、痛恨のミスだった。彼は完全に突き放す。
 "I saw it in a ladies' john," she confessed. But Stanley Koteks was no longer about to be sweettalked.
 "Forget it," he advised; opened a book and proceeded to ignore her.

《「じつは、それ、婦人用トイレで見たのよ」と彼女は告白した。しかしスタンレー・コーテックスはもう甘い言葉に乗ってきそうもない。
「そのことは忘れなよ」と彼は忠告して本を開き彼女を無視する態度に出た。》

 正直に白状しても、(もちろん)だめだった。コーテックスとの会話はここで閉じる。それでも、こんなにもきっぱりと彼から拒絶されたことにより、あの輪と三角形と台形でできたマークと「WASTE」なるものに関して秘密を共有する者たちがいるらしいということが、エディパにも読者にも伝わった。

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その94 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


〈ネファスティス・マシン〉の発明者であるジョン・ネファスティス(←くどい)は、装置を動かすのに必須の"Sensitives"(高感度人間)はなかなかいないと言っているんだ―― そうコーテックスはエディパに語る。
 引き気味のエディパが、会話を切り上げるための方便として「じゃあ、私は"Sensitives"になれるかしら」と口にすると、意外にもコーテックスは「試してみたければ手紙を書けばいい」と応じ、前のめりにネファスティスの連絡先を教えようとする。
私書箱五七三」、というコーテックスの言葉をメモするためにエディパは手帳を開いた。そのページには、「その89」で触れた、あの奇妙なマークと彼女の決意表明、「私は一つの世界を投射すべきか?」(Shall I project a world? )が書き記されていた、という記述はあまりに絶妙であまりにわざとらしく、読み返すたびにほれぼれしてしまう。
 まさにいま、2人の会話に生じるズレから別の世界が浮かびあがるのを、エディパも読者も目撃することになるからだ。
 "In Berkeley."
 "No," his voice gone funny, so that she looked up, too sharply, by which time, carried by a certain momentum of thought, he'd also said, "In San Francisco; there's none--" and by then knew he'd made a mistake. "He's living somewhere along Telegraph," he muttered. "I gave you the wrong address." (p69)

《「バークレー市の私書箱ね」
「いや」という彼の声が変なのでエディパは顔をあげたが、その反応は目立ち過ぎた。そのときには、彼も一種の、思考のはずみがついていて「サン・フランシスコ市の私書箱だ。ないんだよ、その――」と、そこまで言ってから間違いを犯していたことに思い当たる。「テレグラフ通りのどこかに住んでいるんだ」と彼はつぶやく。「さっきの宛名は違っていた」》p107/p120

 このやりとりはわかりにくい。大まかには、2人のあいだに齟齬があったということだが、感度を強化して細かく見る。
 コーテックスは「私書箱五七三」とだけ口にした。エディパとしては、最初にネファスティスの名前が出たとき、彼がバークレーに住んでいると聞いていたから、それは当然、「宛先が“バークレー市の私書箱五七三”ってことね」、と確認している。
 それに対してコーテックスは、会話の勢いがついているため「いや、バークレーじゃなくてサン・フランシスコだよ、だってほら、ないんだから――」とまで言ったところで《間違いを犯していたことに思い当たる》。そして慌てて「私書箱五七三」を取り消した。
 何がないのか、コーテックスは何を間違ったのか。

 おそらく「私書箱五七三」は、通じる者たちのあいだでは、市の名前などを示すほかの情報がなくても、それだけで通用する番号なのではないか。コーテックスはエディパを“通じる人間”だと勘違いして(あるいは、ついうっかりして)その番号を伝えてしまった。
 しかし、実際には“通じる人間”ではなかったエディパは、通常の考え方で宛先を確認しようとした。それでコーテックスは、「そうじゃないだろ、あの番号はあの番号だけ、ほかに余計な情報はないんだからさあ」とまで言ってしまってから、そもそも“通じない人間”にはあの番号を教えてはいけなかったと思い当たり、わざとらしくも「さっき言った私書箱五七三ってのは間違いだったよ、うん」と苦しい言い訳をしたのである。

 そう考えてみてすぐに出てくる疑問は、このコーテックスという男、大企業ヨーヨーダイン社で働いている技師の正体は何なのか、ということだ。エディパの知っているふつうの郵便で使われる宛先とは別の番号で連絡をとることができる、“通じる人間たち”。それはいったい何者なのか。
 エディパにはそこをぜひ突っ込んでほしいが、上の引用に続く会話で、今度は彼女が間違いを犯す。

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その93 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

前回…] [目次


(再び): ただの空気しかないところから、温度差を作りエネルギーを取り出してしまう〈マックスウェルの悪魔〉。それを組み込んだ永久機関〈ネファスティス・マシン〉を動かすためには、もうひとつ必要なものがあるという。

 人間が、マシンに貼ったマックスウェルの写真をじっと見つめ、箱の中の悪魔と交信すること。

 ちょっと意味がわからないと思う。だがそのようにコーテックスは説明している。エディパはそっとあたりの様子をうかがい、自分を取り巻く世界のほうがどうかしてしまったのではないことを確認している。
all with Yoyodyne was normal. Except right here, where Oedipa Maas, with a thousand other people to choose from, had had to walk uncoerced into the presence of madness. (p69)

《ヨーヨーダイン社は万事が正常である。正常でないのはここ、エディパ・マースが千人もいる中から選りに選って、強制されたわけでもないのに辿りついて狂気と向かい合っているこの場所だけである。》p107/p120

 マックスウェルの悪魔だったら、自分で基準を持って分子を「選り分ける」ことができるのに、主人公エディパの場合は、無意識的に「選ぶ」相手がたいてい正常ではない人間ばかりになってしまう、彼女にはそんな習性がある、とでも言いたいような書きぶりだ。
 そして当のコーテックスが付け足すには、だれでもマックスウェルの悪魔と意思の疎通ができて、〈ネファスティス・マシン〉を動かすことができるというわけではない
 "Only people with the gift. 'Sensitives,' John calls them."

《「資質のあるひとだけさ。『霊能者』ってジョンは呼んでるけど」》

「霊能者」と言われてしまったらはっきりオカルトの領域だが、原語の "Sensitives" であれば、まだもう少しだけ、こちら側に踏みとどまっている気がする。ふつうの人よりも敏感に何かを感じ取る能力を有する人間になら、〈ネファスティス・マシン〉を作動させることができる。少なくとも、発明者ジョン・ネファスティスと支持者コーテックスは、そういう原理を信じているようだ。
 もっとも、この小説でこれまで"sensitiveである"と形容されたことのある人物として思い出されるのは、やはりちょっとどうかした方向に半歩踏み出しかけているエディパの夫、ムーチョ・マースであることからすると、「危ないんじゃないか」という印象はいささかも減ずるものではない。
(小説冒頭近く、「その3」で引用した部分の直前で、ラジオ局の仕事から帰ってきたムーチョが仕事の意義について怒濤のように愚痴り出すと、エディパは"You're too sensitive."「あなた、感じすぎよ」となだめていた)

 そしてまた、そのムーチョから届く手紙の誤植が意味ありげに映って気になったり、酒場のトイレの落書きが何か秘密を隠していると直覚したりといった、周囲の出来事から勝手に啓示の気配を感じ取るエディパ自身の姿もまた、"sensitized"(感度が強化された状態)というふうに語られていたことに思いを致すと、Lot 49 において"sensitive"であるとは、自分で紡いだ妄想の世界にのめり込んだ状態へと限りなく接近していく傾向のことではないかという予感もないではない。
 ムーチョ・・・エディパ・・・〈ネファスティス・マシン〉・・・さらには・・・、とつながっていく"sensitive"の連鎖が大いに気になってきた(sensitized!)が、ここで紹介されたマシンの実物がエディパの前に登場するには、まだもうしばらく待たなくてはならない。

 なお、『逆光(2006)の翻訳者である木原善彦氏のピンチョン論『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』(2001)では、この〈ネファスティス・マシン〉を鍵としてLot 49 が解読されており、そこでは"Sensitives"は、「高感度人間」と訳されていた(p48)。「霊能力者」よりずっといいと思うのだが、この木原説を紹介するのも、マシンの実物が出てからのほうがいいだろう。
 今ここでは、“James Clerk Maxwell”で画像検索をした結果を上からずっと眺めていくと、じわじわ怖くなってくる、とだけ書き足しておく。

…続き


トマス・ピンチョン―無政府主義的奇跡の宇宙
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その92 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 ただの空気しかないところから、温度差を作りエネルギーを取り出してしまう〈マックスウェルの悪魔〉。それを組み込んだ永久機関〈ネファスティス・マシン〉を動かすためには、もうひとつ必要なものがあるという。
 ・・・だがその前に書いておくと、このマシンがすごいのは、熱力学の第二法則を堂々と破っているからだと説明されている。いちおう、少しだけメモ。
(以下のまとめ方には確実に間違いが含まれているので、もっと正しく、かつ簡明な説明が見つかったら、どんどん差し替えたい)


■ 熱力学の第一法則
・エネルギーには様々な種類があり、形態が移り変わっていくことはあっても、全体としての量は常に一定である(エネルギー保存則)
・「ない」ところからエネルギーは取り出せない、無から有は作り出せない

 たしかに学校で習ったおぼえがある。これに比べると第二法則は難しい気がする。


■ 熱力学の第二法則
・持っているエネルギーのすべてを何か意味のある作業に使うことはできず、かならずエネルギーの一部を無駄に捨てなくてはならない
 (この本にあった表現)
・分離の状態は、やがて混合という結果に追い込まれる
 (この本にあった表現)

 ネファスティス・マシンの中では、悪魔が「速い分子」と「遅い分子」を選り分けるだけで熱機関を動かすことができるから、エネルギーが無駄にならず、意味ある作業に使われていることになる。
 それに、「速い分子」と「遅い分子」がごちゃごちゃになっているはじめの状態(混合)から、両者の選り分けられた状態(分離)にすることができるというのは、“分離 → 混合”という、一方通行であるはずの変化に真っ向から逆らっていることになる。
Since the Demon only sat and sorted, you wouldn't have put any real work int the system. So you would be violating the Second Law of Thermodynamics, getting something for nothing, causing perpetual motion. (p68)

《悪魔は坐って選り分けるだけだから、この系に真の仕事を何も加えたことにはならない。ということは、熱力学の第二法則を破って、無から有を生じさせ、永久運動をひきおこしていることになる。》p106/p119

 しかしエディパには、いまひとつそのすごさが伝わっていない。
 "Sorting isn't work?" Oedipa said. "Tell them down at the post office, you'll find yourself in a mailbag headed for Fairbanks, Alaska, without even a FRAGILE sticker going for you."
 "It's mental work," Koteks said, "But not work in the thermodynamic sense." He went on to tell how the Nefastis Machine contained an honest-to-God Maxwell's Demon.

《「選り分けるのは仕事じゃないの?」とエディパは言った。「そんなことを郵便局で言ってごらんなさい。郵便袋に詰めこまれてアラスカのフェアバンク行きよ、〈こわれもの注意〉の貼り紙もつけてはくれないわ」
「それは頭脳労働だけど」とコーテックス――「熱力学的な意味での仕事じゃないんだ」 彼は話を続けて〈ネファスティス・マシン〉に正真正銘の〈マックスウェルの悪魔〉が入っていることを説明した。》

 まだこれだけでは説明は終わらない。あらためて、装置を動かすには、もうひとつ必要なものがあるという。

…続き
その91 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

前回…] [目次


 スタンリー・コーテックスは、〈ネファスティス・マシン〉の設計図を取り出して、その原理と働きをエディパに説明する。マシンの実物はこの場にはない。
From a drawer he produced a Xeroxed wad of papers, showing a box with a sketch of a bearded Victorian on its outside, and coming out of the top two pistons attached to a crankshaft and flywheel. (p68)

《引出しからゼロックスで複写した書類の束を出したが、図面には、外側に、顎ひげを生やしたヴィクトリア朝の人物のスケッチのついた箱があり、箱の上部には二つのピストンがクランク軸とはずみ車につながっている。》p105/p118

 説明のほとんどは、エディパとコーテックスの会話を通してではなく、それをまとめた地の文によってなされている。しかし地の文といっても、エディパの理解に寄りそった文章になっているので、マシンの仕組みについて、曖昧なとらえ方、間違った理解が含まれかねないという点には注意が必要になるはずである。
 逆にいえば、エディパの誤解と、それをそのまま受け取ってしまう読者への誤解の伝播をおそれないという意味で、ピンチョンはずいぶん勇気のいる書き方をしていると思う。
 そのような面もあり、小説に描かれた装置の説明をあらためて説明していくのはややこしく、本当は『急使の悲劇』の内容をまとめる(「その61」から21回かかった)のと同じくらい難しい。とはいえ、自分に読めるように読んだ内容をメモするのがこの読書ノートであるから、読めるように読んでメモするだけである。以上は不要な前置きだった。

 それでネファスティス・マシンだが、上の引用にもあるように、基本的には箱の形状をしている。
 箱の中では、たくさんの分子がそれぞれでたらめなスピードででたらめな方向に飛び交っている。こう書くと何か特別な感じがするが、これは箱の外、ふつうの空間とまったく同じ状態である。
 ただし、この箱の内部には、〈マックスウェルの悪魔〉と呼ばれる極小の知的生命体が鎮座ましましている。悪魔は、なにしろ悪魔であるから、自分の周囲を飛び交っている分子を、スピードの「速い分子」と「遅い分子」に選り分ける(sort out)ことができる。
 それがこの悪魔の唯一の能力で、ほかに悪魔らしいことは何もできないのだが、分子の速い/遅いは、エネルギーの多い/少ないの言い換えであるから、悪魔が選り分けを続けていくうちに、速い分子だけが集まった区域(=温度が高い)と、遅い分子だけが集まった区域(=温度が低い)ができることになる。つまり、装置の内部に温度差が生まれる。
 そして温度差さえあれば、それを利用して熱機関を動かすことができる(=箱から突き出たピストンを上下動させることができる)わけである。

 このとき悪魔は、(1)箱の内部にいて、(2)分子を選り分けている。ここが大事なところで、これだけだと、熱力学的には何の仕事もしていないことになるらしい。外部からエネルギーを持ってきているわけでもないのに、ピストンは動き続ける。だからこれは永久機関だ

  ○  ○  ○

 この装置のキモである〈マックスウェルの悪魔〉を考案したのは、実在の科学者、ジェイムズ・クラーク・マックスウェルである。悪魔がどのようにして分子を“選り分ける”のかは、ふつうこのように解説される:

 箱の内部には、真ん中にしきりの壁があって、空間をふたつの部屋に分けている。しきりには、分子だけが通り抜けられる小さな穴と、それを開閉する扉が付いている。
 悪魔はこの扉のそばにぴったり貼りついており、速い分子が左の部屋から右の部屋に入ろうとすると扉を開ける(右から左に入りそうな場合は閉める)。逆に、遅い分子が右の部屋から左の部屋へ入りそうなときも扉を開ける(左から右へ入ろうとする場合は閉める)。
 この開閉を続けていくうちに、右の部屋は速い分子だけが集まって温度が上がり、左の部屋には遅い分子だけが集まって温度が下がる。めでたく温度差が生まれ、エネルギーが取り出される(熱機関が運動する)。

  ○  ○  ○

 当然のことながら、マックスウェルにとって悪魔は仮想上の存在だった。しかし、その悪魔が本当に入っているのが〈ネファスティス・マシン〉で、装置の外側には、このマックスウェルの顔写真が貼ってあるという。繰り返すが、いまエディパが目にしているのは設計図だけで、実物はここにはない。

 まだこれだけでは説明は終わらない。装置を動かすには、もうひとつ必要なものがあるという。

…続き
その90 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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 エディパは、ヨーヨーダイン社の株主総会に出かけていく。ヨーヨーダインは、ピアスがサン・ナルシソに誘致した巨大企業だった→その20
 ふざけた社歌・愛唱歌が何曲も斉唱されるのを聞いたあと、工場見学ツアーの最中に、エディパはひとりだけはぐれて迷子になってしまう。
 どの方向にどれだけ歩いても、あたりは白っぽい床と壁が続くばかり、蛍光灯に照らされたオフィスで自分の仕事に取り組む技師たちはこちらを見向きもしない。軽いパニックに襲われかけたエディパがしまいに行き当たったのは、まだこの工場で働くほどの歳には見えない、童顔の男だった。
As it turned out he wasn't working, only doodling with a fat felt pencil this sign: (p67)

《じっさい働いてはいなかった。太いフェルト・ペンでこんな印を落書きしているだけだった――》p103/p116

          lot49

ザ・スコープ〉のトイレで目にしたのと同じなのである。
 偶然の一致に打たれたエディパは、あのときマークといっしょに書いてあったメッセージ(“カービーにご連絡を。ただしWASTEを通じて。”)も思い出し、落書きをしていた男に、「カービーに言われて来たんだけど」と嘘をついて声をかける。
 彼の名はスタンリー・コーテックス(Stanley Koteks)。落書きしていた封筒は、素早く引き出しに隠してしまった。エディパは当然、マークのことを訊きたい。でも彼が素直に答えてくれるとは(なぜか)思えない。そのため遠回りなやりとりが続く。

 コーテックスの話では、ヨーヨーダイン社は社員が個人で特許を持つのを禁止している。技術者である彼はそこに不満のようで、チームワークなんかで創造力が発揮されるわけがない、と持論をぶつ。「あんなの、責任を逃れる方策でしかないよ」。
 そしてコーテックスは、こんな時代でも独創性を持っている真の発明家として、バークレーに在住のジョン・ネファステスなる男の名前を口に出し、その彼の手になる発明品〈ネファスティス・マシン〉の話をはじめる。

…続き


 ・・・およそどうでもいい話だが、コーテックスが問題のマークをフェルト・ペンで「落書きしている」引用部分で目にした単語、doodlingという語の見た目があまりに気に入ったので、それをこのブログでの名前にしている。本当にどうでもいい話であった。
その89 ― ピンチョン Lot 49
The Crying of Lot 49 (Perennial Classics)

前回…] [目次


 第4章冒頭:
 Though she saw Mike Fallopian again, and did trace the text of The Courier's Tragedy a certain distance, these follow-ups were no more disquieting than other revelations which now seemed to come crowding in exponentially, as if the more she collected the more would come to her, until everything she saw, smelled, dreamed, remembered, would somehow come to be woven into The Tristero. (p64)

《マイク・ファローピアンにはまた会ったし、『急使の悲劇』のテクストをある程度までたどりもしたが、こういう追跡調査が胸騒ぎさせるのは、ほかの啓示と同程度で、数々の啓示がいまや指数関数的に殺到し、集めれば集めるほど多くのものがやってくるという感じになり、ついには見るもの、嗅ぐもの、夢みるもの、思い出すもの、一つとしてどこかで〈ザ・トライステロ〉に織りこまれないものはなくなってしまった。》p99/p111

 第3章の冒頭に較べると、この書き出しには、あれほどの強引さは感じない。小説がレールに乗って、あるいはレールに乗ったことにされて、動き出している。何が語られているかといえば、エディパの探求である。
 そんなことしたって意味はないよ、とドリブレットから釘を刺された探求を彼女は進める、すると啓示が次々に到来し、あらゆる事物と現象がトライステロなるものを形成するするようになっていった、と、この冒頭は一息に語る。何もかも「トライステロに織りこまれる」(come to be woven into The Tristero)という言い方が、レメディオス・バロの「大地のマントを織りつむぐ」を踏まえていることもまちがいない。
 ――こう書いてみて、「やっぱり、この書き出しも強引じゃないか」と考え直した。圧縮することにより、文章を速くする。その速度で一気に「こういうことになった」まで駆け抜けるので、読む側では「そういうことになったのか」と受け入れるしかない。こちらとしても、はやく先に進みたいという気持でいることが(だれだってそうだろう)、小説の側からうまく利用されている感じだ。

 ドリブレットからの注意はエディパの好奇心を止めはしない。逆だった。彼の言ったことを彼女なりに咀嚼した結果が、本格的な探求のスタートだったのである。
  For one thing, she read over the will more closely. If it was really Pierce's attempt to leave an organized something behind after his own annihilation, then it was part of her duty, wasn't it, to bestow life on what had persisted, to try to be what Driblette was, the dark machine in the center of the planetarium, to bring the estate into pulsing stelliferous Meaning, all in a soaring dome around her?

《とりあえずエディパは遺言状をもっと綿密に読み返してみた。みずからが消滅したのち何か組織化されたものを残すというのが本当にピアスの意図したことだとすれば、残存しているものに命を与えること、ドリブレットと同じようなものになろうとすること、プラネタリウムのまんなかの黒い機械になって、ピカピカと脈動する星座のような〈意味〉に遺産を変えてしまうこと、自分を包んでそびえるドームの中のあらゆるものを扱うことこそ自分の義務の一部ではないか。》

 ドリブレットと同じように、プラネタリウムの映写機になってみよう。ピアスの遺産にまつわる物事のあいだに何かつながりがあるならば、そのつながりを示す手掛かりを拾いに行く。しかしそれだけでは死んだ証拠を寄せ集めることにしかならないから、それに自分で意味を充填してみよう。おそらく、そこまでしてはじめて、ピアスが残した(かもしれない)ものが、「何か組織化されたもの」(an organized something)としてあらわれる。

 エディパがめざす方向は、このようなものだ。なぜか、あれだけ「よしておきなよ」と言っていたドリブレットに背中を押してもらった格好である。そしてこの部分の書かれ方が、“あらかじめ隠されてある何かを、エディパがあとから発見する”、というかたちではなく、“エディパの積極的な関与によって、はじめて「隠された何か」が生まれ、発見が成立する”という、この小説の事情を示していると思う。そこには、“発見からさかのぼって、それに先立つ探求が事後的に構成される”様子も含まれるだろう。

 エディパのやろうとしていることは、夜空に点在する星を見つけるだけでなく、見つけた星を線でつないで星座を創ることに似ている。星は実在する。線は自分で引くものだ。そして星にしたって、見つけられるのは自分の目で見えるぶんだけである。
 彼女は手帳を開き、以前〈ザ・スコープ〉という酒場のトイレで写した謎のマーク→その48の下に、こう書き記す。
Shall I project a world?

《「私は一つの世界を投射すべきか?」》

 いちおうは疑問形であるものの、すでにエディパは歩き出している。彼女は一つの世界を投射するつもりだ。つまりこの小説で、“探求-発見”は、“創造”に近くなる。ここにはっきり、エディパの筆跡で、そう書いてある。

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その88 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

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She left, and was all the way outside before thinking, I went in there to ask about bones and instead we talked about Trystero thing. (p63)

《その場を去り、ずっと外へ出てしまってから、私は骨のことをききに行ったのに、その代わりにトライステロのことを話していたと思った。》p97/p109

 いやいや、実際のところエディパは、骨の話もしていなければ、トライステロのことも何ひとつ聞き出せなかった。
「骨のこと」とは、『急使の悲劇』中の骨のエピソード(ファッジオの兵士が湖に沈められ、その骨が炭として使われる)と、ピアス・インヴェラリティ絡みの骨のエピソード(イタリアの湖から引き揚げられたアメリカ兵の骨が炭として利用される)が似通っているのには何かつながりがあるのか、という問題だった→その76~

 あれはどの程度まで偶然だったのか(how accidental it had been)と、エディパは考えている。こんな類似がまったくの偶然だとは思えないでいるのだ。これはエディパの考えすぎではなく、当然の疑いだと思う。
 メツガーは、喧嘩していたにもかかわらず→その81、エディパを待っていてくれた。ここでこの第3章は終わるのだが、最後の最後で、この小説は何かの念を押す。
Metzger had been listening to the car radio. She got in and rode with him for two miles before realizing that the whimsies of nighttime reception were bringing them KCUF down from Kinneret, and that the disk jockey talking was her husband, Mucho. (p63)

《メツガーはカー・ラジオをきいていた。エディパは車に乗り込み、彼といっしょに二マイルほど走ったところで、夜間の受信状態の気まぐれからキナレットのKCUF放送が入っていて、いましゃべっているディスク・ジョッキーは夫のムーチョだと気づいた。》p98/p110

 これもまた、どの程度まで偶然なのか、エディパといっしょに読者も考え込まざるをえない出来事である。
 まったくの偶然にはとても思えない。であれば、つまり偶然ではないつながりがあるならば、そのつながりを仕組んだものがいるはずで、その存在に発する何らかの意図が働いていることになる。それは何か。
 骨の話にしろ、ラジオのムーチョにしろ、偶然ではない、と決めてしまえば推論は確実にここまで進展していくはずだが、当のエディパがどこまで意識しているのか、それを明らかにしないうちに章の区切りが来てしまう。

 次回から(やっと)第4章。

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その87 ― ピンチョン Lot 49
競売ナンバー49の叫び

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 ドリブレットの考え方には、もうひとつおそろしさがある。

 ぼくの言葉をどれだけ細かく調べても、どれだけ丹念に台本を読み解いても、ぼくが見ている現実はつかめないよ、と彼は言っている。
 ここでは芝居『急使の悲劇』の話だったが、これはむしろ、彼の現実認識一般に拡大してとらえるべきだろう。するとこうなる。
 ぼくの現実はぼくだけのもので、ほかのだれにも見ることはできない。ぼくが映写機になって外部に投影する星空、それがぼくにとっての現実だ。

 現実についてのこのような見かた、いわば「人間=映写機」論には見おぼえがある。それはほかならぬエディパの現実認識で、第1章の終わり、レメディオス・バロの絵画になぞらえて語られていたものだ→その9~

大地のマントを織りつむぐ」というバロの絵を見て、これは私のことだとエディパは感じた。そこに描かれている囚われの少女たちと同じように、私が生きている世界、私が見ている現実は、私が自分でそのように織りなしたものであり、私が私である以上、私はそこから出ることができない→その10

 世界も現実も、私が/ぼくが独りで作っているものでしかない。そう思い定めている点で、自分の塔に閉じこもり外の世界を織っているというエディパの現実観と、自分を映写機として外に世界を投影するというドリブレットの現実観は、双子のようによく似ている。
 ただしエディパが、「私はここから出られない」と悲観的になっているのに対して、ドリブレットはそうではない。彼は逆に、創造の楽しみめいたものを感じているようにも見える。というのは、「ぼくの見てるものは誰にもわからないよ」という認識は、エディパのような諦念ではなく、「ほかの誰にも作れないものをぼくは作っているのさ」という自負に転じているように見えるからだ。
 それなのに、あるいは、それだからこそ、ここではドリブレットのほうがより淋しげに映る。
 もしぼくが消えてしまったら、ぼくの演出した、ぼくの意図を込めた今日の芝居も、消えるだろう。残るのは実在したものだけだから、郵便組織「テュルーン、タクシス家」は残るだろうし、その敵(トライステロ!)も、実在したなら残るだろう。でもそんな化石に意味はない――

 そんなふうに、芝居のあと、ドリブレットがシャワーを浴びながらエディパの質問に答える(つまり、答えない)この短い場面は、自分は孤独であるほかないのだと決めつけたふたつの魂が、一瞬だけ交差して、すぐに別れていく味わい深いシーンであるはずだが、それと同時に、動きはじめたエディパの探求にいきなりベッタリと巨大な疑問符が貼り付けられる、問題含みのシーンだということを繰り返しておく。
 結局のところ、ドリブレットが「単なる言葉にぼくは命を吹きこんだ」とか「どれだけ言葉を調べたって、真実には行き着けない」というときの「命」や「真実」の内実は、なんにもわからない(彼以外にはわかりようがない)ということだけが、わかったのだった。

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