2018/01/10

2018

nausicaa2018

 毎年正月にやっている、宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』(徳間書店)を読みながら感想をツイッターでつぶやき続けるという、そう書くと病的だがほかに説明しようもない行事を、去年までの分とあわせてまとめたtogetterを更新したので、こちらにも貼っておきます。

「正月の漫画のナウシカ:2010-2018」
 https://togetter.com/li/294814

 通常版の単行本で7巻におよぶ漫画の進行に従い、ひとりの人間のつぶやきが9年分並んでいくという、あまりほかでは見たことがない感想。もし「ほかで見たことがない」ということにそれだけで何らかの価値というか意義があるとするならば、その限りにおいてのみ価値というか意義があると言えなくもない――のかどうか。やっている回数と感想が重なるにつれ、(この漫画への理解ではなく)まとめへの懐疑は深まらざるをえません。
 2010年に生まれた子供だったら、今年8歳だから遅生まれでも4月には小学2年生になってしまうわけで、と書いてからいささか慄然とするようにして思い当たるのは、まさにわたしの甥がそうだったことであり、この行事の進み具合を左右する大きな要因のひとつは、その甥(および姪)を連れた姉夫婦が元日の何時に実家にやって来て何時まで滞在するかでした。
 というように、私的であることこのうえないまとめの中にご自分のツイートが加わっているのをよしとしてくださっている数名の方々には感謝にたえません(とはいえ、これだけの時間がすぎるうちに判断を変えられた場合には、直しますのでどうかご遠慮なくツイッターやコメントでご連絡ください)。
 ほかに感謝を捧げるべき相手は宮崎駿のはずだが、更新のために通読してすべてのツイートがこの人に対する「あんたすごいよ」なのをあらためて思い知ったあとでは、ちょっとそういった殊勝な気持にはなれないのだった。

■ リアルタイムで進行していく現実の出来事や、決まった時間で流れていく映像作品はおのずと「実況」を生むけど、個々人が個々人のペースで読み進めていく小説とか漫画でも、「あたまから順にえんえんと書いていく」という感想の述べ方も「ある」のじゃないかと思う。自分1人が読むことだって、リアルタイムで現実の出来事だから。

■ 毎年、帰省している正月は、実家に置いてある宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』(徳間書店)をはじめから終わりまでぜんぶ読み返すことにしている。いつから始めたかも思い出せない、年に一度の恒例行事。2010年からは、読みながら感想をツイートするという誰にも頼まれていない行動に出ており、それでつぶやいてきたこれまでの分を一本に統合するとどんなものになるのかという興味から、自分でまとめてみた。
 最初、2012年までの3年分をひとつにしたときには、いかにもスカスカしていた。それから毎年追加していくうちにどうなったか。
 繰り返しが多くなった。
 いちおう「去年までとは別のことが言えたら言おう」というつもりが無くはないものの、去年までの分はとうにおぼえていられない量になっている(ツイートしている最中にこのまとめを確認するようなおそろしいことはしていない)。加えて、こちらのほうが深刻だが、同じ自分が同じ漫画を読む以上、どうしても触れたい名場面・名台詞がたくさんある。あるどころか、増えている
 結果として、多弁なわりに多様ではない、長いけれど深くはないまとめになっている。この漫画への理解が向上したとか、実のある話にはぜんぜんなっていないが、そもそも、そういうことを目指しているわけでもなかったのは上述の通り。
 それでも、同じ人間が同じ漫画を繰り返し読むうちに、つぶやく感想を持つところとまだ持たないところがあるだとか、同じところへの感想でも前とは変わる場合と依然として変わらないままの場合があるとかいった、ムラのできていく過程はちょっとだけ写し取れているようで、それは意外な収穫と言えるかも――と、後付けでいま思った。その他、思ったことはその都度ぜんぶ書き込んである。  (…続き)




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2009/06/19

劇的にメモしました


 きのうの続き。あとで猛烈に後悔する気もするが、しかし、こんなふうに並べたっていいんだというのはひとつの発見であった。


The Complete Dramatic Works   断る力 (文春新書)


 断わられているのはサミュエル・ベケット氏。
 なんでも断れる気がしてきた。もうちょっと、断わってみよう。



マルクスは生きている (平凡社新書 461)   断る力 (文春新書)



悪霊 (上巻) (新潮文庫)   断る力 (文春新書)



大洪水 (河出文庫)   断る力 (文春新書)



第四間氷期 (新潮文庫)   断る力 (文春新書)



余命1ヶ月の花嫁   断る力 (文春新書)



 ずいぶん断わった。あすは断わらないようにしたい。
2009/06/18

断わらない


 ベケットとは関係ない話。
 
 「勝間和代十夜」が面白くて発作的に更新。
 私はさっき、ここから読んだ。
 
 → 「勝間和代十夜」青色28号
第十夜
 
 こんな勝間和代を見た。

 これだけで笑ったが、続きもしっかり(ものすごくしっかり)書いてあってブラボー。
 終わりにその他の夜がリンクされていて、それでようやく流行っているのがわかったんだけど、そこに着くまで「これはいったいなんなんだ」「つか、どこからこんなの書こうという発想が」とおそれつつ読み進めていた時間こそが何ものにも代えがたいと思った。
(こう書いてしまったせいで、まだ知らなかった人から私のかんじた正体不明の感触をいくらか奪ってしまうことになるのは申し訳ない)

 作者の人たちが、元テキストをちらちらにらんではキーボードを叩いている姿を想像すると、なんだか胸が熱くなる。結果できあがったのが「勝間和代十夜」であるのがすばらしいと思う。
 ひとしきり読んできてから、リンクした第十夜をもういちど読み、うまいなあ、まるでほんとの「夢十夜」みたいだなあと思った。よく考えたら、はからずもダブルミーニングになっていた。
2009/01/13

2009

■ そういうものがある、ということはずいぶん前にどこかで聞いたおぼえがあるが、さっきはじめて、「ユニクロック(UNIQLOCK)」なるものを見た。
(↓音が出ます)



 これは2時間でも見ていられる気がする。ひとが感情をあらわさずに整然と動く、というのに自分はすごく弱いのがわかった。繰り返しになってもかまわない、だって時計なんだから。
 人間なのに機械の部品みたい、というよりは、機械の部品みたいなのにやっぱり人間、というところがツボであるらしい。保守的なツボ。
 かくて、人間でできた時計にかどわかされて、広告の一部と化す1月の夜だった。今年もいろいろ遅いブログです。

 あとひとつだけ。

■ 本屋に行ったら「文藝」春号が“特集*柴田元幸”だった→目次)。
 
文藝 2009年 02月号 [雑誌]文藝 2009年 02月号 [雑誌]
(2009/01/07)
不明

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 高橋源一郎との対談があるというので、同じふたりが2年前の同じ「文藝」高橋源一郎特集号→これでやっていた対談の続きみたいだと思ったら、ふたりはこの春、『小説の読み方、書き方、訳し方』という本を出すという。
 たまたま先週の土曜、ものすごくひさしぶりに会った後輩から「柴田元幸が訳したジャック・ロンドン『火を熾す』がすごくよかった」と聞いて、それは読んでいなかったので「へえ」と思ったのだけれども、岸本佐知子との対談はまずそこから入っていた。
岸本 特に『火を熾す』に収録されている「メキシコ人」や「一枚のステーキ」などのボクシングものの迫力はすごいですよね。
柴田 今だったらTKOというルールがあるからあんなすごい死闘にはならない(笑)。僕は小説にはジャック・ロンドンが持っているような「ストレートな物語の力強さ」なんてものはないというふりをずっとしてきたので(笑)、『火を熾す』をやれたのはうれしいです。》p99、太字は引用者

 そんなものは「ある」のか。なんか悔しい。はやくドナルド・バーセルミも訳してほしい。
2008/10/23

夭逝するよりはまし


『モレルの発明』『ロクス・ソルス』を“原案”にしたという、クエイ兄弟の映画「ピアノチューナー・オブ・アースクエイク」(音が出ます)を、先日、渋谷のイメージフォーラムまで見に行ったのだった。が。
 
 場内が暗くなり、長い長い新作映画の予告ラッシュに耐え(体感20分)、いよいよ本篇がはじまって話が動きだしたあたりで早くも眠り込み、あとはときどき起きてはまた眠り、というのを何度か繰り返しているうちに映画は終わっていた。100分くらいあったらしいが、体感では10数分。
 なので、映画がどれほど・どんなふうに“原案”に沿っていたのかはぜんぜんわからなかった。というか、どんな映画だったのかも不明。ピアノチューナーが出てきたのは見た気がする。アースクエイクはいつ起きたのか。DVD待ち。何をしに行ったんだ。
 
 いちおう、目を覚ますたびにスクリーンを見続けようとはしたんだけど、そこに映っているのはなんだか夢のような映像(ぜんたいに紗がかかってるみたい、女優の肌がすごくきれいに見えるので監督は変態だと思った)で、そのまま溶けるように眠ってしまうのだった。
 これはあながち私のせいだけじゃないだろうと負け惜しみ的に思うのは、スタッフロールになると目はぱっちり覚めたからなのだけれども、そこで流れてくる女声の歌は、字幕によると

 神は愛するものに眠りを与えたまう
 
 だそうで、なんというか、愛されすぎるのも考えものである。神だけに。


■ それで寂しく『モレルの発明』を読み直してみたらやっぱりすごいので、どこがどうすごいか忘れないようにたくさん引用しておこうと思った。