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<title>キッチンに入るな</title>
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<description>　　　　　　　　　　　　　　　趣味は引用</description>
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<title>読中日記（17）</title>
<description> ［前回…］ ■ 11月23日（月）　ほんとは休日じゃなかったんだけど、いろいろ都合して午後2時、リブロ池袋店の上階、池袋コミュニティカレッジの一室でひらかれた「『時間のかかる読書』刊行記念　宮沢章夫×いとうせいこうトークショー」を見物にいった。（以下、すべて私の記憶）『時間のかかる読書』刊行記念、というよりも、『東京大学「80年代地下文化論」講義』刊行記念、みたいな話が多かったが、じっさいに話をする2人の人間
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<![CDATA[ ［<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-621.html">前回…</a>］<br /><br /> ■ 11月23日（月）<br /><br />　ほんとは休日じゃなかったんだけど、いろいろ都合して午後2時、リブロ池袋店の上階、池袋コミュニティカレッジの一室でひらかれた「<strong>『時間のかかる読書』刊行記念　宮沢章夫×いとうせいこうトークショー</strong>」を見物にいった。（以下、すべて私の記憶）<br /><br /><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-622.html"><u>『時間のかかる読書』</u></a>刊行記念、というよりも、<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-328.html"><u>『東京大学「80年代地下文化論」講義』</u></a>刊行記念、みたいな話が多かったが、じっさいに話をする2人の人間の組成なんだから欠かせない話題だろうし、それになにより、私にはわからない固有名詞が飛び交っても、2人の会話が面白くてずっと聞いていたかった。<br />「いま『機械』の話になりそうだったのに…」「あー、残念」<br /><br />　いとうせいこうの、あの、瞬時に相手をボケ役にして転がしていく話術は何事かと思った。自分も乗っかってとぼけていきながら、いきなり突っ込む。宮沢章夫も楽しそうに転がされて、楽しそうに突っ込まれる。<br />　そういう脱線めいた歩きかたで、徐々に『機械』に接近していく。かと思えばまた離れていく。そのくせ終わり近くに「…さて、90分のあいだひたすら『機械』についてのみ語ってきたわけだけど」などと言い出すのにいちばん笑った。「いやあ語った」「語り尽くしたよねえ」<br /><br />『機械』について：<br />・三角関係なのに登場人物が四人いる、三角関係は（椅子とりゲームみたいに）誰が入れ替わっても三角関係のまま。その関係が「機械」では？<br />・「ネームプレート工場」は、当時は最先端技術の現場であるのを忘れてはいけない<br />・「文藝」2009年冬号掲載の、いとうせいこうによる書評はマスト<br /><br />　そのほかいろいろ。そう、ほんといろいろあった。「<strong>体が関わるほうが機械っぽくなる</strong>」は奥の深い言葉。行ってよかった。<br />　サインをいただいて退出。<br /><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019447/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41JQSZHdbNL._SL160_.jpg" alt="時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4309019447/outofthekitchen" target="_blank">時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず</a><br />(2009/11/06)<br />宮沢 章夫<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019447/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><br />　関係ないけど、それからタランティーノの<a href="http://i-basterds.com/" target="_blank">「<strong>イングロリアス・バスターズ</strong>」</a>を見ようと思い立ち、近所の映画館へ。<br />　次の回の上映まで40分あるので本屋で立ち読みしていたら、時計の読み違いでじつはさらに1時間あると気づく。結局、1時間40分、まるまる立ち読み。高校生に戻った気分。で、映画館に戻ると50人くらいの行列になっているのだった。<br />　映画はたいへん面白かったが、それには、自分が「ナチスをばんばん殺す特殊部隊、リーダーはブラッド・ピット」くらいの前情報しか持たずに行ったことも寄与していると思うので、詳しくは書かない。というか、書きようがない、あんな映画。「女優がすごくいい」、これは断言。<br /><br /><br />　この10日ほど、ピンチョンを読んでいなかった。<br /><br /><Div Align="right">（続く）</Div> ]]>
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<dc:subject>本</dc:subject>
<dc:date>2009-11-25T04:25:16+09:00</dc:date>
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<title>宮沢章夫『時間のかかる読書』（2009）</title>
<description> 河出書房新社　本を読むとき、もちろん自分はその本を最後まで読むつもりで読んでいるのだが、そしてそれは、イヤつまんなくなったらおれは途中で止めるよ？ と威張るのよりも前の段階で、「本を読む」行為の基本姿勢としての「最後まで読むつもり」、いわば「終わりにむかう方向」をもって本は読まれるものだよね、と言いたいのだが、いま書いたすべてのこととはまったく別に、だからまったく矛盾せずに、実際に本を読んでいる最
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<![CDATA[ <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019447/outofthekitch-22/ref=nosim/" name="amazletlink" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41JQSZHdbNL._SL160_.jpg" alt="時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず" style="border: none;" /></a><br /><Div Align="right">河出書房新社</Div><br /><br />　本を読むとき、もちろん自分はその本を最後まで読むつもりで読んでいるのだが、そしてそれは、イヤつまんなくなったらおれは途中で止めるよ？ と威張るのよりも前の段階で、「本を読む」行為の基本姿勢としての「最後まで読むつもり」、いわば「終わりにむかう方向」をもって本は読まれるものだよね、と言いたいのだが、いま書いたすべてのこととはまったく別に、だからまったく矛盾せずに、実際に本を読んでいる最中、先のことは意識にのぼらず、ただ目の前にある文章をいま自分は読んでいるのだなと自覚する瞬間がないだろうか。<br />「没入しているせいで時を忘れる」のともちがう、時間と切り離される感覚。<br />　すぐに消えてしまうけど、私にはたまにやってくる。ちょっと今度、本を読むとき気にしてみてほしい。<br /><br />　横光利一の短篇小説<a href="http://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/907_4908.html" target="_blank"><u>『機械』</u></a>について書き続けられた、本書『時間のかかる読書』は、小説を読んでいる瞬間、瞬間に生まれる考えを、「先に進む」ことでなかったことにせず、ひとつひとつ文章に変え、文字として記録していった結果、私が最初に書いた、本を読んでいて「時間が消えた」と感じられる瞬間ばかりを丹念に拾い集めて厚い一冊にしたかのような、ほかに類のない読書の記録になっている。ページをめくってもめくっても、あのめずらしい瞬間の追体験が続くのだ。<br />　もちろん私には、宮沢章夫の意図はわからない。そんな本にしたつもりはなかったのかもしれない。でもそれを言うなら、宮沢章夫自身がいったい何をねらってこの連載を始めたか、いまではもうはっきりしないと繰り返していた（「はじめに」）。しかし時間のことはまたあとで書く。<br /><br />　化学薬品を扱うネームプレート工場で働いている語り手の「私」と、工場の「主人」、先輩にあたる職人の「軽部」に、あとから入ってくる「屋敷」。この4人と、ちょっとだけ出てくる女性2人。登場人物はこれだけ、限られた空間内で彼らの関係が変化していくさまを、「私」の視点からのみ眺めて記述していった、おかしな小説。<a href="http://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/907_4908.html" target="_blank"><u>横光『機械』</u></a>をまとめるなら、これくらいで充分なはずである。<br />　それなのに、おそろしく進まない読書だ。もともと月刊誌の連載で、1回の分量が単行本の2ページ程度で短いとはいえ、連載の終了までに132回かかっている。単行本化にあたり、最初に『機械』がまるまる再録されているほか、毎回の冒頭にその当時あった時事ニュースが記されており、たとえば、第1回は「■ ペルー日本大使公邸人質事件が解決」だし<span style=font-size:x-small>（1997年4月）</span>、第26回では「■ ソニーが「AIBO」を発売」<span style=font-size:x-small>（1999年6月）</span>、第66回だと「■ 北朝鮮に拉致された日本人五人が帰国」ということになっている<span style=font-size:x-small>（2002年10月）</span>。第93回で「■ 愛知万博が開幕」などとあるのを見ると、つい、2005年3月のあのころ自分は、などと思い出してしまったりするけれどもそれはともかく、本文の内容はずっと変わらない。<br /><br />　『機械』を読んでいる<br /><br />　ほんとうに、読んでは立ち止まり、考えに考えてから少し進み、また立ち止まって考る、その繰り返しなのだ。小説の実物に取りかかるまでに丸4回かかったあと、冒頭の一行、「<strong>初めの間は私は私の家の主人が狂人ではないのかとときどき思った。</strong>」に見られる語り手のありようを考えるところから始まって、進みぐあいは小説本文の数行単位である。4年前の<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-29.html"><u>『『資本論』を読む』</u></a>も、マルクスのあの書物を読み続けるドキュメンタリーだったが、あれにくらべても、本書はずっと本文に密着する度合いが高い。<br />（『資本論』読書ノートの連載期間は、この『機械』読書ノートの連載期間の中にすっぽり含まれてしまう）<br /><br />　だからこの本では、ぱっと見ですぐつかめる斬新な読みは示されないし、じつは小説とは関係のない自分の理論を展開する材料として『機械』の一部が巧みに利用されたりもしない。ただ、『機械』についていく。小説に従い、小説の進みに沿って、あきれたりとまどったりしながら、いま読んでいる文章のことだけをしつこく考える。「私」と同様に翻弄され、「私」にも翻弄される。文章はどんどん長くなる。そして結局は、面白がっている。<br />　宮沢章夫のこんな読みかたを見て、小説へのごくふつうの解釈というのは、作品を断ち切って下されるものなのだとあらためて思った。そのとき断ち切られるのは、作品だけではなく、読書の時間でもある。宮沢章夫は、切らずにおこうとする。その方法が、当たり前のようだけど、「続けること」だった。<br /><br />　もちろん『機械』の分析も解釈もあるし、あるどころか過剰だが（だってこの本じたいが過剰のかたまり）、その場その場でなされる解釈は、それ以前に綿々と書かれ、それ以降も書き続けられていく文章の分量に押し流されて、どれも作品全体をまとめる言葉として特権化されることがない。一部分に注目したときの文章のありかたを、俯瞰した際の回数の重み（＝文章の物量）が変えてしまう。<br />　相当にめずらしい事態だと思うが、具体的には、地味で地道な歩みだ。そのくせこの人は、こんなことも書くのである。<br /><Blockquote>《この何回か繰り返し書いた「抽象」という言葉が、そう書くことですべてを単純化し、作品そのもの、あるいは、横光利一の手つきを理解する手だてとして、読み解くための安易な言葉になっているのは否めない。》<span style=font-size:x-small>第95回</span></Blockquote><br />　思わず笑った。このうえまだ「否めない」のか。この本のどこにも「安易」はない。むしろ逆だと思う。<br />　――というのは、横光の『機械』という小説はどのように読めるのか、外側から解釈を求める見方に立つと、本書の中盤以降は、おそらく遅すぎて、鈍重でさえあるように見えるからだ。<br />　たとえば、まだほとんど始まったばかりの第6回では、語り手の「私」について、「信用できない語り手」というよくある評言を横目にこんなふうに述べられていた。<br /><Blockquote>《［…］語り手の言葉を手がかりに読者はその小説世界を生きるが、それがもし嘘だったとしたらどうだ。なにを信じていいかわからないだろう。異なる印象の世界を受け止めるしかないし、テクストは歪んだ形で伝えられ、それが技法として、「信用できない語り手」を生む。『機械』の語り手である「私」はどうなのだろう。<br />　「要領をえない語り手」<br />　そうかもしれないが、そればかりではない。》</Blockquote><br />　このへんの呼吸や言葉の選びかたはいかにも宮沢章夫的で、何がいちばんこの人らしいかといえば、不意に対象との距離を変えてみせる間合いの取りかただと思うのだが、このような余裕は、小説の後半、「軽部」と「屋敷」のあいだに勃発した諍いに「私」が巻き込まれるあたりからだんだん見えなくなってくる。なぜか。<br /><br />　『機械』を読むのに疲れてしまった<br /><br />　そんなはずはないと思う。宮沢章夫はそれまで以上に小説本文に密着し、引用を繰り返すのだが、どれだけ読み直しても、『機械』の語りそのものが見通しのきかない代物になっていくだけに、それをこじあけようとする側の理路もにごり、文章は重たくなって、何を言いたいのか判然としなくなる。小説に沿う以上、この停滞は必然とも言える。それで宮沢章夫は、この停滞も「続ける」。<br /><Blockquote>《まず、ここで注意しなければならないのは、「疲労」をさらに細かく分析している点だ。「<strong>その癖本能だけはますます身体の中で明瞭に性質を表して来る</strong>」という言葉があることで、いよいよ「疲労」の内容を複雑にしている。はっきり言って、なにを言いたいのかよくわからない。<br />　その「本能」とは、どの「本能」なのか。<br />　ここでは、先に書かれた「<strong>真鍮を腐蝕させるときの塩化鉄の塩素</strong>」が「<strong>人間の理性をさえ混乱させてしまう</strong>」と書かれた、「理性」に対置された「本能」だと思うが、前後をいくら読んでも意味がよくわからない。まして、その「本能」のせいで、「<strong>此のネームプレート製作所で起る事件に腹を立てたりしていてはきりがない</strong>」とはいったい何のことだ。<br />　やはり、「私」は疲れている。》<span style=font-size:x-small>第113回</span></Blockquote><br />「わからない」と繰り返しながら、横光の文章に絡む執念はいっそう増し、さらに多くの言葉が費やされる。小説の語り手、あの、どうかしているのではないかとこちらを不安にさせる「私」のくだくだしい言葉に入れ込んで、その論理を単純化せず、語り口、語る内容のおかしさを、どこがどのようにおかしいのか、「私」に負けないくだくだしさで、何度でも指摘していく。<br />　そのすえに、『機械』を語る「私」と、『機械』を論じる宮沢章夫が重なる――と書いてしまえば、これはいかにも予定調和で、それこそこの本の単純化でしかない。<br />　実際に起こっているのはもっと変なことである。それを私は、ねばり腰の変容、と呼びたいが、変わっていくのが「私」の語りなのか、宮沢章夫の文章なのか、両方を読んでいる私の目なのかが「よくわからない」。<br /><br />　登場人物の関係を刻々と変化させていく、「私」の心理のメカニズム。それが『機械』という小説を支配する機械ではないか。これくらいの指摘はたぶんだれにでも（『機械』を実際に読んでいなくても）できる。けれども宮沢章夫は、『機械』の本文について延々書き続けるうちに、ときおり、このカギカッコのつかない機械のなかに入ってしまうように見える。<br />　それは時間の流れない場所だ。<br />　この本は、偽装された実況中継の顔をしている。偽装というのは、実際には断続的に11年かかって書かれているから、というよりも、たしかに実況、このうえなく実況なのに、そう受け取るにはあまりに長いから、という単純な理由のほうが大きい。それほどの分量になるまで「前回の続き」が書き継がれる。「読み終わる」ことを目標にしない読書。いつでも「読んでいる」最中である。それでも、少しは進む。するとまた続きが書かれる。文章は増殖する。<br />　そうやってパッチワーク式に実況が組み立てられていった結果、この読書ノートの内側では、外の時間の経過が感じられないということに、読んでいる途中で気づく。時間のかかる読書が読書の時間を消して、小説の進行だけが残る。読んでいるから小説は進む。でもそれについての言葉は、無時間の一点から繰り出されてくる。「最中」しかない。<br />　そんな印象を抱いて、それから、この本ははじめからそうだったんだとふり返ったとき、『機械』と『機械』の読書ノートのどちらが小説なのか、不意にわからなくなる。<br />　浮かんでくるのは、語り手の「私」に成り代わるのではなく、「私」と並んで歩いている宮沢章夫の姿だ。でもそれは、たしかに見えたステレオグラムの立体像が視点をずらすと平面に戻ってしまうように、いちど本を閉じたり、「いくらなんでも考えすぎか」とわれに返ると、小説と読書ノートに分離する。<br />　気を取り直して、なかなか進まない後半を読んでいく。そのうちまた、小説が二重になって見えてくる。宮沢章夫の言葉のなかに、「私」と「軽部」と「屋敷」が潜行している。『機械』のあとについていく『機械』の読書ノートが、ゆらゆらしながら『機械』を飲み込みかけている。<br />　考えすぎてこその読書だ、と、わけのわからないことを言いたくなる。<br /><br />　そして、唐突に『機械』が終わるのと同時に、この本も終わる。これにはおどろいた。だんだん残りのページが少なくなっていくのを目で確認し、左手の指に感じていても、もうそんな話ではない。<br />「読み終わる」ことを目指さなくても、読んでいれば、いつかは読み終わってしまう。そこにおどろく自分におどろいた。<br />　そして、この本は（というか、どの本も）最初のページに戻ればまた最初からはじまるということにまた感じ入った。<br />　そんなふうにして私は『時間のかかる読書』を読んだし、まだ読んでいる最中だ。<br /><br /><br /><br />　○　○　○<br /><br /><br />追記：<br />　やっぱり書く。私が宮沢章夫さんの本を読むようになったのは、2000年の正月に古本屋の棚から<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101463212/naoyadyndnsor-22/ref=nosim/" target="_blank">『牛への道』</a>が降ってきたからだが、すぐに<a href="http://www.u-ench.com/fuji21/" target="_blank"><u>サイトの日記</u></a>も読むようになって、『機械』の読書ノートを連載中、ということも知った。だけど「単行本になってからまとめて読もう」と決めていたから、連載しているあいだは掲載誌には手を伸ばさず、ずっと待っていた。それがようやく一冊の本にまとまって、思うぞんぶん読めたからとても感慨深い、などと書くのはいかにもおおげさだけど、おおげさになる理由はほかにもある。<br />　というのは、待っているあいだも、毎月毎月ひたすら『機械』を読むという、地味かつ無謀な連載を続けている人がいるんだ、というのはずっとあたまにあって、そんなノートにあこがれる思いで私はトマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』の読書メモをはじめたのだった。たしか2004年のことで、それが私のウェブ日記のはじまり。<br />　もっとも、それはたったの半年で挫折して、いまのこのブログでは<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-category-12.html" target="_blank"><u>ここ</u></a>にしまってあるだけだから、時間も量もぜんぜんたいしたことがない。<br />　まったくだらしない告白だが、ふつうは目に見えない「動機」なるものを、何年も経ってから本屋で一冊の本として購入し、こうやって感想を書きながら手に取ってパラパラめくったりしているというのはめずらしい状況かもしれず、それでいまの自分の気持に「感慨」という言葉をあてても嘘ではない気がしているのだった。<br />　よくわからなくなってきたが、やっぱり本は読むべきだ。えんえん、読むべきだ。なんだこのまとめ。 ]]>
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<dc:subject>本</dc:subject>
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<title>読中日記　（16）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10） （11） （12） （13） （14） （15）■ 11月7日（土）　いいかげん、この読中日記の発端だったところのピンチョンInherent Vice を読まないと、あれは自分のなかでも「なかったこと」になってしまうのではないかと不安になり、今月に入ってからちまちまページをめくっているが、私の読解力ではひと晩に数ページしか進まない。　加えて、読んだことをどんなふうに書い
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-616.html">（<u>11</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">（<u>12</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-618.html">（<u>13</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-619.html">（<u>14</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-620.html">（<u>15</u>）</a></Div><br /><br />■ 11月7日（土）<br /><br />　いいかげん、この読中日記の発端だったところの<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1594202249/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">ピンチョン<i>Inherent Vice</i></a> を読まないと、あれは自分のなかでも「なかったこと」になってしまうのではないかと不安になり、今月に入ってからちまちまページをめくっているが、私の読解力ではひと晩に数ページしか進まない。<br />　加えて、読んだことをどんなふうに書いていけばいいのか見当がつかず（だって、いずれ確実に翻訳が出るのにあらすじを書いてもしかたがない）、こんな読書ペースでは書いてあった内容を忘れてしまいそうだからこせこせメモをとっているが、そのせいでなおさら速度は落ちていく。<br />　困ったことだ。というのはこの小説、どうやら、1970年のアメリカ西海岸を舞台にしてどんどん話の展開するミステリで、考えてもみてほしい、どんどんページがめくれるから面白いはずの小説を、1日にせいぜい10ページずつ読むのでは、お互いにとって不幸なのじゃないだろうか。<br />　つまり、読みたい本が自分の身の丈にあってなかったのがそもそものまちがいだと考えていた本日夕方、隣町の書店でもって、<strong>宮沢章夫『時間のかかる読書』</strong>が出ているのを見つけてすかさずレジに持っていった。<br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019447/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/517AId9UjpL._SL160_.jpg" alt="時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4309019447/outofthekitchen" target="_blank">時間のかかる読書―横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず</a><br />(2009/11/06)<br />宮沢 章夫<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019447/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br />　横光利一の短篇「機械」を、雑誌の連載で11年と数ヶ月かけて読んだ記録として、ずっと予告されていた本だ。「はじめに」にこうあった。<br /><Blockquote>《だが、速く読む必要などなにもない。》</Blockquote><br />　とつぜん何を言い出すんだ。いや、しかしこの断言の力強さはどうだ。<br />　宮沢章夫がものすごくゆっくり書いたこの本を「速く読む必要などなにもない」、私もなるべくゆっくり読もうと思って、チョコレートと食パンとコーヒー豆を買い、なぜか電車にも乗らずに歩いて部屋まで帰ったのに、気がつくとうっかり80ページほど読んでしまった。ここまでにも印象的な部分はいくつもあって、面白いなあと感じ入るたびに「はじめに」に戻っている。<br /><Blockquote>《早回しはだめだ。<br />　早く回してなにが知りたいのだ。<br />　速読はそれに似ている。<br />　だから逆に言えば、「読み」は遅ければ遅いほどいい、とも言えるが、しかしそれが、ふつうに読めばおよそ一時間で読めるところを、十一年以上かけたとしたら、いったいなにが起こっているのか人は不審に思うのではないか。まあ、簡単にまとめてしまうなら、それはきわめて愚かなふるまいである。》</Blockquote><br />　この連載を「ひとつの冗談として書いていた」と言っている以上、うえの引用もまた冗談なのかもしれないけれど、せめて私も小声でこう言ってみたい。<br />　身の丈のことなど知らない。<br /><br /><Div Align="right">［<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-623.html">…続き</a>］</Div><br /><br />★冒頭にまず「機械」そのものが再録されているので、この短篇を読んだことのない人でも『時間のかかる読書』は安心して手に取れる。 ]]>
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<title>読中日記　（15）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10） （11） （12） （13） （14） ■ 10月15日（木）　高校以来の友人Bからメール。彼のメールにはいつも用件しかない。藤子F全集はどんな感じで集め始めた？俺はとりあえずオバQとエスパー魔美。　おそれつつ、「ド、ドラえもんとオバQを…これから買おうと思います…」と返信。返ってきたのは見損なった　最後に「。」も付いていない。 ■ 10月17日（土）『フロム・ヘル』
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-616.html">（<u>11</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">（<u>12</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-618.html">（<u>13</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-619.html">（<u>14</u>）</a></Div><br /><br /> ■ 10月15日（木）<br /><br />　高校以来の友人Bからメール。彼のメールにはいつも用件しかない。<br /><Blockquote><a href="http://www.shogakukan.co.jp/fzenshu/top.html" target="_blank">藤子F全集</a>はどんな感じで集め始めた？<br />俺はとりあえずオバQとエスパー魔美。</Blockquote><br />　おそれつつ、「ド、ドラえもんとオバQを…これから買おうと思います…」と返信。返ってきたのは<br /><Blockquote>見損なった</Blockquote><br />　最後に「。」も付いていない。<br /><br /><br /> ■ 10月17日（土）<br /><br />『フロム・ヘル』の上巻を買いに行き、藤子F全集の『ドラえもん』第1巻を買って帰る。<br /><br /><br /> ■ 10月18日（日）<br /><br />・夜、隣町の駅前を歩いていると、前方から来た女性が提げている紙袋に<strong>水木しげるの悪魔くん</strong>が描かれていた気がして思わず立ち止まる。<br />　見まちがいか？　しかし、すぐあとに同じ方向からやってきた人も同じ紙袋を提げている。思わずあとを追い、それはどこで手に入れたのかと問いただしたくなる気持を抑えて、またまた同じものを持った人が通るのを待ち受け、その紙袋が<strong>ユニクロ発</strong>であることを確認。白黒の絵が悪魔くんと鬼太郎であることも確認。ありえないツーショットなんだけど、こんどぜったい何か買ってあの紙袋に入れてもらわなくては、と決意する。見事な本末転倒。<br /><br />・<a href="http://www.u-ench.com/fuji21/" target="_blank">宮沢章夫</a>が横光利一の短篇「機械」について、12年間書き続けた連載をまとめた『時間のかかる読書』がそろそろ本屋に並ぶはず、と思って隣町の大きい書店を回ってみたけどどこにもない。あとで調べたら、発売が11月に延びたらしい。でも、11月23日（月）に「刊行記念トークライブ＋サイン会」があるのを知った（@リブロ池袋店）。<br />　しかし、11月23日の祝日が休日ではないのもすでにわかっている。ああ悔しい。そのいっぽう、立ち読みした<a href="http://www.kawade.co.jp/np/bungei.html" target="_blank">「文藝」の冬号</a>には、いとうせいこうによる『時間のかかる読書』の書評がもう載っていた。<br />　1時間足らずで読み終わる「機械」を相手に、小説の本文をはるかに上回る量の文章を書き連ねるという宮沢章夫のふるまいを、たしか、「キトラ古墳に落書きをするのは冒涜だが、キトラ古墳を含めた土地をぜんぶ買ってしまえば、キトラ古墳の歴史に参与することになる」、みたいなたとえを使って評していた。<br />　これは記憶によるのでまちがっているかもしれない。というか、きっとまちがっているだろう。それなのにいまこうして書いたのは、もちろん、「キトラ古墳」と繰り返してみたかったから。キトラキトラ。<br /><br /><br /> ■ 10月19日（月）<br /><br />　光文社の古典新訳文庫で出た、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334751946/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">カフカ『訴訟』</a>を読みはじめる<span style=font-size:x-small>（丘沢静也訳）</span>。『審判』の、タイトルから変えた新訳。読んでも読んでも進まない。読了まで1週間かかる。<br /><Blockquote>《「ふたつの方法には共通点がある。被告が有罪判決を受けないよう、邪魔してくれる」。「でも、本当に釈放されないよう、邪魔もしてくれる」と、Ｋは、そのことに気づいたことを恥じているかのように言った。「お、核心をつかみましたね」と、画家が早口で言った。》<span style=font-size:x-small>p239</span></Blockquote><br />　巻末の「解説」によると、カフカの草稿を友人マックス・ブロートが編集したものが最初に世に出たカフカ全集だが、ブロートの死後、より草稿に近いかたちで（なるべく編集を排して）まとめ直した「<strong>批判版全集</strong>」が作られた。さらにそのあと、草稿の書かれたノートをそのまま紙に起こして生まれたものを「<strong>史的批判版全集</strong>」というらしい。もう何がなにやら。<br />『訴訟』にいたっては、草稿ノートが16冊に分かれているため、「史的批判版」ではじっさいに箱入りの16分冊になっているという（さすがに古典新訳文庫は1巻にまとめている）。<br />　こういう状況が面白いなあ、とかいう以外のことを書こうとすると、どうしたってえんえん引用するしかない。<br /><br /><br /> ■ 10月23日（金）<br /><br />　なんか評判らしいので、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163286209/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">マット・ラフ『バッド・モンキーズ』</a>を読む<span style=font-size:x-small>（文藝春秋刊、横山啓明訳）</span>。ものすごい速さでページがめくれるので楽しい。カフカのあとだとなおさらだ。1日で読み終わる。「立派」とか言われないように駆け抜ける感じが立派。<br /><br /><br /> ■ 10月24日（土）<br /><br />　水木しげるの悪魔くん（白黒）紙袋を目当てに隣町のユニクロへ行く。エスカレーターですれちがう人の紙袋は（1）ニャロメ （2）カラーの鬼太郎ファミリー （3）なんかカッコいいやつ、の3種類。不安がよぎる。<br />　安い買い物をしてレジに並び、どきどきしながら「紙袋を売っていただくことはできないでしょうか」と訊いてみる。<br />「無料でおつけしますけど、ご希望がございますか？」<br />「あの、白黒の鬼太郎を」<span style=font-size:x-small>（←悪魔くん、では通じないと考えている）</span><br />「(2人がかりで捜したあとで)ああー、あれはもうないようです」<br />「そうですかすみません、ほんとすみません」<br />「カラーのものでもよろしいでしょうか」<br />「はいすみません、ほんとすみません」<br />「…2枚おつけしましょうか？」<br />「いえいえけっこうです、ほんとすみません」<br /><br />　われながら本当にキモい客。ユニクロの接客は世界一、と書いてみてもフォローになるだろうか。<br /><br /><br /> ■ 10月25日（日）<br /><br />・友達に誘われ遠くのスポーツ施設。体力と引き替えに全身の痛みを手に入れた。以後、さまざまな意見の交換。「キモい」「おまえがキモい」「どっちもキモい」というやりとりを数セット。<br />・深夜に帰宅、<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480022376/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">水木しげる『悪魔くん千年王国』<span style=font-size:x-small>（ちくま文庫）</span></a>を掘り出して読みはじめる。<br /><br /><Div Align="right">→ <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-621.html">（<u>16</u>）</a></Div><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091434037/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51PNrK-mqvL._SL160_.jpg" alt="ドラえもん 1 (藤子・F・不二雄大全集)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4091434037/outofthekitchen" target="_blank">ドラえもん 1 (藤子・F・不二雄大全集)</a><br />(2009/07/24)<br />藤子・F・不二雄<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4091434037/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334751946/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41IFb8hOMkL._SL160_.jpg" alt="訴訟 (光文社古典新訳文庫)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4334751946/outofthekitchen" target="_blank">訴訟 (光文社古典新訳文庫)</a><br />(2009/10/08)<br />フランツ カフカ<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334751946/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163286209/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/61i2NK3A89L._SL160_.jpg" alt="バッド・モンキーズ" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4163286209/outofthekitchen" target="_blank">バッド・モンキーズ</a><br />(2009/10)<br />マット ラフ<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163286209/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480022376/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/613ST0KXbgL._SL160_.jpg" alt="悪魔くん千年王国 (ちくま文庫)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4480022376/outofthekitchen" target="_blank">悪魔くん千年王国 (ちくま文庫)</a><br />(1988/06)<br />水木 しげる<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480022376/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table> ]]>
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<dc:subject>本</dc:subject>
<dc:date>2009-10-26T04:38:30+09:00</dc:date>
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<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>読中日記　（14）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10） （11） （12） （13）　保坂和志「未明の闘争」を読んで池袋に行った話の続き。　前回の最後にした引用Ｄの次が下の引用Ｅだけど、と書いてみて、だれもそんなことおぼえていないと思うから、両方とも引用する。区切りを入れたが、実際には、ここは段落が変わるだけで切れ目なくつながっている。D《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-616.html">（<u>11</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">（<u>12</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-618.html">（<u>13</u>）</a></Div><br /><br />　保坂和志「未明の闘争」を読んで池袋に行った話の続き。<br />　前回の最後にした引用<strong>Ｄ</strong>の次が下の引用<strong>Ｅ</strong>だけど、と書いてみて、だれもそんなことおぼえていないと思うから、両方とも引用する。区切りを入れたが、実際には、ここは段落が変わるだけで切れ目なくつながっている。<br /><Blockquote><strong>D</strong>《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉路のうちの三本はだから太い。あとの二本はだいぶ細い。T字を横にした┤の右に三角定規の直角を┤のタテ棒というのは南北のことだが、そのタテ棒に対して三十度の開きでくっつけた感じだ。右のこの二本は狭いからビックリガードを抜けてきた変則四車線の道路のつづきということはまったくなく、そこから来た車はみんな明治通りに入ってゆく。》<br /><br /><strong>Ｅ</strong>《右側の狭い二本の道で直角に仕切られたエリアはいまはジュンク堂書店が建っているが、そのときあったのは証券会社だった。そのエリアの上側、というのは北側の三十度の角度の三角州のようなエリアはいまはカラオケ館のビルがあるが、そのときあったのは五階建てのテナントビルで、屋上にローン会社のアコムの大きな看板が乗っていた。途中目立つものはないが、一階と二階がダンキンドーナツだったから目印のピンクとオレンジの縞の装飾が目立っていた。<br />　というその五叉路に私がもうじき着くタイミングでスクランブル交差点の信号がいっせいに歩行者青になった。時間は十二時半。》</Blockquote><br />　<strong>D</strong>で「T字を横にした┤」という道のかたちが出てきて、<strong>E</strong>ではその「右側」に直角のエリアをくっつけるという説明がなされている。これって、視点としては俯瞰になるわけである。<br />　この小説、<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">前々回の（<u>12</u>）</a>で書いたような「<strong>私は</strong>」の力業で対象との距離を消し、場面に没入するような始めかたをしながら、同時に、「私」の視点からではありえない俯瞰も混ぜてくるのである。没入と俯瞰はおなじ枠には収まらない。結果、書かれている内容が「とらえにくい」ということになる。<br />　そのうえ、次は《<strong>というその五叉路に私がもうじき着くタイミングでスクランブル交差点の信号が</strong>》となるのだ。駅をむく「私」の視点に戻っている。<br /><br />　私は読んでいて、洗濯機のなかでかき回されているような思いがする。私はそのときジュンク堂に入り、1階雑誌売り場の「群像」でもういちど「未明の闘争」を読み直した。上記のようにこちらを撹拌してくる記述で気持悪くなっているのに加えて、さらに、小説の現場とほぼ同じ場所に自分がいるせいでますますおかしな気分になる――かと思ったら、意外にも、位置関係がわかったおかげで「未明の闘争」冒頭2ページはすんなり読めるようになっていた。<br />　ということは、1種類の視点（認識）では把握できない書き方がされている文章を、私は現場に立つことで理解可能なものにしてしまったわけである。これは、しないほうがよかった気がする。小説は文章だけでできていて、文章のとらえにくさを現実の情報で埋め合わせるのは、なんだろう、お店で食べた味をグルメサイトの記述で補完するような（いや、逆か？）本末転倒だった気がする。<br />　私はその日、それからビックリガードの下をくぐり、池袋の駅の反対側に出てしばらく迷った。でも、現実の土地で迷うのと、小説の変な記述を読み迷うのとでは、感覚がぜんぜんちがう。<br />（後者のほうが軽く吐き気をおぼえさえするのは、あたまのなかだけで迷い、体感が伴わないからだと思う）<br /><br />　それで、池袋に来る前の「とらえにくさ」を思い出しながらここまで書いてきた次第だが、<strong>E</strong>のあと、「私」が大勢の人と一緒に横断歩道を渡る（現・ジュンク堂から西武のほうに渡る）シーンも面白い。最後のところだけ引用する。<br /><Blockquote>《小学五年生ぐらいの女の子が大事そうに子猫を抱き、それをガードするように同級生らしき女の子が二人寄り添って歩いていた。胸にファイルを抱えた二十代前半の女の子が顔をやや上に向け、何かを暗記するようにぶつぶつ口を動かしているのが、子猫を抱いた女の子の十年後の姿に感じられた。》</Blockquote><br />　さっきまでは位置に関する視点が撹拌され、ここでは時間も撹拌されているように思う。少なくとも私は、一時に見た光景のなかにこんな時間の飛躍をとらえたことはない。そしてこう続く。<br /><Blockquote>《ナースキャップをつけたまま制服に紺のカーディガンを羽織っただけの看護婦が私をうしろから追い越しそのまま小走りにファイルを抱えた女の子の前をかすめ、自転車の青年をよけると、その向こうに一週間前に死んだ篠島が右の方から歩いてきた。》</Blockquote><br />　これはちょっと鮮やかすぎるくらい鮮やかだ。そして「私」は、近くに立っていた知人の「長谷川信也」が、死んだ篠島から挨拶されるのを見る。<br />　どうしてこんな状況が、というのが徐々にわかってくるのは、「私」が西武の上階のカルチャーセンター（もと職場）に入り、そこにいた「戸田芳文」と話すあたりからだ。<br /><Blockquote>《「篠島来たのか。」私は戸田芳文に訊くと、戸田芳文は力ない沈んだ声で、<br />「トイレ行って来るって、一回来てまた出てったんですよ。」<br />　戸田芳文というのはこんな時にも丁寧語を忘れない。篠島のショルダーバッグが戸田芳文の左隣の席に置いてある。篠島はこれを下げていた。私はさっき交差点でたしかに見た。ダンキンドーナツの前には長谷川信也がまだ突っ立っている。》</Blockquote><br />《ダンキンドーナツの前には長谷川信也がまだ突っ立っている》のが、いまの「私」に見えるはずがない。<br />　面白いのは、このような書きかたは、これより前のビックリガードと五叉路の説明も含めて、<strong>下手と区別がつかない</strong>ということだ。でも私は、保坂和志がそんな作家ではないのを知ってしまってもいる。これもまた、当の小説以外の情報かもしれないが。<br />　そこで、位置と時間の変な具合について、逆にとらえてみる。つまり、位置と時間が<strong>脈絡なく混ざっている</strong>と受け取るのをよしてみる。<br />　そうすると、強引な「私は」で強引に場が設定されているために、客観的な視点（俯瞰は客観的だと思う）を使っても、記述の全体が「私」の気配を帯びる、すべてに<strong>「私」が充満している</strong>、という感じがしてくる。そんな認識のしかたがありえるのは、おそらく夢のなかだけだ。<br />（いま、しばらくがんばって、自分が夢を見るとき、位置関係を俯瞰してとらえる視点があるかどうかを思い出そうとした。が、いかんせん、いまは目を覚ましているのでよくわからない。そのような視点がたしかにあるとすると、この混乱した記述は、夢としては一貫しているとも言える。特に結論はない）<br />　そしてこのへんで、わずか3ページ前の冒頭の記述に戻ってみると、<br /><Blockquote>《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。》</Blockquote><br />　とあって、なんだはじめから夢だと書いてあるじゃないかと気づいたのである。初読時の私はそれを忘れていた。そうすると、このあたりの全体に書かれてあることは夢じゃないのか、という思いつきが、どの時点で私に生まれたのか。それはすでに知りようがない。もういちど、初めて読みたい。それは無理である。<br /><br />「私」が夢から覚めたあとの記述は、ここまでに較べると格段に読みやすくなる。格段に読みやすいのに何事か不穏な気配が漂っているからどきどきするのだが、それについてはまた来月、続きを読んで考える。<br /><br /><Div Align="right">→ <a 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<dc:subject>本</dc:subject>
<dc:date>2009-10-20T04:12:48+09:00</dc:date>
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<title>読中日記　（13）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10） （11） （12）　保坂和志「未明の闘争」（「群像」11月号）の冒頭を、もう一回書き写す。（引用の前に記号を付ける。AからEまで、どれも最初の2ページから引いた）A《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガー
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-616.html">（<u>11</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">（<u>12</u>）</a></Div><br /><br />　保坂和志「未明の闘争」<span style=font-size:x-small>（<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">「群像」11月号</a>）</span>の冒頭を、もう一回書き写す。<br />（引用の前に記号を付ける。AからEまで、どれも<strong>最初の2ページ</strong>から引いた）<br /><Blockquote><strong>A</strong>《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》</Blockquote><br />「ビックリガード」がわからないので、五叉路がどこの五叉路なのか、いまひとつピンとこない。あそこか？とも思うが、そもそも、こんな五叉路はウソなのかもしれない。いや、ここがウソだと夢の描写としておかしい、だから正確に書かれているはずだ、というのはわかるのだが、続いて出てくる、この場所のさらなる説明は、まるで「なるべくわかりにくくする」のを意図して書かれているかのようだ。<br /><Blockquote><strong>B</strong>《［…］西側の南寄りにあるホテルメトロポリタンの南の端を西から来た片側三車線と片側一車線という変則の四車線道路がかすめる。道路はそこを過ぎると地下一階分くらい下降して、幅百メートルほどある線路の下に潜る。採光が悪く照明もろくにないそこがビックリガードだ。》<br /><br /><strong>C</strong>《山手線と埼京線と貨物の線路と西武池袋線が地上を走っているために、西と東を行き来するにはビックリガードをくぐらなければならない。百メートルあるガードをくぐりきる前に道路は上り勾配になり、地面の高さに完全にもどりきるより前に明治通りに合流するそこが「ビックリガードの五叉路」だ。》</Blockquote><br />「そこが」って、どこだ。私がようやく見当をつけることができたのは、次の記述を読んでからである。<br /><Blockquote><strong>D</strong>《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉路のうちの三本はだから太い。あとの二本はだいぶ細い。T字を横にした┤の右に三角定規の直角を┤のタテ棒というのは南北のことだが、そのタテ棒に対して三十度の開きでくっつけた感じだ。右のこの二本は狭いからビックリガードを抜けてきた変速四車線の道路のつづきということはまったくなく、そこから来た車はみんな明治通りに入ってゆく。》<br /><br /><strong>E</strong>《右側の狭い二本の道で直角に仕切られたエリアはいまはジュンク堂書店が建っているが、そのときあったのは証券会社だった。そのエリアの上側、というのは北側の三十度の角度の三角州のようなエリアはいまはカラオケ館のビルがあるが、そのときあったのは五階建てのテナントビルで、屋上にローン会社のアコムの大きな看板が乗っていた。［…］<br />　というその五叉路に私がもうじき着くタイミングでスクランブル交差点の信号がいっせいに歩行者青になった。時間は十二時半。》</Blockquote><br />　つまりは、「ジュンク堂書店池袋店で買い物をして、駅へ戻るために渡る横断歩道」である。そう書いてくれれば話は早かった。これだって、ジュンク堂に行ったことのない人からすればさっぱりだろうが、そんな人にもよくわかるようにと上の引用部分が書かれた<strong>のではない</strong>のはまちがいない。繰り返すが、だって、すごくわかりにくいのだ。位置関係をつかみにくくするための書き方。話を早くしないための書き方。読み直すほどに翻弄されるというか、単純に気持が悪くなってくるので、実際に池袋へ行ってみることにした。<br /><br />　私は10月12日の日曜日午後に池袋へ着くと、西武内のリブロの雑誌売り場に置いてある「群像」で「未明の闘争」の上記引用部分をあらためて3回読み直した。そのまま1階出口から外へ出て横断歩道を2本渡り、巨大なジュンク堂書店の前まで行く。私はそれからいま自分が歩いてきたほうに向きを変え、目の前を真横に走る明治通りを見ているところで、最初の引用を再度する。<br /><Blockquote><strong>A</strong>《［…］明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》</Blockquote><br />　私の方向はこれで合っている。私は自分が渡ってきた横断歩道の左側に太い道路が延びて行き、それが下降して線路の下にもぐるのが見える。ビックリガード！私はまわりにこれだけ人がいるなら同じく「未明の闘争」を確認に来ている人がいないかと思いながら（<strong>それはない</strong>）引用を確かめる。<br /><Blockquote><strong>B</strong>《［…］西側の南寄りにあるホテルメトロポリタンの南の端を西から来た片側三車線と片側一車線という変則の四車線道路がかすめる。道路はそこを過ぎると地下一階分くらい下降して、幅百メートルほどある線路の下に潜る。採光が悪く照明もろくにないそこがビックリガードだ。》</Blockquote><br />　早くもここが、説明として飲み込めない。ジュンク堂から駅のほうを見るのは、東から西にむかう方向なのに、いまのＢの説明は、車道を西から東になぞっている。<br />　原因は、「ビックリガードの五叉路」と「ビックリガード」の距離だ。小説の「私」が「篠島」を見た現場は「ビックリガードの五叉路」だから、そこを説明するためにまず「ビックリガード」から述べる、という論理のつながりがあって、それなのに「ビックリガードの五叉路」と「ビックリガード」はけっこう離れている。そのためいったん五叉路を離れてビックリガードについて書くことになり、今はジュンク堂になっている証券会社の前から駅にむかう歩行者「私」の目からでは見えやしない記述（B）が取り入れられたのだと思われる。論理のつながりが地理のつながりを切断する。車道の流れは私のむいている方向と正反対だ。<br />　不思議なのは、わかりやすさを優先するなら五叉路についてだけ書けばよく、たとえ通称が「ビックリガードの五叉路」だとしても、ビックリガードの説明から語り起こす必要は特にないだろう、ということだ（「私」は五叉路を渡ってから、ビックリガードには行かず、西武の建物に入るのである）。<br />　ということは、ここの記述において、五叉路だけでなく、行きもしないビックリガードについても書いておかないといけない理由があった、つまり、わかりやすさ以上に優先したいものがあったということになる。それがさっき書いた「ビックリガードの五叉路」→「ビックリガード」という論理なのかもしれない。もっとも、私は、<strong>ただこういう書き方がしたかった</strong>からじゃないかとも思うのだが、それはどんな書き方なのか。次もやはり、西から東へむかう車の立場で書かれている。<br /><Blockquote><strong>C</strong>《山手線と埼京線と貨物の線路と西武池袋線が地上を走っているために、西と東を行き来するにはビックリガードをくぐらなければならない。百メートルあるガードをくぐりきる前に道路は上り勾配になり、地面の高さに完全にもどりきるより前に明治通りに合流するそこが「ビックリガードの五叉路」だ。》</Blockquote><br />「ビックリガードの五叉路」から「ビックリガード」にさかのぼったのが、再度「五叉路」に戻ってきたわけである。これに続く次の説明も、そのままつながっているのがはじめてわかった。<br /><Blockquote><strong>D</strong>《明治通りとビックリガードをくぐってきた道路でT字ができる。五叉路のうちの三本はだから太い。あとの二本はだいぶ細い。T字を横にした┤の右に三角定規の直角を┤のタテ棒というのは南北のことだが、そのタテ棒に対して三十度の開きでくっつけた感じだ。右のこの二本は狭いからビックリガードを抜けてきた変速四車線の道路のつづきということはまったくなく、そこから来た車はみんな明治通りに入ってゆく。》</Blockquote><br />　位置関係を「T字」で説明するのは、また別の問題になると思われる。<br /><br /><Div Align="right">→ <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-619.html">（<u>14</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-620.html">（<u>15</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-621.html">（<u>16</u>）</a></Div><br /><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51buzARObfL._SL160_.jpg" alt="群像 2009年 11月号 [雑誌]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B002QUQNIA/outofthekitchen" target="_blank">群像 2009年 11月号 [雑誌]</a><br />(2009/10/07)<br />不明<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table> ]]>
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<dc:subject>本</dc:subject>
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<title>読中日記　（12）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10） （11）「群像」11月号の保坂和志「未明の闘争」第1回を読みはじめると、いきなり「？」とつまづくことになる。《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-616.html">（<u>11</u>）</a></Div><br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%BE%A4%E5%83%8F-2009%E5%B9%B4-11%E6%9C%88%E5%8F%B7-%E9%9B%91%E8%AA%8C/dp/B002QUQNIA/ref=sr_1_3?ie=UTF8&s=books&qid=1255452081&sr=8-3" target="_blank">「群像」11月号</a>の保坂和志「未明の闘争」第1回を読みはじめると、いきなり「？」とつまづくことになる。<br /><Blockquote>《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》</Blockquote><br />　最後の部分、《<strong>私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。</strong>》がおかしい。一瞬、見まちがいかと思って読み直すが、まちがいなくまちがっている。誤植ではないとわかるのは、このあとも、おかしい「<strong>私は</strong>」が続くからだ。<br /><Blockquote>《<strong>私は</strong>そこまで小走りして、<br />「いまの篠島だったよな。」と言うと、長谷川信也はものすごく難しい顔で首をねじるように傾げて、》<br /><br />《<strong>私は</strong>信号はすでに赤に変わっていたから、まわりの人に聞かれないように声を低くしなければならなかった。》<br /><br />《<strong>私は</strong>エレベーターでカルチャーセンターのある八階に上ると、エレベーターホールからそのままつづいているロビーの広いスペースを見回したが篠島の姿は見えなかった。<br />　<strong>私は</strong>ロビーは十二年間も勤めていた場所なので、いちいち見なくてもどこに何があるか知っていた。》</Blockquote><br />　この繰り返しは気持が悪い。ここから出てくる不穏な雰囲気は、<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%B9-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%BF%9D%E5%9D%82-%E5%92%8C%E5%BF%97/dp/4101449244/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1255450155&sr=1-1" target="_blank">『カンバセイション・ピース』</a>とはだいぶちがう。私の読んだ保坂作品だと唯一、<a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%80%81%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%A5%8F%E3%81%A7%E3%82%8B%E9%9F%B3%E6%A5%BD-%E4%BF%9D%E5%9D%82-%E5%92%8C%E5%BF%97/dp/4103982071/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1255450180&sr=1-1" target="_blank">『小説、世界の奏でる音楽』</a>に入っている短篇、「K先生の葬儀実行委員として」がこれに近いかもと思ったが、さっき読み直してみると、あちらもやっぱりおかしい小説だったものの、少なくとも、こちらほどあからさまにおかしな日本語は使われていなかった。<br />（その代わり、「死んだ人間が目の前で横断歩道を渡る」話はあちらにもあったのを確認した）<br /><br />　不穏とか言いつつ、保坂和志はどうしちゃったんだと心配するのではなくて、このおかしな「<strong>私は</strong>」の採用を、いよいよこういう書き方に乗り出したんだな、と受けとめ一種の安心のうちに落ち着けることはできる。<br />　なんとなれば、保坂和志がいちばんの尊敬を捧げる小島信夫、その去年復刊された<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B0%8F%E5%B3%B6-%E4%BF%A1%E5%A4%AB/dp/4101145016/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1255450125&sr=1-1" target="_blank">新潮文庫『アメリカン・スクール』</a>の巻末に、それこそ保坂和志じしんが書き下ろした「解説」を私は読んでいたからで、そこには、小島信夫の文章の強さを生む動因のひとつに、日本語としておかしい「○○<strong>は</strong>」がある、と述べられていたのだった。<br /><Blockquote>《［…］少なくとも小島作品においては、「は」は「が」より強く、「は」を途中に入れるより文頭に持ってくる方が強い。それによって読者は書かれた内容との距離感を失う。［…］》<br /><br />《書こうとする情景や心理状態と書く自分との関係を、よくよく心して変え、しかもそれを注意深く持続させていないと、すぐにセンテンスは「は」でなくなってしまう。文を書くということは思う以上に対象と距離を取ることだったんだなと痛感した。》<span style=font-size:x-small>『アメリカン・スクール』解説p389</span></Blockquote><br />　でも、こうやって過去の文章をひっぱってきて「こういう意図を実践するのだな」と読者の私が安心してしまうのは、保坂和志の本意ではないだろう。本気で心配する（どうしちゃったんだ）ほうがまだましだ。なにしろ、「書かれた内容との距離感を失」わせる「<strong>私は</strong>」なのだから、ここで私が小説の実物から離れてしまってどうする。<br /><Blockquote>《ずいぶん鮮明だった夢でも九年も経つと細部の不確かさが現実と変わらなくなるのを避けられない。明治通りを雑司ヶ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。》</Blockquote><br />　私はそれで最初の引用を読み直してみると、「これは夢の描写の始まりですよ」とはっきり書いてあるのも同然だ。私は夢の途中で「これは夢だ」と気づけたことがない。だからいつも必死で切迫している。そんな感じをなぞるような、これは「<strong>私は</strong>」の連打なのだった。<br />　そして小説の「私」はほどなく夢から覚めて、私は読みながらうすうす期待していたとおり、起きてからもなお、おかしな「<strong>私は</strong>」が繰り返されて、そのまま次号へ続くのである。<br />　いわゆる「この先の展開が読めない」というのより以前の段階で、この小説はどうなるのか、どこへ行くのか。ところで、この小説を読んだ私は池袋へ行った。その話は次回。<br /><br /><Div Align="right">→ <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-618.html">（<u>13</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-619.html">（<u>14</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-620.html">（<u>15</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-621.html">（<u>16</u>）</a></Div><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51buzARObfL._SL160_.jpg" alt="群像 2009年 11月号 [雑誌]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B002QUQNIA/outofthekitchen" target="_blank">群像 2009年 11月号 [雑誌]</a><br />(2009/10/07)<br />不明<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101145016/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51wEcmBBCgL._SL160_.jpg" alt="アメリカン・スクール (新潮文庫)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4101145016/outofthekitchen" target="_blank">アメリカン・スクール (新潮文庫)</a><br />(2007/12)<br />小島 信夫<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101145016/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table> ]]>
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<dc:subject>本</dc:subject>
<dc:date>2009-10-14T02:13:13+09:00</dc:date>
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<title>読中日記　（11）</title>
<description> （1） （2） （3） （4） （5） （6） （7） （8） （9） （10）　すごいものを読んだので、これまでの日付を無視して更新。　　保坂和志のあたらしい小説「未明の闘争」が、「群像」の11月号から連載開始、と知って買いに行き、さっそく読んだんだけどその話はまた今度、買ってきてはじめてわかったのは、この11月号で小特集“知られざるウラジーミル・ナボコフ”が組まれていたことだった。（あ）未発表の初期短篇「ナターシャ」の
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<![CDATA[ <Div Align="right"><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-605.html">（<u>1</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-606.html">（<u>2</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-607.html">（<u>3</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-609.html">（<u>4</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-610.html">（<u>5</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-611.html">（<u>6</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-612.html">（<u>7</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-613.html">（<u>8</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-614.html">（<u>9</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-615.html">（<u>10</u>）</a></Div><br /><br />　すごいものを読んだので、これまでの日付を無視して更新。<br />　<br />　保坂和志のあたらしい小説「未明の闘争」が、<a href="http://shop.kodansha.jp/bc/books/bungei/gunzo/backno/2009/11.html" target="_blank">「群像」の11月号</a>から連載開始、と知って買いに行き、さっそく読んだんだけど<strong><a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">その話はまた今度</a></strong>、買ってきてはじめてわかったのは、この11月号で小特集“<strong>知られざるウラジーミル・ナボコフ</strong>”が組まれていたことだった。<br /><br />（あ）未発表の初期短篇「ナターシャ」の翻訳と解題（沼野充義）<br />（い）ブライアン・ボイドのエッセイ（秋草俊一郎訳）<br />（う）若島正の評論<br /><br />（あ）はまあ、なるほどナボコフであるなという鮮やかな短篇だった。ロシアを追われた父娘。幻影。上記の保坂和志と表面的にかぶってるように読めなくもない部分があったりする（1枚めくるとたぶん全然ちがう）。<br />（い）のブライアン・ボイド氏はナボコフ研究の世界的権威で<span style=font-size:x-small>（<a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-200.html">→<u>これ</u></a>とか参照）</span>、この人が学生時代からどのようにナボコフ作品にアプローチしてきたか、ひいてはナボコフの死後、どうやって未亡人と息子の信用を勝ち得て今はどんな仕事を進めているかという、専門家としての半生記みたいなものになっている。<br />　ここまではふつうに読んだ。すごいというのは、（う）の若島正である。<br /><br />　<a href="http://d.hatena.ne.jp/quadrillepad/" target="_blank">こちらのブログ</a>の<a href="http://d.hatena.ne.jp/quadrillepad/20090417/1239982254" target="_blank"><u>この記事</u></a>を見るとわかるように、ナボコフには死の直前まで書いていた<i>The Original of Laura</i> （『ローラのオリジナル』）という小説の草稿があった。<br />　ナボコフの草稿はいつも小さなカードに書かれたそうで、『ローラのオリジナル』の場合、未完成のままついに浄書されることなく終わった138枚のカードの山は、ナボコフ本人が「燃やすように」と伝えていたのに、じっさいには妻から息子へと受け継がれ、結局、作家の没後32年を経て、来月11月に書籍としてまとめられ出版されることになった。<br />（<a href="http://www.amazon.co.jp/Original-Laura-Fragments-Penguin-Classics/dp/0141191155/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=english-books&qid=1255264494&sr=1-2" target="_blank"><u>これ</u></a>だ。なんでも、本来そうだったカードの形に切り離せるようミシン目がついているとかいないとか）<br /><br />　若島正はこの断片の集積から、完成しなかった『ローラのオリジナル』の全体像を、「こうではなかったか」と復元してしまうのである。<br />　はじまるといきなり、1枚目のカードの1行目から駆使される、ナボコフの玄妙な語りを読み解く。つまり、「このような技法である」という説明と、その解読を同時に行う。その延長・発展上に、小説の前半ほど草稿がまとまっていない後半部の姿を描き出して、総体としての『ローラのオリジナル』がどんな作品になりえたかを考えていく。そしてそして、さらにそこから、この一作に限らずにナボコフのむかった創作の方向をとらえることまでしてしまう。<br />　狭い読解から始まりながら、どんどん話がつながって大きくなっていく構成は流れるようで、最終ページ下段、ほとんど終わりの箇所で示される、人名を扱ったトリックは、そこだけ見たらこじつけみたいなものなのに、えらい急角度でこちらに突き刺さった。すごい面白い。<br />　これを読んで、まるで私は、存在しない『ローラのオリジナル』をすでに読んでしまった、しかもたいへんに面白い小説として読み終えたような気持にさえなった。ここにもう一篇の「青白い炎」ができた、というのは論の途中で若島正が自分を茶化すように言っていることでもある。<br />「<strong>「私」の消し方</strong>」というこの評論には、「ナボコフの未完長篇『ローラのオリジナル』を読む」という副題がついている。未完なのに読む、という不可能ごとを実行すると、どうやったって作者に誠実にはなりえない（実物を読んだつもりになってしまう私がその証拠だ）。それもあってナボコフは「燃やせ」と言ったのかもしれないが、しかし、だったらもうこの評論は、<strong>若島正の書いた小説</strong>、として読んでしまえばよいのじゃないかと思う。私はそうする。<br /><br /><br />「群像」、ほかのページもめくってみると、岸本佐知子の「変愛小説集II 」はお休みだったが、小山太一のピンチョンについてのエッセイがあったり（『V.』の新訳が進行中！）、<a href="http://d.hatena.ne.jp/furuyatoshihiro/20091006" target="_blank">古谷利裕の大江健三郎論</a>が載っていたりして、読むところの多い号だった（変な言いかた）。<br />　先月号から<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%87%E5%AD%A6%E7%9B%9B%E8%A1%B0%E5%8F%B2-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E6%BA%90%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4062747812/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1255266097&sr=8-1" target="_blank">『日本文学盛衰史』</a>の続きになる「戦後文学篇」を開始した高橋源一郎は、きわめて高橋源一郎的に快調だった。<br /><br /><Div Align="right">→ <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-617.html">（<u>12</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-618.html">（<u>13</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-619.html">（<u>14</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-620.html">（<u>15</u>）</a> <a href="http://outofthekitchen.blog47.fc2.com/blog-entry-621.html">（<u>16</u>）</a></Div><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51buzARObfL._SL160_.jpg" alt="群像 2009年 11月号 [雑誌]" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/B002QUQNIA/outofthekitchen" target="_blank">群像 2009年 11月号 [雑誌]</a><br />(2009/10/07)<br />不明<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002QUQNIA/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table><br /><br /><table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0141191155/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41x1s2ejXXL._SL160_.jpg" alt="The Original of Laura: (Dying is Fun) a Novel in Fragments (Penguin Modern Classics)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/0141191155/outofthekitchen" target="_blank">The Original of Laura: (Dying is Fun) a Novel in Fragments (Penguin Modern Classics)</a><br />(2009/11/17)<br />Vladimir Nabokov<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0141191155/outofthekitchen/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table> ]]>
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<dc:date>2009-10-11T22:11:42+09:00</dc:date>
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