2017/08/01

大岡昇平『俘虜記』(1952)

俘虜記 (新潮文庫)
新潮文庫(2010)

[…] 日本の俘虜が米軍の温情を感傷的に理解するのは別に困難でなかったはずである。彼等を当惑さしたのはいわば米軍の過度の温情である。彼等は自分を不名誉な俘虜だと思っていたのに、米軍は彼等を人間として扱った。これが彼等を当惑さしたのである。》p102

『野火』は前に読んだけど、こちらは未読だったので読んでみた。上に貼ったamazonの書影だとちょっと手を伸ばしにくいが(個人の感想)、これは古い表紙で、いま売られているのだとこういうふうに変わっています。

 1945年1月、フィリピンのミンドロ島に送られていた35歳の大岡一等兵は米軍に捉えられ、以後11月までの10ヶ月近くを俘虜の一人として収容所で過ごす。
 マラリアにかかったために、移動する自分の部隊から置いていかれてしまい、熱にうかされながら山中をさまよっている最中、こちらに気付かないまま近くを通った米兵を自分が射たなかったのはなぜなのか――と考え続ける中篇「捉まるまで」に始まり、12の章にわたって捕虜生活のさまざまな面を書き継いでいった体験記のようなこの作品の全体に付いたタイトルが『俘虜記』だった(最後に附録として部隊の行動記録がついている)。
 そうすると、“捉まってから”が俘虜のはずなので、「捉まるまで」だけ浮いてるんじゃないかという屁理屈もありえて、いろんな方面から怒られそうな気もするが、いちばん緊張に満ち、主人公の極限体験が文章の力でギリギリと観念的に突き詰められていく、プレ『野火』としての「捉まるまで」は、この『俘虜記』をいちばん代表していない。
 じゃあこれはどんな本なのか。
 俘虜病院で恢復を待ち、収容所へ移されて、たくさんの同じ俘虜たちといっしょになり、そこでの生活が続くにつれて、大岡を含め日本兵たちはおどろきの変化を遂げていた。

 みんな退屈し、のんきになり、(作中の言葉でいえば)堕落していったのだという。

 まじか、と思うが、うんそうか、そうなるか…という納得が遅れてやってくる。
《米軍は俘虜に自国の兵士と同じ給与を与えたのを誇っている。即ち二千七百カロリーであるが、これは体軀の小なる我々日本人には稍々[やや]過多であり、もし役員や炊事員の横領がなかったら、残飯を出したであろう。》p286

 俘虜の扱いについての決まりをきちんと守る米軍の収容所にあっては、俘虜だからこそ身の危険はぜったいになく、食べるものにも不自由せず(彼らは太る)、求められるのはかたちだけの軽作業しかない(しかも、英語が話せた大岡は米兵との通訳のような役についたから特別扱いしてもらえた)。
 ドストエフスキー『死の家の記録』の囚人たちが聞いたらうらやましさで蜂起しそうなくらいにゆるい収容所の生活は、熱帯の気温と湿度のもとで、だらだらと続く。大岡は自分も一員であるそんな俘虜たちを眺めながらアメリカの本・雑誌をもらって読みあさり、シナリオを書き飛ばしては回し読みに供したりして、やっぱり弛緩していく。
 そうやって何をしていたのかというと、観察していた。観察して、分析していた。ただし、その観察にはちょっとクセがある。観察を組み合わせて何らかの主張をまとめると、いびつなものができてしまうようなクセが。

 集団生活である以上、役割や上下関係が作られる。すると見えるところでも隠れたところでも衝突が起こる。俘虜と俘虜のあいだだけでなく、俘虜と米兵のあいだにも、米兵と米兵のあいだにも、そんな摩擦や、媚びへつらいはうかがえる。ここまでは観察の範囲だ。
 それらを読んでいくうちに、観察から一歩進んで、さまざまな個性がさまざまな力関係に従ってうごめく収容所の生活が、まるでふつうの社会と同じものに見えてくる――みたいなことを言いたい気持がムズムズわいてくるのだけれども、これについては「あとがき」で、大岡昇平じしんが《俘虜収容所の事実を藉[か]りて、占領下の社会を風刺するのが、意図であった。》と書いており(p560)、すると「そんなふうに見えるのは、そんなふうに見えるように書いたからだ」という面も確実にあるようなので、このことをあまり発見のように言うのはなんだかはばかられてしまう。

 それに意図と言えばもうひとつ、これを書く大岡がみずからきびしく戒めていたのが“いわゆる小説っぽくしない”ということで、このことは『俘虜記』本篇の中で何度も、逡巡しながら(でもはっきりと)繰り返し述べられる。
《収容所においての私の倦怠の飾りであったこれらの人々を、私はいつも懐しく思っている。彼等が私の精神と感情の外辺に触れたままの姿で、残らず私の記録に載せたいのであるが、結局列挙によって、読者と私自身を退屈させてはつまらないという考慮から、私の筆はにぶる。
「典型を書けばいい」と批評家はいうかも知れない。しかし俘虜に典型などというものがあるだろうか。囚人には人間を型に刻む、あの行為というものがない。
 もし私が小説家であれば、種々の事件を設けることによって、人物を躍動せしめることが出来るであろう。しかし俘虜の間には行為がないに従って、本質的な意味での「事件」というものもない。俘虜の小説の事件は尽く[ことごとく]作りものか誇張である。
 あの鉄柵中の単調な日々を帰還まで、芸もなく時の順序に従って語り続ける私の記録に、彼等が全部現れる機会があれば倖せ[しあわせ]である。》pp331-2

 先に書いた理由から、収容所の中にあんまり社会を見つけるのは控えたいし、いま引用した姿勢から、小説的な展開はもともと無いようになっている。
 それではこの本には何があってどんなふうに読めるのかというと、わたしの場合はただ、個々の観察を読んでいた。
 暇にあかせて大岡はいろんな俘虜と語らい、米兵とも雑談にふけり、親しくなったり反目したり、ときには議論をふっかけられてはぐらかしたりしながら、周囲の人間の立ち居ふるまいをじっと観察する。
《収容所で一体農民出の俘虜はテントを異にする昔の僚友よりは、近所のベッドの新しい隣人と仲好くしていた。必要と便宜に敏感だからである。遠いテントから遥々[はるばる]昔馴染を訪ね合うのは俸給生活者上りの補充兵の習慣である》p158

 こういうことを見て取り、さらりと書いてしまう、この眼を通して観察された出来事がひとつひとつ集まって、結果的に500ページを軽く越える厚さの本になっている。
 収容所の施設の配置や、中隊・小隊ごとの組織図を説明するのと変わりない分析的な文章でもって、具体的な行動と発言から、人間が語られる。終戦時で二千人になる俘虜に対しても、同じように退屈している米兵に対しても、何より自分に対しても、こういう眼による観察と分析がひたすら続く。《鉄柵中の単調な日々を帰還まで、芸もなく時の順序に従っ》た、これはなんて面白い読みものだろうと思いながらページをめくった。

 例をあげていくときりがない。あと一人ぶんだけ引用する。
 秋山という若者が後半にちょっとだけ出てきた。京大の哲学科の学生で、学徒出陣した末に、いまは隣の俘虜中隊で書記をしている。
《彼はレイテ戦の末期、西海岸に上陸した増援部隊の兵士で、後山中で危く僚友に食われかかったそうであるが、その経験から別にさしたる結論も引き出してはいないらしい。》p358

 その秋山と大岡の会話。
《私は早くから哲学する習慣を捨てていたので、とても彼の話相手になることは出来なかったが、高等学校の時「直接経験」に関して抱いた疑問を御愛敬までに提出してみることにした。
「ここに煙草がある」といって私は机の上にPXのラッキー・ストライクをおいた。「我々は二人共これを見ている。我々の直接経験はそれぞれ異るが、どうやらこれは確かにラッキー・ストライクらしい。ところで認識の不思議は、我々の直接経験がめいめい勝手な発展をとげることではなく、一つの物に関する二つの直接経験がたしかにその一つの物に帰着することにあるんじゃないかね。ここにあるのは一体何だろう」
無です」と彼は静かに答えた。
 私は笑うのを忘れ、呆然と彼の顔を見続けた。彼の瞼[まぶた]は例の瞑想的な調子でのろのろと眼球を蔽おうとしているところであった。私の質問はいかにもふざけたものであったが、彼が現に眼の前にある綺麗なラッキー・ストライクを、「無」といいきったところには、一種の不幸が感じられた。要するに彼には喫煙の習慣がないということではないのか。》pp359-60、太字と下線は引用者

 これにはしばらく笑った。なんだろう、この筆致。
 観察、観察、と何回も書いてきた。観察というのは距離を保つことなので、記述は乾いたものになり、そこにはユーモアさえ生まれる。『野火』を書く人がその前にこういうものも書いていた、というよりも、こういうものを書く人だから『野火』が書けたということが、今さらながら少しわかった気がする。



*追記:
 この『俘虜記』ではなく、新潮文庫『野火』の巻末「解説」は吉田健一が書いており、そちらにも『俘虜記』について触れている部分があった。読み返してみると、ラディカルすぎて「解説」の床をあっさり踏み破っていると思う。謹んでメモ。
[…] 「俘虜記」は私小説でも、何小説でもない小説であり、この作品で既に大岡氏が他の作家達、殊にそれまでの作家というものとは違っていることがはっきり感じられる。私小説に馴れた読者でも、「俘虜記」が一人称で書いてあるということで、これを大岡氏の戦争中の体験記として受け取ることは出来ない筈[はず]なのである。》

《大岡氏は「俘虜記」で、フィリッピンの自然に対するのと同じ眼で主人公を見ている。これはフィリッピンの自然に対して大岡氏が抒情的になることを妨げないし、又、主人公を見ている大岡氏の眼が残酷だとか、客観的だとかということでもない。ただ大岡氏は、言葉で書かれたものは言葉が伝えることをしか伝えないことを知っている。ここにあるものはフィリッピンの自然でもないし、一人の、或は何人かの日本軍の敗残兵でもないので、あるのはただ大岡氏が書いた言葉と、それが描いている一つの世界だけなのである。
 それを実際にどこかにあった世界、或は少くも、我々が氏の作品を読んでいる間、我々の眼前にある世界と我々が感じる所にこの作品が成立している。我々が直接に受ける印象の問題なのであるから、そこには嘘や、作者の人気によるごまかしが入って来る余地はない。嘘と言えば、初めから一切が嘘なのであり、その嘘を支えているものは言葉の他に何もないのである。
 これがフィクションであり、小説というものの定義であって、小説にフィクションが必要であるかどうかなどという論議は正気の沙汰ではない。大岡氏は曾て[かつて]、それも今から十何年も前のことであるが、人生に起る出来事は偶然の寄せ集めであって、或る事件が次にどんな事件を生じるか知れたものではないが、文学では或る作品で一度何か起れば、もうその作品はそれが起ったことの結果から逃れることが出来ないと書いたことがある。
 一つの事件が次の事件を呼んで、それを免れ[まぬかれ]ないものと感じることが読者に書いてあることの真実に就て[ついて]納得させるというのが、小説というものの本道なのであって、大岡氏はそれを、「俘虜記」で試みて成功し、次に「武蔵野夫人」でそれが戦場という異常な環境を離れて我々の日常生活に応用されても、我々に同じ一つの充実した小説の世界を与えるに足るものであることを示した。「野火」は大岡氏がその次に作家として試みた冒険である。
「野火」の舞台が再びフィリッピンの戦場に戻っているのは、そうして得られるどぎつい材料で我々の好奇心を惹く為ではない。屍体や戦場というものが我々の日常の感受性にとっては異常であっても、それが現実となった時は、と言うのは、何よりもそれが小説の現実を作り出す作家の材料になった時は、最も平凡な事実の親しさを帯びることは、大岡氏が既に「俘虜記」で我々に明かにしてくれた所である。どんなに奇異な事実だろうと、我々が小説の世界を信じるという異常には及ばないのである。[…]『野火』「解説」pp178-80
2017/07/12

丸谷才一『笹まくら』(1966)

笹まくら (新潮文庫)
新潮文庫(2001)

★いちばんすごい部分(結末)に触れています


《「聖火リレーの走者の、反対のイメージがお前さんだよな。」》p271

 昭和40年の春。東京の私立大学で庶務課に勤めている浜田庄吉のもとに、一通の葉書が届けられて小説は始まる。
 45歳の浜田には秘密があった。昭和15年から終戦まで、つまり20歳から25歳までの5年のあいだ、彼は徴兵を避けるために名前を変え、日本中を転々と逃げ続けたのである。葉書は、その逃避行の後半を支えてくれた女性・阿貴子の死を伝える通知だった。
 戦争が終わって都内の実家に帰り(もとの自分に戻り)、あるコネからいまの職を世話してもらって、やがて阿貴子ではない別の女と結婚し、いちおうは平穏に暮らしている浜田。「いちおうは」というのは、20年を経ても、自分の徴兵忌避が学内でだれに・どこまで知られているのかという不安が彼を離れることはないからだ。
 そんな過去を抱えながら、理事と教員と職員と学生が何重にも織りなす力関係のなか、浜田はひたすら目立たないよう注意を払い、無難に立ち回るため周囲と腹をさぐり合う毎日を送っているところだった。

 で、小説は、この浜田庄吉の大学での立場が出世にからんで変化していく現在の話と、彼が「杉浦健次」という偽名で過ごした5年間を、並行して語っていく。
 丸谷才一の長篇を読むのは初めてだったが、びっくりするほど面白かった。これが徴兵忌避者の戦後を扱った作品であることは何かの紹介で目にしてぼんやり知っていたけれど、実物を読んでみると、構成がとんでもなく見事である。
 過去においても現在においても、浜田(杉浦)に好意を抱く人間もいれば、疑いや反感を持つ人間もいる(いた)。助けてくれる人間、陥れようとする人間。世代も性格もさまざまな人物たちが、具体的な姿かたちや身振り・口調から、きっちり造形されて小説を立体的にする。
 そんな人物たちを描くうえで、これはおそらく作者が作者だから、ジェイムズ・ジョイスが大々的に使ったことで有名な手法をもっとマイルドにして採用したと思われる、やや実験的な部分もたまにある。でも、50年前(!)の発表当時ならともかく、いまとなってはそういうところもつっかかりなく読めてしまうこと自体も面白かった。

 なによりすごいのは、過去を明かしていく順番である。

「逃げる」という決心はどうやってついたのか? 日本のどこをどんなルートで逃げ、そのあいだ、どんな方法で生計を立てていたのか? 「忌避者だ」と見抜かれるピンチはどれぐらいあって、どのように切り抜けたのか? 逃げ出したあと、家族や友達はどうしたか? そして、阿貴子との出会いは? どんな仲だったのか? その阿貴子と戦後いっしょになっていないのは、いったいどういうわけなのか? などなど、気になる点はいくつもある。
 でも小説は、現在の浜田がだれかの発言や何かの物品に触発されて起こすフラッシュバックのかたちを借り――現在を語る文章が次の段落でいきなり過去に移り、また継ぎ目なく現在に戻る――逃避行のなりゆきをバラバラの順番で、少しずつしか教えてくれない。
 北海道にも鹿児島にも朝鮮半島にもおよび、地方ごと季節ごとの自然や、必要に迫られて身につけた職業の細部もふんだんに盛り込みながら、「別の人間として信じてもらう」という目的のために裏返ったロードノベルになる杉浦健次としての逃亡生活は、読者が自分で組み立ててはじめてその全体像をあらわす。
 こう書くと読みにくそうだが、実際はその反対である。彼が徴兵忌避を完遂するのはわかっているのだから、それを時系列に沿って書くだけでは間延びしてしまう。結果がわかっていても謎と緊張が生まれて小説を引っぱっていくように、過去を伝えるフラッシュバックの順番が巧みに構成されている。
 逆にいえば、小説の側のそんな作為が主人公の突発的な回想になめらかに溶かし込まれているわけで、おそろしく手が込んでいるし、かつ、とても読みやすい。
(いま思い出した。現在の浜田が「これからどうなるのか」と、過去の杉浦が「どうやって現在にたどりついたのか」という、小説を進める動力がふたつあるという点で、『笹まくら』はリチャード・パワーズの『オルフェオ』(2014)にちょっと似ている。でも『オルフェオ』だと過去も時系列で語られていたから、似ているのと同じくらい似ていないとも言える)

 読者にとっては、パズルのピースを何枚かずつ手渡されるようにして徐々に見えてくる杉浦の鬱屈した放浪が、作中の現在においては、学内の人事に際して「あいつは逃げた」ぐらいの雑なまとめかたで広まり、浜田の立場を危うくしていく。
 戦争が終わり、徴兵忌避は犯罪ではなくなった。それから20年間、問題にされなかったはずの過去が、なぜいま蒸し返されるとスキャンダルになりうるのか。

 軍隊から外れることで戦中の社会から降りることを選んだ浜田は、大学という企業体に入ることで戦後の社会におとなしく身を沈めようとしてきた。ほかの登場人物の体験談として語られる前者ではむき出しの暴力が吹き荒れていたのに対し、後者で飛び交うのは無言の忖度である。
《「そこで班長がものすごく怒って出て来て、ぼくを殴ったんですよ。上靴……スリッパですよね、それから帯革……ベルトだな、その二つで、明け方まで殴られた。今でもときどき頬の骨が痛むことがありますよ……寒い日なんか。」》p175

《浜田が誰にともなくお辞儀をして、部屋を出ようとすると、理事が顔をすばやく彼のほうに向けて言った。
「浜田君、いつでも相談に来てくれたまえ。いいかね」
 彼は礼を述べて仄暗い廊下へ出た。しかし、礼を言う必要は果してあったのだろうか? あれはむしろ、相談には来ないで決めろと言われたような気もするのだけれども。》p289

 だから、終戦をあいだに挟んだこのふたつの社会は、まったく別物のように見える。それなのに、前者から逃げたことを理由に、いま後者が浜田を不利な方向へ押し流すなら、両者にはつながる何かがあることになりはしないか。ちょうど、いまの浜田が長けている、他人の顔色をうかがって周囲の風向きを判断する能力が、杉浦だった日々に染みついた、近づく人間だれのことも「ぼくを怪しんでいるのでは?」とおそれる疑心暗鬼とつながっているように。
 悩み、翻弄される浜田は、繰り返し過去をよみがえらせながら、自分の状況を考え続ける。それでも、自分と他人を巻き込んで状況を変化させている何かの姿ははっきり見えない。「これ」と名指せる正体を持たない曖昧で大きな力を、この小説は見えないまま、そういうものとして扱って、それがたしかに働いているさまを、登場人物たちの言動からぐりぐり描き出していく。
 ときおり浜田は、他人を利用する目でしか見ない冷たい部分をまったく無自覚なままあらわにしてこちらをヒヤリとさせるし、自分が他人にどう映っているかをたえず疑う彼の心は、次第に被害妄想へと傾く。追われる緊張を長く強いられる生活から来た歪みであるとか、いままた追い詰められて起こる正気からの逸脱だとか、そういった部分的な変調も、スムーズで巧みな構成の中に組み込まれ、杉浦健次である浜田庄吉を作り上げていく。

 そんな舌を巻く400ページ余りのあとで、とどめとばかりに小説は驚愕の結末にいたる。ここが本当にすごかった。

 ある事件をきっかけに、自分はもういちど「降りる」ことだってできるんだという発見に45歳の浜田はたどり着く。そこで終わっても十分以上に重たいラストになるだろうに、小説はそのあと、昭和15年10月の入営前夜、すべての準備を整えて実家を去ってゆく20歳の浜田を置く。
 彼のしたことが、彼自身とまわりの人間のその後をどのように変えていったか。過去がどれほど現在と切れないつながりを持つものなのか。小説はそれをここまで入念に書いてきた。そうやって書かれている限りのぜんぶを読んできた読者の前で、最後の最後、そんな“未来”をいっさい知らない浜田庄吉が、これまでのどの場面よりも丁寧な、スローモーションめいた挙動で杉浦健次に姿を変え、出発する。
 小説はここで終わり、ここから始まるけれども、これはループではない。『笹まくら』は、その終わりかたでもって、終わるものなんかないことを告げるのである。




*浜田と女性の親密なシーン(婉曲表現)の書きかたに気取った中年男臭が漂うのと、おそらく同じ理由から、浜田の妻を都合よく扱いすぎのきらいはあるものの、そういう部分はそれ自体がすでに「時代の証言」じゃないかと思う。
2017/07/02

ウラジーミル・ナボコフ『ベンドシニスター』(1947)

ベンドシニスター (Lettres)
加藤光也訳、みすず書房(2001)


(1)架空の全体主義国家を舞台にした長篇
(2)でもナボコフは、オーウェルの『1984年』などと一緒にされるのをひどく嫌った

 この2点だけの前知識で読み始めると、冒頭、本当に最初のページで「うわあ」となった。
《ざらざらしたアスファルトに楕円形の水溜りができている。水銀が縁までいっぱいにたまった、風変わりな足跡のようだ。覗きこめば冥府の空が見える。へら形の穴のようにも見える。まわりには湿った部分が触手を伸ばして黒く拡がり、そこに、くすんだ焦茶色の枯葉が数枚、張りついている。いまの大きさに縮まる前の水溜りに落ちたものだろう。

 水溜りは影にはいっているけれど、むこうの、木立と二軒の家があるあたりの明るみを、まだとどめている。もっとよく見るんだ。そうだ、水溜りには水色の空の一部が映っている――子供だったころのやさしい感じの青――口のなかにミルクの味が甦るのは、三十五年前のぼくも、そんな色のコップをもっていたからだ。水溜りには、からみ合っている葉の落ちた小枝の一部や、水溜りの縁に両端を切りとられて彎曲する褐色の太い枝も映り、明るいクリーム色の帯が一本、横ぎっている。何か落としたぞ、ほら、きみのだ。むこうでクリーム色の家が日を浴びている。》p3

 まず、静止画としてきわめてクリアに描かれているわけだけど、“静止”画なのに、ここには時間の推移も刻まれている。《まわりには湿った部分が触手を伸ばして黒く拡がり、そこに、くすんだ焦茶色の枯葉が数枚、張りついている。》
 さらにこの水溜りは――ただの水溜りのくせに――いきなり、別世界への窓としてもぱっくり開いていて(《覗きこめば冥府の空が見える。》)、段落が変わると今度は、そこに映る空の色を足掛かりに、まだ正体のわからない語り手の、記憶の呼び水としてもはたらいている(《口のなかにミルクの味が甦る》)。静止画が動いて、奥に続く。なんだこれ。うわあ。

 こんな密度のまま進まれたらついていけるか不安になるが、さすがにこの力の入り具合は冒頭だから特別であるようで、以後はもう少しさらさら読んでいけるふつうの文章だったと思う。
 でも、最初にこうやってガツンと実力を見せつけられてしまうと、このあとも自分はどれだけ読めてるんだろうかと弱気になってしまう。だいたいこの冒頭だって、これでまだ出力は70パーセント、ということだってありえるわけだ。おそろしい。

 それはともかく。
 主人公のクルークは大学につとめる哲学の教授で、著作でもって国際的に知られた名士でもあるのだが、少し前の革命で成立した政府により、この国の生活には有形無形のさまざまな締め付けが加えられている真っ最中である。
 大学に独裁者の手が入るのが避けられないのなら、なるべくいいようにしてもらえるべく立ち回ることをクルークは学長はじめほかの教授たちから求められており、どうしてクルークにそんな期待が集まるかというと、彼と独裁者のあいだには数十年をさかのぼる浅からぬ因縁があるからだ。
 そのため、逆に独裁者のほうは独裁者のほうで、クルークの広い名声を対外的に利用したい思惑があるらしい。独裁者の名前はパドゥクという。国名はパドゥクグラートと改められた。そういう国である。

 で、以上のようなことのすべてが、クルークにはもう、どうでもいい。
 そんなことよりずっと大きな重しが彼の心のなかには沈んでおり、それは最初に引用した冒頭部分のすぐあとに読者には伝えられるのだけど、念のためここには書かないでおく。
 クルークにはダヴィッドという8歳の息子がいて、重りを吊るしたままの彼が最愛のその子を連れてこの状況をどうやってサバイブしていくのかが、いちおうの筋と言えば言えると思う。

 でも、変な小説なのである。

 あんなに短い水溜りの描写だけでとことん思い知らされるように、書こうと思えばナボコフは、巧みすぎるリアリズムでいくらだって押していけるわけである(冥府も記憶もいらない)。
 でも、そんなやり方では書く前から飽きてしまうということなのか、『ベンドシニスター』の書かれ方は――仮に、仮にだけど、リアリズムを“真面目”だとすれば――なんというかこう、もっと“ふざけている”。言い換えれば作為の塊だということだが、その作為の底がよく見えない。
 登場人物たちのあいだで起こる出来事を語りながら、語り手が前面に出てきて茶化したりするし、読者の読んでいるこの小説があくまで小説という作りものであることをわざわざ思い出させるような部分をナボコフはちょいちょい挟み込んでくる。
 別の作品で、そういう方向でもっと過激に進んでいたのが『断頭台への招待』だったと思うのだけど、いまちょっと調べたら、1947年発表の『ベンドシニスター』に対し、『断頭台への招待』のほうが前だったので(1938年)、そこまでの極端には走っていない『ベンドシニスター』の書きぶりはかえって謎めいている。
 頭から終わりまで姿を隠したままの語り手が、登場人物も状況もすべてを完全に統御しながら、まるですべてが自然にそうなっているかのように語っていく欺瞞的なやり口に独裁の臭いを感じ取ったたのだろうか……というのは、さすがに出来の悪いこじつけだけれども。
(小説のなかほどでは、シェイクスピアの『ハムレット』について、この国で高く評価されるようになった珍解釈が紹介される。文学作品の理解がどのように歪められていくかを実物でもって見せる、みたいなまとめの枠を越えてえんえんと続き、冒頭の水溜り描写とはまた別の意味で容赦なく力が込められ、端的に、どうかしている)

 いずれ必ず再読するのを楽しみとして、あとは気になったところを引用する。

 じつは、クルークとパドゥクは少年時代に同級生だったのだが、その当時のエピソードのひとつに、パドゥクの父が発明家だったというのがある。彼は、機械なのに人の筆跡を完璧に再現できるタイプライターのような装置、パドグラフを開発した。パドゥクはそれを自分の宿題に使う。小説にとってそんなに重要とも思えないこの装置についての文章が、なんだかとても楽しげなのである。
《教師たちが気づいた点といえば、ただ、パドゥクの宿題が以前より多少はきれいになったことと、パドゥクがたまたま使った疑問符が、ほかの文字よりも濃い紫のインクで書かれているということだけだった。ある種の発明家に典型的に見られる不運のせいで、彼の父親は疑問符を忘れていたのだ。》p80
下線は引用者・以下同じ

 生身の人間の筆跡を人工的に捏造する、このパドグラフみたいな小道具を思いつける小説家はほかにもたくさんいるだろうが、でも、この下線部を付け足せる人はどれだけいるだろう。
《ある朝、パドゥクはこの装置を学校にもってきた。数学の教師は、青い目に黄褐色の顎ひげを生やした背の高いユダヤ人だったが、葬儀に参列しなければならなくなり、そのためにできた自由時間がパドグラフの実演にあてられた。外では雪が溶けてしたたり、泥のなかに宝石のような光がきらめき、濡れた窓敷居では虹色の鳩たちがくうくう啼いていた。中庭のむこうに見える家々の屋根は、ダイアモンドのようにかすかな光を放った。そして、パドゥクのずんぐりした指(爪はどれも短く苅られ、黒くまっすぐな爪の縁が、もりあがって黄ばんだ肉に喰いこんでいた)が、とんとんと輝くキーを打ち鳴らした。》p80

 装置の実演とはおよそ関係ないはずの見事な風景描写が、パドゥクの指との対比のためだけに、まるでおまけのような扱いで(こんなのは定型表現に過ぎないと言わんばかりに)くっつけられている。おそろしい。

 次はもっと長くなる。
 話が進んで田舎にいるクルークは、自分と近しい人間が次々と身柄を拘束されるに至ってようやく「この国にいるとまずいかもしれない」と悟り、国外へ脱出するためにまず荷馬車を雇う。彼は息子のダヴィッドを連れて駅へ向かうのだが、その前に、消えた友人夫妻を探しに自分だけ警察署へ乗り込む。が、もちろん埒はあかず、不満を抱えてクルークは外に出る。
《ダヴィッドは荷馬車にいなかった。
 振り向いてからっぽの座席を見ると、農夫は、たぶんクルークのあとを追って警察署にはいったのだろうと言った。クルークはひっ返した。署長はいらだちと疑いのまじった目でクルークを見つめ、窓から馬車は見えていたけれど、はじめから子供なんか乗っていなかったと言う。クルークが廊下にある別のドアをあけようとすると、そこには鍵がかかっていた。「おい、やめるんだ」署長がかっとしてどなった。「やめないと、不法妨害の廉で逮捕するぞ」
「息子を捜しているんだ」とクルークは言った(喉がひきつり、胸をどきどきさせて、おそろしいハンディを負ったもうひとりのクルークだ)。
「落ちつけよ」と若い警官のひとりが言った。「幼稚園じゃないんだ。子供なんかいないよ」
 クルークは(こんどは蒼ざめた顔をした喪服姿の男となって)若い警官を押しのけ、また外に出た。彼は咳払いをしてダヴィッドの名前を叫んだ。荷馬車のそばにいる、中世風の頭巾をかぶった村人が二人、クルークをじっと見つめて顔を見合わせた。やがてひとりが、ちらっとある方角に眼を走らせた。
「きみたち、もしかして――?」とクルークは訊ねた。しかし、彼らはそれには答えずに、また顔を見合わせた。
 慌てるんじゃないぞ、と九番目のクルークは考えた――というのも、いまや、幾人ものクルークが入れかわり立ちかわり現れてきたからだ。目隠し遊びに翻弄されて戸惑う鬼のように、左右を見回すクルーク。想像のなかの拳でボール紙の警察署をぺしゃんこに叩きつぶすクルーク。悪夢のトンネルをいくつも駆け抜けるクルーク。オリガとともに樹の陰に半分身を隠し、ダヴィッドが体じゅうを歓喜に小さく顫わせようと身がまえながら、別の樹を用心深く忍び回るところを見つめているクルーク。いり組んだ地下牢を捜し歩くクルーク。牢のどこかでは泣き叫ぶ子供が、専門家の手で拷問されている。制服を着た人でなしのブーツにしがみついているクルーク。めちゃくちゃに家具がひっくり返ったなかで、その人でなしの喉を絞めつけているクルーク。そして、暗い穴蔵で小さな骸骨を発見するクルーク。》pp116-8

 これは小説で、ここに書かれているのは100パーセント、架空の出来事だ。それでも、前半、心の底が一気に冷たくなるこのクルークの焦りと混乱には、はっきりわたしにも、おぼえがある。
 そして後半、下線を引いたあと、過去のフラッシュバックと同時に悪いほうへ悪いほうへと想像が勝手にいくつも並行して展開するのが止められない様子と、そこから無理やり身を引き剥がして距離を取ろうとする自分の意識と、そんないじましい意識のはたらきを自覚しているもうひとつの意識まで、ぜんぶ、わたしにも、おぼえがある。
 小説は作りものだとしても(いや、じっさい作りものだ)、クルークを通して描かれるこの感情は生のもので、だからこちらの感情がクルークといっしょに揺さぶられ、具合が悪くなる。いったいどうして、こんなことまで書けるんだ。

 文章は人工物なのに、これほど巧みな使い手が操れば、本物と同じ感情をページの上に作り出せる。そんなことが起こってしまうのはなぜなのか。こうなるともう、感情も人工物だからとでも考えないと収まりがつかない気までしてくる。
 不意にパドグラフのことを思い出した。ナボコフは本当におそろしい。