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芳川泰久『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(1994) 2/2
漱石論―鏡あるいは夢の書法


 前回書いたとおり、『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(河出書房新社)の最後に入っている「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」の内容を、備忘としてメモ。
 ぜんぶで41ページあり、以下は決して正確な要約ではない。そんな器用なことができる人間じゃないんだ。


■ 『こゝろ』は、「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の三部からできており、第一部・第二部は一人称の「私」が語る手記で、その「私」が受け取った「先生」の遺書が第三部になっている、というふうに読まれているが、そこをもっと丁寧に考える。

 三部ひっくるめて小説のなかにある出来事を年表のように時系列で並べると、いちばん古い(年表の最初の項目)のは「先生」が両親を失ったエピソードで、いちばんあたらしい(年表の最後の項目)のは、「私」が危篤に近い実家の父を置いたまま汽車に飛び乗り、「先生」の遺書を読み始めるところ、ということになる。これが「出来事の時間」。
 対して、「私」の語りが行なわれている〈いま・ここ〉を語りの現在とする「語りの時間」という時間もあって、この「語りの時間」と「出来事の時間」は別の流れ方をする異なった種類の時間なのだけど、語っている「私」は語られる出来事のなかにも登場するから、二種の時間は完全に分断されているようには読めず、地続きになっている。

 ちょっとややこしい書き方だが、ここから考えられることはそれほど難しくない。
 つまり、『こゝろ』で語られる出来事がすべて終わったあと(「私」が遺書を読み始めたあと)から、「私」がこの『こゝろ』を語り始めるまでのあいだには、空白の期間がある、ということ。それはそうですね。
《『こゝろ』という小説は、私が先生と共有した時間を語り、さらには私が共有する以前の先生固有の時間を語れば語るほど、逆に、先生の死後の、私が語ろうとはしない時間、つまり「語り」の現在に直接つながる時間が際立つように仕組まれた小説なのだ。》pp332-3

 とはいえ、その空白のあいだに起きたかもしれない出来事――たとえば、「私」と「先生」の奥さんが結婚するとか――を想像することに意味があるのではなくて、このように『こゝろ』は空白の時間を持っていること、そしてこの『こゝろ』という手記は、全体が「が語ったものであることが何より大事である、と強調されます。
(以下、「私」「先生」というカギカッコは煩わしいので外します)

■ 「語り」であるからには、私はかつて起こった出来事を、いっさい包み隠さず忠実・公平に報告しているわけではなく(そんなことは無理だ)、そこには修正や圧縮、隠蔽がぜったいにある。
 すこし言い換えて、過去にあった物事・起きた出来事そのものを示すのを現前、それらを加工して示す(語る)のを再現とすると、小説はぜんぶがぜんぶ語られるものなので、『こゝろ』のなかで現前に見えるものも、すべて私による再現である。

 これもまあ当たり前だけど、この原則を厳格に適用すると、『こゝろ』はなかなか当たり前ではない姿をこちらに見せてくる。

 まず、第三部をなす先生の遺書も、話者である私のフィルターのもとに再現されたものである。
 いやいや、あれは私に届けられた遺書の「引用」なんだから、遺書そのもの(現前)では?と思うが、よく読めば、引用にだって語りの操作は施されている。
 遺書の冒頭だけが第二部の終わりに引用され、第三部はその続きとして、冒頭を省略記号で処理して引用がはじまるような構成があるとか、遺書には引用符がついているけど、そこに書かれた先生の言葉を私が心のなかで圧縮した内容にも同じ引用符がついているとか。
 一部分についてそういう話者の手が加わっているのが明らかなのだから、ぜんたいもそう考えるべきだろう。

 それにまた、第一部・第二部で、私や私以外の人物の口から出た発言も、発言の現前に見えるけど再現である。
 遺書も発言も、程度はさまざまながら、私の内面という膜を通して提示されている=語られている。あれも現前ではない、これも現前ではない。とうか、語りにおいて出来事は現前しないのだ。
 でもそのかわり、語るという私の行為のほうが現前する。『こゝろ』はそういう小説だということになる。
《他者の言葉を再現しつつ、そのなかに自己の言葉を現前させる存在。それが、『こゝろ』の話者であり、それゆえにそれは単に物語の語り手ではなく、強いて言えば、語ることが語られる「出来事」と別にあることを否応なく認識した、さらには語ることじたいがもはや透明な場ではなく固有の強度を有していることを知悉した、いわば近代の話者なのだ。》p341


■ 登場人物の発言もすべて再現であって、話者である私の編集が加えられている、という場合、発言内容が地の文に組み込まれている間接話法だったら、「それはそうだろう」と納得しやすい。
 でも、発言をカギカッコでくくり、そのまま示しているように思われる直接話法であっても、発言の現前に見えるけど再現で、話者じしんの言葉が混ざっていると考えないといけない。
 というのも、『こゝろ』の話法は――地の文と会話文につながりがあった江戸戯作のしっぽを残して――直接話法/間接話法ではっきりとは区別できず、けっこう揺らぐからだ。
 そして、この話法の揺らぎのほかにもうひとつ目をひくのが、カギカッコつきの発言のなかで起こる、呼称の揺らぎだという。

 縮めて言えば、先生が不在の折に私と奥さんが二人きりで言葉を交わしたある夜の会話の場面でもって、話法はとくべつグラグラ揺れるし、それと同時に奥さんは自分の夫のことを私に向かって「先生」と呼び始め、それまで奥さんのことを「奥さん」と呼んでいた私も、彼女を「あなた」と呼び始めるのである。
 しかも、その会話の場面のあと、話者の私は、この夜のことを当時はとくに重要とも思っていなかったが、「書く丈[だけ]の必要があるから書いたのだ。」とわざわざ付け足している。
『こゝろ』の全篇を通して、私があえて書く意志(語る意志)を表明するのはこの部分だけだから、これはいかにも意味深だ。
 じゃあ、いつ考えが変わって「やっぱりあの夜の会話は重要だった → 書かなくてはいけない」という「必要」が生じたのか。
 ここでふたたび際立ってくるのが、出来事が終わって語りが始まるまでの時間、あの空白の期間にほかならない。

 なお、その夜の場面でとりわけすごい奥さんの発話部分はこういうものだ。
《「そりゃ私から見れば分つてゐます。(先生はそう思ってゐないかも知れませんが)。先生は私を離れゝば不幸になる丈です。」》「上・十七」

 カッコ書きって! 発言の中でカッコ書きって!!
《可能性は二つ残る。「出来事」のレベルで、じっさい奥さんによって発話されたものを、話者が奥さんの発話からカッコによって奪い取ったか、あるいは奥さんによってまったく発話もされなかったものを、丸カッコの挿入とともに、逆に奥さんの「内面」として仮構したか。》pp356-7

 この二択は決定不能である。それはそうだ、ぜんぶが私の語りを通して示されてしまっているわけだから。
 なので、二択を二択のまま留めておくことから見えてくるのは、(1)出来事そのものと、(2)それを語ることの二重性ではなくて、(1)出来事を語ることと、(2)語る行為がはらむ揺らぎや偏りを引き受けつつ語ることの二重性だ、ということになる。出来事の再現と、語ることの現前という二重性。
《その拮抗する二重性こそが、呼称や話法の揺らぎを誘起しつつ、一見モノトーンに見える語り(文体)という神話を崩すのである。話者の私の筆=語りは揺らいでいる。そしてその揺らぎじたいが、どこにも書かれてはいない空白の「物語」の時間を可能にしているのである。》pp357-8


■ 遺書の最後で先生は、私に向かってすべてを腹の中にしまっておくよう頼んでいた。それなのに私は、禁を破ってこんな手記を書き始めた。そこにはどんな動機がはたらいているのだろう。
 私はどうして『こゝろ』を書いたのか、という問いは、先生はどうして遺書を書いたのか、という問いと重ね合わされる。
 K・お嬢さん・先生の三人からKが欠け(自殺)、先生・奥さん・私の三人から先生が欠けた(自殺)。どちらの場合も、三人から一人が欠ける。そして、そこに何かが足りないまま残される。それを埋めるために要請されるのが、言葉だという。
 Kの短い遺書には、先生に納得できる自殺の理由が書かれていなかった。
《先生は自らの自殺の動機を伝えるためというより、Kの自殺という欠如をめぐることで書くことへと誘われたのであり、そうして書かれたものが「遺書」という形式であったということなのだ。その意味で、私もまた「先生」の自殺という欠如によって、手記の執筆へと導かれたのであり、そうして話者となり得たのだ。》p362

 先生は、Kの自殺の理由という欠如を埋めるために自分の遺書を書いた。でも、それが自分の死ぬ理由と同じだ、という発見まで書き込んであるのだから、先生の遺書に自殺の理由は足りているように見える。だったら、私が埋めないといけない欠如とは何なのか。あの長い先生の遺書に書かれていなかったこととは。
 それは、奥さんに向けた言葉ではないか。
《つまり、先生はKの死の理由を自らの言葉で埋めた結果、奥さんをめぐる言葉についてはあらかじめそれを封じ、その言葉の欠如をめぐって私に言葉を組織するよう仕向けたのだ。》p365

《私はなぜ『こゝろ』と呼ばれることになる手記を書いて(語って)いるのか。それは、先生が奥さんをどういうつもりで一人残したか、その奪われた言葉と理由を探すためにほかならない。》p366

 あの夜の奥さんとの会話を「書く丈の必要」を発見した私は、つまり「その奪われた言葉と理由」を、部分的にでも見出したのだろう。だから『こゝろ』は書かれた。
 それがどんな言葉と理由なのかは書かれて(語られて)いない。しかし、あの空白の期間のどこかで、私はそれを見つけたのだ。
《だが、読者はここで話者の策略に気づかなければならない。というのは、話者が自らの発見を語らないことによって、今度はその話者によって奪われた言葉の空位に向き合うのは、そのことに気づいた読者にほかならないからだ。》p366

《言葉を欠如させておくことで、他者の言葉を誘い、それによって欠如を埋める主体が言葉=ロゴスの主体となること。『こゝろ』において寡黙に演じられているのは、まさにそのような事態だと理解する必要がある。》p367

《『こゝろ』の話者の「批評」性は、言葉の欠如を充填する言説として要請されながら、自らのうちにもまた空白という言葉の欠如を組織し得た点にあるのではないだろうか。》p368

 この「欠如によって書くことに誘われていく」成りゆきが、『こゝろ』の私だけでなく、漱石という作家についても言えるかもしれない――と続いて、この「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」は終わる。

『こゝろ』について論じながら、ここで芳川泰久は、自分がこの論考を書いている理由まで、書かないことによって書き込んでいるわけでしょう。いやあ、面白かった。
 面白かったけど、こうやってまとめるのに、じっさいに読んだときの5倍くらい時間がかかってしまった。それでもこのメモは、たいへん乱暴で杜撰な切り貼りの代物――引用だって実物そのものではない、と書いてあったな――です。
 もしちょっとでも興味をもたれたかたは、図書館で『漱石論 鏡あるいは夢の書法』を探してみることをおすすめします。
芳川泰久『漱石論 鏡あるいは夢の書法』(1994) 1/2
漱石論―鏡あるいは夢の書法
河出書房新社


 ↑amazonは書影のない本にときどきこのイメージをあてているけど、いっそ「画像はありません」のほうがいいと思うんだがどうだろう。

 フランス文学者の著者が、20年以上前に出していた漱石論。11本の論考が収められている。
 最初は「熱力学的ディスクール」といって、熱い/冷たいという「温度差」をものさしに漱石作品を論じたもの。これは面白い。いい意味で「よくやるなあ」という感動があった。
 そのあとは、タイトルにあるとおり、鏡の書法、夢の書法というのをさまざまな作品から組み立てて、さらに別の作品へと応用して「どんなことが言えるか」と続いていくのだけど、正直、こちらは「言おうと思えばこんなことだって言えてしまう」の見本市のようで、まあ読むには読みましたけど…みたいな読み方になってしまった。
 ところがしかし、いちばん最後にある「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」というのがまた急に面白くておどろいた。忙しい読書である。

 なので、感想は2回に分け、まず「熱力学的ディスクール」、次に「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」について書こうと思う。


 高低差(高い/低い)からエネルギーを取り出す古典力学に対して、温度差(熱い/冷たい)からエネルギーを取り出す熱力学。明治の文明開化とは、このエネルギー面でのパラダイム変換のことでもあったそうである。
 温度差を作り出すための機関が蒸気機関で、それにより汽車が走り出す。そしてまた、温度差を生む天然の場所といえば温泉である。なるほど。
《ところで『草枕』は、もっと決定的なフレーズを冒頭から刻印している。作者自身がどこまで意識していたかということを超えて、そのフレーズは、『草枕』がそれまでの古典力学的パラダイムから熱力学的なパラダイムへの変換そのものを語る場であることを告げている。そうしたパラダイム変換をはぐくむべく、古典力学的としか言いようのない主人公の仕草を冒頭から宣言するフレーズ。想い起こそう。[…]》

 中略したけど、さらに倍の分量を費やしてもったいぶってから、いよいよ引用がくる。
《  山路を登りながら、かう考へた。

 おそらく、われわれは長いあいだ、『草枕』のこの冒頭の一行を読み過ごしてきたのではないだろうか。その証拠に、だれもが復唱するのは、これにつづいて語られる画工の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」といった人生論的な感懐なのだから。しかしながら、『草枕』が重要なのは、結末で「汽車論」を語るのとちょうど対応するかのように、冒頭で、古典力学的な身振りを提示している点なのだ。徒歩で山を登ること。これ以上、古典力学的パラダイムにふさわしい仕草があるだろうか。》pp33-4 太字と下線は引用者

 感動的なほどドヤ顔が見えるし、下線を引いた部分の口調には笑ってしまう。
『草枕』は、山を登ったあと、温泉宿を舞台とし、それから今度は山を下って(位置エネルギーを運動に変える)、舟で移動し(そのとき川沿いに見られる機織りの風景はやがて来る紡績工場という産業の転換を予告していて)、そして到着するのは蒸気機関車の走る鉄道の停車場なのである。よくも目を付けた。感動的なほど、ドヤ顔が見える(2回め)。
 それから『草枕』だけでなく、『二百十日』や『坑夫』からも火山や鉱山が取り出されて「高い/低い」や「熱い/冷たい」が論じられ、『吾輩は猫である』に出てくる風呂場のシーンが注目され(銭湯の湯槽にうごめく人々の姿は分子のブラウン運動に似ているそうで、さらにはエントロピーの法則が見出される)、そういえば吾輩が死ぬのは甕に張られた水の中(冷たい)だったし、それに『坊っちゃん』もまた温泉を行き来するし、その温度差をもつ2ヶ所は汽車で連結されていたし、しかも坊っちゃんは、最後に街鉄の技手になるではないか。だから、漱石ほどこのエネルギーの転換を言説化できた小説家はいない、ということになる。
《物語論的な場に温度の異なる二つの熱源を布置することで、テクストそのものを熱機関に書き換えた作家。そのことこそが、西欧より遅れて短期間のうちに熱力学的なパラダイムを導入しようとした明治期の日本において、漱石にしてはじめて成し得た仕事の射程にほかならない。》p67

「ほかならない」。そんな調子で、高低差と温度差という発見を鍵にすると漱石の作品はこんなふうにも読めるという、楽しい実例だった。「よくもここまでやったものだよ」という尊敬と、文字面は同じだが、「よくもここまでやったものだよ」という呆れが絶妙にミックスされる読後感だった。

 で、この後に続く論考については、後者、呆れのほうの「よくもここまでやったものだよ」が多くなってしまう。
 漱石の作品では汽車や電車がよく走る、そんな場面では、あわせて果実と鼻が登場することが多い、汽車・果実・鼻、この3つが揃ったところに漱石の夢の世界があって――というぐらいなら「ほうほう、それで?」とまだついていけるが、「鼻=男根」となってくると「うん…そうか…」と力が抜ける。
 それにまた、『明暗』に出てくる「清子」という名前が「キヨコ」から「キヨ」→「鏡」→「鏡子」(漱石の妻)と変換されても、どんな顔で読めばいいのか困ってしまうし、『三四郎』において、「水蜜桃」=「水・三・十」、「小川三四郎」=「水・三・四+六」=「水・三・十」、ゆえに両者は同調可能、となるとこれははっきり、凝りすぎた冗談だと思う。
 ――揶揄的に過ぎた。
 ここにあるのは、先人の開発した概念を組み合わせて特注のメガネを作り、それを通せば見えてくる作品の一部分一部分をまた組み合わせて筋道を立てる、しかもそのすべてを言葉でもって行なって読者の吟味に供するという職人技の実践で、「どんなことが言えるか」が「どこまで言えるか」の挑戦になっていくのは自然な流れだとも思う。
 わたしのほうがそれについて行けるだけの地図と体力を持っていなかったという話だろう。文章のアクロバットは相当に華麗だった。それだけはわかる。

 が、そんな無粋な人間でも、本書の最後にあった「「声」の検閲――『こゝろ』の話法を聴く」は面白く読めたのである。「熱力学的ディスクール」よりおどろきがあった。
 どんな内容だったか忘れてしまうのはもったいない。次回、感想はともかく、メモにつとめることにする。

 [→次回
いとうせいこう×奥泉光『漱石漫談』(2017)
漱石漫談
《奥泉 ―― でも、自分から「私は損ばかりしていました」と主張する人って、どうなのかな?

いとう ―― 「私って、~の人だから」というのと同じで、嫌ですね。

奥泉 ―― 「あたしって、昔から損ばっかりしている人じゃないですかぁ?」

いとう ―― 知らねえよ(笑)。》『坊っちゃん』p118

 先日、熱にうかされて『坑夫』のところだけ読んで引用したいとうせいこう×奥泉光の『漱石漫談』、ほかの部分も読んだのであらためて感想を。

 本書で扱われる漱石の作品はぜんぶで8作。毎回1作にフォーカスしてふたりが漫談をする。
 一方が事前に準備してきた内容にもう一方がその場で応接し、話が深まったり、あたらしい切り口が生まれたり、脱線が続いたりしてとても楽しい。8作と言わず全作品について、さらに同じ作品についても、繰り返し喋って、喋り直して、喋り倒してほしい。それはたいへんだ。

「はじめに」で奥泉光はこう言っている。
《小説を読む行為って、ひとりで本に向かい合う、という行為だけでなく、その小説について語ることとか、その小説について人に面白さを伝えることとかを含めてもいいと僕は思うんです。文芸漫談は、いとうさんの方向、お客さんの方向、テキストの方向、といった具合に多方向に意識が動いていく。この動きそのものが小説を読むという経験になってるんですよね。》p3

 わたしは2015年の奇書にして名著、『『罪と罰』を読まない』(岸本佐知子 ・三浦しをん・吉田篤弘 ・ 吉田浩美、文藝春秋)を思い出しました。あれもわいわい好き放題に(ほんとうに、好き放題)喋っている感じが楽しかった。あの本にしてもこの本にしても、そういうことができるのっていいなという、非常に羨ましい気持。

 奥泉光が『吾輩は猫である』は温泉である、と喝破するところとか、いとうせいこうが『三四郎』の美禰子にえんえん毒づくところ、『門』からの引用を朗読し、朗読するほうも聞くほうもいっしょに圧倒されてしまうところなど、個々の面白かった部分を挙げていったら切りがない。なのでふたつだけ書く。

 まず「へえ」と思ったのは、本の最初が『こころ』を扱う回であること。
 漱石の執筆順じゃないのか、じゃあ何の順?と気になったので、目次の通りに作品を並べ、その発表年と、記録されている漫談の行なわれた日付を書き出してみるとこうなる。何度見ても『坑夫』が大トリなのには胸が熱くなるけど、それは今はいい。

『こころ』(1914) 2013/09/27
『三四郎』(1908) 2009/11/30
『吾輩は猫である』(1905)2016/10/24
『坊っちゃん』(1906) 2007/09/22
『草枕』(1906) 2015/05/13
『門』(1910) 2015/11/08
『行人』(1912) 2016/03/12
『坑夫』(1908) 2016/05/21

 小説の発表順でもないし、漫談の順でもない。何の順だろう。読者の興味がなるべくうまくつながるように、作品のネームバリューを考え合わせて配列した(『坑夫』が最後)、というのがおそらく、きっと正解なのだろうとは思う。思うけど、勝手なことを書くと、奥泉光が何度も持ち出す話がある。
《奥泉 ―― […]漱石の一貫したテーマは孤独ということなんだと思うんですよ。漱石の孤独はすごく独特で、どういう孤独かというと、つまりひとりでいるという孤独じゃない。ひとりになっちゃう孤独なんかたいしたことない。そうではなくて、人とコミュニケーションして、失敗しちゃう孤独なんですよ。》
[…]
《『坊っちゃん』もそうですよね。最後の『明暗』なんかも同じです。つまり、たいしたことは起こってないのに、人物たちがものすごく緊張していている。『明暗』の夫婦はべつにお互い浮気してるとかなにもないですよ。なにもしてないのに夫婦間にただならぬ緊張感が走っている。どういう緊張かというと、コミュニケーションに失敗するのではないかという恐怖感なんですよね。》『三四郎』pp60-1

《奥泉 ―― […]「吾輩」も、しゃべることだけはできないんだよ。せめてテレパシーで自分の考えを人間に伝えられるといいのに、それもできない。

いとう ―― ああ、人間語をしゃべれないんだね。でもこれって、漱石っぽい。コミュニケーションできたかどうかわからないという問題は、『坊ちゃん』だろうがなんだろうが、漱石作品の主人公が常に持っているもどかしさだと奥泉さんが年来言ってるやつ。》『吾輩は猫である』p96

 コミュニケーションの失敗と孤独にまつわるこの話は、本書後半の『門』や『行人』の回でいっそう深められていく印象があった。
 そういった効果も加味して順番が練られているのだとしたら、喋っているふたりだけでなく、それをした人も巧みであることだなあと思った。
(ついでに書くと、この本も前の『文芸漫談』も、ふたりの発言の中で太字にする部分のセレクトがすごく絞られており感心する。わたしだったらもっとだらだら太字だらけにしてしまう)

 そしてもうひとつ引用したいのは、いまの時代に「ふつうの小説」として一般的に通用している小説があるとして、漱石が模索していた「そういうのではない小説」のありかたを、ふたりが漱石作品のあちこちから推測してあれこれ喋っている部分である。
 そのヒントが顕著なのが『草枕』であり、そして『坑夫』であることには深く納得する。「そりゃそうだ」と思うから意外性はない。
《いとう ―― そもそも那美さんは強力な物語を持っているのに。

奥泉 ―― そう。那美さんは、かつて川に身を投げた伝説の「長良の乙女」に似ていると言われているんですよ。さらに先祖にも長良の乙女みたいに自殺した人がいる。

いとう ―― 出た! 物語中の物語ですよ。「親の因果が子に報い」でしょ、これ。

奥泉 ―― 画工のイメージの中ではオフィーリアとも重ねられる。だからこの人は絶対に身投げするしかないんだよ

いとう ―― 物語的には。

奥泉 ―― 僕が作者だったら、「うーん、なんとか身投げさせるか」と考えちゃう。

いとう ―― 身投げさせなかったら、読者がかなり肩すかしを食らう感じがあると思うんですよ。でも身投げしない上に、肩すかし感もない。せいぜい岩場で向こうに落ちるだけ。不思議だなあ。

奥泉 ―― 漱石はわざとそこまでやっておいて、これが小説というものだぜというはっきりした信念を見せている。だからこれは漱石が本気を出した小説なんですよ。新聞小説作家になってからは本気を出していないと思う。

いとう ―― そんな感じする?(笑)

奥泉 ―― いや、言いすぎました(笑)。》『草枕』p169

《奥泉 ―― いとうさんと僕が考える小説というものにいちばん近いのが、『坑夫』なんだよね。つまり僕らの小説の定義は、「なんじゃこりゃ!」と思わず言いたくなるようなもの。[…]

いとう ―― ストーリーもほぼないよ。坑夫のところに雇われに行き、でも働き始める約束もないまま坑[あな]に入らされて、なんとか戻ってくる。そこで、ぷつっと終わる。物語的な起承転結とか一切なし。

奥泉 ―― 過剰に反物語的。『草枕』はアンチ物語を真正面から打ち出した作品だけど、『坑夫』のほうが反物語のエッジが効いてる気がする。》『坑夫』pp235-6

 で、わたしがいちばんおどろいたのは、『三四郎』もそっち側の作品だという発言。これは「わかりやすい小説のように見せて、実はすごい実験小説なんだ」、と(いとう、p70)
 その指摘は、作中で登場人物の弾くバイオリンが、断片的な音しか鳴らさないという点からなされる(!)。
(しかも、『三四郎』より前にある『こころ』の回でも琴の音について似た言及があり、ここの指摘の予告として働くようになっている。やっぱり見事な構成)
《奥泉 ―― […]いわゆる西洋古典音楽[クラシック]というのは構築的なんですが、漱石はそういう音楽にはけっこう否定的、というか、正面から書かないんですよ。むしろ断片の響きがよく小説中に出てくる。バイオリンやピアノは必ずノイズっぽく鳴るんですよ。それがいいというふうに漱石は書くんですよね。

いとう ―― なるほど。つまり音楽というのは時間芸術だから、時間が流れていくのを編成していくわけです、いろんな和音で。だけど漱石の言ってる断片というのは時間芸術じゃないですよね。むしろ音が絵になってるわけですね。

奥泉 ―― そう、つまり画なんですよ、漱石は。絵画的な発想をしているんですよね。》『三四郎』pp68-9

 ここの部分と、ここから続く2ページが本書の白眉だと思う。
 絵画のような小説、と言っても一瞬の静止画ではなく、時間の流れとともに変化する人物のありようを内側に封じ込めた絵画としての小説、といったふたりの仮説は、こうまとめてもよくわからないだろうから、実物で読まれるのをおすすします。
《いとう ―― 漱石はなんでそんなふうなことを発想できたんでしょうね。[…]

奥泉 ―― 漱石が有利だったのは、僕たちがすでに自明としてしまっているリアリズム以前を知っているということなんじゃないかと。》『三四郎』pp70-1

「作家の○○についての本」の最大の功徳は、それを読んだあと、○○本人の作品を手に取らせることだと思う。わたしは『坑夫』だけでなく、『三四郎』と、あと『門』も読み直すことにしました。
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