2017/10/26

パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』(1950)

見知らぬ乗客 (河出文庫)
白石朗訳、河出文庫(2017)

《本人を見る前から、ミリアムがきらいだった。》p113

 先月、ヒッチコックの「見知らぬ乗客」(1951)をはじめて観たらたいへん面白く(当分忘れないだろう場面が少なくとも4つある)、たまたま今月になってその原作である長篇が新訳で出ると知り、こういうめぐり合わせは尊重しなくてはと買って読んだ。表紙もすごくいい。

 新進気鋭の建築家ガイ・ヘインズには悩みがあった。別居状態の妻ミリアムが金の無心を続けるばかりかほかの男の子供を宿し、そのくせ離婚には同意しないのだ。大きな仕事も受注できそうだし、すばらしく性格の良い恋人もできたのに、ただミリアムのせいですべてがおじゃんになりそうだ。ミリアムさえいなければ。ミリアムさえいなければ……
 そんなガイが、たまたま列車で乗り合わせた相手がアンソニー・ブルーノ。物腰は丁寧ながら妙に馴れ馴れしく、親の金で遊び暮らしているらしいこの男に、ガイはつい聞かれるままミリアムのことを話してしまう。
 ブルーノはブルーノで、自分を溺愛してくれる母親が大好きな反面、父親のことは心の底から憎んでいた。それでブルーノは持ちかける。ぼくはあなたのことがとても好きなんです。あなたがぼくの父親を殺してくれるなら、ぼくがミリアムを殺してあげましょう。殺す相手を交換してしまえば動機は見えなくなるから、これは完全犯罪になるはずです。
 ガイはもちろんこの誘いを一蹴し、偶然生まれた2人の関係は列車を降りた時点で終わったつもりでいた。しかしブルーノにはこれが始まりだった。彼は本気でミリアムの住所を調べ――

 これは怖い。やばい人につきまとわれる恐怖。しかもそのやばいブルーノは、自分の証言次第でガイの関与は明らかにできるとほのめかしつつ、約束を果たせと迫る。迫れば迫るほど、つまり2人の関係ができてしまえばしまうほど完全犯罪から遠くなるだろうに、ブルーノは最初は手紙で、やがて電話を使い、ついにはみずからやって来る。恋人はますます思いやりに溢れ、仕事の評判も高まっていくが、ガイの日常は急速にブルーノに取り憑かれて、だけど小説はまだ半分も進んでいない。

 100分くらいで終わる映画版は、ほとんどガイの側に立って異常者ブルーノにつきまとわれる不条理を描いていたけれども、ほぼ500ページあるこの原作では、ブルーノの側の書き込みも相当ある。
 それによって、正体不明の異常さは薄れるといえば薄れる。
 母親が好きで父親を殺したくなるんだから、いかにもなんとか・コンプレックスで説明されそうだし、母親に“自分を溺愛してくれる母親”のままでいてほしいあまり、よその男たちとあちこち遊び回る現実の彼女に対して生まれているはずの怒りを直接本人には向けられず、その鬱屈がたまたま示された噴出口を見つける経路なんかも、(登場人物じしんの言葉はともかく)読んでいるこちらにはかなりわかりやすく書いてある。しかしもっと怖いのは、ブルーノの行動がガイへの好意に基づいていることと、ガイがきっぱりブルーノを拒絶できない煮えきらなさだった。

 立派な仕事をこなすまっとうな善人。ブルーノからすると、ガイは自分からかけ離れた人物だ。自分にはぜったいなれない存在だからこそ、自分の裏面として、自分に取り込みたくなってしまう。この気持、わからなくはない。
 ガイからするとブルーノは、自分の中にあったことは否定できない願望を実行してしまった他人だが、そんな存在をすっぱり断ち切れないとなれば、そこにあるのはただの自己保身(警察に疑われたくない)を越えて、自分の願望を共有した人間はもう他人ではないという歪んだ自己愛のようなものになる。そしてこの気持だってわからなくはないという、そこがいちばんおそろしかった。
「実行しない/した」は、「自分/他人」と同じくらい確固とした区切りのはずなのに、どちらの境界もずるずる崩れていく。だけどあくまでガイはガイであり、ブルーノはブルーノという別々の体を持った2人である。このやりきれなさ(そう、こんな当たり前のことが次第にやりきれなくなるのである!)をぐりぐりえぐり出すように小説は進んでいき、最後まで飽きさせない。

 映画版とはガイの職業など設定がいろいろちがうし、あちらには出てこない登場人物が徐々に活躍を始める展開はまったく別物である。わたしみたいに映画を先に見ていても「こうなっていたのか、全然ちがう!」と面白かったし、この原作を先に読んでから映画を見てもやっぱり「こうなるのか、全然ちがう!」と楽しめると思う。2人を扱った2つの作品の両方をおすすめ。



 ところで、小説も後半の399ページで7行目にある「ガイ」は、前後から見て「ブルーノ」でないとおかしいと思うのだが、これは単純な誤記だろうか。じつはハイスミスが――というか小説が2人を混同したのならいっそう面白い、などと想像が膨らみました。
2017/08/01

大岡昇平『俘虜記』(1952)

俘虜記 (新潮文庫)
新潮文庫(2010)

[…] 日本の俘虜が米軍の温情を感傷的に理解するのは別に困難でなかったはずである。彼等を当惑さしたのはいわば米軍の過度の温情である。彼等は自分を不名誉な俘虜だと思っていたのに、米軍は彼等を人間として扱った。これが彼等を当惑さしたのである。》p102

『野火』は前に読んだけど、こちらは未読だったので読んでみた。上に貼ったamazonの書影だとちょっと手を伸ばしにくいが(個人の感想)、これは古い表紙で、いま売られているのだとこういうふうに変わっています。

 1945年1月、フィリピンのミンドロ島に送られていた35歳の大岡一等兵は米軍に捉えられ、以後11月までの10ヶ月近くを俘虜の一人として収容所で過ごす。
 マラリアにかかったために、移動する自分の部隊から置いていかれてしまい、熱にうかされながら山中をさまよっている最中、こちらに気付かないまま近くを通った米兵を自分が射たなかったのはなぜなのか――と考え続ける中篇「捉まるまで」に始まり、12の章にわたって捕虜生活のさまざまな面を書き継いでいった体験記のようなこの作品の全体に付いたタイトルが『俘虜記』だった(最後に附録として部隊の行動記録がついている)。
 そうすると、“捉まってから”が俘虜のはずなので、「捉まるまで」だけ浮いてるんじゃないかという屁理屈もありえて、いろんな方面から怒られそうな気もするが、いちばん緊張に満ち、主人公の極限体験が文章の力でギリギリと観念的に突き詰められていく、プレ『野火』としての「捉まるまで」は、この『俘虜記』をいちばん代表していない。
 じゃあこれはどんな本なのか。
 俘虜病院で恢復を待ち、収容所へ移されて、たくさんの同じ俘虜たちといっしょになり、そこでの生活が続くにつれて、大岡を含め日本兵たちはおどろきの変化を遂げていた。

 みんな退屈し、のんきになり、(作中の言葉でいえば)堕落していったのだという。

 まじか、と思うが、うんそうか、そうなるか…という納得が遅れてやってくる。
《米軍は俘虜に自国の兵士と同じ給与を与えたのを誇っている。即ち二千七百カロリーであるが、これは体軀の小なる我々日本人には稍々[やや]過多であり、もし役員や炊事員の横領がなかったら、残飯を出したであろう。》p286

 俘虜の扱いについての決まりをきちんと守る米軍の収容所にあっては、俘虜だからこそ身の危険はぜったいになく、食べるものにも不自由せず(彼らは太る)、求められるのはかたちだけの軽作業しかない(しかも、英語が話せた大岡は米兵との通訳のような役についたから特別扱いしてもらえた)。
 ドストエフスキー『死の家の記録』の囚人たちが聞いたらうらやましさで蜂起しそうなくらいにゆるい収容所の生活は、熱帯の気温と湿度のもとで、だらだらと続く。大岡は自分も一員であるそんな俘虜たちを眺めながらアメリカの本・雑誌をもらって読みあさり、シナリオを書き飛ばしては回し読みに供したりして、やっぱり弛緩していく。
 そうやって何をしていたのかというと、観察していた。観察して、分析していた。ただし、その観察にはちょっとクセがある。観察を組み合わせて何らかの主張をまとめると、いびつなものができてしまうようなクセが。

 集団生活である以上、役割や上下関係が作られる。すると見えるところでも隠れたところでも衝突が起こる。俘虜と俘虜のあいだだけでなく、俘虜と米兵のあいだにも、米兵と米兵のあいだにも、そんな摩擦や、媚びへつらいはうかがえる。ここまでは観察の範囲だ。
 それらを読んでいくうちに、観察から一歩進んで、さまざまな個性がさまざまな力関係に従ってうごめく収容所の生活が、まるでふつうの社会と同じものに見えてくる――みたいなことを言いたい気持がムズムズわいてくるのだけれども、これについては「あとがき」で、大岡昇平じしんが《俘虜収容所の事実を藉[か]りて、占領下の社会を風刺するのが、意図であった。》と書いており(p560)、すると「そんなふうに見えるのは、そんなふうに見えるように書いたからだ」という面も確実にあるようなので、このことをあまり発見のように言うのはなんだかはばかられてしまう。

 それに意図と言えばもうひとつ、これを書く大岡がみずからきびしく戒めていたのが“いわゆる小説っぽくしない”ということで、このことは『俘虜記』本篇の中で何度も、逡巡しながら(でもはっきりと)繰り返し述べられる。
《収容所においての私の倦怠の飾りであったこれらの人々を、私はいつも懐しく思っている。彼等が私の精神と感情の外辺に触れたままの姿で、残らず私の記録に載せたいのであるが、結局列挙によって、読者と私自身を退屈させてはつまらないという考慮から、私の筆はにぶる。
「典型を書けばいい」と批評家はいうかも知れない。しかし俘虜に典型などというものがあるだろうか。囚人には人間を型に刻む、あの行為というものがない。
 もし私が小説家であれば、種々の事件を設けることによって、人物を躍動せしめることが出来るであろう。しかし俘虜の間には行為がないに従って、本質的な意味での「事件」というものもない。俘虜の小説の事件は尽く[ことごとく]作りものか誇張である。
 あの鉄柵中の単調な日々を帰還まで、芸もなく時の順序に従って語り続ける私の記録に、彼等が全部現れる機会があれば倖せ[しあわせ]である。》pp331-2

 先に書いた理由から、収容所の中にあんまり社会を見つけるのは控えたいし、いま引用した姿勢から、小説的な展開はもともと無いようになっている。
 それではこの本には何があってどんなふうに読めるのかというと、わたしの場合はただ、個々の観察を読んでいた。
 暇にあかせて大岡はいろんな俘虜と語らい、米兵とも雑談にふけり、親しくなったり反目したり、ときには議論をふっかけられてはぐらかしたりしながら、周囲の人間の立ち居ふるまいをじっと観察する。
《収容所で一体農民出の俘虜はテントを異にする昔の僚友よりは、近所のベッドの新しい隣人と仲好くしていた。必要と便宜に敏感だからである。遠いテントから遥々[はるばる]昔馴染を訪ね合うのは俸給生活者上りの補充兵の習慣である》p158

 こういうことを見て取り、さらりと書いてしまう、この眼を通して観察された出来事がひとつひとつ集まって、結果的に500ページを軽く越える厚さの本になっている。
 収容所の施設の配置や、中隊・小隊ごとの組織図を説明するのと変わりない分析的な文章でもって、具体的な行動と発言から、人間が語られる。終戦時で二千人になる俘虜に対しても、同じように退屈している米兵に対しても、何より自分に対しても、こういう眼による観察と分析がひたすら続く。《鉄柵中の単調な日々を帰還まで、芸もなく時の順序に従っ》た、これはなんて面白い読みものだろうと思いながらページをめくった。

 例をあげていくときりがない。あと一人ぶんだけ引用する。
 秋山という若者が後半にちょっとだけ出てきた。京大の哲学科の学生で、学徒出陣した末に、いまは隣の俘虜中隊で書記をしている。
《彼はレイテ戦の末期、西海岸に上陸した増援部隊の兵士で、後山中で危く僚友に食われかかったそうであるが、その経験から別にさしたる結論も引き出してはいないらしい。》p358

 その秋山と大岡の会話。
《私は早くから哲学する習慣を捨てていたので、とても彼の話相手になることは出来なかったが、高等学校の時「直接経験」に関して抱いた疑問を御愛敬までに提出してみることにした。
「ここに煙草がある」といって私は机の上にPXのラッキー・ストライクをおいた。「我々は二人共これを見ている。我々の直接経験はそれぞれ異るが、どうやらこれは確かにラッキー・ストライクらしい。ところで認識の不思議は、我々の直接経験がめいめい勝手な発展をとげることではなく、一つの物に関する二つの直接経験がたしかにその一つの物に帰着することにあるんじゃないかね。ここにあるのは一体何だろう」
無です」と彼は静かに答えた。
 私は笑うのを忘れ、呆然と彼の顔を見続けた。彼の瞼[まぶた]は例の瞑想的な調子でのろのろと眼球を蔽おうとしているところであった。私の質問はいかにもふざけたものであったが、彼が現に眼の前にある綺麗なラッキー・ストライクを、「無」といいきったところには、一種の不幸が感じられた。要するに彼には喫煙の習慣がないということではないのか。》pp359-60、太字と下線は引用者

 これにはしばらく笑った。なんだろう、この筆致。
 観察、観察、と何回も書いてきた。観察というのは距離を保つことなので、記述は乾いたものになり、そこにはユーモアさえ生まれる。『野火』を書く人がその前にこういうものも書いていた、というよりも、こういうものを書く人だから『野火』が書けたということが、今さらながら少しわかった気がする。



*追記:
 この『俘虜記』ではなく、新潮文庫『野火』の巻末「解説」は吉田健一が書いており、そちらにも『俘虜記』について触れている部分があった。読み返してみると、ラディカルすぎて「解説」の床をあっさり踏み破っていると思う。謹んでメモ。
[…] 「俘虜記」は私小説でも、何小説でもない小説であり、この作品で既に大岡氏が他の作家達、殊にそれまでの作家というものとは違っていることがはっきり感じられる。私小説に馴れた読者でも、「俘虜記」が一人称で書いてあるということで、これを大岡氏の戦争中の体験記として受け取ることは出来ない筈[はず]なのである。》

《大岡氏は「俘虜記」で、フィリッピンの自然に対するのと同じ眼で主人公を見ている。これはフィリッピンの自然に対して大岡氏が抒情的になることを妨げないし、又、主人公を見ている大岡氏の眼が残酷だとか、客観的だとかということでもない。ただ大岡氏は、言葉で書かれたものは言葉が伝えることをしか伝えないことを知っている。ここにあるものはフィリッピンの自然でもないし、一人の、或は何人かの日本軍の敗残兵でもないので、あるのはただ大岡氏が書いた言葉と、それが描いている一つの世界だけなのである。
 それを実際にどこかにあった世界、或は少くも、我々が氏の作品を読んでいる間、我々の眼前にある世界と我々が感じる所にこの作品が成立している。我々が直接に受ける印象の問題なのであるから、そこには嘘や、作者の人気によるごまかしが入って来る余地はない。嘘と言えば、初めから一切が嘘なのであり、その嘘を支えているものは言葉の他に何もないのである。
 これがフィクションであり、小説というものの定義であって、小説にフィクションが必要であるかどうかなどという論議は正気の沙汰ではない。大岡氏は曾て[かつて]、それも今から十何年も前のことであるが、人生に起る出来事は偶然の寄せ集めであって、或る事件が次にどんな事件を生じるか知れたものではないが、文学では或る作品で一度何か起れば、もうその作品はそれが起ったことの結果から逃れることが出来ないと書いたことがある。
 一つの事件が次の事件を呼んで、それを免れ[まぬかれ]ないものと感じることが読者に書いてあることの真実に就て[ついて]納得させるというのが、小説というものの本道なのであって、大岡氏はそれを、「俘虜記」で試みて成功し、次に「武蔵野夫人」でそれが戦場という異常な環境を離れて我々の日常生活に応用されても、我々に同じ一つの充実した小説の世界を与えるに足るものであることを示した。「野火」は大岡氏がその次に作家として試みた冒険である。
「野火」の舞台が再びフィリッピンの戦場に戻っているのは、そうして得られるどぎつい材料で我々の好奇心を惹く為ではない。屍体や戦場というものが我々の日常の感受性にとっては異常であっても、それが現実となった時は、と言うのは、何よりもそれが小説の現実を作り出す作家の材料になった時は、最も平凡な事実の親しさを帯びることは、大岡氏が既に「俘虜記」で我々に明かにしてくれた所である。どんなに奇異な事実だろうと、我々が小説の世界を信じるという異常には及ばないのである。[…]『野火』「解説」pp178-80
2017/07/12

丸谷才一『笹まくら』(1966)

笹まくら (新潮文庫)
新潮文庫(2001)

★いちばんすごい部分(結末)に触れています


《「聖火リレーの走者の、反対のイメージがお前さんだよな。」》p271

 昭和40年の春。東京の私立大学で庶務課に勤めている浜田庄吉のもとに、一通の葉書が届けられて小説は始まる。
 45歳の浜田には秘密があった。昭和15年から終戦まで、つまり20歳から25歳までの5年のあいだ、彼は徴兵を避けるために名前を変え、日本中を転々と逃げ続けたのである。葉書は、その逃避行の後半を支えてくれた女性・阿貴子の死を伝える通知だった。
 戦争が終わって都内の実家に帰り(もとの自分に戻り)、あるコネからいまの職を世話してもらって、やがて阿貴子ではない別の女と結婚し、いちおうは平穏に暮らしている浜田。「いちおうは」というのは、20年を経ても、自分の徴兵忌避が学内でだれに・どこまで知られているのかという不安が彼を離れることはないからだ。
 そんな過去を抱えながら、理事と教員と職員と学生が何重にも織りなす力関係のなか、浜田はひたすら目立たないよう注意を払い、無難に立ち回るため周囲と腹をさぐり合う毎日を送っているところだった。

 で、小説は、この浜田庄吉の大学での立場が出世にからんで変化していく現在の話と、彼が「杉浦健次」という偽名で過ごした5年間を、並行して語っていく。
 丸谷才一の長篇を読むのは初めてだったが、びっくりするほど面白かった。これが徴兵忌避者の戦後を扱った作品であることは何かの紹介で目にしてぼんやり知っていたけれど、実物を読んでみると、構成がとんでもなく見事である。
 現在においても過去においても、浜田(杉浦)に好意を抱く人間もいれば、疑いや反感を持つ人間もいる(いた)。助けてくれる人間、陥れようとする人間。世代も性格もさまざまな人物たちが、具体的な姿かたちや身振り・口調から、きっちり造形されて小説を立体的にする。
 そんな人物たちを描くうえで、これはおそらく作者が作者だから、ジェイムズ・ジョイスが大々的に使ったことで有名な手法をもっとマイルドにして採用したと思われる、やや実験的な部分もたまにある。でも、50年前(!)の発表当時ならともかく、いまとなってはそういうところもつっかかりなく読めてしまうこと自体も面白かった。

 なによりすごいのは、過去を明かしていく順番である。

「逃げる」という決心はどうやってついたのか? 日本のどこをどんなルートで逃げ、そのあいだ、どんな方法で生計を立てていたのか? 「忌避者だ」と見抜かれるピンチはどれぐらいあって、どのように切り抜けたのか? 逃げ出したあと、家族や友達はどうしたか? そして、阿貴子との出会いは? どんな仲だったのか? その阿貴子と戦後いっしょになっていないのは、いったいどういうわけなのか? などなど、気になる点はいくつもある。
 でも小説は、現在の浜田がだれかの発言や何かの物品に触発されて起こすフラッシュバックのかたちを借り――現在を語る文章が次の段落でいきなり過去に移り、また継ぎ目なく現在に戻る――逃避行のなりゆきをバラバラの順番で、少しずつしか教えてくれない。
 北海道にも鹿児島にも朝鮮半島にもおよび、地方ごと季節ごとの自然や、必要に迫られて身につけた職業の細部もふんだんに盛り込みながら、「別の人間として信じてもらう」という目的のために裏返ったロードノベルになる杉浦健次としての逃亡生活は、読者が自分で組み立ててはじめてその全体像をあらわす。
 こう書くと読みにくそうだが、実際はその反対である。彼が徴兵忌避を完遂するのはわかっているのだから、それを時系列に沿って書くだけでは間延びしてしまう。結果がわかっていても謎と緊張が生まれて小説を引っぱっていくように、過去を伝えるフラッシュバックの順番が巧みに構成されている。
 逆にいえば、小説の側のそんな作為が主人公の突発的な回想になめらかに溶かし込まれているわけで、おそろしく手が込んでいるし、かつ、とても読みやすい。
(いま思い出した。現在の浜田が「これからどうなるのか」と、過去の杉浦が「どうやって現在にたどりついたのか」という、小説を進める動力がふたつあるという点で、『笹まくら』はリチャード・パワーズの『オルフェオ』(2014)にちょっと似ている。でも『オルフェオ』だと過去も時系列で語られていたから、似ているのと同じくらい似ていないとも言える)

 読者にとっては、パズルのピースを何枚かずつ手渡されるようにして徐々に見えてくる杉浦の鬱屈した放浪が、作中の現在においては、学内の人事に際して「あいつは逃げた」ぐらいの雑なまとめかたで広まり、浜田の立場を危うくしていく。
 戦争が終わり、徴兵忌避は犯罪ではなくなった。それから20年間、問題にされなかったはずの過去が、なぜいま蒸し返されるとスキャンダルになりうるのか。

 軍隊から外れることで戦中の社会から降りることを選んだ浜田は、大学という企業体に入ることで戦後の社会におとなしく身を沈めようとしてきた。ほかの登場人物の体験談として語られる前者ではむき出しの暴力が吹き荒れていたのに対し、後者で飛び交うのは無言の忖度である。
《「そこで班長がものすごく怒って出て来て、ぼくを殴ったんですよ。上靴……スリッパですよね、それから帯革……ベルトだな、その二つで、明け方まで殴られた。今でもときどき頬の骨が痛むことがありますよ……寒い日なんか。」》p175

《浜田が誰にともなくお辞儀をして、部屋を出ようとすると、理事が顔をすばやく彼のほうに向けて言った。
「浜田君、いつでも相談に来てくれたまえ。いいかね」
 彼は礼を述べて仄暗い廊下へ出た。しかし、礼を言う必要は果してあったのだろうか? あれはむしろ、相談には来ないで決めろと言われたような気もするのだけれども。》p289

 だから、終戦をあいだに挟んだこのふたつの社会は、まったく別物のように見える。それなのに、前者から逃げたことを理由に、いま後者が浜田を不利な方向へ押し流すなら、両者にはつながる何かがあることになりはしないか。ちょうど、いまの浜田が長けている、他人の顔色をうかがって周囲の風向きを判断する能力が、杉浦だった日々に染みついた、近づく人間だれのことも「ぼくを怪しんでいるのでは?」とおそれる疑心暗鬼とつながっているように。
 悩み、翻弄される浜田は、繰り返し過去をよみがえらせながら、自分の状況を考え続ける。それでも、自分と他人を巻き込んで状況を変化させている何かの姿ははっきり見えない。「これ」と名指せる正体を持たない曖昧で大きな力を、この小説は見えないまま、そういうものとして扱って、それがたしかに働いているさまを、登場人物たちの言動からぐりぐり描き出していく。
 ときおり浜田は、他人を利用する目でしか見ない冷たい部分をまったく無自覚なままあらわにしてこちらをヒヤリとさせるし、自分が他人にどう映っているかをたえず疑う彼の心は、次第に被害妄想へと傾く。追われる緊張を長く強いられる生活から来た歪みであるとか、いままた追い詰められて起こる正気からの逸脱だとか、そういった部分的な変調も、スムーズで巧みな構成の中に組み込まれ、杉浦健次である浜田庄吉を作り上げていく。

 そんな舌を巻く400ページ余りのあとで、とどめとばかりに小説は驚愕の結末にいたる。ここが本当にすごかった。

 ある事件をきっかけに、自分はもういちど「降りる」ことだってできるんだという発見に45歳の浜田はたどり着く。そこで終わっても十分以上に重たいラストになるだろうに、小説はそのあと、昭和15年10月の入営前夜、すべての準備を整えて実家を去ってゆく20歳の浜田を置く。
 彼のしたことが、彼自身とまわりの人間のその後をどのように変えていったか。過去がどれほど現在と切れないつながりを持つものなのか。小説はそれをここまで入念に書いてきた。そうやって書かれている限りのぜんぶを読んできた読者の前で、最後の最後、そんな“未来”をいっさい知らない浜田庄吉が、これまでのどの場面よりも丁寧な、スローモーションめいた挙動で杉浦健次に姿を変え、出発する。
《彼は宮崎ゆきの切符を財布から出し、改札口を通った。さようなら、さようなら。彼は二列に並んでいる長い行列の末尾につき、貧しい身なりの群衆のなかの一人となって待った。さようなら、さようなら。行列が進み出し、駅員が叫び、そして人々は走り、彼もトランクをさげて走った。さようなら。》p418

 小説はここで終わり、ここから始まるけれども、これはループではない。『笹まくら』は、その終わりかたでもって、終わるものなんかないことを告げるのである。




*浜田と女性の親密なシーン(婉曲表現)の書きかたに気取った中年男臭が漂うのと、おそらく同じ理由から、浜田の妻を都合よく扱いすぎのきらいはあるものの、そういう部分はそれ自体がすでに「時代の証言」じゃないかと思う。