2018/02/05

ポール・オースター『冬の日誌』(2012)

冬の日誌
柴田元幸訳、新潮社(2017)

《何といっても時間は終わりに近づいている。もしかしたらここは、 いつもの物語は脇へ置いて、生きていたことを思い出せる最初の日からいまこの日まで、この肉体の中で生きるのがどんな感じだったか、吟味してみるのも悪くないんじゃないか。》p3

 そんなこと言わないで! あ、いや、急すぎた。やり直す。
 せんじつ読んだ『孤独の発明』(1982)は、本格的に小説に向かう前のオースターが過去をふり返り、過去をふり返る行為についてあれこれ考えることでもって自分の足場を確かめようとする思弁的な本だった。それから30年後の『冬の日誌』では、60代の半ばにさしかかったこの作家がふたたび過去をふり返る。エッセイとしては長尺で、自伝としてはカジュアルなつくり。
 この2冊を続けて読むのはまったくオースターのあずかり知らないわたしのほうのめぐり合わせだが、せっかくなので比較すると、『孤独の発明』のとくに第二部「記憶の書」では、「実際に体験した自分の過去の話」と「それをもとに展開する思索」の分量の比が3:7くらいに感じられたのが、『冬の日誌』では9:1ぐらいになっている(どちらも体感)。この違いに、最初に引用した年齢からくる動機が直接反映していると言われたら、つい納得しかねない。
 エピソード重視であることと、わたしがオースターの熱心な読者ではぜんぜんないことを併せると、本書は“そんなに知らない作家が自分の半生を具体的に綴った文章の束”ということになる。それって面白く読めるのかハードルが高い気もするものの、かく言うわたしはSNS全盛の時代より前のブログ全盛の時代よりさらに前のウェブ日記全盛の時代から、夜な夜な、知り合いでもなんでもない赤の他人の日記を探してきては半年分まとめて読みふける数時間に無上の楽しみをおぼえていた人間なので、そんなハードルは下をくぐって通過していた。どなたかの参考になればと思う。
 半生のエピソードといっても時系列ではない。たとえば体に受けた傷の話であれば、子供のときからこんな怪我をした、こんな事故に遭ったなどの経験が、一見、思い出すままに語られる。選ばれる話題は雑多だが、いま例に挙げたような肉体的ダメージ・体にまつわる事柄が大まかな主題になっている。もちろん、体とはこの自分の体だから、体を語ることを通してみずからを語っていくのである。
《これこそ君の人生の物語である。道が二叉に分かれたところへ来るたびに、体が故障する。君の体は心が知らないことを知っているのであり、故障の仕方をどう選ぶにせよ(単核症、胃炎、パニック発作)、君の恐怖と内的葛藤の痛みをつねに体が引き受けてきたのであり、心が立ち向かえない――立ち向かおうとしない――殴打を体が受けてきたのだ。》pp63-4

 加えて、いまの引用に見られる通り、本書では語り手が「君は」の二人称で自分を指すスタイルが採られている。このことを、『孤独の発明』の第一部が「私は」の一人称、第二部が「彼は」の三人称を選んでいたことと考え合わせると面白い。
 自分を「君は」と呼べば、「私は」と呼ぶより距離ができるのでもっと詳しく“点検する”立場を取れるし、それでいて「彼は」と呼ぶより過去の自分を親密な態度で扱うこともできる。さらに同時に、「君は」「君は」と語られるたび、それはあくまでオースターのことだとわかっていても、読んでいるわたしがオースターから呼びかけられているような印象も毎回ほんの少しずつ残るため、積み重なるうち次第にこっちがオースター(語り手であり、語られる対象でもある)のほうに寄せられていく効果も感知された。100パーセント個人的な自分の話を他人に聞かせる・読ませるうえで、この人称遣いはとてもうまい。
 そんな巧みな語り口に乗せて、喧嘩のことや、スポーツのことなどなどが書かれていく。というか、思い出されていく。セクシャルな事柄も、初体験までのいきさつとか、いつどこでどんな娼婦を買ったかとか、かなり率直に綴っていくので「ほう」と思いながらついチラチラとGoogleで画像検索する誘惑に駆られるいっぽう、呑み込んでしまった鉛のように本書に沈んでいるのは2002年に亡くなった母親のことで、全篇を通し、あちらこちらで若かったころの母親の姿、老いてからの様子が都度都度のさまざまな感情とともに触れられている。
(これもまた、『孤独の発明』が実父の死から書かれたことと図らずも対照をなしている――などと捉えたらあんまり読者の勝手にすぎるだろうけれども)
[…] 病院に大急ぎで連れて行かれたことも頬を縫ってくれた医者のことも覚えていない。ほんとに上手なお医者さまだったのよ、と君の母親はいつも言っていた。初めての子供の顔半分が破りとられたのを見たトラウマは決して去らなかったから、母はそのことを何度も口にした。》pp8-9

《その朝のうちに君のブルックリンの家に電話してきた母の声は、恐怖の念に包まれていた。血がね、と母は君に言った。血が口から出ていて、血がそこら中にあったのよ。長年彼女を知ってきて初めて、母は正気を失っているように聞こえた。》p134

 とくべつ面白かったのは、生まれて以降、この本を書いている現在まで、自分が定住した場所を順に並べていった部分である。どんな場所でどんな暮らしをしていたかが、およそ50ページにわたって記述され、生家から学校の寮から粗末なアパートから次の粗末なアパートから何から何まで数え上げられて、暮らした住まいは22ヶ所に及ぶ。その多さにまずおどろくし(本はどうしたんだろう)、ひとつひとつの住居の間取りについて、周囲の環境について、そしてそこで起きた出来事と自分の心持について、引き出されてくる回想の鮮明さにもっとおどろかされた。
 ここの部分は本書では例外的に時系列でたどられており、これを簡単な年譜として押さえれば、『孤独の発明』で切れ切れに言及されるこの人のライフイベントもそれなりに整理して把握できそうだ。なにより、20代はじめからの10年あまりはリディア・デイヴィスが出たり引っ込んだりするので、オースターの自伝でありながらこの期間はダブル主人公ものとして読める(ただし、『孤独の発明』と同様、この本でもオースターは「リディア・デイヴィス」という名前は出していない。わたしの読み方が勝手なのである)。その七転八倒の生活が破綻したあとで出会い、再婚を決めた2番目の妻へのベタ惚れ具合も読みどころのひとつになっている。
《それまでずっと、君が女性に関して下した判断はすべて間違っていた。でもこの決断だけは間違っていなかった。》p181

 ほほえましい、すごくほほえましいけど、ちょっと今ここでリディア・デイヴィスに謝ってもらおうかとまた画像検索して言い聞かせたくなりながら、他人の人生をこうもたやすく物語として享受してしまうわたしのような人間がいるから時系列には危ういところがあるとあらためて思った。それから、悪いのは時系列ではなくわたしだと思った。

 いまの話を別にすると、この本を読んでいていちばん頻繁に、かついちばん強く感心するのは、「よくもそんなにたくさんのことを、そんなに細かくおぼえているよな」ということだった。
「よくそんなにおぼえているよな」は「よくそんなに思い出せるよな」と同じ意味である。でも、作者の思い出したことがそのままこちらの脳に注入されるわけはない。当たり前だがオースターは思い出しているだけでなく、思い出したことを書いている
 ここにある、「思い出す」と「書く」の関係がとても気になる。
 この本にぎっしり詰め込まれた、60年間のさまざまな風景の細部、出来事のディテール、人のことばの数々、感情の揺らぎのひとつひとつ、そういったすべての物事は、(1)まずオースターの頭の中にあって、(2)それが文章のかたちで表現されるという、一方通行のルートを経てページの上に印刷されているわけではないと思う。少なくとも、それだけではないと思う。
 おぼえていること・思い出したことを書く、というだけでなく、書くことによって思い出しているという逆のルート、書くことで、自分がおぼえているとは気付いていなかったことまで思い出すという相互関係もきっとあるはずだ。
 わたしが誰かに思い出ばなしをする場合を考えてみても、話しているうちにひとつの細部がほかの隠れていた細部を引き連れて立ち上がり、ぼんやりしていた部分に具体性が上塗りされて、あたかも話しはじめる前からそのままのかたちで頭の中にしまってあったと(そんなはずはないのに)錯覚しかねないことはしょっちゅうある。思い出は再現の過程で肉付けされ、肉付けされたあとでは元の姿は見えなくなる。
 ましてオースターは小説家である。実際に起きた、ありのままの事実を本人が思い出して文章にしているつもりでも、じつはそこに書く・語ることで思い出すというプロセスが含まれているのだとすれば、語りのプロの小説家であればこそ、書く側にとって、思い出を語ることと創作のあいだに、本人以外が想像するほどの違いはじつは無いのじゃないかということが気になるし、そこについてオースターじしんは何らかの自覚と企みを持っているのだろうかということも、さらにいっそう気になってくる。
[…] ピアノはもう何年も演奏されていなくて音程が狂っているので調律師に来てもらうことにした。翌日、盲目の男がやって来た(君はこれまで、盲目でないピアノ調律師にはまず出会ったことがない)。五十歳前後の太った人物で、顔はパン生地のように色白、目が上向きになって白目が露出していた。奇妙な人だ、と君は思ったがそれは目だけのせいではなかった。むしろその肌。漂白したような、ホコリタケを思わせる、ふわふわで押せば凹みそうな肌で、まるでどこか地下に棲んでいて顔にまったく光を当てていないかのように見えた。》pp64-3

《何分かが過ぎ、君の体も冷えてきておおむね正常な温度に下がったところで、タクシーが一台こっちへやって来るのが目に入ると同時に、一人の女性が歩いてくるのを君と君の妻は見た。若い、おそろしく背の高いアフリカ系の女性で、カラフルなアフリカの服に身を包み完璧に背筋の伸びた姿勢で歩き、胸に掛けたスリングの中では小さな赤ん坊が眠っていて、右手から重たい買物袋が下がり、左手からもうひとつ重い袋が下がり、三つ目の買物袋は何と頭に載っている。人間の優美さの具現化を自分が目のあたりにしていることを君は悟った。左右に揺れる腰のゆっくり滑らかな動き、その歩みのゆっくり滑らかな動き、一種の叡智と君には思える気品とともに荷を負っている女性、一つひとつの重さが均等に分配され、首と頭はまったく動かず、腕もまったく動かず、赤ん坊は母の胸ですやすや眠っている。一家の荷物をここまで運んでくるにあたり何とも見苦しい姿をさらしたばかりの君は、己のぶざまさを痛感し、自分には逆立ちしてもできっこないことに同じ人間がかくも見事に熟達しているのを見て畏怖の念を禁じえなかった。》pp160-1

 最初から頭にあったこと。書いているうちに思い出されたこと。思い出しているつもりで創作されたこと。創作するつもりで創作されたこと。どれもこれも、書かれてしまえば同じ文章なので読む側には区別がつかないが、それは文章表現の前提だから気にならない。繰り返すが、気になるのは、書く側にはどの程度区別がついているのか、そこを本人は意識できるのか、ということだ。
 なんとなれば、ある程度でも区別ができて意識もできるとしたら、その人はそのぶんだけ思い出をコントロールできることになるからで、思い出や記憶をコントロールできるなら、それはいまの自分をコントロールできることになるんじゃないかと思うからである。
 だが、そういうことについては『冬の日誌』には書かれていなかった。書かれていなかったが実践があった、とは言えるかもしれない。勝手すぎるかもしれない。

 最後にもうひとつ、この本をいちど読み終えてから発見があったので書いておく。
 たぶんオースターの愛読者なら「何をいまさら」なのだろうが、今回わたしが遅ればせながら気付き、気付けて本当によかったと思ったのは、“ポール・オースターが書いて柴田元幸が翻訳した文章は、朗読するととても気持がいい”ということである。
 もちろん、目で追っているだけでも文章がうまいのはわかる。能弁な回想を紡ぎ出す、観察の細やかさ。それを再現して伝える、作為は目立たないのに練りに練られた行文と、語彙の選択の確かさ。どれもしっかり、味わったつもりでいた。
 でも、『冬の日誌』のどこでもいい、ページを開いてひと掴みふた掴みのまとまりを声に出して読んでみると、次の言葉、次の行へとぐいぐい伸びていくピンと張った一本の筋が文章の内側からあらわれ、繊細な一文一文がたくましさをまとって自分の口から出てくる。ちょっと可笑しかったところを人に読んで聞かせようと軽いつもりで音読をはじめたのに、読み進めるうちに自分でびっくりした。
[…] そして、そう、君と君の恋人はその一年まさしくエストランジェだったのだが、パリの冷淡でピリピリした堅苦しさに較べればこの地方での暮らしは何と穏やかだったことか、南で暮らしたあいだみんな君たちにどれだけ温かく接してくれたことか、アシエ・ド・ポンピニョンなるありえない名前の堅苦しいブルジョワの夫婦ですら時おり隣り村のレギュスにある家に君たちを呼んでくれて一緒にテレビで映画を観たし、君たちの家から七キロ離れたオプスで知りあった人々もやはり友好的で、君たちはここへ週二度買い出しに行き、孤立した暮らしが何か月も続いてくるとこの人口三、四千の町がとてつもない大都会のように思えてきて、オプスには主だったカフェが二つしかなく一方は右翼カフェでもう一方は左翼カフェだったので君たちは左翼カフェに通い、社会主義者か共産主義者である常連の薄汚い農夫や機械工に歓迎され、この荒っぽくお喋りの地元民たちは若いアメリカ人エストランジェ二人をますます気に入ってくれて、君たちはそのカフェで彼らと一緒に一九七四年大統領選の結果もテレビで観て、ポンピドー死後のジスカール・デスタンとミッテランとの選挙戦に晩はいったん大いに盛り上がったものの最後は失望に終わり、誰もが酔っ払って喝采していたのが誰もが酔っ払って悪態をつき、加えてオプスには仲よくなった肉屋の息子がいて、君とほぼ同い歳で父親の店で働いていて行くゆくは家業を継ぐべく修行中だったが本人は写真にも熱心で腕もよく、その年はずっとダム建設で水中に埋もれる予定の小さな村の立ち退きと取り壊しを撮っていて、かくして悲痛な写真を撮る肉屋の息子と社会主義者/共産主義者カフェにたむろする酔っ払った男たちがいたわけだが、さらにはドラギニャンの歯科医もいて[…]pp74-5

[…] 数年前に、一家全員でオーロラを見に闇の中へわざわざ出ていったことがある。君がオーロラを見たのはあとにも先にもそのときだけで、それは忘れがたい、想像を絶する眺めだった。寒さの中に立ち、電気のような緑色の光を見上げる。夜の黒い壁を背に緑色にきらめく空の賑やかな眺めの壮大さには、それまでに見たどんな眺めも遠く及ばなかった。それにまた、雲のない澄んだ夜には、空一面に星がぎっしり、地平線から地平線まで並び、よそでは決して見られぬ無数の星がたがいに溶けあって濃密な水たまりを、頭上に浮かぶ白さの粥[ポリッジ]を形成する。そうした夜が明けると白い朝が、白い午後が続き、雪が降る――君の周りじゅうではてしなく雪が降り、君の膝まで達し、腰まで達し、小さかったころ君の母親の花壇にあって君の頭を越えたひまわりのようにますます高くなり、見たこともないほどたくさん雪が降って、突然君は九〇年代なかばのある瞬間を生き直している。君は妻と娘とともにクリスマス恒例のミネソタ巡礼に来ていて、吹雪の夜に車を運転中で、ミネアポリスにある妻の妹の家から、六十キロばかり離れたノースフィールドにある妻の両親の家へ向かっている。》pp186-7

 深く潜った記憶の中からこちらに向かって文章による回想をおこなう人たちが風景描写に秀でがちなのは、回想と風景に関係があるからなのか、あるとしたらどんな関係なのかについてはまたいつか考えたい。
 今度こそ本当に最後、もうひとつ書いておくと、時系列に従わない思い出の羅列のように見えるだけに、どうやって終わるのか予想がつかないこの『冬の日誌』は、これほどの言葉を操って文章を書ける人が、あるときある場所で――1978年12月の晩にマンハッタンの体育館で――およそまったく言葉が追いつかず、言葉で説明するのが不可能な出来事を目の当たりにし、しかしその言葉の無力を心底思い知らされたことによって書く人間として再生した体験を、かなり最後のほうに配置している。たいへん見事な構成だとおそれ入った。こう書いても何のことだかさっぱりだろうから、これは断じてネタバレではない。


*追記:
 上でも触れた、住居の変遷を順番に語ったあとで、移動についてもオースターは書いている。
《機内に乗り込むたびに君を包む、どこにもいないという不思議な感覚。時速八百キロで空間を運ばれていくことの非現実感。地面からあまりに離れているので、自分自身の現実性まで失われてくる気がする。あたかも自分が存在するという事実が、体から排出されていくように感じられるのだ。とはいえそれが家を離れる上で払う代価である。移動を続けるかぎり、家というここ[ヒア]とどこかよその場所というそこ[ゼア]のあいだに広がるどこでもないところ[ノーホエア]も、やはり君が住む場のひとつでありつづけるだろう。》pp104-5 *太字は引用者

 場所について、移動しているあいだの自分はここでもそこでもないどこでもないところにいる。これを場所ではなく、時間についても当てはめてみたらどうだろう。
 というのは、「思い出す」という行為の最中、記憶を呼び戻してしばらくその回想に浸っているあいだ、体はもちろんいまここにあっても、頭はここ(現在)でもなく、そこ(過去)でもない、やはりどこでもないところにいるかのように、頭の中がそういう場所になっているかのように、わたしは感じているからだ。
 自分が自由にあちこち歩き回れるような、現在でも過去でもない場所と時間をページの上に広げるために書かれた本として『冬の日誌』を読むことができると思う。

 さらにまた、話がずれるけど見つけたので書いておくと、ここそこをめぐる言葉は、『孤独の発明』の第一部でもオースターの父親について語られていた。
《自分がいまいる場所にいること、父にはそれがどうしてもできなかった。生涯にわたって、父はどこか別の場所にいた。ここそこのあいだのどこかに。ここにいることはけっしてなかった。そこにいることもけっしてなかった。》pp32-3

 ここそこ、およびどこでもないところに注目してオースターの小説作品を読んだらどんなことが言えたり言えなかったりするんだろうかと、読んでないくせに(読んでないからこそ)気になった。


孤独の発明 (新潮文庫)
ポール オースター
新潮社
売り上げランキング: 88,658
2018/01/28

ポール・オースター『孤独の発明』(1982)

孤独の発明 (新潮文庫)
柴田元幸訳、新潮文庫(1996)


『孤独の発明』のことを忘れたことがない。正確には、この本に書かれていた内容を大部分忘れていたあいだも、自分がこの本を読んでいた状況は忘れたことがない。
 それは進学で上京した年の5月で、同じく東京に出てきた高校以来の友達とあの有名な“神田の古本屋街”へ行ってみようじゃないかと相談し、晴れた日曜の昼下がり、待ち合わせに向かう電車の座席はあらかた埋まっていたから、ドアのそばのポールに寄りかかってこの黒っぽい表紙をした新潮文庫のページをめくりはじめたのだった。
 ちなみにその日は、古本屋街をめざしていながら山手線の神田駅で降りてしまうという、おびただしい数の先人が繰り返してきたとあとで知ることになる間違いをやっぱりわたしたちも犯したために古本屋を回るどころではなくなって(そもそも日曜日を選んだのも間違いである)、うろうろ迷った末にそこがどこなのかもわからないままたどり着いた書泉グランデでわたしは創元SF文庫のヴァン・ヴォークト『イシャーの武器店』と『武器製造業者』を買った。本来の目的をそうそうにあきらめていた友達は、途中にあった服屋の前で不意に「そうだ」と入っていってベルトを買い、「そうか」とわたしは妙な納得をした。そしてひとりになった帰りの電車でまた『孤独の発明』を取り出して読んだ。部屋に帰っても読み続けた。小説ではなく、エッセイというにも収まりの悪い、変な本だという印象だけが残った。

 こういうふうに、およそどんな意味でもビッグイベントではない過去の一部分ばかりをピンポイントでおぼえている(時にキモいと評されるが決して少数ではないはずの)人間のひとりであるわたしは、物書きのなかにはただ過去のことを書くだけでなく、それを記憶すること・記憶しているということ、さらには思い出すということ、といった頭の働きそれじたいについて考えをめぐらせ、その過程から文章を書き起こしていく人たちがいると知るにつれ、どんな人がどんなものを書いているのか気になり、そういうものをできるだけ読んでみたいという関心をずるずる引きずってきた。

 あのあと小説を4、5冊読み、どうやらそんなに好みではないような……と遠ざかってしまったために、わたしにとってポール・オースターは「たぶん、ミルハウザーやエリクソンよりずっと広い層に読まれ、売れているっぽい」、あと「すごいハンサム」、何より「あのリディア・デイヴィスの元夫」という情報を持った名前だけの存在になってしまっていたが、今回『孤独の発明』を読み直して思い知ったのは、小説よりも前に書かれ、作家オースターの出発点とされるこの本こそが、まさにわたしの気にしていた個人的な過去や記憶、回想といったものごとを扱った本だということだった。なんだ、そうだったのか。ずいぶん回り道した気持だよ。
《自分がいまいる場所にいること、父にはそれがどうしてもできなかった。生涯にわたって、父はどこか別の場所にいた。ここそこのあいだのどこかに。ここにいることはけっしてなかった。そこにいることもけっしてなかった。》p33

 本書は二部からなる。第一部「見えない人間の肖像」、第二部「記憶の書」。
「見えない人間」とは、「私」を名乗る書き手の父だ。家族とのコミュニケーションにどうにも問題があり、「私」が高校を終えるころに離婚して以降15年のあいだ独りで暮らしていた父が急死する。
 その3週間後から断片のかたちで書き始められる第一部では、「私」つまりオースターが父のことを思い出し、折々のエピソードを重ねてその正体を探しつつ、そういった作業を行なう意味を自問し続ける。他人への共感というものを根本的に欠いていた父。買物で複数の選択肢があれば、迷いなくいちばん安価なものを選んでいた父。回想の試みであり、回想の生まれる過程を追った擬似的なドキュメンタリーのようでもある。そして回想は失敗し続ける。
《この仕事をはじめたときは、言葉の方から勝手に出てきてくれるものと私は思っていた。神がかりのごとく、言葉がとめどなくあふれ出てくるだろうと。書きたいという欲求はこの上なく強かったから、物語はひとりでに書けてしまうだろうと思ったのだ。だが実際にやってみると、言葉はなかなか出てきてくれない。調子のいい日でも、一ページ、二ページ書くのがやっとだ。何かが私を妨げているような、呪いをかけているような気がする。書こうという気持ちはあるのに、どうにも集中できない。自分の思考が眼前の問題から離れていってしまうのを、私は何度も、なすすべもなく眺めてきた。ある事柄を思いついたとたん、それが別の事柄を喚起し、さらにまた別の事柄につながってゆく。やがてはおそろしく濃密なディテールの蓄積ができ上がり、ほとんど息が詰まりそうになる。考えることと書くことのあいだの裂け目を、これほど痛感させられたのははじめてだ。実際、ここ数日、自分が語ろうとしている物語は、実は言語とは両立しえないのではないか、そんな気さえしてきている。おそらく、物語が言語に抗えば抗うほど、それは私が何か大切なことを言いうる地点に近づいた証しにほかならない。だが、まさに唯一真に大切なことを(かりにそんなものがあるとして)言うべき瞬間に達したとき、私はそれを言うことはできないだろう――そんな気がするのである。》pp56-7

 家庭の外、仕事をする父の姿。家族ではない他人の目に映っていたであろう父の姿。手紙。伝聞。多面的な肖像を何枚描いても、それを貼り合わせる芯がない。
 父はなぜあのような人間だったのか。その大きな要因として「私」は父の両親にさかのぼり、隠されていた事件のあらましを細かく記述するが、そうしながら、これも決定打にはなりえないとわかっている。どれだけ材料を集めても、父は「見えない」。
 そんな不器用な回想は、いわゆる追悼であるとか、書き続けることじたいが喪の作業になるというような収まりのいいコースからも外れているとわたしは思う。
「私」は父を探すためにこれらの文章を綴っている。その動機は疑いようがない。それなのに、読者の側からすれば、見つからないからこれらの文章はいまここにある、という事態の奇妙さをずっと感じ続けることになる。無茶な仮定だけど、書いていくうちに納得できる父の正体を発見できていたら、オースターはその文章を発表しなかったんじゃないか。
《数日間何も書かず……
 心のなかであれこれと口実を並べてみたところで、実状を隠せはしない。すなわち私は、自分が言えることの終わりに近づけば近づくほど、何を言うのも気が重くなってきているのだ。終わりの瞬間を私は引きのばしたがっている。そうすることによって、自分はまだはじめたばかりなんだ、物語の大半はまだ先に控えているのだ、そう思いたいのである。これらの言葉がどんなに無意味に思えようとも、それらはいままで、私と、私を怯えさせつづける沈黙とのあいだに立ってきてくれた。私はいずれその沈黙のなかに足を踏み入れるだろう。そのとき父は、永久に消えてしまうだろう。》p111

 結局この第一部は、自分のをめぐる言葉を連ねながら、自分の息子に触れ、父としての自分を確かめることでいったん小さく着地してから、第二部へ続く。

「私は」という一人称で書かれた第一部に対し、第二部「記憶の書」では、「Aは」「彼は」といった三人称が選ばれている。
「A」はオースター(Auster)だろうから「私」の場合と指すものは同じだけれども、この転換を経ることで、書かれること・書かれ方は変わっていく。
「私は」の第一部では話題は父のことに限られていたのが、「彼は」の第二部では材料がもっと増える、と説明したら単純にすぎる。でもじっさい、何が書かれていたか思い出そうとしても「これ」とひとつにまとめられないくらい、雑多な材料がこちらでは集められている。
 記憶についての考察だと言うことはできると思う。
 タイトルでもある「記憶の書」という文章を「彼」は書いている。それを書こうとしている自分、すなわち「彼」の姿は、狭くて粗末な部屋に閉じこもり、テーブルに向かってペンを握る男として描かれる。自画像だが、「彼」という自画像だ。
《この部屋に長時間とどまることによって、たいていの場合彼は室内を自分の思考で満たすことができる。そしてそれが荒涼さを霧散させてくれるように思える。少なくとも荒涼さを忘れさせてはくれる。出かけるたびに、彼は自分の思考を一緒に持っていく。彼の不在中、部屋は彼がそこに住もうとする努力を徐々に除去していく。帰ってきたときには、作業をまた一からやり直さねばならない。それは労力を要する仕事である。本物の、精神的な労力を要する仕事である。》p124

 記憶について、記憶のあり方について、「彼」は書く。何度も何度も角度を変え、スケッチを繰り返すように文章を重ねる。そのとき使われるのは、祖父を看病した話や最初の妻と息子にまつわる話といった、自分の過去の体験であったり、人から聞いた話であったり、ヨナ書やピノキオや『千夜一夜物語』などの深く読み込んできた本であったりする。
 一人称から三人称への転換は、おそらく、自分を客体化することで書く内容に普遍性を持たせるために必要だったのではない。
「彼は」で語ることにより、書き手はすべてが自分に結びつく「私」から離れる。すると、ひとつの物事がほかにつながる連想や、さらには飛躍のはたらきがより活発になる。ある材料が別の材料を呼び寄せて、つまりは、「彼」というひとりの中で行なわれる考察が、「彼」というひとりの外へと広がっていく。こういう進め方を可能にするために必要とされたのが、三人称だったのではないかと思う。
《アンネ・フランクの誕生日が自分の息子と同じであることに気がついて、彼はひどく心を惹かれる。六月十二日。双子座生まれ。双子のイメージ。すべてが二重である世界、同じことがつねに二度起こる世界。
 記憶――物事が二度目に起きる空間。p134 *太字は引用者、以下同じ

 唐突だ。そしてスリリングでもある。書かれている内容だけでなく、書かれ方が面白い。これだけだとアフォリズムのようだが、ぜんぶがこうではない。たとえば次の引用だと、じっくり幅をとった考えの歩を進めるうちに、「彼」は部屋にいながら旅に出てしまう。
[…] 最初の一歩が不可避的に次の一歩につながっていくように、ひとつの思考もまた不可避的にその前の思考からつながっている。ひとつの思考が複数の思考を生み出す場合には(たとえば二つか三つの、関連性においてもたがいに同等の思考)、生み出された第一の思考を終わりまでたどるだけでは不十分である。第二の思考をたどるためには、それを生んだ最初の思考の地点まで立ちかえる必要がある。そして第三の思考をたどるためには、もう一度最初の……。といった具合に、我々の心のなかの過程をイメージ化するなら、経路のネットワークのようなものが立ちあらわれてくる。それは人体の血液経路のようでもあり(心臓、動脈、静脈、毛細血管)、地図のようでもある(都市の街路、なるべくなら大都市の街路図、あるいは道路地図でもいい、ガソリンスタンドで売っているような大陸全体に広がり交差し折れ曲がる幹線道路の地図)。したがって、都市を歩くとき我々が行なっているのは、実は思考すること、それもさまざまな思考がひとつの旅を形成するようなやり方で思考することではないだろうか。そしてこの旅こそが我々が歩む歩みにほかならないのであり、したがってつきつめて考えるなら、我々は旅をしてきたのだ、と言ってよいのである。たとえ部屋を出なくとも、それは旅だったのだ。我々はどこかへ行ってきたのだ、と言ってよいのである。たとえそれがどこなのかはわからなくても。》p200

 いまこうやって書き写した部分を眺めてみると「なぜそうなる?」という気持もなくはないが、書き写しているあいだは、そして本の中で読んでいるあいだは、この不思議なつながりをたしかにつながりとして追うことができてしまう。
 書く人間がひとりで考えていることを、読んでいる人間が追体験できるなら、それはもうひとりではないのじゃないか――というようなことも、たしかこの第二部の中に書いてあったと思う。書いてなかったかもしれない。でも、読んでそう思ったんならそう書いてあったのと同じだと言ってしまえる、この本はそんな本である。
 フランシス・ポンジュという詩人の挿話。この人と「彼」は、あるときある部屋で、ごく短時間だけ同席した。3年後に再会して話をすると、詩人はそのときの室内の様子を細部まで記憶していた。たいへんなことである。
《たった一度見ただけの、自分の人生とつかのまの以上のつながりがあったはずもない事物を、これほど精緻に覚えているなんて、ほとんど超能力のようではないか。彼は理解した。ポンジュにとっては、書く行為と見る行為のあいだに何の隔たりもないのだ。いかなる言葉もまず見られることなしには書かれえない。ページにたどり着く前に、それはまず身体の一部になっていなければならない。心臓や胃や脳を抱えて生きてきたのと同じように、まずはそれを物理的存在として抱えて生きなくてはならないのだ。だとすれば記憶というものも、我々のなかに包含された過去というより、むしろ現在における我々の生の証しになってくる。人間がおのれの環境のなかに真に現前しようと思うなら、自分のことではなく、自分が見ているもののことを考えねばならない。そこに存在するためには、自分を忘れなくてはならないのだ。そしてまさにその忘却から、記憶の力が湧き上がる。それは何ひとつ失われぬよう自分の生を生きる道なのだ。》pp227-8

 次の引用はさらにもっと長いが、長いといっても文庫本のせいぜい1ページ半で、ひとりの記憶が多数の記憶につながり、さらに、それを書く話にスライドしていくという、自在な流れ方をする。
《書いているあいだ、彼は自分が内側に(自分自身のなかへ)動いているのを感じ、と同時に外側に(世界に向かって)動いているのを感じる。一九七九年のクリスマスイブにヴァリック・ストリートの部屋に一人でいた、あの瞬間に彼が経験したのは、おそらく、たとえ一人でこの部屋の底知れない孤独のなかにいても、自分は一人ではないのだという突然の認識だったのだ。もっと正確にいうなら、その孤独について語りはじめようとしたその瞬間、彼は単に彼自身である以上の何ものかになったのだ。だとすれば記憶というものも、ただ単におのれの個人的過去を甦らせる行為というだけではなく、他者たちの過去のなか、すなわち歴史のなかにみずからを没入させる行為にもなってくる。自分がその参加者であると同時にその傍観者であるところの歴史、自分がその一部であると同時にそこから隔たっている歴史、そのなかにみずからを没入させること。したがってあらゆるものが彼の心のなかに同時に存在している。あたかもそれぞれの要素が他のあらゆる要素の光を反射し、と同時にそれ独自の、けっして消えることのない輝きを発しているかのように。もし彼がいまこの部屋にいるべき理由が何かあるとすれば、それは彼のなかの何かが、それらすべてを見たいと欲しているからだ。それらすべてが生み出す混沌を、生[き]のままの、張りつめた同時性において味わいたいと望んでいるからだ。けれども、それを語る行為は、必然的に緩慢たらざるをえない。それは、すでに思い出されたものをもう一度思い出そうとする微妙な作業である。記憶の空間において発見されたあらゆる言葉を書きとめるには、ペンの動くスピードは絶対に不十分である。あるものは永久に失われてしまっている。またあるものはいずれふたたび思い出されるだろう。そしてまた別のあるものは、失われ、見出され、ふたたび失われてしまっている。――こうしたことについて確信を得る手立ては何もない。》pp228-9

 こんな書き方を手に入れるために「彼」が必要だったとすれば、第一部で父は見つからなかったが、オースターは「彼」を見つけたことになるのかもしれない。孤独の発明とは、そのことだったのかもしれない。



*ついでに:
■ 第一部で、父の過去への入口として写真が1枚紹介される。破けたのをもういちど貼り直した家族写真で、この文庫版では言葉で説明されるだけだが、原書のKindle版だと、その実物も印刷されているのが「なか見!検索」から見ることができる。読んでから見ると、これは怖い。収録しなかった訳書を責める気にはちょっとなれない。

■ 第一部を書きあぐねる「私」の苦心を上で引用した。もういちど貼る。
《この仕事をはじめたときは、言葉の方から勝手に出てきてくれるものと私は思っていた。神がかりのごとく、言葉がとめどなくあふれ出てくるだろうと。書きたいという欲求はこの上なく強かったから、物語はひとりでに書けてしまうだろうと思ったのだ。だが実際にやってみると、言葉はなかなか出てきてくれない。調子のいい日でも、一ページ、二ページ書くのがやっとだ。何かが私を妨げているような、呪いをかけているような気がする。書こうという気持ちはあるのに、どうにも集中できない。自分の思考が眼前の問題から離れていってしまうのを、私は何度も、なすすべもなく眺めてきた。ある事柄を思いついたとたん、それが別の事柄を喚起し、さらにまた別の事柄につながってゆく。やがてはおそろしく濃密なディテールの蓄積ができ上がり、ほとんど息が詰まりそうになる。考えることと書くことのあいだの裂け目を、これほど痛感させられたのははじめてだ。実際、ここ数日、自分が語ろうとしている物語は、実は言語とは両立しえないのではないか、そんな気さえしてきている。おそらく、物語が言語に抗えば抗うほど、それは私が何か大切なことを言いうる地点に近づいた証しにほかならない。だが、まさに唯一真に大切なことを(かりにそんなものがあるとして)言うべき瞬間に達したとき、私はそれを言うことはできないだろう――そんな気がするのである。》pp56-7

 わたしは、ポール・オースターとリディア・デイヴィスが若いころの一時期、結婚していたのを知っている。知っているのを知らなかったことにはできないという、理由の大半はそんなところだろうが、上の引用なんかを読んでいると、わたしはリディア・デイヴィスの『話の終わり』(1995)を思い出す。書き手が、過去の恋愛の顛末を文章化しようと静かに七転八倒する長篇小説だ。
《何度書くのを中断しても結局また戻ってきたのは、自分はすでにこれがどんな話か知っているのだから何も考えなくても書けるはず、という気持ちがあったからだ。だがかける時間が長びけば長びくほど、どうやればいいのかわからなくなった。どの部分が重要なのかが自分では判断できなかった。どこを自分が面白いと思っているのかはわかったが、面白くない部分も含めて何もかも書かなければならないと思っていた。だから面白くない部分も何とか苦労して書き進め、面白い部分になったら思い切り楽しんで書こうと決めた。ところが実際には、面白い部分になってもいつもそうと気がつかずに通りすぎてしまい、ということは自分が面白いと思っていたほどには面白くなかったのかもしれず、そう思うと意欲がそがれた。》p57

《きのうは一時間ほど、どうすればいいのかわかったような気になっていた。こう思ったのだ――気に入らない部分は取ってしまえばいいんだ。そうすれば残ったものはすべていいものになるはずだ。ところがまた別の声がした。この声はしょっちゅう横から出てきては私を混乱させる。そんなに性急に書いたものを削るべきでない、とその声は言った。もしかしたら書き直せばすむだけなのかもしれないじゃないか。それとも別の場所に移動させるか。一つの文章を別の場所に移すだけですべてが変わることだってある。まずい文章の単語を一つ変えるだけで良くなることだってある。句読点一つで変わることだってあり得る。でもそうすると、と私は考えた。すべてのものを何度も移動させたり書き直したりしたあげく、これはこの小説には必要ないとはっきりするまで、何一つ捨てることができないということになりはしないか。
 だが、もしかしたらこの小説は解くのが難しいパズルのようなもので、必要でない要素など一つもないのかもしれない。私がもっと賢く忍耐力があれば、解くことができるものなのかもしれない。私は難しいクロスワードをやっても完成できたためしがなく、かといって、あとで答えが載ったときまで覚えていてそれを見るということもしない。このパズルはもうずいぶん長いことやっているので、最近ではふとこう思うことがある――もうそろそろ答えを見てしまおうか。まるで新聞のページをめくればそこに答えが書いてあるとでもいうように。翻訳で行き詰まっているときも、ときどき似たような苛立ちにとらわれ、こう思う――で、けっきょく答えは何なわけ? だが答えなどどこにもありはしない。あるにしても、たぶん後になって振り返ったときにふっと浮かんでくる類のものなのだろう。》pp99-100
岸本佐知子訳

 面白すぎて止められなくなった。ともあれ、『話の終わり』の書き手が書きあぐねている、むかしの恋愛の相手がオースターとは別の男なのははっきりしている。
 ポール・オースターはリディア・デイヴィスではないし、『話の終わり』は『孤独の発明』ではない。
 それはわかっているつもりでも、オースターが自分の過去をふり返れば不可避的に「元妻」が出てくるので――『孤独の発明』では「リディア・デイヴィス」という名前は一回も書かれないが――詩を志し、フランス語の翻訳者として生計を立て、自分の過去を材料にものを書こうとして、書きあぐねることじたいも作品に書き込んでいくスタイルを選んだというところまで共通点を持つこの2人の生活がどんなものだったのか、気になってしまうのはもう仕方のないことじゃないかと思う。何ものかに対する言い訳のようにそう思う。
2018/01/10

2018

nausicaa2018

 毎年正月にやっている、宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』(徳間書店)を読みながら感想をツイッターでつぶやき続けるという、そう書くと病的だがほかに説明しようもない行事を、去年までの分とあわせてまとめたtogetterを更新したので、こちらにも貼っておきます。

「正月の漫画のナウシカ:2010-2018」
 https://togetter.com/li/294814

 通常版の単行本で7巻におよぶ漫画の進行に従い、ひとりの人間のつぶやきが9年分並んでいくという、あまりほかでは見たことがない感想。もし「ほかで見たことがない」ということにそれだけで何らかの価値というか意義があるとするならば、その限りにおいてのみ価値というか意義があると言えなくもない――のかどうか。やっている回数と感想が重なるにつれ、(この漫画への理解ではなく)まとめへの懐疑は深まらざるをえません。
 2010年に生まれた子供だったら、今年8歳だから遅生まれでも4月には小学2年生になってしまうわけで、と書いてからいささか慄然とするようにして思い当たるのは、まさにわたしの甥がそうだったことであり、この行事の進み具合を左右する大きな要因のひとつは、その甥(および姪)を連れた姉夫婦が元日の何時に実家にやって来て何時まで滞在するかでした。
 というように、私的であることこのうえないまとめの中にご自分のツイートが加わっているのをよしとしてくださっている数名の方々には感謝にたえません(とはいえ、これだけの時間がすぎるうちに判断を変えられた場合には、直しますのでどうかご遠慮なくツイッターやコメントでご連絡ください)。
 ほかに感謝を捧げるべき相手は宮崎駿のはずだが、更新のために通読してすべてのツイートがこの人に対する「あんたすごいよ」なのをあらためて思い知ったあとでは、ちょっとそういった殊勝な気持にはなれないのだった。

■ リアルタイムで進行していく現実の出来事や、決まった時間で流れていく映像作品はおのずと「実況」を生むけど、個々人が個々人のペースで読み進めていく小説とか漫画でも、「あたまから順にえんえんと書いていく」という感想の述べ方も「ある」のじゃないかと思う。自分1人が読むことだって、リアルタイムで現実の出来事だから。

■ 毎年、帰省している正月は、実家に置いてある宮崎駿の漫画版『風の谷のナウシカ』(徳間書店)をはじめから終わりまでぜんぶ読み返すことにしている。いつから始めたかも思い出せない、年に一度の恒例行事。2010年からは、読みながら感想をツイートするという誰にも頼まれていない行動に出ており、それでつぶやいてきたこれまでの分を一本に統合するとどんなものになるのかという興味から、自分でまとめてみた。
 最初、2012年までの3年分をひとつにしたときには、いかにもスカスカしていた。それから毎年追加していくうちにどうなったか。
 繰り返しが多くなった。
 いちおう「去年までとは別のことが言えたら言おう」というつもりが無くはないものの、去年までの分はとうにおぼえていられない量になっている(ツイートしている最中にこのまとめを確認するようなおそろしいことはしていない)。加えて、こちらのほうが深刻だが、同じ自分が同じ漫画を読む以上、どうしても触れたい名場面・名台詞がたくさんある。あるどころか、増えている
 結果として、多弁なわりに多様ではない、長いけれど深くはないまとめになっている。この漫画への理解が向上したとか、実のある話にはぜんぜんなっていないが、そもそも、そういうことを目指しているわけでもなかったのは上述の通り。
 それでも、同じ人間が同じ漫画を繰り返し読むうちに、つぶやく感想を持つところとまだ持たないところがあるだとか、同じところへの感想でも前とは変わる場合と依然として変わらないままの場合があるとかいった、ムラのできていく過程はちょっとだけ写し取れているようで、それは意外な収穫と言えるかも――と、後付けでいま思った。その他、思ったことはその都度ぜんぶ書き込んである。  (…続き)




風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 22,740

風の谷のナウシカ 2 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 34,425

風の谷のナウシカ 3 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 35,837

風の谷のナウシカ 4 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 49,331

風の谷のナウシカ 5 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 40,877

風の谷のナウシカ 6 (アニメージュコミックスワイド判)
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 30,536

風の谷のナウシカ 7
風の谷のナウシカ 7
posted with amazlet at 18.01.10
宮崎 駿
徳間書店
売り上げランキング: 21,307